赤い薔薇 蒼い瞳

星河琉嘩

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第1章

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 孤独だった。


 夜、夢に見る。
 ひとりで暗闇の中にいる。
 走っても誰もいない。
 どこまでも暗闇の中。

 微かな光を見つけてもその光から伸びてくるのは無数の男の手。
 理菜はその手に掴まられ、そして押し倒される。
 その手は理菜の身体中を触る。

 服は剥ぎ取られニヤついた顔と荒い息。
 何度も抵抗してもそれは無駄な努力。

 男たちには敵わない。
 何度も何度も理菜の押し倒し、理菜の中に入ってくる。
 何度も何度も叫んでも、誰も理菜を助けてはくれない。




 夢の中で理菜は孤独だった。






 何度も何度も。
 理菜の身体を汚い手が行き来する。
 何度も何度も。
 理菜の中を汚いものが入って来る。



 その度に吐き気が起きる。
 もうやめてと叫んでも泣いても、許してはくれない。




 キライ。
 キライ。
 キライ。



 力のない、自分がキライ。



 キライ。
 キライ。
 キライ。






 誰か……。
 助けて……。



     ◆◆◆◆◆



「………ナ。リナ!」
 大声がして理菜は目を覚ました。身体中、汗でびっしょりと濡れていた。
 目に映るのは、良樹の顔。背中に当たるのは、柔らかいとは言えないソファー。
 良樹の顔の横から見えるのは黒龍の旗。

 ここは倉庫らしい。
 理菜は良樹と繁華街に遊びに出て、0時を超えた後にこの倉庫に戻って来た。
 駿壱はもう倉庫にはいなくて、倉庫周辺には誰もいなかった。
 理菜を家に送ると言った良樹に、我儘を言って家には帰りたくないと告げた。
 その為か、理菜はこの倉庫のこの部屋のソファーの上で寝ていたらしい。
 スマホを見るとまだ夜中の2時。
 理菜はあまり眠れてはいないらしい。


「おい。大丈夫か?」
 そう言う良樹に頷くと、起き上がった。


 ──本当は大丈夫じゃ……ない。


 身体中、駆け巡ったあの感触が蘇ってる。思わず両手で自分自身を抱きしめて、あの感触を忘れようとする。
 そんな理菜に、ミネラルウォーターを渡して来た良樹の顔を見て少しほっとした。

「夢……見たのか」
 呟くように言った良樹に、黙って頷いた。理菜はミネラルウォーターを一口飲む。
 良樹は理菜の隣に座って肩を抱いた。
「大丈夫。俺がいてやる」
 そう言う良樹の声があったかい。理菜の肩に置いた手があったかい。
 泣かないようにしているのに、辛くても泣かないようにしているのに、思わず涙が出てしまう。


 堪えているのを分かってるのか、良樹は「無理するな」と言う。
「泣きたいなら泣け」
 続けてそう言った言葉に、堪えてきたものが全て出てしまった。




「……ぅ……っ……」



 うめき声のような泣き声が部屋の中に響いた。
 理菜が泣き止むまで肩を抱きしめてくれていた。
 理菜が落ち着くまで傍にいてくれてた。
 理菜が再び眠りにつくまで手を握っててくれた。


 次に目が覚めた時には、外はもう明るくなっていた。
 ソファーの下で、理菜の手を握ったままの良樹が眠っていた。ずっと傍にいてくれたことが嬉しくて、また涙が流れた。

 床で眠っている良樹。
 身体、痛いだろうなってそう思って、理菜は良樹に申し訳なく思った。
 手にした携帯を見ると、もう10時を回っていた。

「……ん」
 良樹が微かに声を漏らした。そして起きている理菜に目線を向けた。
「起きてたのか」
 その問いにコクンと頷くと、理菜の頭に手を置く。
「メシ、食いに行くのに付き合え」
 良樹はそう言った。
「食いに行くぞ」じゃなく、「付き合え」と。

 それは無理に食べなくてもいいってこと。食べても戻してしまう理菜に、食べなくてもいいって言ってるのが分かる。

 ふたりは階下したへ降りると、バイクに乗って繁華街へと出た。
 繁華街の一角にあるラーメン屋の前でバイクを停めて、理菜を連れて中へと入って行く。
 強面なお兄さんがやってるお店。良樹が入ると、そのお兄さんは良樹に「いつものだな」と言う。
 繁華街は良樹の存在を知らない人はいないらしい。

 黒龍のリーダーの良樹。
 この繁華街は黒龍が仕切ってると言っても過言ではない。


 お兄さんがラーメンを持ってくると、良樹は「悪ぃけど、お椀くれ」と告げた。
 なんだろうと思ってると、お椀に少しのラーメンを入れて理菜に差し出す。
「……?」
「取りあえず一口は食え」
 そう言って箸を渡して来た。
 良樹に言われるがまま、理菜は一口ラーメンを口にした。


「いいか。少しづつ、食べていけばいい。無理はするな。無理して食べることはねぇ。でも一口は食え」
 良樹はそう言ってラーメンを食べていた。その姿を理菜は黙って見ていた。


 ラーメンを食べ終わって、店を出たところで理菜のスマホが鳴った。画面を見ると駿壱と表示されていた。
 理菜はその電話に出ると、煩いくらいの駿壱の声が響いた。


『リナー!ヨシキと一緒にいるかっ!』
 怒鳴り散らすその声が耳に痛くて、思わずスマホを離した。
『リナっ!』
「……いる」
『あの野郎。電話に出やしねーっ。ちょっと代われ!』
 駿壱は機嫌悪いのか、怒鳴りっぱなしだった。その駿壱に言われるがままに、理菜はスマホを良樹に差し出した。


「お兄ちゃんから」
 そう言うと良樹はため息を吐いてスマホを受け取る。
「あ?」
 低い声で答えた良樹。スマホから駿壱の声が洩れて来た。



『てめーっ!電源切ってんじゃねーっ!』
「ああ。悪ぃ」
『昨日、リナをどうした!?』
「倉庫で寝てた」
『あ!?倉庫だぁ!?』
「うるせぇな、全く」
『お前、言っただろーが。リナに手ぇ出したらぶっ殺すっ!』
「はいはい」


 と、そんなやり取りをして電話を切った。駿壱のことだからまたかけてくる。
 それを分かってるのか、良樹は電源を切って理菜のすを自分のジャケットの胸ポケットに入れた。
「あ…あの…」
「うるせぇからな。今日は預かっておく」
「え」
「シュンイチ、ほんとにうるせぇよな」
 笑って理菜の手を握る。それはごく自然に行われたことで、あまりにも自然にされたから、それが当たり前のことのように思ってしまった。
 でもよく考えたら、凄いことだ。好きな人に手を繋いでもらえることは、凄いことだ。

 良樹に手を引かれながら、繁華街を歩く。繁華街を歩くと、頭を下げてくる若者が多い。週末の昼の繁華街は、ごく普通に一般の人もいるのに。
 それ以上に、ちょっとヤバイなっていう感じの人も多いが。


「ヨシキさん、こんにちはっ!」
 と、通り過ぎる時にそう声をかけてきた男の子がいた。
「おぉ」
 良樹は一度そっちに顔を向けると、男の子は下げた頭を上げて言った。
「シュンイチさん、なんか探してましたよ。凄い剣幕で」
「マジ?」
「はい」
「どっちにいた?」
「向こう側です」
 と、男の子は来た方向を指していた。
「やべっ」
 そう呟いて、理菜の手をぎゅと握って来た道を戻ろうとした。
 そして男の子に振り返り、「俺たちのこと、見てねーって言え」そう告げると一目散に走り出した。


 良樹と一緒に走りながら、駅の反対側へと行った。反対側はまた違った顔をしていた。
「ヨシキさん……?」
 駅の反対側は、飲み屋街が立ち並ぶ場所。まだ時間が早いから、静かなものだ。
「アイツ、リナを探してるんだ」
「え」
「シュンイチ。後輩たちに言ってんじゃんか」
 昼間の飲み屋街を歩いてる理菜たちは、なんだか逃亡しているみたいだった。



     ◆◆◆◆◆



 その日。繁華街を逃げるように歩いていた理菜たちは、結局夜にはシュンイチに掴まって、理菜の手を握ってる良樹を睨みつけながら、理菜と良樹を引き剥がした。
 駿壱の目付きは本当に怖くて、理菜はそっとその場から離れようとした。


「リナ。どこに行く」
 低い声でそう言うと、理菜をじっと見ていた。その目線が理菜の動きを止めた。
「だいたい、お前なんだって……!」
 駿壱が怒ってる理由は分かってる。



 ──不眠症になったこと。
 ──拒食症になったこと。



 そのこともあって、昨日、逃げ出したこと。
 昨日、家に帰るらなかったこと。
 良樹と一緒にいたこと。
 それの全てが、駿壱にとって気に入らないことだらけだった。


「ヨシキ」
 良樹の方へ目線を向けると、低い声で凄む。
「こいつになんかしたか」
 その問いに良樹はしらっとして「一緒に寝た」と言った。その言葉に理菜は慌ててしまっていた。でもそんな理菜に気付く事無く、駿壱は良樹に殴りにかかっていた。
 駿壱が良樹を殴ってるその光景を、理菜は怯えながら見ていた。

 駿壱に殴られてる良樹は、反撃として駿壱に蹴りを入れていた。それをもろに受けた駿壱は、地面に叩きつけられていた。
 それでも駿壱は平気なのか、ゆっくりと立ち上がってまた良樹に向かって行った。


 暫くふたりのケンカは、繁華街のシャッターの閉まった店の前で続いていた。
 そして、お互い息が切れてその場に寝転んだ。




「…はぁ…お前、俺のリナを…どうするつもりだ…」
「はぁ……お前、妹を…俺の…とか…言うな…」
「俺の妹だ……はぁ…」
「姉貴が…聞いたら…どうなる……」
「関係…ねぇ…」


 なんか不思議だった。このふたりのことが不思議だった。
 ケンカしても結局はふたり笑い合ってる。それがとても不思議で仕方なかった。


「シュン」
 良樹はまだ寝転んだままで駿壱に言う。
「……リナ。夜が怖いんだと」
「あ?」
「昨日、帰りたくねーって、倉庫のソファーで寝かせたんだよ」
「ああ」
「夜中、うなされて起きた。俺はその傍にいてやっただけだ」
 その言葉に駿壱は起き上がって、隣で転がってる良樹の顔を見た。

「シュン。夜は帰ってやれよ」
「……ヨシキ」
「姉貴とヤってねーで、リナの傍にいてやれよ。お前の妹だろうが」
「うるせー」
「メシも、無理に食わすな。吐くだけだ。ゆっくり元に戻していけばいい」
 そう言って理菜を見ると、手を差し伸べてきた。
 理菜はその手を取ると、良樹は起き上がった。


「リナ。シュンイチがいても寝れねーって時は電話して来い。お前が眠るまで付き合ってやる」
 良樹のその言葉に、理菜は黙って頷いた。



 ──暗闇は……まだ…抜けない……。



 でも、傍には良樹がいてくれる。
 それだけでもう……。


(あたしは大丈夫な気がする)


 この暗闇が晴れるまで、彼が一緒にいてくれるから。







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