赤い薔薇 蒼い瞳

星河琉嘩

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第1章

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 理菜は孤立していた。
 学校でも家でも孤立していた。


 学校では誰とも話す事無く過ごすことは度々あった。
 亜紀とはクラスが違うし、浩介は他のクラスメートと話していて、理菜に声をかけることは少なくなっていた。
 でもそれでいいと思っていた。


 家は、帰っても誰もいない。だから理菜は駿壱の後を追っていた。


 ……というより、良樹を追っていた。


 それが誰かの逆鱗に触れたのだと思った。だから理菜に2度の警告が来たんだ。



 路地で蹲って、涙を堪えていた。怖いという思いを振り払うかのように、じっとしていた。
 気持ちが落ち着くのを待った。
 そして深呼吸をして、立ち上がった。


 警告されても理菜が行く場所はもうひとつしかない。理菜がいれる場所はもうあそこしかない。


 誰の警告かは知らないけど、理菜はそれに負けないと思った。
 絶対に負けたくない、と。



 路地から出て、理菜は取りあえず家に戻った。家にはやっぱり誰もいなかった。
 母親は忙しいのか、いつ帰って来てるのか分からない。もうずいぶんと顔を合わせてないような気がする。
 部屋に荷物を置いて、理菜はため息を吐いた。もう理菜は普通には戻れないのかもしれない。
 あの日、あんなことがあってから、理菜はもう戻れないのかもしれない。





 ひとりで部屋の中にいたその頃、玄関の方から亜紀の声が響いた。


「リナ!!いるー?」
 亜紀は勝手に家に上がり込んできた。
うちを知り尽くしている亜紀はズカズカと入ってくる。
 そんな亜紀に呆れながら、理菜は階下に向かう。



「アキ。久しぶり。学校、どうだった?」
 そう言う理菜に、亜紀は呆れてる。理菜は最近、学校に行ってない。
 そんな理菜に亜紀は言う。
「ちゃんと、学校来なよ」
 亜紀は理菜が話さなくても分かってるみたいだった。




 ──家でのコト。
 ──学校でのコト。
 ──ヨシキさんのコト。


 そのすべてが今の理菜に影響している。
 学校ではひとり孤立していて、先生には目の敵にされるくらいだ。
 それはこの容姿の所為だろうけど……。



 理菜は学校でいろんなことを言われている。それをちゃんと知ってる。
 亜紀もそれは知っていて心配してくれてる。


「リナ。学校だけはちゃんと来なよ。マジでさ」
 理菜は亜紀を自分の部屋に入れて、床にぺたっと座った。



 心配してくれる亜紀。
 それは分かってる。
 だけど、学校は理菜の居場所じゃない。

 ──先生もクラスメートも。
 ──あたしを人だとは思ってない。
 ──他の子とは違う容姿。
 ──それだけでもう、バケモノ扱い。



 ピンポーン──……。



 玄関のベルが鳴り響く。そのインターホーンに驚きながら理菜は立ち上がり、インターホーンに出る。

「誰?」
「佐々木だけど」
 聞こえてきた声に、固まって動けなくなった。


(なんで、佐々木が?)



「コウ?開いてるから入っておいでよ」
 理菜の代わりに亜紀が横から言った。
「アキ!」
「心配してるのよ」
 亜紀はそう言うと玄関に向かった。




「何で来ないんだ?」
 浩介は入って来るなり言った。
 どうも理菜は浩介を好きにはなれない。やっぱり引き摺っているのかもしれない。小学校の時にやられたこと。


「聞いてんのかよ!」
 浩介は理菜に怒鳴りつける。だけど理菜は無視をしていた。
「リナ!」
 また浩介は叫ぶ。ちょうどその時、駿壱が帰ってきた。



「おい。オマエ」
 眉を上げて駿壱は浩介を見据える。
(なんか機嫌悪そう)
 理菜は感じて、亜紀を理菜の部屋へ行くように促した。


「お、お帰り。お兄ちゃん……」
 駿壱は浩介を見ていた。
「何でコイツが家にいるんだ!?」
 機嫌が悪いところに浩介がいるから、駿壱の怒りがヒートアップする。
 理菜は仕方なく、浩介も自分の部屋に招きいれた。



「ごめんね。なんか機嫌悪いみたい」
 部屋に入り、ふたりに言う。
(何で、佐々木が来たの?)
 自分は浩介に嫌われてると、思っている理菜は不思議でならなかった。


「リナ。学校に来いよ。みんな、待ってる」
 浩介。
 理菜は浩介の言う事は信じられないでいた。
 クラスメートたちが待ってるなんてことはない。
 ましてや、担任も来ない方がいいって思ってるんじゃないか。


「リナ。コウは心配してるのよ」
 亜紀は浩介と幼なじみで、家が隣。だから亜紀は浩介のことはよく分かってるらしい。
「本当にヤバイ事になるぞ」
 浩介は言う。
 既にヤバイことになってると感じている理菜は、浩介の言葉に頷くことは出来なかった。

「佐々木。あたしは元の自分に戻っただけ。何も変わらないよ」
 もう、戻れない。
 何があってもきっと…… 。



 ──孤立していることには変わらない。
 ──今更行ったって、仕方ない。
 ──あたしは見放されたんだから。



「リナ」
 浩介がこっちを見ていた。なんでこっちを見ているのか不思議でならない。
「お前、最近どうしたんだ?」
 理菜をじっと見て言う浩介は、小学校の時とは違う顔を見せていた。
 あんなに自分のことを虐めていたくせに、なんでこうも心配するのか分からない。
 亜紀はずっと理菜と一緒にいたから、亜紀に心配されるのは分かるけど、と。



(なんで……?)



「俺さ、歯止め、利かなくなったんだよ」
 浩介が急に話しだした。それはもうずいぶんと昔の話。理菜が初めてこの街に来た時の話。
 小学校1年の秋だった。




「俺、あの時初めて見たんだよ。髪が金色のやつ」
 話す浩介は罪悪感でいっぱいだっていう顔をしていた。



 そういえばあの時も理菜は孤立していた。



 こんな色のせいで理菜は他のコから敬遠されていた。
 そんな理菜に浩介は言ったんだ。
「ガイジン」って。
 そんな言葉なのに、理菜に声をかけてきたことが少し嬉しく思ってしまって。





でも、それはイジメの始まりだったんだ。



 まぁ辛かったのは最初だけで、高学年になる度に他の子たちはイジメには参加しなくなった。
 たぶん、もう飽きたんだろうって思う。



「俺、お前に謝りたいってずっと思ってて。でもきっかけがつかめなくて……」
 情けない声を出す浩介に呆れて「別にもういい」と言っていた。
 それは投げやりじゃなく本当にもうどうでもいいことだったから。




 浩介が話終わると、それまで黙っていた亜紀が理菜の顔を見て言った。
「リナ。コウがなんでここまで来たと思ってる?」
「え」
「コウがなんでここに来たのか」
 浩介が秋月家に来た理由。
 そんなこと、考えても仕方なかった。わざわざそれを言いに来ただけだろう。
 理由に許して欲しいと思っていたから。


「リナ」 
 もう一度理菜は呼ばれると、面倒くさそうに答えた。
「だからもういいって。別に気にしてないし。気にする余裕もないし」
 そう。
 理菜は今、そんなことを気にする余裕もなかった。いろいろとあり過ぎて頭の中、混乱しているから。




 誰があの警告をしたのか。
 不思議でならない。
 それが一番気になってることだから。





「リナ」
 浩介は理菜を見た。
「許してくれるのか……?」
 伺うように言うそんな浩介が、なんか可笑しかった。


 くすっと笑った理菜に亜紀も浩介も安心したかのように笑った。

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