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第1章
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目の前にある駅の掲示板。
繁華街の真ん前の駅。
その一角の駅前公園広場。
そこから見える、駅の古い掲示板。
そこに理菜たちは立っていた。
「リナ」
駿壱が理菜の頭に手を置く。この行動は、理菜が幼い頃からの駿壱の癖だ。理菜を落ち着かせる為にしてきたこと。
それは今も変わらずにする癖だった。
掲示板には貼り紙がしてあった。理菜の名前と学校。
そしてレイプ事件の時の写真。
理菜がヤられてるところの写真。
いつ撮られていたのか分からない、この写真。
誰が撮ったのかも分からない、この写真。
それがこの掲示板に貼られている。
駅の掲示板は、とても古い。他の駅にはもう見ることはない掲示板だが、ここはまだその掲示板が置かれている。
その掲示板は、いつも誰も気にしないで通り過ぎる。
だけどこれは通り過ぎてもきっと分かる。
気にしなくても気になる。そのくらいの大きさの貼り紙だった。
「気付いたのは1週間前」
良樹は言った。
「カズキがここを通った時に気付いたらしい」
1週間前ってことは、あの男たちをボコボコにしてすぐのことだ。
「リナ」
じっと掲示板を見つめて何も言わない理菜。この貼り紙をしたヤツは理菜が気に入らないのか、ご丁寧にいろんなことが書かれていた。
“ヤれる女”
“誘う女”
“シて欲しい女”
いろんなことが貼り紙の隅々に書かれている。
ぎゅっと手を握り、それに耐える。唇を噛み締めて、それに耐えている。
──誰が好き好んでこんなことするかっ!
そんな“怒り”が出てくる。でもそれをどこにぶつけたらいいのか分からないでいた。
「剥がしてもまた貼られる」
「でもこのまま貼りっぱなしも俺はイヤだ」
「だけど、また貼られる」
「分かってるけど、こいつが傷付く!」
理菜の両隣でそう言い合う駿壱と良樹。理菜は掲示板をじっと見て、その貼り紙をビリビリにしていた。
そしてそのまま、公園広場の方へ歩いて行った。
理菜はそんな見世物のように見られるのは嫌だった。
(あたしはあたしでいたいだけなのに)
なんでこんな思いしなきゃいけないんだろう。
涙は見せなかった。
悔しくて悔しくて涙も出ない程に悔しかった。
理菜の知らない場所で何かが動いていることが許せなかった。
理菜の後ろを着いてくるふたりに振り返ることなく歩いてる。
理菜はどうしたいのか分からないまま歩いていた。
ただ、この悔しさをどうにかしたいという思いだけだった。
そんな理菜を分かっているのか、駿壱は何も言わずただ隣にいてくれていた。
公園の真ん中で立ち止まって、理菜は駿壱の服の袖を掴んでいた。
──あたし、いつまでたっても甘えてる。
そう思うけど、どうにもならなかった。
今の自分はどうにもならなかった。
「リナ」
駿壱も理菜には甘いって分かる。黙って理菜の顔を隠すように抱き寄せてくる。
そして宥めるように背中をトントンと叩く。
──悔しい。
──悔しい。
──悔しい。
──誰があたしをこんな風にしたの。
──誰があたしを陥れるの。
──誰があたしを……。
その貼り紙が警告だって知ったのはそれからまた1週間経ってからだ。
◆◆◆◆◆
学校の机に突っ伏していた理菜に1本の電話がかかってきた。理菜のスマホのメモリーには登録される人は限られている。
亜紀に駿壱。
母親に百合に一樹。そして良樹。
そんな理菜のスマホにかかって来た1本の電話。スマホの画面には公衆電話とかかれていた。
ここ最近は公衆電話なんて見かけない。そんな公衆電話からかかって来たその電話に理菜は黙って出た。
「誰…?」
理菜はそう聞いてみた。電話の相手は知らない声だった。
『なぁ。君、秋月理菜?』
そう言う声は気持ち悪い声だった。
『そんなにヤりたいの?』
黙る理菜を余所にその男は続ける。
『俺とヤろう。俺ならいつもOKだからさ』
「バカじゃねーの」
理菜はその男に向かって言った。その言葉にその男の怒りがボルテージを上げたみたいで声色が変わった。
『そんな口、利いていいのか?』
低い声はあたしを震え上がらせる。
『俺はある人から依頼受けてんだよ。秋月理菜をヤれって』
──依頼…?
──どういうこと?
『いいか。これは警告だ。林良樹に近付いたら、今度はお前を確実にヤる』
それが最初の警告だった。
2度目の警告を受けたのは学校をサボって繁華街へ行った時だった。
百合に呼ばれて、繁華街の雑貨屋の前で待っていた時。理菜は視線を感じていた。
周りには専門学生らしい学生やOLが、大勢集まっている場所。
その中の誰かが理菜に視線を向けていた。
「リナ。お待たせ」
百合はそう言うと理菜に笑顔を向ける。だけど視線が気になって何も答えられない理菜に不審がり、理菜の顔を覗いて来た。
だから理菜は「なにもない」と言うしか出来なかった。
百合に何かして欲しいわけじゃない。
駿壱に何かして欲しいわけじゃない。
ましてや良樹に何かして欲しいわけじゃない。
だから、何も言わない。
言いたくない。
理菜はその日。百合とショッピングして、帰りはそのまま倉庫へ行かなきゃ行けないからってその場で別れた。
だけどそれがいけなかった。
2度目の警告がすぐそこに迫っていた。
ひとりでブラブラとしながら繁華街から離れて行く。
家に帰っても誰もいない。
だけど明日は学校に行かなきゃなと考えて帰らなきゃと思い、ショッピングバッグを持ちながら歩いていた。
歩いては止まり、歩いては止まった。
そんな行動を起すのはさっきから誰かが近付いて来ているのを感じていたからだった。
走って逃げようと思ったけど、逃げられるわけないと感じた。
そのくらいの痛い視線が後ろにある。
ゆっくりと歩いてまた立ち止まって、そしてまた歩き出す。
そんなことを繰り返してみて、あたしは走り出した。掴まるって分かっていても、走った。
それしかもう方法はなかったから。
腕を掴まれて路地へ引きずり込まれた。
あの日のことを思い出してしまう。身体が強張って、身体が怖さで震えてる。
それが分かるくらい、理菜はあの日のことを思い出していた。
「…………っ!」
路地に入り込んでどこかの店の壁に理菜は押し付けられる。そして口を塞がれて、顔を近づけて来る。
目の前に見えた男はスキンヘッドのイカツイお兄さん。
その男は理菜に低い声で言った。
「林良樹に関係するヤツに近付くんじゃねーよ」
──ヨシキさんに関係するヤツに近付くなって。
──ユリさんにも近付くなってこと?
そう思いながらも口が塞がれて、怖さで何も言えない。
何も出来ない。
「次はない」
男はそう言うと、理菜から離れて行った。
男がいなくなったのを確認して、理菜はそのままその場に座り込んでしまった。
怖くて怖くて怯えていた……。
繁華街の真ん前の駅。
その一角の駅前公園広場。
そこから見える、駅の古い掲示板。
そこに理菜たちは立っていた。
「リナ」
駿壱が理菜の頭に手を置く。この行動は、理菜が幼い頃からの駿壱の癖だ。理菜を落ち着かせる為にしてきたこと。
それは今も変わらずにする癖だった。
掲示板には貼り紙がしてあった。理菜の名前と学校。
そしてレイプ事件の時の写真。
理菜がヤられてるところの写真。
いつ撮られていたのか分からない、この写真。
誰が撮ったのかも分からない、この写真。
それがこの掲示板に貼られている。
駅の掲示板は、とても古い。他の駅にはもう見ることはない掲示板だが、ここはまだその掲示板が置かれている。
その掲示板は、いつも誰も気にしないで通り過ぎる。
だけどこれは通り過ぎてもきっと分かる。
気にしなくても気になる。そのくらいの大きさの貼り紙だった。
「気付いたのは1週間前」
良樹は言った。
「カズキがここを通った時に気付いたらしい」
1週間前ってことは、あの男たちをボコボコにしてすぐのことだ。
「リナ」
じっと掲示板を見つめて何も言わない理菜。この貼り紙をしたヤツは理菜が気に入らないのか、ご丁寧にいろんなことが書かれていた。
“ヤれる女”
“誘う女”
“シて欲しい女”
いろんなことが貼り紙の隅々に書かれている。
ぎゅっと手を握り、それに耐える。唇を噛み締めて、それに耐えている。
──誰が好き好んでこんなことするかっ!
そんな“怒り”が出てくる。でもそれをどこにぶつけたらいいのか分からないでいた。
「剥がしてもまた貼られる」
「でもこのまま貼りっぱなしも俺はイヤだ」
「だけど、また貼られる」
「分かってるけど、こいつが傷付く!」
理菜の両隣でそう言い合う駿壱と良樹。理菜は掲示板をじっと見て、その貼り紙をビリビリにしていた。
そしてそのまま、公園広場の方へ歩いて行った。
理菜はそんな見世物のように見られるのは嫌だった。
(あたしはあたしでいたいだけなのに)
なんでこんな思いしなきゃいけないんだろう。
涙は見せなかった。
悔しくて悔しくて涙も出ない程に悔しかった。
理菜の知らない場所で何かが動いていることが許せなかった。
理菜の後ろを着いてくるふたりに振り返ることなく歩いてる。
理菜はどうしたいのか分からないまま歩いていた。
ただ、この悔しさをどうにかしたいという思いだけだった。
そんな理菜を分かっているのか、駿壱は何も言わずただ隣にいてくれていた。
公園の真ん中で立ち止まって、理菜は駿壱の服の袖を掴んでいた。
──あたし、いつまでたっても甘えてる。
そう思うけど、どうにもならなかった。
今の自分はどうにもならなかった。
「リナ」
駿壱も理菜には甘いって分かる。黙って理菜の顔を隠すように抱き寄せてくる。
そして宥めるように背中をトントンと叩く。
──悔しい。
──悔しい。
──悔しい。
──誰があたしをこんな風にしたの。
──誰があたしを陥れるの。
──誰があたしを……。
その貼り紙が警告だって知ったのはそれからまた1週間経ってからだ。
◆◆◆◆◆
学校の机に突っ伏していた理菜に1本の電話がかかってきた。理菜のスマホのメモリーには登録される人は限られている。
亜紀に駿壱。
母親に百合に一樹。そして良樹。
そんな理菜のスマホにかかって来た1本の電話。スマホの画面には公衆電話とかかれていた。
ここ最近は公衆電話なんて見かけない。そんな公衆電話からかかって来たその電話に理菜は黙って出た。
「誰…?」
理菜はそう聞いてみた。電話の相手は知らない声だった。
『なぁ。君、秋月理菜?』
そう言う声は気持ち悪い声だった。
『そんなにヤりたいの?』
黙る理菜を余所にその男は続ける。
『俺とヤろう。俺ならいつもOKだからさ』
「バカじゃねーの」
理菜はその男に向かって言った。その言葉にその男の怒りがボルテージを上げたみたいで声色が変わった。
『そんな口、利いていいのか?』
低い声はあたしを震え上がらせる。
『俺はある人から依頼受けてんだよ。秋月理菜をヤれって』
──依頼…?
──どういうこと?
『いいか。これは警告だ。林良樹に近付いたら、今度はお前を確実にヤる』
それが最初の警告だった。
2度目の警告を受けたのは学校をサボって繁華街へ行った時だった。
百合に呼ばれて、繁華街の雑貨屋の前で待っていた時。理菜は視線を感じていた。
周りには専門学生らしい学生やOLが、大勢集まっている場所。
その中の誰かが理菜に視線を向けていた。
「リナ。お待たせ」
百合はそう言うと理菜に笑顔を向ける。だけど視線が気になって何も答えられない理菜に不審がり、理菜の顔を覗いて来た。
だから理菜は「なにもない」と言うしか出来なかった。
百合に何かして欲しいわけじゃない。
駿壱に何かして欲しいわけじゃない。
ましてや良樹に何かして欲しいわけじゃない。
だから、何も言わない。
言いたくない。
理菜はその日。百合とショッピングして、帰りはそのまま倉庫へ行かなきゃ行けないからってその場で別れた。
だけどそれがいけなかった。
2度目の警告がすぐそこに迫っていた。
ひとりでブラブラとしながら繁華街から離れて行く。
家に帰っても誰もいない。
だけど明日は学校に行かなきゃなと考えて帰らなきゃと思い、ショッピングバッグを持ちながら歩いていた。
歩いては止まり、歩いては止まった。
そんな行動を起すのはさっきから誰かが近付いて来ているのを感じていたからだった。
走って逃げようと思ったけど、逃げられるわけないと感じた。
そのくらいの痛い視線が後ろにある。
ゆっくりと歩いてまた立ち止まって、そしてまた歩き出す。
そんなことを繰り返してみて、あたしは走り出した。掴まるって分かっていても、走った。
それしかもう方法はなかったから。
腕を掴まれて路地へ引きずり込まれた。
あの日のことを思い出してしまう。身体が強張って、身体が怖さで震えてる。
それが分かるくらい、理菜はあの日のことを思い出していた。
「…………っ!」
路地に入り込んでどこかの店の壁に理菜は押し付けられる。そして口を塞がれて、顔を近づけて来る。
目の前に見えた男はスキンヘッドのイカツイお兄さん。
その男は理菜に低い声で言った。
「林良樹に関係するヤツに近付くんじゃねーよ」
──ヨシキさんに関係するヤツに近付くなって。
──ユリさんにも近付くなってこと?
そう思いながらも口が塞がれて、怖さで何も言えない。
何も出来ない。
「次はない」
男はそう言うと、理菜から離れて行った。
男がいなくなったのを確認して、理菜はそのままその場に座り込んでしまった。
怖くて怖くて怯えていた……。
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