大人初恋

39

「落ち着いた？」
　どのくらいそうしていたのか分からない。長い時間だったのか、短い時間だったのか。感覚が麻痺しているかのようだった。
　顔を上げると、翔が優しく笑っていた。
「大丈夫？」
　聞かれてコクンと頷く。
「ハラ、減ったなぁ」
　何があったのか聞くことはしない翔に、申し訳ないという思いとどう話したらいいのか分からないという思いが入り交じりになっていた。
「今日はなんか頼むか」
　そう言ってスマホを取り出した。



　　　　　◇◇◇◇◇



　テーブルの上にはデリバリーで頼んだ料理と、缶ビールが並んでいる。
　何があったのかを聞くことをしない翔に、申し訳ないと思いつつも嬉しく感じていた。

「翔……」
　缶ビールを手にしながら翔に呼び掛ける。
「なにも……聞かないのね」
「ん？」
「今日、なにがあったのか……」
　俯いてる菜々美の隣に座ると、頭に手を置いて優しく髪を撫でる。
「言いたくなったら聞くから」
「翔……」
「今は言いたくないんだろ？」
　思わず翔の顔を見た菜々美は、涙を堪えるのに必死だった。
「なんで……、なんでそんなに優しいの」
「ん？そっか？」
　コクンと頷き、缶ビールをゴクンと飲み干した。
「おれは優しい男じゃねぇよ。自分がいいように見られたいただの見栄っ張りだ」
　菜々美の肩を抱いて話す翔は、自分がいかにダメな男かを説明していた。

「えー……、そんなことないよー」
「あるんだよ。高校生の頃だってそうだ。当時付き合ってた女子大生におれは大学生だって偽ってたし」
　ここでびっくり発言が飛び出した。
「え？大学生って言ってたの？」
「うん」
「え……、それはどうなのよ」
「すぐにバレてフラれた」
　茶目っ気のある顔で過去の話をしたから、嫉妬するなんてことはなく、菜々美は呆気に取られて次の瞬間、笑いに変わっていた。
「ふふっ……。もう、翔ったら……っ。それはフラれるでしょ」
「だよなぁ」
　ふたりで笑って、食事を取ってビールを飲んだ。
　翔のおかげで母親が話した内容で、気に病むことはなかった。