大人初恋

星河琉嘩

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 朝、キッチンで珈琲を入れてるとリビングのソファーで寝ていた翔が起きる。
 あれだけ缶ビールを開けたのに、ケロッとしている菜々美に対して、まだボーとしている翔はキッチンにいる菜々美を見ていた。
「起きた?」
「……お前、本当にザルだな」
「ま、酒豪の父の血かな」
 母親もそれなりに呑むけど、父親の血の方が濃い。菜々美は完全に父親似だった。容姿も父親譲りのキレイな顔をしている。
(あ……、そうか。実父似だから養父と折り合いが悪いのかもしれない)
 珈琲を入れながらそう思い返していた。

 養父はとても嫉妬深い人だ。母親が近所のおじさんに挨拶を交わしただけでも嫉妬する。
 入った店の店員が男だったら即店を出る。
 菜々美が中学三年生の時は、担任が男性だった。その三者面談の時に母親に行くなと言い、養父が来たことがあった。とことん男性と関わるのを嫌がった。
 その為、菜々美にもしわ寄せが来る。菜々美の高校を女子校を希望したのは養父だった。だが、菜々美はそれなりの学力があった為、そこを推されて尚且つ菜々美もそこを希望した。
 その事を近所に住む養父の親戚があまりにも褒めるものだから、養父は折れてその学校を受けることを許されたのだ。

「お前の親父さん、なんで亡くなったの?」
 翔が菜々美にそう言う。
「あ──……」
 少し考えてから、菜々美は言った。
「白血病……だったらしいの」
「白血病?」
「うん。私が小学校上がる前の話ね。だから、あまり記憶はないの。元気だった頃の記憶は殆どないのよ」
 いつも病室のベッドの上にいる父しか分からない。小学校上がる前の話だから、記憶も曖昧だ。
「詳しいことは聞いてないわ。それからずっと母とふたりだったから」
 なのに、急に名字が変わった。環境も変わった。友達と離れていかなければならなかった。
(みんな元気かな……)
 小学校の友達を思い出しては懐かしむ。そんな菜々美に近付き、菜々美の頭をぽんと撫でた。

「会ってみたかったな。菜々美のお父さんに」
 記憶が殆どない父親に会ってみたかったという翔に、なんだか胸がキューとなった。
 そんな風に言ってくれるとは思わなかったから。
「ありがとう……」
 菜々美は照れ臭くてそう言うのが精一杯だった。



     ◇◇◇◇◇



「中山くん、そんなこと言ったの?」
 菜々美の父親に会ってみたかったと言った翔の言葉に驚く、かよ。
 かよの中では翔はそんなことを言わないと思っていたのだ。
「高梨の父のことは話したの?」
「折り合いが悪いとは話した」
「そっか」
 かよはそれ以上なにも言わなかった。

 かよにも養父とのことは話してある。かよはそのことについて何も触れない。
 そうなんだ……とひとこと言っただけだった。
 養父とのことは他にも色々とある。中学時代、菜々美を気にかけてくれていた男の子がいた。
 菜々美がその男の子といるだけで物凄い剣幕で怒り出し、菜々美と引き剥がしたことがあった。
 そのせいか、菜々美の回りには男の子たちは寄り付かなかった。
 
 さすがにそんな話は誰にも出来ない。
 養父は菜々美のことも自分の所有物であるかのように振る舞うのだ。
 だから家から出たのだ。
 菜々美には異父兄弟がいる。養父と母親の子だ。再婚した次の年に弟が産まれている。弟は今11歳。生意気な弟は、さすが養父の子とあって菜々美が作家をしていることを軽蔑している。菜々美を姉とも思ってもないのかもしれない。



 ~♪~♪~♪~
 菜々美のスマホが鳴る。画面を見るとけんと表示されている。
 賢は弟だ。滅多にかけて来ない弟からの電話に戸惑った。
(何かあった……?)
 そう思いながら電話に出る。
『もしもし?』
 電話の向こうから聞こえる久しぶりに聞く弟の声。その声は生意気が加速していた。
「なに?私に電話かけてくるなんて」
『欲しいものがあるんだけど』
(きた……。賢はいつもそうだ)
 欲しいものがあると、菜々美にお願いをする。養父にはお願い出来ないから、菜々美に買ってもらったと言えば自分はお咎めないからだ。
 だけど、菜々美は分かってる。
 賢に買ってあげると、養父に怒鳴られるのは自分だと。
「無理よ。お養父さんに怒られる」
『いいじゃん』
「無理。お養父さんに聞いて」
 そう言って電話を切る。賢はいつもこうだ。
「弟?」
 かよは菜々美に電話の相手を聞く。かよは賢を知ってる。高校生の頃、賢に会ってる。
 その時はまだまだ可愛い弟だった。が、成長するにつれ生意気な弟に変貌した。
 そのことを知ってるから、かよもあまりいい顔はしなかった。
「ますます生意気になっていく」
 菜々美が実家に寄り付かないのは、この弟がいるせいもある。
「中山くんを実家に連れていかないことね」
 かよはそう言った。もとより菜々美は実家と翔を関わらせることはしたくないと思っていた。
 そのくらい、菜々美の実家は居心地の悪いものとなっていた。
 菜々美自身も実家とは関わりたくないのだ。
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