大人初恋

星河琉嘩

文字の大きさ
上 下
1 / 50

1

しおりを挟む
 恋愛小説家の高梨菜々美の初恋は高校生の頃だった。人よりちょっと遅めの初恋。だけど、大人しい性格の菜々美はその彼とまともに会話も出来ずに高校を卒業した。
 それ以来、恋というものはしたことない。


「菜々美先生!」
 菜々美の仕事場マンションにやってきた担当編集者の山之内は、原稿が完成していないことに苛立っていた。
「仕方ないじゃないの!」
 今回の話を書くにあたって、菜々美はとても困り果てている。それというもの、話の流れでどうしても男女の絡みを書かなくてはいけないのだ。
(経験がない私が書くのよ。どう書けばいいのか……)
 今までも書いてははいた。だが、まだ軽いものだった。
 だけど、今回はそうはいかない。なんとか書かなくてはいけない。

「もう少し、待ってて……」
 菜々美はこう見えてもそれなりの売れっ子。マンションを購入してそこを仕事場と住まいにしている。
「分かってますよ。菜々美先生なら出来ること!」
 山之内はそう言うと「来週また来ますから」と言って帰っていく。

「はぁ~……」
 山之内が帰った後、大きなため息を吐く。どう書けばいいのか分からない菜々美は一旦、パソコンを閉じた。




 ♪~♪~♪~
 スマホの音楽が鳴り出す。自分の好きなアーティストの曲を着信にしている。
 スマホの画面には【母】の文字。
「はぁ~」
 とため息を吐いて、電話に出た。
「なにー?忙しいんたけど」
『あんたねー!電話くらい寄越しなさいよ』
 と母の声が響く。
「なんの用?」
『同窓会のハガキ来てるから、取りに来なさい』
「えー……」
『いいから来なさい!』
 一方的に切られた電話にまたため息を吐く。

 菜々美と実家は折り合いが悪い。
 実家というより、父親との折り合いが悪いのだ。母親はその間に挟まれているからなのか、菜々美にどうにか折れて欲しいと願ってる。
 父親は母親の再婚相手だった。中学生の頃に母親は再婚したのだ。
 その養父は、菜々美の職業が気に入らない。元々、菜々美の性格も気に入らないから、よくケンカになっていた。
 漫画や小説をよく読んでいた菜々美のことをよく思っていなかった。ましてや、書いてるなんて許せなかったのだ。そのことでケンカをしては家出を繰り返していたこともあった。
 
 高校三年の夏休みに菜々美の小説が小説雑誌に掲載された。
 それが更に関係を悪化させたのだ。

(気が重い……)
 菜々美はため息を吐いて、部屋を出る。



 実家とマンションは遠くもないが近くもない。隣の隣くらいの街に位置する。
 マンションの駐車場へ行き、赤い車に乗り込むと、エンジンをかけた。菜々美が赤い車にしたのは、養父に反発する為だった。養父は赤いもの、ピンクのものを持つことを嫌った。女の子はそういう色が好きになる傾向があるが、それを禁止した。加えてひらひらとしたスカートなども許せないのか、禁止にした。
 なぜなのか、当時の菜々美は聞いたが「男遊びする気か!」と怒鳴られた。
 なので母親も赤いものピンクのものなどは一切買わなくなった。それまではよく買ってくれていた。ひらひらとしたスカートやワンピースもよく買ってくれていた。それらが一切禁止になった。
 スカートは制服だけ。持っていたスカートは全て捨てられたくらいだった。
 そんな少女時代を過ごさなければいけなかったので、あまりいい思い出はない。


「はぁ……」
 赤い車を停めて、実家を見上げる。ため息しか出てこないことが嫌になる。

 ピンポーン……。
 インターフォンを鳴らすと、中から母親が出てきた。
「菜々美。入って」
 中に連れ込まれると、リビングまで引っ張られる。リビングには父親が仏頂面で座っていた。
「……た、ただいま」
 恐々と父親に言うと、父親はチラッと菜々美を見た。
「なぜそんな格好している」
 低い声で威嚇するように言う。菜々美は敢えて父親が嫌がる格好をしていた。タイトなスカートと、シフォン生地のブラウス。ひらひらとしたスカートではないけど、これもまた父親は嫌うものだった。
「好きな格好して何が悪いですか」
「菜々美!」
 大きな声で怒鳴る父親をちらっと見て、母親に向き直る。
「ハガキは?」
「あ、これ……」
「ありがとう。私、仕事まだあるから」
 そういうとリビングを出ようとしたその時、父親がまた威圧感たっぷりに言った。
「まだあんなくだらないことやってるのか。まともに仕事したらどうだ」
 小説家を仕事として見てくれない父親に嫌気が差す。
「これでも結構人気なんです」
 そう言うと実家を出る。目の前に停めてある車に乗り込むと、エンジンをかけて走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋愛対象

すずかけあおい
BL
俺は周助が好き。でも周助が好きなのは俺じゃない。 攻めに片想いする受けの話です。ハッピーエンドです。 〔攻め〕周助(しゅうすけ) 〔受け〕理津(りつ)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...