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番外編
その後のふたり…… 4
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「な、心配することなかったろ」
帰りの車の中、隣に座る柚子に言う。柚子はずっと緊張していただろうが、案外すんなりと話は進んだ。
結婚することと、柚子が妊娠していると伝えると、俺の家族はあっけらかんとして「そ。分かった」とだけ言った。
そんな俺の家族に呆気にとられた柚子は、思わず俺の顔を見たくらいだった。
「で、でも……。本当に大丈夫……だったの?」
まだ不安に思ってるのか、柚子はそう言う。俺はハンドルを握りながら柚子を横目で見る。
「大丈夫だよ」
「でも……」
「俺を信じて」
俺がそう言うとコクンと頷いた。
柚子を実家に送り届けると、湊がいた。
「零士」
「よぉ」
「あんまり柚子を連れ回すなよ」
「俺の実家行ってた」
「あぁ……」
何をしに実家に連れていったのか察した湊は、柚子の頭を撫でた。
前から思っていたけど、湊はすぐそうやって柚子に触る。それが当たり前のように柚子も笑ってる。
この兄妹はいつもこうだったのだろう。
「零士」
湊がこっちを見た。
「これから大変だろうけど、柚子をちゃんと守れよ」
「分かってる」
湊は相当のシスコンらしい。
「お兄ちゃん、髪の毛ぐちゃぐちゃになる」
甘えた声を出す柚子もブラコン……なのか?
「ごめんなさいね」
柚子のお母さんが俺を見た。
「うちの子たち、昔っからああなのよ」
苦笑する柚子のお母さんは、呆れているのかふたりを見ていた。
「柚子。どうする?」
俺は明日は事務所に行かなくてはいけない。柚子は俺を見上げて「零士さんと一緒に……」と、俺の服の裾を掴む。
その仕草にかわいいと思った。その柚子を思わず抱き締めたくなった。
◇◇◇◇◇
結局、柚子を連れてマンションに戻って来た。
「疲れてない?」
柚子をソファーに座らせた俺は、飲み物を取りにキッチンへと行った。
「平気」
笑う柚子が可愛い。
ふと俺は、マンションを見渡した。
結婚するとしたら、このマンションじゃ手狭になるかな。ふたりだけだったらまだいいかもしれないが、子供が産まれる。
「なぁ、家、建てようか?」
柚子にベットボトルのお茶を渡す。最近、俺の冷蔵庫の中には麦茶が多く入ってる。妊婦にはカフェインがダメらしく、入っていない麦茶をメインに飲む柚子。そんな柚子が俺の言った言葉に驚いて目を丸くする。
「家?え?」
理解が出来ないとでも言うように俺を見る。
「そ。子供産まれたら手狭になるだろ。産まれる前に決めないか」
「家……」
ポツリと呟いた柚子は返答に困ってしまったのか、俺をじっと見ていた。
俺は柚子の隣に座ってこれからのことを話した。
このマンションだと、子供が危ないと。ここには俺の楽器や機材が置いてある部屋もある。その部屋に入ったらきっと危険だし、産まれてからだとなかなか動けなくなるかもしれないと。
地元の方がいいのなら、地元に家を建ててもいい。どのみち、地元から都内に来るのは車で一時間くらいだ。問題はない。
柚子の為ならどこでだっていい。
結婚式のことも考えなきゃいけない。結婚発表もしなきゃいけないし……と、ふたりで沢山のことを話した。
「あの……ね」
柚子は申し訳ないように言う。
「家のことは、零士さんに任せる。よく分からないから……。でも、一番気がかりなのは……、大学のこと……」
柚子は今、大学を休学している。今後、大学に復帰するのかということを考えている。
「大学、復帰してもいいし、辞めてもいいし、それは柚子がゆっくり決めればいい。復帰するならその間、俺が子供の面倒はしっかり見るよ。現場に連れて行ってもいいしさ」
そう言うと驚いてこっちを見た。
「現場に連れていくの?」
目を丸くした柚子に笑って、「ダメ?」と聞いた。
「迷惑かける」
「心配いらないよ」
ポンと頭に手を置いた。
結局、家は地元に建てることにした。何かあったらすぐに柚子の親や俺の親に頼れるように。
マンションはそのまま、仕事部屋として残すことにした。不便を感じるようになったらまた考えようと。
それから本当に大変だった。
事務所に柚子を連れていき、社長に紹介した。社長は「本当に結婚するのか」と驚いた。
入籍の日に合わせて結婚発表の日を決めて、柚子のお腹が大きくならないうちに家族だけで式を挙げた。
◇◇◇◇◇
「お疲れ様!」
レコーディングスタジオを勢いよく飛び出した俺は、自分の車に飛び乗り病院まで急ぐ。最近の俺たちはアメリカでレコーディングはしないで、日本でレコーディングをしている。それは柚子の為だった。
いつ産気付いてもいいようにだった。俺の状態のこともあったから、ライブもしていないのは、やっぱり柚子の為。
退院してからだいぶ経ってるから、身体も動くようにはなった俺だが、やっぱりまだ身体を動かすことがキツイ時もある。ライブのように走り回ったりするくらいの体力は、実はまだ戻ってない。そのせいもある。
あの事件から一年弱。
柚子は友達に裏切られたことから立ち直り、必死に子供も守って来てくれた。
そして今日、ようやく来てくれた。俺たちの元に。
柚子は実家に戻っていて、俺と離れて暮らしていた。要は里帰り出産ってヤツ。
俺もその方が安心だし。
で、レコーディングの最中。その連絡が来た。レコーディングを中断して、地元へ戻る。スピードを上げたいが、気をつけて来てくださいと柚子のお母さんに言われちゃ、スピードを上げていくわけにもいかなかった。
信号で停まると、気が焦る。早く青になれと念を入れてしまう。
(会いたい……。早く、会いたい……)
気持ちは焦るが、冷静を保とうと必死になる。
ようやく地元に入ると、柚子が入院した産院まで行く。派手な赤のスポーツカーはこの街では目立つ。だが、そんなことはお構い無しで産院の駐車場へ車を停めた。
帰りの車の中、隣に座る柚子に言う。柚子はずっと緊張していただろうが、案外すんなりと話は進んだ。
結婚することと、柚子が妊娠していると伝えると、俺の家族はあっけらかんとして「そ。分かった」とだけ言った。
そんな俺の家族に呆気にとられた柚子は、思わず俺の顔を見たくらいだった。
「で、でも……。本当に大丈夫……だったの?」
まだ不安に思ってるのか、柚子はそう言う。俺はハンドルを握りながら柚子を横目で見る。
「大丈夫だよ」
「でも……」
「俺を信じて」
俺がそう言うとコクンと頷いた。
柚子を実家に送り届けると、湊がいた。
「零士」
「よぉ」
「あんまり柚子を連れ回すなよ」
「俺の実家行ってた」
「あぁ……」
何をしに実家に連れていったのか察した湊は、柚子の頭を撫でた。
前から思っていたけど、湊はすぐそうやって柚子に触る。それが当たり前のように柚子も笑ってる。
この兄妹はいつもこうだったのだろう。
「零士」
湊がこっちを見た。
「これから大変だろうけど、柚子をちゃんと守れよ」
「分かってる」
湊は相当のシスコンらしい。
「お兄ちゃん、髪の毛ぐちゃぐちゃになる」
甘えた声を出す柚子もブラコン……なのか?
「ごめんなさいね」
柚子のお母さんが俺を見た。
「うちの子たち、昔っからああなのよ」
苦笑する柚子のお母さんは、呆れているのかふたりを見ていた。
「柚子。どうする?」
俺は明日は事務所に行かなくてはいけない。柚子は俺を見上げて「零士さんと一緒に……」と、俺の服の裾を掴む。
その仕草にかわいいと思った。その柚子を思わず抱き締めたくなった。
◇◇◇◇◇
結局、柚子を連れてマンションに戻って来た。
「疲れてない?」
柚子をソファーに座らせた俺は、飲み物を取りにキッチンへと行った。
「平気」
笑う柚子が可愛い。
ふと俺は、マンションを見渡した。
結婚するとしたら、このマンションじゃ手狭になるかな。ふたりだけだったらまだいいかもしれないが、子供が産まれる。
「なぁ、家、建てようか?」
柚子にベットボトルのお茶を渡す。最近、俺の冷蔵庫の中には麦茶が多く入ってる。妊婦にはカフェインがダメらしく、入っていない麦茶をメインに飲む柚子。そんな柚子が俺の言った言葉に驚いて目を丸くする。
「家?え?」
理解が出来ないとでも言うように俺を見る。
「そ。子供産まれたら手狭になるだろ。産まれる前に決めないか」
「家……」
ポツリと呟いた柚子は返答に困ってしまったのか、俺をじっと見ていた。
俺は柚子の隣に座ってこれからのことを話した。
このマンションだと、子供が危ないと。ここには俺の楽器や機材が置いてある部屋もある。その部屋に入ったらきっと危険だし、産まれてからだとなかなか動けなくなるかもしれないと。
地元の方がいいのなら、地元に家を建ててもいい。どのみち、地元から都内に来るのは車で一時間くらいだ。問題はない。
柚子の為ならどこでだっていい。
結婚式のことも考えなきゃいけない。結婚発表もしなきゃいけないし……と、ふたりで沢山のことを話した。
「あの……ね」
柚子は申し訳ないように言う。
「家のことは、零士さんに任せる。よく分からないから……。でも、一番気がかりなのは……、大学のこと……」
柚子は今、大学を休学している。今後、大学に復帰するのかということを考えている。
「大学、復帰してもいいし、辞めてもいいし、それは柚子がゆっくり決めればいい。復帰するならその間、俺が子供の面倒はしっかり見るよ。現場に連れて行ってもいいしさ」
そう言うと驚いてこっちを見た。
「現場に連れていくの?」
目を丸くした柚子に笑って、「ダメ?」と聞いた。
「迷惑かける」
「心配いらないよ」
ポンと頭に手を置いた。
結局、家は地元に建てることにした。何かあったらすぐに柚子の親や俺の親に頼れるように。
マンションはそのまま、仕事部屋として残すことにした。不便を感じるようになったらまた考えようと。
それから本当に大変だった。
事務所に柚子を連れていき、社長に紹介した。社長は「本当に結婚するのか」と驚いた。
入籍の日に合わせて結婚発表の日を決めて、柚子のお腹が大きくならないうちに家族だけで式を挙げた。
◇◇◇◇◇
「お疲れ様!」
レコーディングスタジオを勢いよく飛び出した俺は、自分の車に飛び乗り病院まで急ぐ。最近の俺たちはアメリカでレコーディングはしないで、日本でレコーディングをしている。それは柚子の為だった。
いつ産気付いてもいいようにだった。俺の状態のこともあったから、ライブもしていないのは、やっぱり柚子の為。
退院してからだいぶ経ってるから、身体も動くようにはなった俺だが、やっぱりまだ身体を動かすことがキツイ時もある。ライブのように走り回ったりするくらいの体力は、実はまだ戻ってない。そのせいもある。
あの事件から一年弱。
柚子は友達に裏切られたことから立ち直り、必死に子供も守って来てくれた。
そして今日、ようやく来てくれた。俺たちの元に。
柚子は実家に戻っていて、俺と離れて暮らしていた。要は里帰り出産ってヤツ。
俺もその方が安心だし。
で、レコーディングの最中。その連絡が来た。レコーディングを中断して、地元へ戻る。スピードを上げたいが、気をつけて来てくださいと柚子のお母さんに言われちゃ、スピードを上げていくわけにもいかなかった。
信号で停まると、気が焦る。早く青になれと念を入れてしまう。
(会いたい……。早く、会いたい……)
気持ちは焦るが、冷静を保とうと必死になる。
ようやく地元に入ると、柚子が入院した産院まで行く。派手な赤のスポーツカーはこの街では目立つ。だが、そんなことはお構い無しで産院の駐車場へ車を停めた。
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