もう一度抱きしめて……

星河琉嘩

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第5章

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『明日、そっちに行く』
 スマホから聞こえた声に胸がきゅぅとなる。ドキドキと心臓を打つ音が聞こえてくる。そのドキドキが早くて苦しくなる。
「零士……さん……」
『待ってて』
「うん……」
 電話を切ってもドキドキが止まらなくて苦しい。
 スマホを胸に抱き締めては落ち着かせようとしていた。


(会える。やっと会える……)
 別れてから既に3ヵ月は経っていた。抑えていた気持ちが溢れて出るように、涙が止まらない。
「うっ……、う……っ!」
 部屋でひとり、声を押し殺して泣いていた。



     ◇◇◇◇◇



「零士」
 朝早くに病室にやって来た湊に「なんでお前いるんだ」と苦笑いする。
「まだ運転、難しいだろうが」
 退院すると言ってもまだまだ本調子ではない。ずっと眠ったままだったせいもあるが、身体が思うようには動かないだろう。
 湊はそう思って迎えに来ていた。
 零士の両親には湊がそう伝えてあった。
「ほら、行くぞ」
 零士の荷物を持って湊は病室を出る。入院している間の支払い等は、昨日のうちに済ませていた。
 そのままナースステーションを通りお世話になったからと挨拶を交わし、病院を出ていく。
 湊の車の後部座席に乗った零士は「ふぅ……」と深いため息を吐いた。
「湊。どっか店寄って」
「なんで?」
「手土産」
「いらん」
「だってよー」
「お前がいればそれでいんだよ」
「お前の両親にさ……」
「いらねぇって」
 車の中でふたりはそうやり取りしていた。
「親父もお袋も、ちゃんと分かってる。今のお前の状況、分かってっからそんなもん、必要ねぇよ」
 運転する湊は零士の言葉を無視をして走らせる。そんな湊だから、零士は黙って座っていた。




     ◇◇◇◇◇



 落ち着かない柚子は少し外を歩いて来ようと、家を出た。ゆっくりと家の近所を歩くなんて久しぶりのことだった。
 思えばこの辺りを歩いていたのはいつ頃だったろうと、考える。小学校の時は芽依と煌太と一緒に走り回っていたことの方が多い。
 寝坊常習犯の煌太がいたせいで、走って学校まで行ったのだ。
 中学校は練習を兼ねて走って学校へ行っていた。柚子は陸上部の短距離走をやっていたから、トレーニングを兼ねていたのだ。
 高校は芽依と一緒にバス停まで歩き、そこからバスで学校に。煌太は朝練があるから先に行っていたのだ。
「ふふっ」
 思い出しながら歩いていると、よく走っていた土手に出る。この土手は中学校の時に走り込んでいた場所。
「懐かしい……」
 あの頃の自分は、こんな風になってるなんて思いもよらないだろう。
 そう思い、ゆっくりと歩いては川からくる風を感じていた。



     ◇◇◇◇◇



「柚子に電話かけろ」
 運転中の湊が零士をバックミラー越しに言うと、零士はスマホを取り出した。
 片手で柚子の番号を開く。【柚子】と表示された画面を見て顔が綻ぶ。
「おいおい。んな顔してねーでかけろ」
 湊のことだ。零士がなんで笑っていたのか、分かっているのだろう。
 通話ボタンを押した零士は、柚子の声が聞こえるのを待った。
 その待っている間が、今までにない緊張感がある。何気なくかけていた電話とは違う。今日はこれからのふたりのことを話さなきゃいけない。だからこそ、妙な緊張感が湧いてくる。

『……はい』
 聞こえてきたその声が愛しくて愛しくて仕方ない。
(抱きしめたい……)
 胸の中にそういう想いが込み上げてくる。
「柚子」
『うん……』
「もう地元に戻ってきたから」
『うん。じゃ帰る』
「ん?」
『今、土手のとこ』
 土手と言われてどこだか分かった零士は、湊に「土手行って」と言う。
「またあんなとこに」
 湊もその場所は分かってるから、土手の方に向かって行く。
「待ってて。すぐ行くから」
 電話を切った後でも耳の奥に柚子の声が木霊していた。


 ギィ……っと、サイドブレーキを引いた湊が零士に言う。
「帽子、ちゃんと被れよ」
「分かってる」
 そう言うと、車から降りて柚子がいる場所へと歩いて行った。
 柚子はひとりで土手を歩いていた。零士に気付くと目に涙をいっぱい溜めていた。

「柚子」
 呼びかけると柚子の傍までゆっくりと歩いていく。
 大きく両手を開いた零士の中に、滑り込んだ。それが当たり前のように自然と……。

「零士……さ……んっ!」
 柚子の声は涙声になっていた。
「ただいま。柚子」
「おかえりなさい……」
 抱きしめられながらそう答える柚子は、零士の顔が見れなかった。

「顔、見せて?」
 首を横に振る柚子の顎に手を触れ、クイッと上げる。
 涙でグシャグシャになった柚子がそこにいた。
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