もう一度抱きしめて……

星河琉嘩

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第5章

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 湊の車が実家のガレージへと滑り込んだ。慣れた手つきで車庫入れをした湊は後ろにいる柚子に「着いたぞ」と言った。
 それに対して柚子はあまり反応しない。それもまぁ、湊は分かっていて柚子を車から降ろす。
「お帰り」
 母親が玄関先まで出てきた。柚子に近付いて、肩を抱くようにして家に入っていく。その姿を見て湊は苦しくなる。


「お帰り」
 リビングに行くと父親が柚子にそう言う。父親は冷静を装っているのが母親には分かってる。本当はどうしたらいいのか分からないのに、慌てる姿を見せることが出来ないからだ。
 柚子をソファーに座らせると、母親は「お腹すかない?」と聞く。
 柚子は何も言わない。それも分かっていた。
「湊は?」
「あ──……」
 少し考えて「食う」と言った。4人で食卓を囲むのは久しぶりだった。例え柚子が食べなくてもそこにいるだけでいいと思えた。




     ◇◇◇◇◇



「柚子」
 部屋にいる柚子に湊は声をかける。
「じゃ俺、戻るから」
 こっちに振り返らない柚子の頭を撫でる。
「メシ、ちゃんと食えよ」
 そう言ってリビングに降りていく。
 リビングでは父親と母親が何やら話をしていた。
「親父。母さん」
「湊」
「俺、戻るけど……」
「あぁ、そうか」
 父親は口数少なかった。父親は柚子の話は聞いていたがここまでとは思っていなかったのか、この状態にショックを受けていた。
 だが、それをひた隠しに平然とした様子を見せていたことに湊は気付いていた。
「親父」
「ん」
「すまない」
「なにが」
「柚子をこんな状態で家に戻して」
 湊の言葉に父親は「お前のせいではないだろう」と答える。
「お前の友人は、柚子のことを考えてしたことだろう」
「あぁ。今、アイツもヤバい状態になってるみたいで……」
「そうか。なら友人の話でも聞いてやれ。それが仲間というものだ」
 そう言われた湊は家を出た。

 車に乗り込んだ湊を追いかけて母親がやってきた。
「湊。柚子は大丈夫だから。あなたは講義をちゃんと受けなさいね」
「母さん」
「行ってらっしゃい」
 母親はそう言って湊を見送った。




     ◇◇◇◇◇



 アパートに戻って来た湊は、柚子のいない部屋を見ていた。
 柚子の為に出来ること、零士の為にできること。それを考えていた。
 ふたりが一緒にいられることが一番いい。だが、それが出来ない状態になってしまった。
 事務所が零士に柚子と別れるように言った。それが原因でこうなってしまった。真司は上手く立ち回る。だからスキャンダルが起きても平然としてられる。だが、零士は今までそんなことはなく、相手がまだ女子大生。しかも付き合い始めた時は柚子はまだ高校生だった。それが問題だったのかもしれない。

 だからといって止められる訳がなかった。零士が柚子に惚れてると気付いたのはまだBRがデビューする前のことだった。知っていて、湊は何もしなかった。柚子は零士のことを知らなかったし、放っておけば忘れてしまうだろうとも考えた。だがそれは間違いで、零士はデビューしてからも柚子を想い続けていた。
(こんなにも柚子を想っていてくれてる)
 もっと早く何かしてやれば良かったのではないかと思ってしまう。
 ふたりの強い想いが、バランスを崩してしまうことになったのは、きっと一緒に過ごした期間が短いから。
 付き合った期間は長くても一緒にいられた時間は短いから。
 想いだけは強くなってしまって、ふたりの間の絆はまだまだ脆いものだったのだ。だから離れてしまうことでふたりの心が崩れてしまっている。
 湊はそう感じていた。

「まず零士をどうにかしないと……だな」
 柚子は母親に任せて大丈夫だと思う。零士には仕事がある。優樹菜たちだけではなく、回りのスタッフたちや共演者たちに迷惑をかけることになる。
 だったら、自分が零士をなんとかしなきゃいけないのではと考えた。
 親友のことを誰かに任せるのは嫌だった。
 最近は電話をかけても出ない。電源を落としてるらしいと優樹菜から聞いていた。
 その為、湊はアパートを飛び出し零士のマンションにまで向かう。歩いて10分程度の場所に位置する零士のマンション。そこにはファンの姿がある。
 零士の恋人騒動がネットで拡がってから、零士のマンションの回りにファンが押し寄せていた。
 湊はそんなファンの横を普通に通り過ぎて、零士の住む最上階にまで向かう。
「オートロックのマンションじゃねぇからなぁ……」
 エレベーターに乗るときもファンらしき女の子が何人かウロウロしていた。
 零士の部屋までは分からないらしく、ウロウロしているんだと思う。

 ガタン……っと、エレベーターが止まり扉が開く。最上階へ着いた湊はそのまま零士の部屋まで行く。
 ピンポーン!と、インターフォンを鳴らし、中の様子を伺う。
 今、いるのかも分からない。だけど、来ない訳にはいかなかった。
 何度かインターフォンを鳴らし、待ってみても出ては来なかった。湊はため息を吐きそのままマンションを出て行った。
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