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秋晴れの日に

13 それぞれの決断

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 彼女は彼と、結婚することはなかった。
 彼女のお腹の中にいた赤ちゃんは、彼の子ではなかったと、彼が教えてくれた。

 その相手とは誰なのか、そんなことはどうでも良かった。
 今度は彼女が望む幸せを、彼女自身が信じる道で掴みとれればと願う。


「彼女、辞めたって」
 同僚にそう聞かされた。
「結局、騒ぐだだけ騒いで逃げたって感じ」
 その言葉に苦笑する。

 騒ぎたかったわけではないと思う。幸せが欲しかっただけ。
 あの涙を見てしまったから、そう感じてしまう。

「結局、誰だったんだろうね」
「ん?」
「彼女の相手」
 同僚は片手にコーヒーを持って言う。
「さぁ。私はそんなことは興味ない」
「クールだねぇ。自分の男を盗った女だよー」
「もうどうでもいいかな」
 私はそう言って、デスクを立った。

「どこ行くの?」
「ちょっと、外の空気当たりに」
 そう言って、私は屋上へと向かった。



     ◇◇◇◇◇



 屋上に行くと、元カノがいた。
 あんなに毎日笑いあっていたのに、元には戻れない。
 それは分かってる。
 自分のせいだと。

 分かってても戻りたいと、願う。

「あら。お疲れ様」
 外回りから戻った俺を気遣ってくれる。
 こんな彼女の手を、どうして離してしまったのだろう。
「彼女、辞めてしまったね」
「あぁ」
 総務部の彼女は、辞めてしまった。

 あの日、彼女から本当のことを聞いた。
 赤ちゃんは俺の子ではない。妊娠が分かってすぐに、俺と関係を持つことを考えたと。
 そしてお腹の子を俺の子だと、偽ったと。
 そうでもして、幸せになりたかったと。
 子供を守りたかったと。

 だけど子供の父親に、お金を渡されて、と言われたと。
 どうすることも出来なく、そのお金を握りしめて病院に行ったと。
 子供の父親は、既婚者で会社の重役だと。

 名前は教えてはくれなかったが。

 何度も何度も、彼女は「ごめんなさい」を繰り返した。
 それは俺に言ってるのか、それとも赤ちゃんに言っていたのか……。
 悲痛な声が、俺の中に入り込んできていた。

 ファミレスなんか選ばなきゃ良かったと、後悔した。
 あんな場所で、あんな話をするのは、どんなに苦痛だったかと……。
 あれ以来、連絡しても既読はつかない。これからどうするのかと、気になって連絡入れてもなんの返答もなしに辞めたことを知った。


「なぁ……」
 彼女とのことがなくなったからと言って、元に戻れないのを知ってる。
「俺……」
「幸せになれるといいね」
「え」
「彼女」
「あ、あぁ……」
 それ以上、何も言えなかった。

「あんたもね」
 振り返った元カノの笑顔は、ずっと見ていたあの笑顔だった。
「じゃ、私は戻るね」
 そう言って屋上を出ていく、元カノの姿を見ていた。


 俺は、何を言おうとしていたのだろうか。
 俺には何も言う資格はない。
 だからこそ、幸せになることを祈るしかない……。



     ◇◇◇◇◇



《これからどうするの?》

 会社を辞めた後、彼から連絡があった。だけどあたしはそれに返答をすることはなかった。
 あのふたりの仲を壊したことに、今更ながら罪悪感を覚える。
 ひとりアパートで、ダラダラとしながら、これからのことを考える。

 仕事、探さなきゃいけない。
「どこか面接、いかないと……」
 考えるが、身体が動いてくれない。どうにもならないくらい、身体が動かない。


 ピコン。
 スマホにメッセージが入る。
 見るとオジサンからのメッセージだった。

《妻にバレた》

 だろうね。
 あたしが奥さんに、今までのことをバラしたんだから。
 ひとりで残業していた時に、オジサンは総務部に来てあたしの身体を触り始めたことがきっかけだった。
 怖くて逆らえなかったと。
 奥さん宛に告発状を送ったんだもの。

 総務の人間だから、住所を調べるのは簡単。
 奥さんに告発状と、今までオジサンがしてきたことの記録のコピーを送った。
 何かの為にと、記録していたんだもの。


《どうしてくれる!》


 怒りのメッセージが次々と入ってくる。
 だけどあたしはもう怖くない。オジサンからのメッセージの前に、奥さんからもメッセージが来ていたの。
 奥さんはあたしが告発状を送る前に、怪しいと感じていたって。あたしの記録のコピーは、離婚の材料にさせてと。
 その代わりにあたしには慰謝料は請求しない。寧ろ、あなたに払わなきゃいけない立場よねって。

 奥さんはオジサンからあたしに、慰謝料を払わせるつもりらしい。勿論、奥さんも請求するって。

『もしもし?』
 スマホが鳴りその電話に出ると、奥さんからの電話だった。
『あなた、会社辞めたんだって?』
 こんなあたしを心配してくれる。あのオジサンには勿体ない人だわ。
『身体は平気?本当は辞めなきゃいけないのはあの人なのに』
 そう言ってこれからのことを話してくれた。
 離婚に向けて裁判を起こすと。その為にあたしに証人となって欲しいと。
『あなたはあの人の被害者なのよ』
 この奥さんは、会社を経営している凄い人らしい。
『裁判が終わったら……、会社うちに来なさい』
「え」
『今の時代、再就職が難しいでしょ。あなたが良ければだけど……』
「でも、迷惑をかけたのにっ」
『あなたが証拠をくれなければ、私はまだあの人と結婚生活を続けていたわ。あなたがアクションを起こしてくれたおかげなの』
「ありがとうございます……」
 電話を切ると、涙が溢れた。

 あたしは幸せになる資格はない……。
 そう思っていても、周りに恵まれているのかもしれないと思うことがある。

 幸せになってもいいのかな……?
 こんなあたしでも……。


 あたしは、ふたりに申し訳ない思いを忘れないようにして、生きていく。
 そう決めたから。

 いつか謝りに行く。今はまだ出来ないけど、いつかちゃんと謝りに行こうと思ってる。
 その為にはあたしがちゃんとしなきゃ……。

 今のあたしはちゃんと生きてないから。




「もしもし?さっきのお話、お願いしても大丈夫ですか?」
 あたしは電話の向こうの反応を待った。
 奥さんは力いっぱいの声で『もちろんよ!』と、答えてくれた。

 電話を切って、窓から空を見上げる。
 そこには秋晴れが広がっていた──……。




「秋晴れの日に」   END

  
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