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いつものバス停

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平日の朝。
ジリジリと鳴る目覚ましを嫌々止めて、まだ寝ていたい体を無理やり起こして、会社へ行く。
行きたくないな~~~

バス停へ向かう足取りが重い。
歩きながら外れていたボタンを一つ一つかけていく。
会社へ行くことが億劫なのは勿論なのだが、俺にはもう一つ、面倒なことがある。

それは、俺が利用するバス停に、同じ会社の後輩と毎朝、出くわすことだ。
同じ会社ということもあり、同じ時刻のバスに乗るというのは仕方ないかもしれない。
ただ、会社外で同じ会社の人間に会うというのは中々に気まづい。それに俺はコミュニケーションを取るというのが上手という訳では無いので、プライベートで同じ会社の人と2人きりという状況は避けたいのだ。会話が持たないまず。

彼の名前は朝比奈。俺の6年あとに入社してきた後輩だが、それにもかかわらず営業で優れた功績をたたき出し、俺は無論のこと、そのほかの上司たちの成績を抜かんとするほどの勢いだ。
まさに期待の新星。
彼とは同じオフィスにいたのだが、会社で大きな仕事を任される朝比奈と、誰がやってもいいような仕事ばかり回される俺とは接点がまるでなく、席も離れていたため関わる機会というものがほとんどなかった。そのため仲良いわけでは決してなく、関係値もゼロに近い。更に朝比奈は成績の良さで4月から新しい部署へ移動した。昇進というやつだ。だから彼と関わる機会はますます無くなった。というか、もう関わる機会など訪れないだろう。そう思っていた所だったから、俺の最寄りのバス停で朝比奈と出くわす、なんてアクシデントはまさに面食らうような出来事だった。

それが何日か連続で続くものだから、さすがに俺も対策を練った。
少し遅く家を出発するという策だ。
1本遅れるバスに乗るという手もあるが、それでは遅刻確定である。
かといって1本早いのに乗るというのもすごく、億劫である。なぜなら1本早いと40分早く家を出なければならない。ギリギリまでベッドに横になっていたい俺としては中々に酷なことだ。

だからこうして少しでも遅く着くようにと、歩をゆっくりと進めているのだが、そろそろバス停につきそうだ。角を曲がればすぐというところで、腕時計を見る。
バスの到着予定まではまだあるが、まあこれくらいならいいだろう。
そこのバス停には勿論俺たち以外の他の人らも利用する。朝比奈より後ろに人が並んでいれば接触することは避けられ、会話をせねばならない状況は回避できる。
大丈夫だ。一人くらい並んではいるだろう。
いつもより遅く到着したのだ。
そう思って目の前の角を曲がると、、

「おはようございます。夕さん」

「あ、おはよう」

角を曲がると、すぐ目の前に(つまり最後尾に)爽やかな笑顔を浮かべた朝比奈がいた。
長身でスタイルのいい彼は他の人よりよく目立つ。
こうならないようにわざわざ遅れて家を出たというのに。
なぜいる。
ガーンと足を止めるも、朝比奈がこちらに気づいたものだから彼の隣に並ぶ他ない。
憂鬱な俺とは対照的に朝比奈の顔はとても嬉々としていた。

「今日は遅いですね。寝坊したんですか?」

少しからかうように、朝比奈がそう答える。
本当は寝坊なんてしてないが、朝比奈を避けるためだなんて言えるわけが無い。

「そんなところだ。朝比奈こそ今日は遅いな、寝坊か?」

「まあ、そんなところです。」

朝比奈は素っ気なく返事をすると、なにやら観察するように俺の顔をじっと見てきた。

「な、なんだよ」

「今日ちょっと不機嫌そうじゃありません?」

朝比奈を避けるように身を引くと、彼の言葉から図星の事を言われ驚く。

「なんで分かるんだよ」

朝比奈は声を高くして笑った。

「夕さんのことなら何でもお見通しですよ。…そうだ、見てくださいうちの犬、昨日二足歩行で歩いたんですよ」

ポケットからスマホを取り出した朝比奈は何回か画面をスライドさせた後、お目当てのものが見つかったのか数十秒程の動画を俺に見せてきた。
その動画に出てきたのは俺たちがバスを待つ間、よく会話に登場してくる朝比奈のペット、ココちゃんだ。
ココちゃんを見てると可愛くて癒されるし、話題探しにも大変助けられている。
ココ、という名前が出た途端、俺の機嫌はあっという間に良くなった。俺は無類の犬好きだ。

「あまりよく見えない、もっと近くにきてくれ」

少しの動作も見逃すまいとぐっとスマホを持つ朝比奈の方へ体を寄せる。俺のくわっとした顔に驚いたのか、やや引き気味にスマホを自身の体の方に寄せられてしまったので、もっと間近で見たい俺は朝比奈と密着した体制になる。

「わ、近……」

「ほんとだ、後ろ足で立ってる!」

白い毛がふわふわとしてて可愛い。
丸い尻尾もぷにぷにとした肉球も、なでなでしたい。

「はぁ~~~、かわいいなあ…」

「かわいいです」

「だよなぁ~……、え、朝比奈?」

俺が動画に夢中になっていると、腰にくすぐったい感触がした。どうやら朝比奈が俺の腰に手を回したようだった。
驚いて彼の方を見上げると、ぐっと何かを堪えるような表情をした朝比奈の顔があった。

「え、えなに、どした?」

「…すみません。なんか服に付いてましたよ、ココの毛」

「いや、なわけねえだろ」

俺から体を話した朝比奈は指先に、あたかもそこに何かあるような仕草をしてみせた。
いやおれ、ココちゃんと対面したことないのよ。

「夕さん、そんなにココが好きなら会いに来たらどうですか?」

口元を抑えながら朝比奈がそんな提案をした。

「え!?いいの!?」

「いつでもウチ来てください。歓迎します」

まじかよ、最高じゃん。
動画や写真越しだったココちゃんが、ついに生でご対面できることに興奮で体が震える。
しかし、そこで冷静なもうひとりの自分が顔を出す。
え、俺朝比奈の家に行くの?
特に仲良くもない彼と、仕事以外で二人きり?無理なに話すんだよ。精神的におれがしぬ。
せっかくのお誘いだが、断ろう。せっかくのお誘いだが。

「あーーーー、、悪い、おれ」

「今なら肉球24時間触り放題ですよ」

「今週末空いてる?」

「はい、今日の仕事終わりでもいいですよ」

あああ言ってしまった。魅力的なキャッチフレーズについ口が勝手に。
相変わらずニコニコとしている朝比奈だったが、よく見てみると、骨と筋肉が浮き彫りになるほど拳をぐぐっと握っていた。筋トレかなにかだろうか。

俺の失言を後悔していたところだが、これから起こりうることを想像しては頬が緩んだ。
ココちゃんをなでなでできる!!
動画や写真を見るだけであんなに癒されていたのに、実際拝めて、お触りできるとあらばどんな疲労解消効果が見込まれるだろうか。
あぁ癒されたい。もふもふしたい。

いつも通り定刻にやってきたバスを確認しては、俺は清々しいほど青い空を仰いだ。

「おれ、今日も一日仕事頑張れるよ」

つられるように、朝比奈も空を見上げる。

「おれもです」
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