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悪霊に憑りつかれた男の話(ツイノべ
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「今までよく生きてこられましたね」
道行く人に口々にそう話しかけられる男の名前は啓。彼自身は何も感知していないが、所謂霊感というものが少しでもある人々からは必ずそう話しかけられるようになったのは、啓が小さい頃からだった。
「このままでは、貴方の命に関わります」
友人に連れられてきたのは霊験あらたかなる霊房寺という、どことなく涼しそうな名前(ネーミング)のお寺だ。重々しい表情でそこの住職は啓に対して、こう言い放つ。
「あなたには、とんでもないイケメンの悪霊が憑いています」
「わかりました、祓わなくて結構です。帰ります」
友人の「このままだとお前ヤバいんだぞ」という言葉にも耳を貸さず
「憑り殺されても良い、イケメンならば」と啓は立ち上がる。
彼はゲイであった。それも非常に面食いな部類の。これまで彼が付き合った男たちは皆、顔だけが良い内面はクズばかりだった。
「いくらイケメンだとしてもお前霊感ないだろ、そんなん単なる見えない悪霊だろ!」
「見えなくても良い、イケメンならば」
「考え直せ、お前の人生を無茶苦茶にするだけの存在だぞ」
「それでもいい、俺から離れて行かないイケメンならば」
足元にしがみ付く友人をそのままに、啓の意思は固かった。
「これからもよろしくな、イケメン。とりあえず祭壇でも作った方がいいかな」
帰宅した啓は、悪霊のイケメンを祭るべく通販サイトで祭壇を検索する。
「……」
イケメンは狼狽していた。生まれてから死ぬまで短く酷い人生を歩んできた彼は、死後初めて人間らしい扱いどころか神のように崇め奉られている。
死ぬまで酷い目に遭ってはきたが、徳になるようなこともしていないと思ったイケメンは、いつしか啓の守護霊まがいの行動を起こすようになっていった。
「最近、身体の調子がいいんだ」
啓が慢性的に不調を訴えていた方の重みがすっと消えたのだという。それから黒く靄がかかったような頭の重みも同じく。
「車に轢かれそうになったところを誰かに助けられた」
「出世した」
啓の運はこれまでの不運とは一変しぐんぐん上がってゆき、それに反比例するようにイケメンの気配はどんどん薄れて消えてゆく。霊房寺の住職も薄目で目を凝らさないと見えないぐらいだ。
「これは、彼の成仏も近いでしょう」
その言葉に、啓は表情を曇らせた。かつてどこに出しても恥ずかしくない立派な悪霊であったイケメンは、今では半透明でようやく見えるか見えないかぐらいまでこの世から消えかかっており、その後ろには紫色の光が差し込んでいるのだという。
ショックを受けた啓は挨拶もそこそこに寺を後にする。注意力散漫にふらふら道を歩いていたのがいけなかったのか、彼の目の前には信号を無視したトラックが迫っている。自分もイケメンと同じことになるんだろうかと、コンマ一瞬瞬きをしてみたがいつまでたっても衝撃はやってこない。
「……?」
トラックは不自然な方向にハンドルを切り、電信柱に衝突していた。啓の視界の端には一瞬、文字通り透けるような肌のこの世の者とは思えないイケメンが映りこんだ。彼は困ったような笑い顔を浮かべるとすうと、その場からあっけなく消え去ってしまった。本当にあっけなく。
「……」
啓には霊感などないはずなのだが、目の端に写ったイケメンが消えたことは見えていたはずなのに、今も彼の傍にはあのイケメンの気配がしていた。思い込みの力はすごいなと自嘲気味に笑ってみても、おはようからおやすみまでいつものイケメンの気配を感じるので、祭壇の取り壊しは見合わせた。
その頃のイケメンは転生を繰り返していた。鳥に生まれ変わり虫に生まれ変わり時には夏祭りで啓に救い上げられた金魚に生まれ変わり、啓の飼い犬に生まれ変わってみたこともあったが、死別の瞬間の啓の涙に耐えられなくなったイケメンは、人知れずいろんな姿になって彼を見守り執着し続けた。
「流石に長かった……良い人生だった?」
問いかけても返事はない。すっかり枯れ枝のようになった腕やかさついた肌、老衰で眠るようにこの世を去った啓を、優し気な表情を浮かべながら見つめるイケメンの姿がそこにあった。蝶という生き物に表情があるのならば。
紫色の蝶は啓の辺りをひらりひらりと舞うと、ぱたりと羽を閉じてその場に落ちた。蝶は自身の美しさには全く未練はないようで、羽が砕けるのも厭わず啓の亡骸の隣に寄り添うように自身も横たわる。蝶にも表情があるのなら、彼はやりきったような満足した顔をしていた。
「この世は不公平だ」
この世にまた人間として生まれ落ちた12歳の啓は、思春期にどっぷり浸かっている。彼には生まれた時から保育器が隣同士だったというレベルの、生粋の幼馴染にいる。引くほどのイケメンで運動神経や学力にも恵まれた幼馴染が、啓にとっては劣等感そのものだった。
「……あっちいけよ」
「嫌だ」
「お前といると周りと比べられて嫌なんだよ」
「俺にとっては啓以外どうでもいいよ」
「俺が良くないんだよ」
「そんなこと言うなんてお母さん悲しい」
「お前から生まれた覚えはねぇよ」
「うん」
「そこは素直なのかよ」
啓に対するイケメンの執着はいつだって異様だ。
完全無欠なイケメンは、幼馴染の範疇を超えてとにかく啓に執着した。
「何で俺に付きまとうんだ」
「まだまだ未練が出てきちゃってね」
「意味が解らない」
「そう、それでいいよ」
まるで過去にあった何かを取り戻そうとでもするかのように、生涯イケメンは啓に執着し続けるのであった。
道行く人に口々にそう話しかけられる男の名前は啓。彼自身は何も感知していないが、所謂霊感というものが少しでもある人々からは必ずそう話しかけられるようになったのは、啓が小さい頃からだった。
「このままでは、貴方の命に関わります」
友人に連れられてきたのは霊験あらたかなる霊房寺という、どことなく涼しそうな名前(ネーミング)のお寺だ。重々しい表情でそこの住職は啓に対して、こう言い放つ。
「あなたには、とんでもないイケメンの悪霊が憑いています」
「わかりました、祓わなくて結構です。帰ります」
友人の「このままだとお前ヤバいんだぞ」という言葉にも耳を貸さず
「憑り殺されても良い、イケメンならば」と啓は立ち上がる。
彼はゲイであった。それも非常に面食いな部類の。これまで彼が付き合った男たちは皆、顔だけが良い内面はクズばかりだった。
「いくらイケメンだとしてもお前霊感ないだろ、そんなん単なる見えない悪霊だろ!」
「見えなくても良い、イケメンならば」
「考え直せ、お前の人生を無茶苦茶にするだけの存在だぞ」
「それでもいい、俺から離れて行かないイケメンならば」
足元にしがみ付く友人をそのままに、啓の意思は固かった。
「これからもよろしくな、イケメン。とりあえず祭壇でも作った方がいいかな」
帰宅した啓は、悪霊のイケメンを祭るべく通販サイトで祭壇を検索する。
「……」
イケメンは狼狽していた。生まれてから死ぬまで短く酷い人生を歩んできた彼は、死後初めて人間らしい扱いどころか神のように崇め奉られている。
死ぬまで酷い目に遭ってはきたが、徳になるようなこともしていないと思ったイケメンは、いつしか啓の守護霊まがいの行動を起こすようになっていった。
「最近、身体の調子がいいんだ」
啓が慢性的に不調を訴えていた方の重みがすっと消えたのだという。それから黒く靄がかかったような頭の重みも同じく。
「車に轢かれそうになったところを誰かに助けられた」
「出世した」
啓の運はこれまでの不運とは一変しぐんぐん上がってゆき、それに反比例するようにイケメンの気配はどんどん薄れて消えてゆく。霊房寺の住職も薄目で目を凝らさないと見えないぐらいだ。
「これは、彼の成仏も近いでしょう」
その言葉に、啓は表情を曇らせた。かつてどこに出しても恥ずかしくない立派な悪霊であったイケメンは、今では半透明でようやく見えるか見えないかぐらいまでこの世から消えかかっており、その後ろには紫色の光が差し込んでいるのだという。
ショックを受けた啓は挨拶もそこそこに寺を後にする。注意力散漫にふらふら道を歩いていたのがいけなかったのか、彼の目の前には信号を無視したトラックが迫っている。自分もイケメンと同じことになるんだろうかと、コンマ一瞬瞬きをしてみたがいつまでたっても衝撃はやってこない。
「……?」
トラックは不自然な方向にハンドルを切り、電信柱に衝突していた。啓の視界の端には一瞬、文字通り透けるような肌のこの世の者とは思えないイケメンが映りこんだ。彼は困ったような笑い顔を浮かべるとすうと、その場からあっけなく消え去ってしまった。本当にあっけなく。
「……」
啓には霊感などないはずなのだが、目の端に写ったイケメンが消えたことは見えていたはずなのに、今も彼の傍にはあのイケメンの気配がしていた。思い込みの力はすごいなと自嘲気味に笑ってみても、おはようからおやすみまでいつものイケメンの気配を感じるので、祭壇の取り壊しは見合わせた。
その頃のイケメンは転生を繰り返していた。鳥に生まれ変わり虫に生まれ変わり時には夏祭りで啓に救い上げられた金魚に生まれ変わり、啓の飼い犬に生まれ変わってみたこともあったが、死別の瞬間の啓の涙に耐えられなくなったイケメンは、人知れずいろんな姿になって彼を見守り執着し続けた。
「流石に長かった……良い人生だった?」
問いかけても返事はない。すっかり枯れ枝のようになった腕やかさついた肌、老衰で眠るようにこの世を去った啓を、優し気な表情を浮かべながら見つめるイケメンの姿がそこにあった。蝶という生き物に表情があるのならば。
紫色の蝶は啓の辺りをひらりひらりと舞うと、ぱたりと羽を閉じてその場に落ちた。蝶は自身の美しさには全く未練はないようで、羽が砕けるのも厭わず啓の亡骸の隣に寄り添うように自身も横たわる。蝶にも表情があるのなら、彼はやりきったような満足した顔をしていた。
「この世は不公平だ」
この世にまた人間として生まれ落ちた12歳の啓は、思春期にどっぷり浸かっている。彼には生まれた時から保育器が隣同士だったというレベルの、生粋の幼馴染にいる。引くほどのイケメンで運動神経や学力にも恵まれた幼馴染が、啓にとっては劣等感そのものだった。
「……あっちいけよ」
「嫌だ」
「お前といると周りと比べられて嫌なんだよ」
「俺にとっては啓以外どうでもいいよ」
「俺が良くないんだよ」
「そんなこと言うなんてお母さん悲しい」
「お前から生まれた覚えはねぇよ」
「うん」
「そこは素直なのかよ」
啓に対するイケメンの執着はいつだって異様だ。
完全無欠なイケメンは、幼馴染の範疇を超えてとにかく啓に執着した。
「何で俺に付きまとうんだ」
「まだまだ未練が出てきちゃってね」
「意味が解らない」
「そう、それでいいよ」
まるで過去にあった何かを取り戻そうとでもするかのように、生涯イケメンは啓に執着し続けるのであった。
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