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前編

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初夏のどこか心がざわめき落ち着かなくなるような、けれどもその季節を心より待ち望んでいるかのような、爽やかで少しだけ切ない香りが鼻孔をくすぐる。
オメガバースという男女以外の性別が存在する世界に、そして自身の第二の性がΩであることに、誉(ほまれ)はこの時ほど絶望したことはなかった。

 山岸誉(やまぎしほまれ)は、極々ありふれた平凡な男子高生だった。第二次成長期になると、人は男女の他にΩ、β、αのいずれかの第二の性別が現れるため検査をすることが義務付けられている。

 簡単に説明すると、αは支配階級と言われており、容姿に加えて知能や運動神経も高くなりやすいエリート体質である。

 βは中間層、この世で最も数が多い。特に秀でたものがない没個性的な性と言われてはいるがΩであればヒート、αであればラットなどの発情期、それから運命などにも惑わされない平穏な人生を送ることができるのは、この性別ぐらいではないだろうか。
無論βの中にも容姿や知能、運動能力に優れている者も数多く存在する。
 けれども、αが発するフェロモン……この場合は威嚇用フェロモンによってΩやβは屈服させられてしまうこともあり、それがβがαより劣っていると世間で認識されている所以だ。

 Ωは下位層、男女問わず子を成すことができるが平均で3カ月に一度やってくる発情期のために、社会的に冷遇されていた。

 バース性の役割故か、Ωは男女問わず小柄で華奢かつ容姿が整っており、思わず庇護したくなるような可愛らしい顔立ちの者が多い。
無論目立たない平凡な容姿の者や、珍しく筋肉が付きやすい、或いは長身のΩも存在するが、皮肉なことにそんな個性は他のΩによって「かわいそう」「あれじゃ番が見つからないね」と陰湿かつ閉鎖的に弾かれてしまう。

 近代社会以降Ωに対する極端な差別や奴隷のような扱いは徐々に減っては来たが、それでも定期的にやって来る重苦しいヒート(発情期)はΩだけではなく周囲のαやβすらも巻き込むものであり、水面下の差別は続いているのが現状だ。

……オメガバース診断書に記載された「Ω」という文字が、誉の心に暗い影を落としていた。

「誉、家に帰ろ?」

「うお、涼か」

 誉はあからさまな態度で診断書を鞄に隠し、あわてて席を立とうとするが目ざとく見つかってしまい、由良涼(ゆらりょう)に書類をもぎ取られた。

「ちょっと、プライバシー侵害よ!」

 何故かおねぇ言葉で怒りをあらわにするが、誉の160cm台後半程度の身長に対して、涼は180cmを優に超える長身だ。高い位置に掲げられては少々手荒なマネでもしない限り、奪い返すこともできない。

「Ω」

「……!お前」

「怒らないで。俺はαだったよ」

「でしょうね」

 涼が耳元でこっそりバース性を打ち明けても、誉は「なんだそんなことか」といった風にそれを流す。
 涼は長身なだけではなく、容姿も非常に整っていた。甘いマスクに少し長めのアッシュ系の色合いの髪、少し甘えたような零れ落ちるような笑みは男女やバース性に関わらず人々を蕩けさせる。

幼馴染かつ家が隣同士の二人はその延長線上でつるんでいるが、街をぶらつけば「モデルに興味はありませんか」「芸能界に興味はありませんか」と声を掛けられる。おまけに特に勉強もしていないのにテストの学年順位は両手、調子のいい時は片手内には必ず入り込むレベルだ。

「あなた、意外性がなくてつまらないのよ!つかお前がαなのはガキの頃からわかってたよ」

「ふぅん、俺のことそんな小さな頃からわかってくれてたの、嬉しい♡」

 すりすりとマーキングのように誉の肩に自分の頭を摺り寄せているところは、母犬に甘える仔犬(超大型犬)のようである。

「誉、良い匂いすんね」

 俺の好きなシトラス系の匂いがすると幼馴染に首をすんすん嗅がれながら、誉は涼除けに「明日からムスク系の強烈な香水を付けよう」と密かに心に決めるのだった。

「臭い」

「開口一番失礼な」

 次の日。爽やかな朝。家が近所の涼はいつものように誉を迎えにやってきたが、突然色気づいたのか香水を噴射してやってきた誉に対しての一言が「臭い」であった。

「消して、消して、臭い、ねえ消して、いつもの香りに戻って」

 幼馴染が真顔でどこから取り出したのだろうファ○リーズを拭きつけながら迫って来るものだから、誉は誠に不本意ながら「糞」と悪態を吐きつつ、シャワーを浴びるはめになった。そのために家を出る時間が大幅に遅れはしたが、遅刻しなかったのはちょっとした奇跡のようなものだろう。

「誉ねえ、香水付けるにしてもやり方がおかしい。香害だよあれじゃ」

「すみませんねえ、お前みたいに」

 遊び慣れていないし、おしゃれもまだまだ発展途上なんで。涼はモテるが故に、控えめに言ってもとても誠実なお付き合いをしているとは言えず、来るもの拒まずで男女問わず気に入れば抱くような男だった。

「もし付けたいなら、こうかな」

 涼は鞄から小さな香水のボトルを取り出し、誉の右手首に一噴きする。そして後ろから
抱き抱えるようにして誉の両手を掴み、右手首と左手首を擦り合わせてからそのまま誉の両耳の後ろへ、両の手首を導いた。
 誉の耳の後ろから、シトラス系の匂いがふわりと漂う。

「あ、間違えた」

「は?」

「耳の後ろに付けるの女子だったわ。男がこれやると、女子より体温高いから匂いが強くなっちゃうんだってさ」

「馬鹿野郎」

 暴言は吐くものの、誉から香るシトラスの香りは上品で不快感はなかった。

「まあ、でもなかなかいい香りだな」

「でしょ……誉の匂いに似てるから、気に入ってんの」

「え」

「ジェネリック誉」

「極度の寂しがり屋にもほどがあるだろ引くぞ、他に友達いないのか」

「誉以外に一緒にいたいやつなんていないし」

 でも、本物には叶わないやと、幼馴染特権(そんなものはない)で誉を後ろから抱きしめると、耳の後ろだけではなく、涼は首筋や頭にも顔を埋めてすんすんすんすん匂いをずっと嗅いでいた。

「好き。番になって」

 高校卒業と同時に、誉は涼に告白をされた。
まだ肌寒い春風とピンク色の花びらがふわりふわりと舞うその光景は、目にも心にも囚われてしまい一生消えないほど美しい。
時が経ちセピアがかった色合いと共に記憶が風化された今となっても、それこそ死ぬまで忘れることはないと誉は思った。

「なんで、俺を?」

 男女問わず引く手あまたな幼馴染だ、誉よりも美しいΩに何人も告白されている涼のことを、瞬時に信じることはできなかった。
 ふわりと抱きしめられて、そのまま胸の中にすっぽりと納まる誉の首筋を、涼は愛おしそうに口付けてゆき、項に唇を置いた。

 春だというのに夏の爽やかな、心地よいグリーンノートがふわりと漂う。こいつの好きな匂いはシトラスじゃなかったっけと誉は記憶を辿るが、グリーンノートが涼から漂っているフェロモンであることを悟った時「ああ、もうきっと逃げられない」と誉は思い、そのまま身を預けた。

運命というやつだったのだろう。

項に残る歪でグロテスクなガタガタとした歯型は執着の証で、涼に贈られた少し落ち着いた上品で華奢なデザインの首輪にそこが当たる度、くすぐったいような気恥ずかしいような気分に陥ってしまう。まだ慣れないな、と姓が山岸誉から由良誉となった彼は、鼻歌交じりで帰路に着く。 

幼馴染から恋人を超えて番となってしまった誉は、涼の「結婚しよ?」という一声で番婚の他に、結婚もした。
両家の両親たち、とくに由良家の父母は涼の学生時代の激しい男女交際を知っていたものだから「本当に涼でいいの?」と誉に聞いてくれたが、誉が無言で項の首を見せると、一瞬顔を青ざめさせてから「うちの子をよろしくお願いいたします」と、申し訳なさそうに頭を下げた。

あの、女やΩ遊びの激しかった涼が誉と番い、責任を取ると父母と山岸家の両親に頭を下げたのだ。これからは一人の人を愛して真面目に生きなさいという両親の厳しい眼差しに、涼はゆっくりと頷いた。
幼馴染から夫夫となった二人は、これからいろんなことがありながらもきっと幸せに暮らして行ける、誉がそう思うことぐらいは許されてもよかったはずだ。 

「涼と別れてください」

 ある日、由良家にお呼ばれしていた誉と涼の両親たちの前に一人のΩが現れた。約束も取りつけずに突然やってきた無作法で勝ち気なそのΩは、容姿だけは大変美しかった。
 彼の名前は東野嵐(ひがしのあらし)話を聞くに、それはもう擁護ができないぐらいには、涼の浮気相手だった。

 彼は高校時代、涼の所謂セフレだったΩの一人だ。
嵐は「涼とはセフレ、もしくは悪友ってやつ?恋人とかお互い面倒くさいしね。一緒にいて楽しくはあるんだけどさ」と周囲に吹聴して回っていたが、誰の目に見ても嵐が涼に執着していることはわかりきっていたし、誰に対しても本気にならない涼を繋ぎとめるために気の置けないセフレから親友、あわよくば恋人になろうと精一杯だったことは容易に想像できた。

ある日。気まぐれにやってくる涼が嵐の部屋に転がり込み、精を吐き出すだけの行為を終えたばかりの二人はベッドに寝ころんでいた。

「僕、この先特定の誰かと一緒になる気がないからさぁ。面倒くさいんだよねぇ、ヒートが」

だからお願い。人助けだと思ってさ。嵐はするりと首輪を外すと、涼に項を見せつける。Ωはαに項を噛まれると番という契約が成立する。これがおこなわれると発情期が非常に軽いないしはほぼ無いものとなり、日常生活すら問題なく遅れるようになる。
社会進出しているΩには番婚をしているものも多く、実質ヒートがなくなると言ってしまってもよいだろう。

また番以外のほかのαにフェロモンを感知されなくなるが、番だけにはその香りもわかり、また互いに発情もするのだという。

番以外のαと性行為をおこなおうとすると、Ωは相手のフェロモンを受け付けず、またαにべったりとその身に付けられた執着の威嚇フェロモンにより他のαはそのΩを抱くことはできないとも、無理やりことに及んでも電流のような痛々しい刺激と吐き気を催すような嫌悪感でとても楽しめる状況ではなくなる、とも言われている。

こちらについてはΩへのαの執着の差や個体差によって「そんなことはない」というΩやαもいる。逆に人の物とわかると興奮する癖のαや、ビリビリした感覚にマゾヒズムを覚えるαもいるし、ΩはΩでフェロモンを感知しないβとの性行為は問題がなかったりもする。

さらに、運命の番と呼ばれる遺伝子レベルで相性の良いΩとαに対しては、番後は発情期がまったくなくなりΩはβのように生きて行けるのだという。燃え上がるような獣じみた発情期がなくなっては、愛情が薄れてしまうかもと思われるかもしれないが、基本的に「心が伴った結果」番となったΩとαは多幸感に満たされて、生涯離れることなく互いを愛し続けるものが多いのだという。

「俺はお前と番う気はないけど」

 それでもいいの?いつかお前にも、好きな奴が現れるかもしれないじゃん。涼の無自覚に心を抉るような言葉に、嵐は心を抉られるような感覚を押し殺して「いいの」と色っぽく、甘えるように媚を売る。

「お願い、早く」

「嫌だよ」

「ねえ、頼むから」

「嫌だって」

 嵐はお願いと繰り返しながら涼の腰にしがみつき、縋りついて離さない。いやだ、やめろといくら言っても聞き入れない嵐に対して、涼の心には面倒くささと疲弊しかなかった。涼のセフレや恋人未満たちは皆表面上だけでも物分かりが良く、涼に対して執着してくるものはいなかった。
 逆に言えば、涼も彼ら彼女らに「あいつはお飾りのセフレ、本気になる相手ではない」「本気になったら馬鹿を見る」と切り捨てられていたのだ。

「馬鹿だこいつ」

 セフレとはいえ、涼の心にも友情の欠片でも残っていたのだろうか。
溜息を吐かれた後、プツリと牙が嵐のうなじに当たる感覚がする。程なくして血が滲んでいるだろうそこに、形だけの番の証ができた。

ぞくりと身を震わせて愛する男の牙を受ける嵐の表情は、すっかり蕩けた雌の顔をしている。涼はそんな嵐の姿を、どこか憐れむように遠い眼差しで眺めていた。
それ以来、涼は嵐は疎か他のセフレたちとも縁を切り、関係を持つことはなくなった。
 涼が、誉に告白をする2カ月程度前の出来事だった。

「……これが、涼との愛の証です」

 涼との馴れ初め未満については完全に心の内に伏せながら、気恥ずかしそうに首輪を外し、惜しげもなく項を晒す嵐の表情はどこか勝ち誇った様子が伺えた。

「うわぁ、涼パパ、涼ママ」

「あの馬鹿息子!」

「どこで育て方を間違えたのか……」

 泣き崩れる由良家両親、顔面蒼白にさせながらもどこかで「あーあーやっぱりなぁ」と他人事のように思っている誉の様子に、嵐はきょとんと小首を傾げる。

「あいつがそこまで馬鹿だとは思わなかった、申し訳ない」

 まるで涼の父親のようなたたずまいの誉は、フェアじゃないだろうと自身も首輪を外すをくるりと後ろを向き、噛み跡を見せた。それはもう開示といってもいいぐらいに厳かな様子で。

「っ……!」

 嵐は誉の噛み傷に戦慄を覚える。誰が見ても見苦しいとは思えないぐらいに、丁寧に綺麗な「余所行き」の噛み跡を付けてもらった嵐とは違い、誉の項には何度も喰われるように噛んだような後と、あちこちに散らばる痛々しいぐらいの吸引性皮下出血……平たくいうとキスマークの痕が生々しくついている。

「見苦しいものを、本当にすまない」

 すぐさま首輪を装着して執着の痕地を隠すと、誉は嵐に深々と頭を下げた。知らなかったんだ、涼とあなたが愛し合っていたなんて、本当にと地面に頭を擦りつけている。

「なにそれ、本妻の余裕のつもり……?身内面で謝るの本気でムカつくんだけど」

 無節操な涼も大変よくないが「都合のいいΩ」のふりをしてお情けで番になってもらった嵐にももちろん非はある。むしろ非しかないだろう。仮に非がないのであれば、こういう事態になることを想定すらできなかった脳がないといってもいいぐらいには。

 Ωが番となれるαは一人だけだが、αは何人でも番を持つことができる。また、αには番の解除という残酷な行為を行うこともできる。

 番の解除をされたΩのその後は非常に悲惨だ。まず、これまで抑えられてきたヒートが再発する。あわせて一度誰かと番ったΩは、もう他のαと番うことはできない。またやってくるヒートの苦しみと番と引き裂かれた心身ともに負ったダメージにより、番を解除されたΩは短命だともいわれている。
解除後は、ヒートを紛らわすための性行為だけは誰とでもできるようになるのが、唯一の救いだろうか。

「涼パパ、涼ママ……」

「……はい」

 由良家は元凶を召喚した。「ただいま」と家に帰った涼は嵐の姿を見つけると「何でお前?」という表情を隠そうともしない。

「涼、どういうことか説明してもらおうか」

 両親と最愛の番、それからかりそめの番を目の前に涼は「嵐に『この先特定の誰かと番う気がなくて、ヒートがきついから噛んでくれ』って頼まれた」と、極々当たり前のようにさらっと答える。
嵐の言葉をそのまま真に受け、涼本人としては純粋な親切心から来る行動だったようだ。少しは自分を気遣ってくれるだろうと期待をしていた嵐は、あっけなくネタ晴らしをされ顔を怒りのあまり青白くさせたり赤くさせたりなんとも忙しい様子だ。

「お前、保健体育と道徳の授業まじめに受けてこなかったの?」

 勉強は俺よりできたはずなんだけどなぁと首を傾げる誉に、やはり情緒教育がなっていなかったのだと、意図せず生み出してしまったモンスターを前に泣き崩れる由良家の両親。  泣かないでください、お二人は悪くありません!どんな素晴らしい両親の間からもモンスターは産まれますと、まるで傷口に塩を捻じ込むような誉の優しい言葉に、更に由良家の父母は涙を流す。

「だって俺ちゃんと嵐に聞いたもん。お前と番う気ないけどいいの?って。そうしたらいいって。」

 そんなものは惚れた者の常套句、手段にすぎないに決まっているだろうがと怒鳴りつける涼ママパパに対して「そんなウザい決まりしらない」と肩をすくめて見せる涼の姿が、誉には狂ったホームドラマを見せつけられているようだった。恐らく視聴率も稼げまい。

「よしわかった!」

 パンッと両手を叩いて涼ママパパ嵐をこちらに向けさせると、出来る限りこの件については責任を取ろうと涼の胸倉を掴む。
 誉の提案はこうだ。まず人生をむちゃくちゃにした涼が嵐に対して慰謝料を支払う。ただしこれは嵐側が固辞した。

「涼の愛をお金なんかでなかったことにされたくない!」

 嵐の恋する乙女そのままな眼差しに、一同げんなりと首を下に向ける。
 次に、番解除はΩにとってダメージが大きいかつ非人道行為とされているので、現在社会において実行する者はほぼいないが、これを嵐に行わないように番婚届けに署名させることにした。オメガバースの世界でも、一部の国を覗いて重婚は禁止されているが、番婚の禁止はされて「は」いない。

 ただし番の重婚も一部の国を覗いて「蛮行」「非人道行為」として殆ど行う者はいないが。役所に届けを出したなら、承ったベテラン役員が硬直する程度には非常にレアケースだ。
番婚の正式な書類を手渡すと、これには嵐も大喜びで同意し「僕と涼との愛の証だね」と目尻を赤く染めている。それに対して涼は「はあ?」と真冬の津軽海峡よりも冷たい一瞥を送る。

「まあ、Ωにとって番契約はそれ自体が慰謝料みたいなものだから」

 同じくΩである涼ママはふうとため息を吐きながらもそう言葉を紡ぐ。ヒートをとっぱらってくれる項の噛み傷は社会に復帰するためには必要不可欠だ。無論ヒートを抑える抑制剤というものも存在しているが、こちらは絶大に効果が出るΩもいれば、一方体質によって効果が現れにくかったり使用自体が難しいΩもおり、現代医療において現在も課題となっている。

「言い方は悪いけど、嵐君はお妾さんのような扱いになってしまうよ?」

 それであれば、高額ではあるけれどΩ解除後のダメージを最小限に防ぐ治療代金を家で出すからと、涼父が提案しても嵐は首を横に振り「二人を引き裂かないで」と声を荒立てていた。

「涼、軽いとはいえ嵐君にもし重篤なヒートが来たら、お前は彼の元へ行かなきゃならないんだぞ」

「……どうして?」

「それがお前の、永遠の罪の償い方だから」

 誉だって番を他の人間の元へやるのは、身が捻じり切られるような苦痛でしかない。しかし過去に涼が適当な人間関係を築き、目の前のモンスターを生み出したことは紛れもない事実であり自業自得であり、罪だ。

「なんで、やだよ。誉は俺が他所のΩを抱いても平気なの?」

 人間、感情のあまり時には言葉よりも手が先にでてしまうこともあるが、それが今だった。顎にアッパーを決められる形になった涼はその場に蹲るが、誉に「効いたフリすんなよ」と今度は頬を数発殴りつけられた。
元々Ωと馬鹿にされ反骨精神から喧嘩慣れしていた誉は、Ωとはいえそこらへんのβや低級のαよりは強い。

「嫌に決まってんだろ!反吐がでる!お前にも、嵐君にも!!でもお前がやったんだ。お前のせいでこうなってんだ。てめぇのケツぐらいてめえで拭けよ……できもしねえくせに」

「やめて、涼を殴らないで野蛮人!」
 
 嵐の見当違いな言葉には耳もくれず、誉は涼の胸倉を掴んでいる。
 嵐に対しては鬱陶しさしか感じられないが、誉からの怒りの念については涼の心がビリビリと電流を流されたかのように痛い。なぜ、同じ番だというのにこうも違うのだろうか。

 怒りに肩を震わせていると思った誉の両眼からぽたりと落ちる滴を顔に受けて、この時初めて涼は取り返しのつかないことを、そして自分の最愛を深く傷つけたことを初めて理解した。実に愚かで、遅すぎるとは思うが。
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