童貞村

雷尾

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その3

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「……?」

 旅館の室内を撮影しているうちに、ユーチューバーは違和感に気づいた。
動画撮影者にとってバッテリーの充電場所は生命線ともいえる。バッテリーの温存が必要と瞬時に判断したユーチューバーは、スマホを機内モードに切り替える。
それから部屋をくまなく探して彼はコンセントを見つけるも、その差込口は旧式のものに見えた。
現在のプラグと規格が合うだろうか、恐る恐るアダプタを挿し込んでみると合致し、彼は安堵の表情を一瞬浮かべる。
 スマホの操作を行う時、ちらと回線状況を確認したが、やはりというかこのような状況ではすでにお約束ともいえるだろう。

通信状態は「圏外」であった。

 次に部屋の中を見渡してみれば、本棚にお飾り程度の本が数冊並んでいるのが見えた。その中には年季の入った和綴じ本がある。手に取ってみれば村について書かれているようで、うねうねのたくった筆文字にユーチューバーは目だけ顰めて見せながら、それでも素早く頁をめくる。

『この村には、女がいない』

 この村へ訪れたものが書き記したのだろうか。書き出しから興味をそそられる内容ではある。曰く、村の人間は皆容姿が整っており色白で華奢であり、童であればそれこそ女と見紛うぐらいに見目麗しいのだという。
 この村の血を引くものが子を作ると必ず男が生まれるため、子孫繁栄のため一定数、よその人間を取り入れなくてはならないらしい。

「……」

 読み進めていくうちに、これを書き記した者は、恐らく「取り込まれてしまった側の人間」であるということが分かった。

 ○月○日
 気ままな一人旅をしている最中、奇妙な村を見つけた。閉鎖された空間ではそこに住まう者はよそ者を嫌う傾向にあるが、この村の人間は皆人懐っこく、私を歓迎した。

 ○月○日
 村の人は皆親切で、私のようなよそ者を拒絶することがない。いつまでも居てくれていいと優しい言葉すらかけてくれる。天涯孤独の身である私には、この村はとても優しくて心地よかった。いつまでもここに居たい。

 ○月○日
 もうすぐ村の祭りがあるという。ここの人間は皆静かで、賑やかな祭りを行うところが私には少し想像できなかったが、それもまた楽しみだ。

 ○月○日
 祭りの夜、部屋に男が入って来た。男は私を組み敷くと、そのまま

 ○月○日
 その日から、私は軟禁されている。夜になると村の男が代わる代わる私を。

 ○月○日
 十ヶ月を過ぎるかすぎないかの頃、赤ん坊が生まれた。私の子だという。

 ○月○日
 悍ましい、悍ましいおぞましい。子は皆村の人間の顔をしている。恐ろしい。少しも私と似ていない、村の子だ。村の顔だ。これからわたしはずっと、死ぬまで、子供を作るための道具だ、気が狂いそうだ。くるってしまったほうがましかもしれない。

 ○月○日
 最初の子が、私を見て微笑んだ。私の事を「」と呼んだ。美しい顔だ、この村の顔だ。化け物。

 ○月○日
 私は死ぬことにした。だけどただでは死なない。私には責任がある。私だけでは死んでやらない。葬り去らねばならない、忌まわしいこの村と、生み出された私の化け物。
 化け物に情が湧く前に。

「……」
 
 村で軟禁されて、子を産まされ続けた女性の日記だろうか。けれどもユーチューバーの中で少しだけ違和感を覚えた。

『早く、この村から立ち去った方がいい』

 旅館の息子、透の言葉を思い出す。あれはよそ者を追い出すための冷たい言葉ではなく、何かに怯えながらも、それでもユーチューバーを心配する優しい音であった。
けれども、「俺は」この忌まわしい村に取り入れられる必要性がないとユーチューバーは思う。この村に男性しかおらず、子を宿すための女が必要だというのであれば、あの忠告は自分には該当しないはずだと考える。

 この異様な雰囲気と、あの本からだけでは読み取れない秘密がこの村にはある。
そして「それ」を知ることができない限り、この村から逃れることができないのかもしれない。
……どのみち、今の自分には逃げ場などないのだ。

そういえばもうすぐ祭があると香が行っていた。何かが起こるのであれば祭かその後であろう。ユーチューバーは旅館の女将に祭り期間まで滞在したいが可能だろうかと交渉し、女将は満面の笑みでそれを了承する。

「祭りの間なんて言わないで、ずっとこの村に居てくださっていいんですよ」

 くすりと冗談めかして笑う女将の様子に、ユーチューバーは夏だというのに背筋を冷水でぶっかけられた直後のような震えを、暫くの間止めることができなかった。

「うれしい」

 村の祭まであと数日。村の外れにある大きな切株を椅子のようにして腰かけて、ユーチューバーと香は夕日を眺めている。夏の匂いはどこか心が忙しなく動くような、それでいて過ぎ去ってゆく時を惜しむような切ない香りがする。
たとえここが現実ではない異空間や或いは仮想現実の世界だとしても、そんなところまで全てが恐ろしいぐらいにリアルだった。

何が嬉しいの? と問いかけると、香は頬を赤らめてユーチューバーからふいと目を反らしながら答える。

「お祭り、好きな人と一緒に過ごすのが夢だったから」

 そっと重ねられた手は白い。けれども。

「……」

 ユーチューバーが香に対して抱く感情は微量な違和感のみであり、胸が焦がれるような締め付けられるような、或いは下半身がぞくりと疼くようなじんじんとした熱っぽい感覚が湧き上がることはなかった。

 傍目から見れば恋人のような二人の事を、木の陰からこっそり見つめている者がいた。短い黒髪の彼は、彼らに対して嫉妬とも憎悪とも冷やかしとも違う眼差しを向けている。
 言葉にするなら、それは憐憫だろうか。透の感情はユーチューバーに向けられたものなのか、それとも香に向けられたものなのか、それだけは誰にもわからなかった。
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