当てつけで小説を書いてはいけません

雷尾

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当てつけで小説を書いてはいけません

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 彼は小説を書く男だ。
中学生時代の多感な時期に書き始めたそれは、バズリもしないがインターネットの地底奥深くに沈みゆく、というほどでもなく。
 いつの世も勧善懲悪もののファンタジー小説は、一定の層にうけるものだ。小説投稿サイトに上げては、若くしてそれなりの人に読んでもらえる中堅どころといった程度には、面白くてさじ加減の上手い読める文章を書いていた。

 彼、間神戸良太(まこうべりょうた)には一つ下の弟、間神戸律(まこうべりつ)がいる。年子の彼らは兄弟仲が良いかと言われたら、明確に「はい」とは言い難い。

 弟の律は「この両親にしてこの子は本当にあるのか!?」と親族友人知人周辺から血縁関係を疑われる程度には、非常に顔立ちの整った美しすぎる赤子として生まれた。
 その美しさは今に至るまで損なわれることはなく、お人形のような美少年から、現在は高身長でキリリとした顔立ちの艶やかな黒髪や透き通るような白い肌、どことなく色気まで持ち合わせた傾国の美男子にまで成長した。

 おまけに、律は容姿の美しさだけではなく頭脳明晰で、運動神経も良くまさに非の打ち所がない。もしも神という者が存在するのなら、神がさじ加減を間違えまくって狂気的な大盤振る舞いをしたような、冗談のようなステータスを持った青年であった。

「……お帰り」

「……」

 数秒目が合ったのちに、ふいと兄から目を逸らし律は階段を上り自室に戻ってゆく。家族仲は悪くないはずなのに、いつの頃からだろうか、律は良太とあまり接しようとしなかった。それどころか良太を見ないように、或いはいない者として扱っている節まで感じられる。

「……返事ぐらい、しろよ」

 無視など日常茶飯事だ。それでも、パシリや暴力を振るわれるよりはマシだろうか。好きの反対は無関心とは良く言われるものだが、それでも良太の記憶の中では小学校に上がるぐらいまでは、律はお兄ちゃんが大好きな可愛い弟だった。
 兄ちゃん、兄ちゃんと雛鳥のように後ろをくっついて回ってきた律の姿を思い出すたびに、良太の心はチクリとした冷たい痛みに苛まれる。

 いっそあの頃に戻れたのなら。いっそ嫌いや無関心にまでなれたらどれだけいいだろうか。
無関心でいるには過去の思い出が少々邪魔で、あの時の律の笑顔が眩しすぎる。また、この弟は気まぐれに遠まわしな優しさをところどころ見せるので、良太にはそれが更に辛かった。

 高校入学して1年経過した頃、弟も同じ高校に入学してきた。彼の学力であればもっと上を狙えたはずなのに何故と思い、母親付てで聞くところによると「家から近く、公立なので学費も安い」からとのことだった。

「あの子ならどこでも勉強できるでしょう」

 すっかり両親に信頼され期待されている弟を尻目に、良太の心はささくれてゆく。

 その日の寝不足の理由はなんであっただろうか。確か、連載している小説の最終話が近くて徹夜で書き上げていたためだと良太は記憶している。
 翌日の雲一つない青空は、徹夜明けの良太の目には少々眩しすぎた。いい天気だけではなく、初夏にしては異様なまでに気温も高く、校庭で長距離 を走っていた良太は、タイムを計り終えるとそのまま地面に蹲り、程なくしてぱたりと意識を手離した。

「……うっ」

 消毒液臭い、清潔感ある白い部屋。緩やかな風にはためくカーテンの白もどこか涼やかで、良太は保健室の窓側のベッドに寝かされていた。
 彼の左隣に、誰かの気配を感じる。保健の先生だろうかと眩しさを堪えて薄目を開けると、茶色の中にも緑色が存在する、綺麗で不思議な色合いの目が良太を見つめていた。長いまつ毛に縁どられた美しい目は、気づかわしげに彼を見つめている。

「……りつ」

 名を呼ばれた男は、ぱちりと目を瞬かせると、その次にはフッと兄には見せたことのない大人めいた表情で、良太の髪を撫でるように梳いた。

「律、お前が」

「これ、夢だから」

 お前が保健室まで運んでくれたのか。良太の問いかけを抑え込むように、律は良太の額と瞼、それから頬に唇を落とすと、そのままゆったりと保健室を去っていった。

「あらぁ、間神戸君悪いわね。先生が留守の間、ついていてくれたのね」

「……兄はもう、目が覚めたみたいです。でもまだ意識が朦朧としているみたいなので、もう少しだけ休ませてあげてください」

 遠のく足音。ビジュアルだけではなく外面も最強に良い弟のことだ。たまたま目に入ってしまった体調不良の兄を、仕方がなくにせよ助けてくれたのだろう。
……そう思い込むには、先ほどの行為の理由がわからなかった。

「ずっと前から、律君の事、好きです。大好きなんです……よかったら付き合ってください」

 人通りの少ない倉庫裏で、先生からのお使いを遂行しようと立ち寄った良太は、弟が学年でも上位に食い込む美少女に告白されているところを目撃してしまった。

「……試しに付き合ってみる? 好きにも、本気にもなれないかもしれないけど」

 良太は、この時初めて実の弟に対して憎悪の感情を燃え滾らせた。

「いくらイケメンとはいえ許されん」

「あー……一応お前の弟ってことで控えてたけど、アイツ前からああいう感じらしいよ」

 良太の友人曰く。
神が采配を間違えたレベルの傾国のイケメンである律は、それはもう女子にも男子にもモテにモテまくっているという。完全なる来るもの拒まずというわけではないが、それなりの美女や美少年に告白された際には、今のようにお試しで付き合い、それから短期間で別れるというのを繰り返しているらしい。

「で、見た目の良さで付き合ってたやつがメンヘラ化して、修羅場になったことも数知れずらしい」

「それだ」

「どれだよ」

 良太は突然シャーペンとノートを取り出し、さらさらと何かを書きつけると「俺ちょっと用があるから」と友人に別れを告げた。

「あーあ……この話の続き、教えてやれなかった」

 律が何故恋愛において雑かつ関心がなく、投げやりな生活を送っているかということを。これこそが、良太の今後の人生にとって最も重要な警告だというのに。

「ふん、ふんふんふん、ふんふんふん~」

 小学生の頃リコーダーで練習したアマリリスのメロディを口ずさみながら、良太はノートに自作の小説を書き殴っている。鼻歌が出るのは調子が乗っている証拠だ。
 この小説だけは誰にも見せる気がないので、PCのWordなんぞには書き起こさず、完全にローカルどころか自前のノートにアナログ管理をすることにしたようだ。

「今日からお前は俺の相棒だ。よろしくなノート」

 相棒と言う割にノートに名前は付けてやらず、例えるならば犬に「犬」と命名するような一見なんとも人間味のないやり取りのようではあるが、ノートの中身は人としてのどろどろしたどす黒い感情が渦巻いていた。

 ノートに書き綴られた小説の主人公はR、そのモデルは律だ。Rは原作、良太のリアル弟とほぼ同じステータスを兼ね備えたイケメンで、世の中全ての人間にモテまくるところや小説内でもMという学年上位の美少女と付き合うところまでが記されている。

「……」

 良太としては、この辺りは書いていてとても辛く苦しいものであった。シャーペンを右太ももに打ち付け、時に唇を嚙みしめながら血を吐くような思いでリアルに忠実に書き記す。このノート小説の最終目的は無論弟賛美ではなく、その後のざまぁ展開を書くことであったからだ。

「ダメージがデカい。今日はここまでにしよう」

 この外面だけの糞イケメン野郎がと口汚く罵りつつも、箇条書き程度の説明文にもかかわらず、弟への意図しない賛美だけで3000文字程度書き記す羽目になってしまった。
力なくシャーペンを机に転がしてノートを閉じると、良太は風呂に入るためぜえぜえと荒い呼吸を整えながら、乱暴に衣類をクローゼットから引っ張り出して部屋を出る。

「ひっ」

 廊下では小説の主人公である、Rこと律と鉢合わせてしまった。運動系の部活で鍛えられた律は、兄の良太とぶつかってもその素晴らしい体幹のお陰で身じろぐこともせず、じいと兄の顔を無表情に見つめている。

「な、なに」

「……」

「ぶつかったのは悪かったよ、注意不足だった」

 ごめんと律の隣を横切ろうとすると、良太はぐいと片手で顎を掴まれ、むりやり律の方に顔を向けさせられる。

「……」

「……何」

 照明の加減のせいか、律の目には光が入っておらずただでさえ読み取りにくい無表情なのに、今では全く何を考えているかわからない。怒りなのか不快感なのか、機嫌がいいのか悪いのか、一切の情報がその顔からは伝わっては来てくれない。

「え」

 良太が狂ったのでなければ。律は身をかがめると、良太の口元にぺろりと舌を這わせているように見える。それも2回、3回と。頭の中が真っ白にフリーズしてしまった良太は、膝から崩れ落ちそうになる身体を支えるため、力なく律にしがみ付く。
 数回舐められたのちに、良太はようやく先ほど噛みしめた唇から出血していることを思い出した。

「これ、あの、ほら夕食の時に間違って噛んじゃった?だけだから」

 しどろもどろになりながらも、良太は兄らしく「大したことじゃない」気にするなと律から自身を引きはがすと、風呂場に向かうべく階段へ足早に去っていった。
 直後、ズデデデデという派手に段差を滑り落ちる音から察するに、良太は唇をケガするより痛い思いをしたことは明白であったが。

「……」

 もしもこの家の部屋にも一つ一つ鍵をかけることができたのであれば、もっと別の展開が待っていたかもしれないのに。満身創痍で風呂場へ向かう兄を尻目に、弟は良太の部屋へ入っていった。

「……ふん、ふふん……ふん……」

 鼻歌のアマリリスが途切れ途切れになるのは、良太がより執筆に集中している時だ。PC上で人様に見せる用の短編小説のUPを早々に終わらせた良太は、当個人用の小説をノートに書き綴っている。

 小説の中でRはMと順調にお付き合いをしていたが、RのMに対する不誠実な態度や過去に付き合っていた人間たちの妨害、そのほか周囲からは悪評なども囁かれておりヒロインであるMにこっぴどく振られてしまっていた。無論良太の願望でしかないが。

『さいってい!』

 MもMでRへの執着が過ぎたり、またあろうことか「Rが一番」と言っておきながら、Rへ振り向いてもらうように、或いは嫉妬をさせるために他のイケメンたちもキープとして捨てずに交流を続けている、少々人間的にあれな女子という役どころだ。

 なおこの辺りは良太の完全なる妄想ではなく、友人知人からの噂話など入念にリサーチした結果と、自身の弟のクズ加減を書いたまでに過ぎない。
 MからビンタをもらったRの頬は痛々しく腫れており、周囲の取り巻きの男女たちもあきれた様子で遠巻きにRとMを見つめていた……というところで小説は終わった。

「あ」

 何かを思い出したかのように、良太は小説のRに追いざまぁをするべく文章を付け足す。人目も憚らず公衆の面前で別れたRは、その後クラスメイト達からは遠巻きにされ、彼はヤバい人だと周知をされてしまい、その後の学生生活は孤立の一途をたどる。あれほど激しかった女+男遊びもなりを潜めてしまい、逃げるように寂しく卒業式を迎えた……

「うん、こんなもんでいいだろ」

 ストレス発散のため、この小説は良太の気が済むまで繰り返し読みをするつもりだ。
 プレ公開として、良太の心の中の読者たちにひとまず完成したノートを一通り読ませたところで、彼はやはりクローゼットから着替えを引っ張り出して、入浴のため風呂場に向かおうとドアを開ける。

「……あらぁ」

「……」

 ここ最近よく合うわね。心の内でそう語りかけるのは、廊下で鉢合わせした目の前のイケメン、Rこと律だ。律の横をすり抜けて浴室へ向かおうとするも、また顎を掴まれて顔を引き寄せられる。

「もう大丈夫だよ、ほれ」

 もう、唇は噛みしめていないしケガも治ったと、良太はまるで不格好なキス待ちのように唇を突き出してやった。

「……」

 目の前の男にとって、返ってそれが逆効果になることを良太は知らない。ケガが治ったのだから唇を舐められることもあるまいと律の方に目線を合わせた瞬間、良太の唇に、律のそれが重なった。

「は?」

 チュッという可愛らしいリップ音を響かせて、何度も何度も向きを変え唇が落とされ続ける。この間みたく舌で舐められないだけマシなのだろうかと、硬直した身体と頭でバードキスの洗礼を受け続けた良太は、ようやく気が済んだのだろう律の唇から解放される。

「うん、治ってる」

 もう噛みしめちゃだめだよ。普段の無表情に一ミクロン程度の笑みを口元に浮かべてやると、律は「いい子」と良太の額に唇を落としてから、自室に戻っていった。

「うん」

惚けた様子で、良太は風呂場に向かうべくぼんやりゆったりと階段を降りる。
 数秒後、ズデデデデという階段から足を踏み外した男の、派手に滑り落ちる音が廊下内に響き渡った。律は、良太の唇のケガよりも他の打撲を心配した方がよいであろう。

 -数日後。

「間神戸君、マリと別れたって」

「ええ~あのマリが良く別れに応じたね。めちゃめちゃラブだったじゃん」

「マリが律を振ったらしいよ」

「振ったっていうか……マリの奴もさぁ」

「どっちもどっちというか」

「教室でド修羅場だった、あそこまで酷いともう笑うしかない」

 情報通の友人のつてで、律が付き合ったばかりの彼女と別れたことを良太は知った。

「因果応報というか、なんだかねぇ」

 昼時に友人から聞かされた話を耳にした直後、良太の顔面は真っ青になっていた。別れただけであればよくある話だが、別れ方や律が頬を殴られたところなどが、あのノートの小説と全くと言っていいぐらい同じ展開であったからだ。

「……デスノートだったのか、あれは」

「は?」

 友人の「何言ってるんだこいつ」という怪訝そのものな表情にも気づかず、律はカタカタと震え、自分が軽率にしでかしてしまったかもしれないことに、心底怯えていた。

「あ、ああ……あ、あ」

 どこかのカオナシのように不明瞭な感情を声に上げ続けると、良太は引き出しからざまぁ改めデスノートを取り出す。
 これは燃やしてしまった方がいいだろうか、でも下手に燃やしたり処分をすると、ここに書き綴られた登場人物全員に何か良くないことが起きてしまうのではないか。
 ひょっとしてノートを消すと登場人物と俺もこの世から消されてしまうのではないか。

 厨二秒を拗らせた高校二年生の良太は、どうしようどうしようと頭を抱えて蹲ったのちに「そうだ無かったことにしよう」と、ノートに消しゴムをかけることにした。
 この時ばかりはシャーペンを使っていた自身に良太は感謝をする。いざ消しゴム掛けと筆箱からMONOだかMOMOだかの白い消しゴムを取り出した瞬間、何者かにその腕を掴まれ阻止されてしまった。

「消しちゃうの?俺、その小説のファンなんだけどな。先生」

 いつのまにかするりと忍者のように良太の自室に忍び込み、世界と自身の平和のためにデスノートの記録を消去しようとした手を止めたのは、実の弟Rこと律であった。

「……ちょっとああ、あなた。のののノックぐらいしなさいよ」

 動揺のあまり心臓が絶えず18ビートで鳴り響いているのを隠すかのように、兄としてマナーを説くも何故かおねえ言葉で諭してしまっている。

「したよ?心の中で」

「ざけんなちゃんとドア叩け」

 キッと顔の良い弟を睨み付けるも、瞬時にその表情は弱々しいものへ変わってゆく。律の頬は赤く腫れており痛々しいぐらいだ。相当手酷くやられたのだろう。

「……彼女さん、バレーのアタッカー?」

「んー?」

 彼女と思ったことないけどね。なんだったんだろあれ。不自然な程に穏やかな笑みを浮かべている律の腕から存外俊敏に抜け出すと、良太は「ちょっと待ってろ、冷やすもん持ってくる」と部屋を飛び出していった。

「おにーちゃん、足元」

 コンマ一瞬だけ、忠告が遅かったのだろう。ズデデデデという誰かが階段から足を踏み外した、派手に滑り落ちる音が廊下内に響き渡った。

「ほれ、これで冷やせ。痛かったろう」

「良太のほうが相当だと思うけど」

 何かに使えるだろうと冷凍庫の奥底に眠っている保冷剤をハンカチで包むと、良太はそっと律の頬に当てた。
そして良太は打ち身や打撲の痛々しい痕を体中につけており、腰や足首、手などを捻っていないことを確認されると、そのまま律にされるがままよしよしするように、全身に唇を落とされていた。

「階段から3回も落ちてるのに、ヒビも入ってないし腰もやられてないって、運がいいね」

「昔から柔道の受け身だけは先生にも褒められたからな」

 どこか誇らしげな兄を、心底痛々しい者として見つめている律は、自分の頬の腫れなどどうでもよいという風に、兄をベッドに押し倒して胸の中に抱きかかえている。

「なあ」

「ん?」

「なんでいままでずっと、俺のこと無視してたの?」

 朝の挨拶も無視されて、ただいまお帰りにも返事がなくて、会えばすぐに目を逸らされて、俺寂しかったよ。ぐずぐず鼻を鳴らしながらすっかりたくましくなった弟の胸に顔を埋める良太の姿に、律はクスリと堪え切れないかのように笑みを零す。

「ごめんね。近くにいるとこういうこと、したくなっちゃうから」

 ぺろりと目尻の涙を舐め取られて、それから唇を唇で塞がれてしまう。兄弟としては常軌を逸している行動に、良太は目を見開くが身じろぐこともせずそのまま黙って受け入れている。

「……怖い?嫌?」

 律の悲しげな眼差しを受けて、良太は微かに首を横に振る。否定はしたものの、怯えは止まってくれず、かたかたと震えてしまう良太を、律は囲うように再度ギュウと抱きしめる。それはまるで愛くるしい小動物のようで、可哀想だけどやめられないなと律は心の内だけでまるで捕食者のように、残忍な舌なめずりをする。

「お前、俺のこと嫌いじゃなかったの」

「全然」

 思春期を拗らせるはるか前から、律は兄である良太に対して異様な好意と執着心を抱いていた。それは兄弟だとか家族愛の枠組みからも外れており、兄を傍に置いておきたい、キスをしたい、全身を舐め尽くしたい、食べてしまいたいし犯したいという思いで、綺麗な体の中はすっかりどす黒い欲望で渦巻いていた。

「自慢じゃないけど初恋も精通も、全部良太だよ」

「今の独白で自慢になるようなところがあっただろうか」

「童貞をお兄ちゃんにあげられなかったことだけが、すごく悲しくて辛い」

「より背徳的な言葉のチョイスやめろ」

「本当だよ?」

「別にお前の感情自体は全く疑っていないんだよ……それ以外の問題だ」

 こてんと小首を傾げてうるうるした眼差しを向ける弟は、こんなことさえなければ年齢に関係なく可愛い弟のはずだった。

「もう練習も済んだし、他の人も見ない。これからは良太以外は抱かないから許して」

「許しを請うところが根本的に違うんだよお前は」

「良太の望む通り、これからは学校でも孤立して卒業まで寂しく生きていくから。良太だけだから安心して?」

「俺がいつそんなこと望んだ!?」

 律は無表情無言のまま、すっとノートを取り出す。

「その件に関してはすみませんでした、でもプライベートなノートで人に見られることを想定していなかったといいますか。あくまで日記というか創作物というか感情の吐き出し先であって、本気で律君の不幸を望んでるだとかそういったことは決して」

「いいよ、もっと酷い目に遭っても。俺は」

 沢山良太を悲しませたもんね。声のトーンが落ちた弟が気がかりで思わずまじまじと律の顔を見ると、律は申し訳なさそうな、それでいてとても寂しそうな表情を隠すことなく目線を合わせから「今までごめんなさい。お兄ちゃん」と深々と頭を下げた。

 何をどう返していいか、とっさに言葉を紡ぐことができなかった良太は、ぎこちなく弟の頭を撫でた。嬉しそうに良太の手に顔を摺り寄せて、黙って撫でられてやっている律の姿が、小さい頃の姿と重なって見えた。

 次の日。長年なんとなく避けられていた弟とも和解し、性別問わず派手めな交際をしていたのが嘘のようにぴたりと大人しくなった律。
これからは互いに穏やかな学生生活を送ることができるのだろうと安堵しかけた良太だったが、残念なことにそんなことはなかったようだ。

「いい加減、律君から離れてもらえませんか?」
 
「たとえ仲の良い兄弟だとしても、異常です」

 何度目かになる「は?」という良太の疑問は圧の強い女子達やガワだけは非常に美しく、中身は凶暴化したチワワのような美少年達の怒声によってかき消される。
 律は適当すぎるもはや交際とも呼べない、雑なセフレ以下の人間関係を築いていたが、彼からのセフレ解消の言葉はいつも「俺にはお兄ちゃんがいるから」だったそうだ。

 何故と問い詰めても「兄がいるからだめだ」の一点張りで返されてしまい、そのまますげなく突き放される律ガチ恋勢たちには、到底理解も納得もできないだろう。

「あー……あの野郎」

 向こうから来るのはどうやら幸せだけではないらしい。このストレスフルな現代社会において、不幸やとばっちりなどもいつでも向こうからやってくるものらしい。

 先日しおらしく「ごめんなさい」と頭を下げた律の姿が消えてしまいそうだ。
弟へ向かう怒りと握りこぶしのやり場をどうしてくれようかと悩んだ瞬間「何してんの」と静かに、けれどもドスの利いた声が飛んできた。

「律君!お兄さんに執着されているんでしょ?助けてあげようと」

「何してんのかって聞いてるんだけど」

 人当たりが良く外面の良さMAXの律が、今は不機嫌さを隠そうともせずにずかずかやってくると、兄を胸元に引き寄せて不快な者たちから遮断するように抱きしめた。

「言ったよな?俺には兄がいるからお前らとは付き合えないって」

 そもそも付き合ってるつもりもなかったけどなと吐き捨てると、鬼のような表情を一転させ、甘やかでとろけるような笑みを兄に向けつつ頬や額、唇にごく軽くちゅいちゅいとキスの雨を降り注いでいる。
 弟からの歪み過ぎた寵愛を一身に受けている兄はというと、すでに抵抗する力はなく魂が抜け落ちたかのような完全な無の表情のまま、一刻も早くこのまま時が過ぎ去ることのみを、ただひたすらに願っているようだった。

 その様子に「この兄弟には近寄ってはいけない」と本能で察した連中は足早にその場を去る。空気の読めない勢はまだキャイキャイ鳴き喚いているが、そちらについては律が蹴り飛ばして教室から追い出した。

「ごめんね、良太。俺のせいでこんなことになって」

「……お前が謝るのは正しいんだけど、本当に何がいけなかったのかお前は理解しているだろうか」

「うん、二度と良太をこんな目には合わせない」

 誰もいない教室ということでテンションでもぶちあがったのだろうか、律は「嫌な目にあわせてごめんね」と良太の唇に深く吸い付いて、そのまま舌を絡めた。

「現在進行形で合わせてるんだよお前が」

 さようなら、俺の平穏な学生生活と良太はゆっくり意識を飛ばした。

「あーあ」

 たまたまその光景を目撃してしまった良太の友人は「だめだったか」と憐憫の眼差しをコンマ一瞬だけ向けて、それから足早に教室から去ってゆく。
 次の日から「禁断の間神戸ブラザーズ」と噂されても、自分だけは良太の良い友人でいてやろうと心に決めながら。

 良太は全く知らなかったが、律の良太に対する異様な執着と兄弟愛とも呼べないどす黒く爛れて澱みきった思いは、一部では有名だった。むしろあれだけ駄々洩れしていたというのに、何で当の本人であるあいつは気が付かないんだよと、友人は良太の鈍感さに畏怖の念すら抱いていた。

不浄の地を浄化するがの如く、律は兄への溜まり切ったフラストレーションやら性欲やらを適度に発散させないと、彼がいる1年A組の教室はぺんぺん草1本すら生えない、死に絶えた地になってしまうとまことしやかに囁かれていた。一体どんなクラスだというのだ。

幸いにも律は傾国の美青年、人身御供となる人間は男女問わず引く手あまただ。自らセフレ志願する者も後を絶たない。

「試しに付き合ってやってもいいが、お前を好きになることは無い」

 彼なりの最低限の誠意ではあるが。そんな何様な台詞を吐かれても、律が口にするというだけでM気質や奴隷予備軍たちにとっては褒美でしかなく、彼ら彼女らは内なる開花させてはいけない性癖の才能に目覚めてゆくのであった。

 傍から見れば最低ヤリチン糞男のそれでしかないが、律も律なりに苦しんだ時期はあった。同性、それも実の兄に恋心と欲情の念を抱くなんてと悩んだのは小6の精通が始まった頃で、中学に上がる頃にはその罪悪感は消え失せた。
罪悪感の有効期限は1年足らずといったところであろうか。

「もっと葛藤しろよ」

「やだ、俺は十分すぎるぐらい苦しんだ」

 俺の1年は精神と時の部屋での1年と同様だからね、と良太の弟はよくわからない例えをする。

「好きなのに、理由なんている?」

「モラルはいる」

 ノートの一件から律は夜な夜な良太の部屋にやってきては、一緒のベッドで眠るようになった。どうしても良太が一人でいたいという時や、友人宅へ泊る時などは孤独に耐えられない律がしがみ付いて離れないので、妥協案として良太が着たパジャマやタオルケットなどを見返りに求める始末だ。

「良太の匂い、留めておけたらいいのに」

「……」

 パジャマに顔を埋めて呟く変態すぎる発言ではあるが、これまでは逆に家族としても兄弟としても距離があり過ぎた二人だ。例えこんな形であろうとも弟に慕われるのは少しだけ嬉しくもあった。

「良太の汗、瓶に溜めて香水にできないかなぁ」

「お母さんお父さーん」

 夜中に大声で両親を呼ぼうとする兄の口を手でふさぐと、そのままベッドに引きずり込む。

「はやく、二人きりで暮らしたいね」

「もうプランとして組み込まれているのか……」

 地方の大学を受験しようかな、と呟いた兄の様子に拗ねた律は、がりりと鎖骨あたりに歯の痕を付けた。

「……うぅ、ん、んっ」

「もう少し声出してもいいよ」

「ん、や、だぁ」

「押し殺しちゃうのも可愛いけど」

 執拗に胸の尖りを指で軽く引っ掻かれて、ピンと弾かれたかと思えば指の平で押しつぶされる。びくびく身を震わせると連動するように、良太のペニスも下着越しからはっきりわかるように膨れ上がり、グレーのボクサーパンツにいやらしい染みを作った。

「ここ、自分で弄ってた?」

「や、んなわけっ」

「初めてで感じちゃうんだ?お兄ちゃんのえっち♡」

「それやだぁっんぅ♡」

 喘ぎを抑えようとする兄が健気で、律は唇で良太の声を抑えてやる。ちゅくちゅくと舌を絡めて下唇を唇で食んで、リップ音を響かせる度に良太の身体は聴覚からも犯されて甘く痺れた。
 苦しそうなそこを介抱してやるために、存外白い兄の足からするりといやらしくボクサーパンツを脱がすと、良太の中心は完全に熱を持ちそそり勃っていた。鈴口から透明な液が零れ落ちそうになっている。律は朝露のようなそれを舌で舐め取り「美味しい」とそこに囁きかけると、吐息だけでも感じてしまうのか、思わず身を反らした。

「両方、だめだってぇ……あっ」

「どうして、気持ちいいでしょ?」

 律はまだ兄を最後まで抱くつもりはなく、けれどもペニスや乳首などそのほかの箇所で良太をどろどろにしていくことにした。まだ好きとも言ってもらえてはいないけれど、先に身体からでも兄を堕としたかった。

「俺がいないと駄目になってね。俺無しじゃ何もできないようになって?」

 緩くペニスを扱かれて、時折先端を親指で弄られてしまうとそれだけで良太は狂いそうなほどに、もどかしい快楽に身を捩じらせてしまう。
 精を吐き出して開放されたくて、小さく「やだ」と声を上げながら腰を揺らしてしまうその姿は淫猥で、律は早くここに自身の滾りを捻じ込んでやりたいと、熱のこもった雄の眼差しを兄の後孔に向ける。

「煽らないで……今日は、ここで一緒にいこ?」

 小ぶりだが雄として精を吐く準備が整っている良太のそこに、律は自身の肉棒を重ね合わせると、手にどろどろした透明の液を垂らしてから上下させた。

「へ、や、え、律の……それ」

 そこらへんの男のプライドをへし折るには十分なぐらい、律の肉棒は凶悪な大きさで良太は一瞬顔を青ざめさせる。

「んー怖くなっちゃった?」

 大丈夫、ここはゆっくり慣らしていこうね?と後穴を指で触れながら律はこてんと首を傾けてみせる。
それから今日の所はと、彼は自身と良太の肉棒をくちゅくちゅ擦りあわせる。怯えてしまったのだろうか、最初は少し縮んでしまった兄のそこは、兜合わせをしているうちに次第に先ほどの大きさまで膨張し、今は精液を吐き出したくて切なげに震えている。

「可愛い」

 生理的に浮かべた目尻の涙を舌で舐め取りながら、律は手を休めることなく二つの肉棒を擦り合わせ、それから時折鈴口のあたりもいじめるように親指で弄る。

「良太も一緒」

 手のやり場に困っていた良太の片手を自身の首に絡ませて、もう片方の手は律と良太のペニスを握らせる。

「え、なに、やぁ、あっあっあっあぁあ」

「あは、えっろ♡ お兄ちゃん、腰動いちゃってる」

「やだぁ、その呼び方っ」

 二人の肉棒に添えられるように重ねられた良太の手の上に、さらに律は自身の手を重ねてぐちゅぐちゅ手を動かす。自分の手でありながら自分の意思ではない刺激を与えられて、まるで玩具のように手を使われることすら欲情をそそられるようだ。

「お兄ちゃんの手オナホ、気持ちいい」

「あ、あぅう、はぁん♡ や、あぁあ」

「良太、ちゅーしよう?」

「あ、はぅ、ぅん」

 飽くことなく舌を絡め合い、とろりとした唾液の交換を繰り返す。必死に片手を律の首に絡ませてしがみ付いてくる兄が可哀想で可愛くてしかたがない律は、わざと腰を支えてやらず胸の突起に指を絡ませてくりくり指を動かした。

「やぁんっ♡」

「はは、凄い可愛い声がでた。ここ触られちゃうと女の子になっちゃうの?」

「や、やだだめ♡ そこや、だめ、やめえ、やぁ、あっ♡やぁ♡」

「クリと乳首、両方弄られて気持ちいいね」

 あっあとか細い声を上げながら、手に擦りつけるように腰を動かす良太の姿ははしたなくも律の目にはそれ以上に愛らしく映る。

「俺にしがみついていいよ♡ ぎゅってしよう?」

 片手で良太の腰を引き寄せると、良太も同じく片手は律の首に絡ませてそのまま身を預けてくる。どちらからともなく唇を寄せると、そのままキスをする。ちゅっちゅと可愛らしいリップ音と、くちゅくちゅと下半身から響くいやらしい音のギャップで、良太も律もすっかり気をやりそうになる。

「ね、良太、もうイってもいい?」

「あ、おれも、やぁ、ん!」

 手に力を加えて激しく上下させると、散々焦らしてきた肉棒にびりびりした刺激が走り、びくんびくんと痙攣をおこしながらようやく先端から白濁を吐き出した。
 ベッドに仰向けに倒れ込んでぜーぜー荒い息を立てる良太の腹には、自身か或いは律、もしくはその両方が吐き出した白い液が垂れている。

 本物の事後のようなその姿に、律は良太の髪を掻き上げて顔を撫でてやると堪え切れないように、良太の胸に吸い付いた。
 もうやだぁと涙を浮かべて身を捩る良太の姿を目に「ごめんね」と何度も謝りながら、律は兄の胸の尖りに吸い付き、それから首筋や鎖骨、胸や腹や内腿に唇を落とし、時折歯を立てながら余すことなく執着の痕を付けていった。

「水泳にもジムにも行けない身体になってしまった……」

「元々水泳にもジムにも行かないだろ、お兄ちゃんは」

 全身が吸引性皮下出血と歯型、つまりはキスマークだらけになった良太は羞恥に耐えかねてタオルケットで全身を包むと、弟に背を向けてふて寝を始めようとする。

「あ、そういう可愛いことしちゃうんだ」

 それを「逃がさない」とばかりに、律は後ろから良太を抱きかかえるとこちら側に向かせて、自然な動作で腕枕をしてやる。

「手慣れてやがる、流石は元ヤリチン野郎……」

「酷いな、俺いままで誰かに腕枕なんてしてやったことないし」

 全部お兄ちゃんだけなの、ときゅるんとした眼差しを向ける律だが、それはそれでこれまでのセフレやそれ以下に対する扱いの酷さを思うと「お前いつか刺されるぞ」と良太は兄として忠告をしてやった。

「良太、聞いて」

「懺悔か」

 これ以上何かあるのかという兄の言葉は無視して、律は独白を続ける。
某日。どこかしら様子のおかしかった兄を心配し、良太の部屋に忍び込んだ律は、そこで一つのノートに出会う。平たく言えば律が勝手に良太の小説を盗み読みしただけの話なのだが。

 小説の内容は弟のことをよく思っていないのだろう、彼に対する憤りの捌け口のような酷い内容ではあった。
 けれども、律にとってそれはどんな美女や美男子からもらう心からの手紙よりも、愛に満ち溢れたラブレターとしてその目に映った。

「眼科へ行け」

「話はまだ終わっていない、聞いて」

 兄のツッコミをスルーすると、律は再び言葉を紡ぐ。彼にとって兄からの感情は憎悪でも憎しみでも妬みであっても、嬉しくて仕方が無かった。良太から感情を向けられるということが律にとっては何よりの喜びだった。
 小説が終わってしまうのは寂しかったが、読み終えた直後、兄への感謝とサプライズとして律はあることを思いつく。

「小説の実写化」

「は?」

「やってみた」

 律が付き合って……もといセフレ以下の関係であったマリと、小説の通りに別れることにしたのだ。元々自分には良太しかいないのだからと別れは決定事項だったが、せっかくならリスペクトする原作通りに別れようと彼は考えたのだ。

「人気のあるところで、ビンタされるように別れるのは結構大変だったけど」

 兄の入念なリサーチにより、マリが少々性格に難のある女子であったことが幸いであったか、良太の書いたざまぁ小説の展開そのままに持って行けたと、律は満足げに笑っている。

「先生、小説最高でした。まさか俺を題材に書いてくださるなんて」

「……」

「嬉しくて、念のためノートの内容は全部データ化して、何度も読み返してます」

「お前いつのまに」

「大好きだよお兄ちゃん……良太、愛してる」

 頬へのキスまでは辛うじて許容できたが、耳たぶをはみはみさせる甘噛みについては未知の感覚すぎて、良太はぞわりと全身の肌を粟立ててしまう。
 くすぐったいからやめろと身じろぐ兄の姿が例えようもなく好ましくて、律はふふっと笑みを浮かべたまま今度は額に唇を落とす。

 これまでのセフレ以下に対して、散々身体は繋げたし時には雄の滾りを咥えさせたりもしたが、彼は誰ともキスだけはしてこなかった。肌にキスマークを落とすこともなく歯を立てることも一切なかった。相手に対してもそれを許すことなく、本当に最低限身体を繋げるだけ。
 そんな精を吐き出す為だけのセックスを彼はしていた。

 良太は、律の過去をどう受け止めていいか判断ができかねる様子でオロオロしているが、幸せそのものといった様子で良太を眺めているその表情を見ているうちに、もうどうでもよくなったのだろう。
先ほどよりは少しだけ慣れた様子で、弟の頭をわしわしと撫でてやっている。くすぐったそうにしている律は、もっとと言わんばかりに兄に好きなようにさせていた。

「先生、次回作も期待してる」

 律に甘ったるく耳元でそう囁かれるが。

「ねえよ」

 創作活動は楽しく活動してこそのものなのだ。二度と当てつけでこのような小説は書かないと心に決めた先生からの返信は、非情だった。
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みんなの感想(1件)

こここ
2023.09.17 こここ

最高です!!

2023.09.17 雷尾

ありがとうございます!

解除

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