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元の世界への帰還と反撃の狼煙
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「よくぞ御無事で……!」
「この度はうちの馬鹿息子が本当に申し訳ありません!」
数カ月後、生まれたばかりの赤子を抱えながら、奏は霧ヶ峰父と母を引き連れ、敵陣もとい東堂家にやってきた。
普通の不倫であれば叩き出されているであろう三囲芽以も、一応は東堂敦の番ということで東堂家としては不本意ながら、彼らは正座をさせられながらも寄り添うように隣にいた。どうやら奏が居ない間に真実の愛とやらを育んでいたようだった。
「いい気なものですね、人が必死で出産している間に乳繰り合っているとは」
「……」
「……」
恐らく双方の親兄弟親族友人から一生分こってり絞られてきたのだろう。敦は気まずそうに、芽以は不貞腐れたようにうつむいたまま、奏に目線を向けることすらしない。
流石に二人も「愛があればなんとかなる」という甘い見通しだけは捨てざるを得ないと理解したのかもしれない。この現代社会では珍しく、敦と奏は恋人同士でもあったが、政略結婚でもあったのだ。
「まあいいでしょう、お義父様お義母様、出産後となってしまいましたが敦さんとの結婚を進めたいと思います。産後でご迷惑をおかけするかもしれませんが、必ずや東堂財閥をより一層発展させてゆきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「えっ……」
てっきり莫大な慰謝料と共に離婚を言い渡されるかと思っていた東堂家の親類たちと敦、そして顔を真っ青にしたり真っ赤にしたりと忙しい芽以を尻目に、奏は稀釈した魅了の力をうまく流してやる。
「なんて、なんて健気で素晴らしい……敦、お前は人としてもαとしても最低なことをしました!この先の人生、一生女神のような奏さんに償うように生きてゆきなさい」
「奏さんがこんな愚息の妻になってくださるのなら……私の命などいくらでも差し上げます」
義母は奏を神のように崇め、両手を組んで祈っている。義父は奏の前で跪き、中世を誓う騎士のように奏の手の甲に唇を落とした。
東堂家の母と、特に父親の様子に霧ヶ峰の父と母は内心ドン引きしている。奏はというと「少し加減を間違えたか」と内心で顔を顰めつつ、東堂父もαだから曲がりなりにも若いΩという奴に中てられたか、と口元を歪めた。そっとハンカチで手の甲を拭いながら。
奏は、東頭家の親族に魅了を使ったが、自身の味方となる霧ヶ峰家や友人知人には力を使わなかった。心を惑わさなくても、常識的な彼らがどちらの味方をするかと言えば、火を見るよりも明らかだ。
そして奏は、自身の敵となる敦や芽以に対して、一切の力を使わなかった。この先の長い人生、彼らには素面で苦しんでもらいたかったからだ。彼らが元から正常であったかどうかについては疑わしきところだが。
さて、不倫した二人にとって、特に芽以にとって敦と奏の結婚は大変なこととなった。奏は後継ぎを産んだだけではなく、平凡な顔とは裏腹に知力と才能があったため、逆に「妻」という立場はお飾りであり実質彼が経営者のようなものだった。
そして逆にお飾りの経営者でありほぼほぼ役割は「夫」というだけの種馬である敦は、芽以に愛を誓うが彼を最優先とすることができず、結婚式もハネムーンも財閥を代表しての会やパーティーなどの華やかな表舞台には、いつも奏と二人で仲睦まじい番として様々と世間に、そして芽以に見せつけることになった。
煌びやかで豪華な敦と奏の結婚式と対照的に、敦と芽以との間には式はおろか、指輪の交換すらも行われることがなかった。言い換えれば敦が芽以に新婚や恋人らしいことは何一つしてやらなかったということになる。
番う前であれば首を保護するための、番った後であれば番の痕となるうなじの噛み傷を隠すための首輪についても、奏は敦にプレゼントされた某有名ジュエリーブランドでオーダーメイドされたシンプルかつ美しいものを着けていたが、芽以はありふれた既製品の首輪のままだった。
「妾の運命の番」
「二号さんの運命の番」
敦は複数の番を持つことができるαという性と、元々の性質もあったのだろう。彼は自身の子供が生まれたことで遅まきながら父親としての自覚でもあったのか、運命の番がいるというのにそちらを妾扱いして、常に奏を優先させることになった。
最愛なのだから、芽以には自分の身体を与えてやればそれで幸せなのだろうと傲慢にも敦はそう考えた。
芽以のために用意されたタワーマンションは、その高級感溢れる内装や設備、インテリアなども申し分ないというのに、まるで幽閉された城の塔のようであった。ラプンツェルのようにいつか素敵なαでもやってきてくれたらよいのだろうが、実際に時折やってくるのは、愛と性欲をはき違えた顔だけの甲斐性なしお飾りαだ。
「何で最近来てくれないの?この間はヒートの時も来てくれなかった……!」
「ごめん芽以、奏のヒートが重なっちゃって」
「奏ばかり、どうして僕を優先してくれないの、僕たち運命でしょ!」
「仕方がないだろう、奏だって仕事があるしヒートを発散させないと業務もままならないぐらい辛いんだ。彼には立場があるし、うちには子供もいるし……」
愚かであってもαはα。敦はぼんやりと現実が見えていた。人間社会では愛だけでは人は生きてゆけないということと、芽以を囲う金も全て奏の手に握られているということを。
親族や友人、世間からの冷たい目線をやり過ごせば、彼は仕事の補佐と家族サービスをおこなうだけで、ある程度の金銭が手に入り愛人を囲う夢のような生活ができていると言えるだろう。
『本当に困った人で……お足元の悪い中、お騒がせして申し訳ありません。そうですね、浮気は男の解消っていいますもんね。
「私」に養える財力があれば妾の一人ぐらい目をつぶります。それにあれでも彼は夫の運命だそうなので……同じΩとして、番解除ほど辛いことはありませんし最愛と引き裂かれる気持ちは痛い程わかります。
けれども、これはあくまでうちの話であって、不貞行為は許せません』
スキャンダルに巻き込まれても、ツラりとマスコミに対して凛と答えた奏は、まさに強者の貫禄であった。自分の環境だけが特殊で、やんわり「養う覚悟もなく責任も取らず、不倫のいいとこだけ摘まもうとする甲斐性なしは許さない」という奏の考えは、女性やΩファンを増やした。実のところ奏が少しばかり電波に乗せて魅了を流したというのもあるが。
それに、愚かなことに敦は、今更ながら奏の人間的な魅力に惹かれ、また恋をしていた。自分がしたことを思えばどれだけ愛や恋慕の念を伝えても信じてもらえないということはわかっていたが、彼は再び奏と向き合い、本当の夫夫になれるように努力をしていた。そんな日がやって来るのかは謎だが。
芽以の目はまだ死んでおらず、絶望の光も映していない。見当違いな復讐の炎がめらめらと燃えているように見えた。
「この度はうちの馬鹿息子が本当に申し訳ありません!」
数カ月後、生まれたばかりの赤子を抱えながら、奏は霧ヶ峰父と母を引き連れ、敵陣もとい東堂家にやってきた。
普通の不倫であれば叩き出されているであろう三囲芽以も、一応は東堂敦の番ということで東堂家としては不本意ながら、彼らは正座をさせられながらも寄り添うように隣にいた。どうやら奏が居ない間に真実の愛とやらを育んでいたようだった。
「いい気なものですね、人が必死で出産している間に乳繰り合っているとは」
「……」
「……」
恐らく双方の親兄弟親族友人から一生分こってり絞られてきたのだろう。敦は気まずそうに、芽以は不貞腐れたようにうつむいたまま、奏に目線を向けることすらしない。
流石に二人も「愛があればなんとかなる」という甘い見通しだけは捨てざるを得ないと理解したのかもしれない。この現代社会では珍しく、敦と奏は恋人同士でもあったが、政略結婚でもあったのだ。
「まあいいでしょう、お義父様お義母様、出産後となってしまいましたが敦さんとの結婚を進めたいと思います。産後でご迷惑をおかけするかもしれませんが、必ずや東堂財閥をより一層発展させてゆきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「えっ……」
てっきり莫大な慰謝料と共に離婚を言い渡されるかと思っていた東堂家の親類たちと敦、そして顔を真っ青にしたり真っ赤にしたりと忙しい芽以を尻目に、奏は稀釈した魅了の力をうまく流してやる。
「なんて、なんて健気で素晴らしい……敦、お前は人としてもαとしても最低なことをしました!この先の人生、一生女神のような奏さんに償うように生きてゆきなさい」
「奏さんがこんな愚息の妻になってくださるのなら……私の命などいくらでも差し上げます」
義母は奏を神のように崇め、両手を組んで祈っている。義父は奏の前で跪き、中世を誓う騎士のように奏の手の甲に唇を落とした。
東堂家の母と、特に父親の様子に霧ヶ峰の父と母は内心ドン引きしている。奏はというと「少し加減を間違えたか」と内心で顔を顰めつつ、東堂父もαだから曲がりなりにも若いΩという奴に中てられたか、と口元を歪めた。そっとハンカチで手の甲を拭いながら。
奏は、東頭家の親族に魅了を使ったが、自身の味方となる霧ヶ峰家や友人知人には力を使わなかった。心を惑わさなくても、常識的な彼らがどちらの味方をするかと言えば、火を見るよりも明らかだ。
そして奏は、自身の敵となる敦や芽以に対して、一切の力を使わなかった。この先の長い人生、彼らには素面で苦しんでもらいたかったからだ。彼らが元から正常であったかどうかについては疑わしきところだが。
さて、不倫した二人にとって、特に芽以にとって敦と奏の結婚は大変なこととなった。奏は後継ぎを産んだだけではなく、平凡な顔とは裏腹に知力と才能があったため、逆に「妻」という立場はお飾りであり実質彼が経営者のようなものだった。
そして逆にお飾りの経営者でありほぼほぼ役割は「夫」というだけの種馬である敦は、芽以に愛を誓うが彼を最優先とすることができず、結婚式もハネムーンも財閥を代表しての会やパーティーなどの華やかな表舞台には、いつも奏と二人で仲睦まじい番として様々と世間に、そして芽以に見せつけることになった。
煌びやかで豪華な敦と奏の結婚式と対照的に、敦と芽以との間には式はおろか、指輪の交換すらも行われることがなかった。言い換えれば敦が芽以に新婚や恋人らしいことは何一つしてやらなかったということになる。
番う前であれば首を保護するための、番った後であれば番の痕となるうなじの噛み傷を隠すための首輪についても、奏は敦にプレゼントされた某有名ジュエリーブランドでオーダーメイドされたシンプルかつ美しいものを着けていたが、芽以はありふれた既製品の首輪のままだった。
「妾の運命の番」
「二号さんの運命の番」
敦は複数の番を持つことができるαという性と、元々の性質もあったのだろう。彼は自身の子供が生まれたことで遅まきながら父親としての自覚でもあったのか、運命の番がいるというのにそちらを妾扱いして、常に奏を優先させることになった。
最愛なのだから、芽以には自分の身体を与えてやればそれで幸せなのだろうと傲慢にも敦はそう考えた。
芽以のために用意されたタワーマンションは、その高級感溢れる内装や設備、インテリアなども申し分ないというのに、まるで幽閉された城の塔のようであった。ラプンツェルのようにいつか素敵なαでもやってきてくれたらよいのだろうが、実際に時折やってくるのは、愛と性欲をはき違えた顔だけの甲斐性なしお飾りαだ。
「何で最近来てくれないの?この間はヒートの時も来てくれなかった……!」
「ごめん芽以、奏のヒートが重なっちゃって」
「奏ばかり、どうして僕を優先してくれないの、僕たち運命でしょ!」
「仕方がないだろう、奏だって仕事があるしヒートを発散させないと業務もままならないぐらい辛いんだ。彼には立場があるし、うちには子供もいるし……」
愚かであってもαはα。敦はぼんやりと現実が見えていた。人間社会では愛だけでは人は生きてゆけないということと、芽以を囲う金も全て奏の手に握られているということを。
親族や友人、世間からの冷たい目線をやり過ごせば、彼は仕事の補佐と家族サービスをおこなうだけで、ある程度の金銭が手に入り愛人を囲う夢のような生活ができていると言えるだろう。
『本当に困った人で……お足元の悪い中、お騒がせして申し訳ありません。そうですね、浮気は男の解消っていいますもんね。
「私」に養える財力があれば妾の一人ぐらい目をつぶります。それにあれでも彼は夫の運命だそうなので……同じΩとして、番解除ほど辛いことはありませんし最愛と引き裂かれる気持ちは痛い程わかります。
けれども、これはあくまでうちの話であって、不貞行為は許せません』
スキャンダルに巻き込まれても、ツラりとマスコミに対して凛と答えた奏は、まさに強者の貫禄であった。自分の環境だけが特殊で、やんわり「養う覚悟もなく責任も取らず、不倫のいいとこだけ摘まもうとする甲斐性なしは許さない」という奏の考えは、女性やΩファンを増やした。実のところ奏が少しばかり電波に乗せて魅了を流したというのもあるが。
それに、愚かなことに敦は、今更ながら奏の人間的な魅力に惹かれ、また恋をしていた。自分がしたことを思えばどれだけ愛や恋慕の念を伝えても信じてもらえないということはわかっていたが、彼は再び奏と向き合い、本当の夫夫になれるように努力をしていた。そんな日がやって来るのかは謎だが。
芽以の目はまだ死んでおらず、絶望の光も映していない。見当違いな復讐の炎がめらめらと燃えているように見えた。
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