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三周目

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「よく来たな」

「命知らずが、馬鹿なんですか」

「……ユウ、返して」

「……ここで使うの勿体ないな」

 生徒会長、副会長、書記にしてみたら場にそぐわない謎の言葉を吐く貴一に、彼らは苛立ちを覚える。

「まあまあ、冷たいものでも飲んで、少しは落ち着きませんか」

 貴一は「無くした信頼ゲージMAXドリンコ」を一缶開けると、「そのままドリンクを差し出そうとしたがうっかり地面につまずいてしまい」誤って三人の身体に液体を浴びせかけた風に見せかける。
顔と首筋を狙ったそれは上杉の分の恨みと、嫌がらせや相手を激高させる意味合いもあるが、この液体は飲み込まなくとも肌にかかるだけでも効果がある。
 彼らの貴一に対する好感度は、最低値から30%程度まで上っていた。これは道で通りすがった気のよさそうな人程度より少し上ぐらいの好感度であるが、貴一はこれで十分と判断する。

「お前何をする!」

 生徒会長山久が殴りかかって来るのを、貴一は避けずにわざと受けた。それから彼らの暴力はヒートアップし、副会長の樋山は手で触れるのも嫌なのか、貴一の腹や背中を執拗に蹴る。一見大人しそうな初期の犬飼は今は怒り狂っているのか、顔も頭も腹も構わず殴り掛かり、貴一の手や腕に噛みついた。

「先輩たちごめんなさい、わざとじゃないんです」

「黙れ!」

「やめて、僕はただ生徒会の皆さんに、元に戻って欲しいだけなんです……」

「うるさい」

「お願い、気が済むまで殴っていいから、仕事してください。上杉さんや先生、赤穂さんたちが可哀想です……!」

「……」

 貴一の願いは、彼らにとって痛いところを付いているのだろう。けれども嫌っていたはずの貴一に指摘されて素直に認めることもできず、三人は後ろめたさを誤魔化すかのように更に暴行を続ける。けれども、無意識のうちに殴りつける手の力が加減されていることに三人は気づいていなかった。

 ひとしきり痛めつけた「つもり」になっている三人は、貴一がぐったり動かなくなったことに少しだけ動揺する。一旦私刑の手を止めると、あれほどまで殺したがっていたにもかかわらず、彼が息をしているか確認をしようと顔を覗き込む。

「(そろそろ潮時か)」

 貴一は致命傷にならない程度に防御に徹していたため、外傷ほどに体力は削られていなかったし、このまま反撃も容易であった。
 けれども今回の彼は「ここからの生存」は望んでおらず、彼らのマインドコントロールのような魔薬の力を取り除き、罪悪感を植え付けるのがその目的であった。

「(これもまた別のマインドコントロールか……)」

 貴一は、東頭や奥山、上杉に対して情はあったが、この三人に対しては今のところそのようなものはなく、また現時点では貴一が彼らに好意を持つ要素もない。次またあの厄介な転校生が出てきた時に、一人一人接するのは難しいだろうし、いくら好感度アップのアイテムがあってもすぐに枯渇してしまうだろうと考えた。

 それであれば、前回の記憶に訴えかけるしかない。これまでの東頭や奥山の様子を見るに、どこか裏で彼らが知るはずのない周回プレーの記憶が引き継がれており、それが好感度にも結び付いていることを貴一は理解していた。
 例えば東頭の青チンちゃんマスコット。例えば奥山のオオイヌノフグリの記憶。このゲームの三周目では、二人にそのようなイベントは起こさせてはいない。
 また、東頭は少なくとも一周目の記憶である貴一の死を身体が覚えていた。

「(ごめんな、東頭。また辛い思いをさせることになる)」

「……生きてんのか」

 山久が乱暴に貴一の髪を掴んでこちらに顔を向けさせる。貴一はわざと焦点を合わせず譫言のように言葉を紡ぐ。

「うえすぎ先輩、よかった、ですね……せいとかいのひとたち、みんな仕事、手伝ってくれるって。これで、せんぱいも負担が減り……」

「やめろ」

「どう、してこうなっちゃったんでしょうね。前はあんなにみんな、仲がよくて」

「やめてくれ」

 動揺から乱暴に突き放すと、貴一はコンクリートの壁に頭を打ち付けてしまう。「馬鹿、何をやっているんだ」と感情をあらわに怒鳴りつけたのは樋山だ。暴行を加えたメンバーの方など見ずに、明後日の方向を焦点の定まっていない目で笑いながら見つめている貴一の様子に、自分経ちは取り返しの無いことをしてしまったのではないかと、ガタガタその身を震わせているのは犬飼だ。

「先輩たち、僕が死んだらこれまでどおり生徒会の仕事やってくれると約束してくれますか?」

「何を……」

「僕が死んでもサイオンジ君が戻って来るかは、もうわかりません」

 違法薬物所持をしていたのだ、貴一が死んだところで彼がこの学園に戻ってくることは恐らくないだろう。ただし、このご都合主義のBLゲームの設定上、サイオンジの両親がかなりの権力を持っていた場合は事件がもみ消される可能性がある。それは貴一が彼らのリンチによってこの世を去ったことも同様だ。
したがって、この約束は次の周回プレイへの保険のようなものだった。

「でも、けじめということなら僕にもできそうです。お願いです、次は見誤らないでください」

 誰を好きになっても誰に執着してもいいから、自分の責務は果たしてほしい。これが彼らにとっての授業料となってくれるだろうか。貴一はアイテムの中からトカレフを取り出して、銃口をこめかみに突き立てる。一番近くにいた会長が駆け寄る前に引き金を引くと、乾いた銃声音と共に、貴一の視界は暗転した。

 ……さて、今回のエピローグはどんなものだろうか。貴一は「学生版アウト○イジみたいだったな」と自身の演技力の微妙さを少しだけ恥じる。自死はこれまでもこれからも、この1度だけにしたいと、自身の亡骸を眺めながら貴一は思う。
呆然と立ち尽くす生徒会メンバーの3名をよそに、いつまでも戻ってこない貴一を心配した東頭と奥山、それから風紀委員のメンバーは地下室に突撃し、そこで凄惨な現場を目撃して愕然としていた。

「お前らがやったのか!」

 違うと力なく首を振る生徒会メンバーに殴り掛かる東頭は、ある意味予想ができた。
また人の死に目にあわせてしまったことを心の内で深く詫びていると、周囲のざわつきに気づき、貴一が想像もしていなかった光景を目の当たりにする。

「貴一」

 男は。奥山は貴一の亡骸に力ない笑みを浮かべると、すぐさま自身の腹に真剣を突き立て、割腹を図った。自身の腹を裂く行為は大変痛みを伴うもので、この行為が行われていた時代には、即死させてやるために介錯者に首を落としてもらうのが作法だった。
 彼はそれを付けず、剣を腹に突き刺すと横に引き、それから心臓の辺りまで持ち上げた。すぐさま病院に運ばれたが、一昼夜苦しんだのちに奥山はそのまま息を引き取ったという。

「(なんで、なんでだ。なぜ、こんなはずじゃなかった)」

 こんなシナリオは想定していなかった。自分以外の誰かが死ぬことなど。最早意識だけの貴一の目には、涙を溜めることすらできない。

 貴一のような一般生徒のみならず、学園内で信頼の厚かった奥山も死んだことにより、この事件はもみ消されることなく明るみに出た。また、提出された一部始終を捕らえた動画が動かぬ証拠となった。

『この先、何があっても今から俺の言ったこと守ってください。あと、俺の事を助けに来ようとはしないでください』

『……わかった』

 思えば彼にもつらい役割を押し付けてしまった。動画提供者は生徒会会計の上杉綺羅だ。
傷害事件を起こした生徒会の3人は自主退学をすることになった。
例の魔薬の所為とはいえ世間体はもとより、貴一は拳銃で自害したが一般生徒である彼が何故拳銃を持っていたのか、自害すらも生徒会メンバーからの強要ではないのかと疑われており、復学してもまともな学生生活が送れるか難しいところもあったのだろう。

 その後、生徒会のメンバー3人は入れ替えとなり、1年が任命されるのはイレギュラーな出来事であったが、新生徒会長は東頭となった。彼は貴一の言葉を守り業務を疎かにすることはなく、どんな些細なことでもメンバー達と共に助け合った。

 自主退学した3人はというと。
元々心が弱かった犬飼は完全に精神を病んでしまい、今は部屋の外すら出ることが叶わない状態である。

 樋山は強かであり、程なくして他の学園に編入する。他校にも噂が広まっており、遠巻きにされたりいじめも受けたが、次第に彼がつるむ仲間も素行の悪い者たちで集まるようになり、知恵が回る分滅多に弱みを見せなかった。貴一の件が悪い方向で今後の人生の教訓となってしまったのだろう。
 反社会的勢力に加わり、最後は抗争に巻き込まれあっけなくこの世を去るが、譫言のような今際の言葉は次のとおりだった。

「次は、次は真面目に生きてゆきます」

 山久も他の学校へ編入したが、その後彼はサイオンジに会いに行った。白液学園など比べ物にならないぐらい厳格で厳しい学園に放り込まれた彼は、刑務所の面会のような部屋で対面を果たす。もじゃもじゃの黒髪や牛乳瓶の底のような眼鏡は、サイオンジの本来の姿を隠すカモフラージュであり、今は艶やかな金髪に碧眼の目、美しい美少年が山久の目の前にいる。

「会いにきてくれたのか?」

 今のサイオンジはキラキラとまばゆいばかりの美少年だが、山久の心には以前サイオンジを欲して狂おしく心をかき乱していた頃の、あの感覚が戻ることはなかった。それどころか。

「……なんで、あんなに執着してたんだろうな」

 サイオンジに対して何の感情を抱くこともできず、その心には冷たい空洞が広がる。こんなもののために生徒会長の座と、仲間と、そして貴一という男を失ったのだと思うと空洞に黒い墨のような感情がじわじわ広まって溢れ出そうになる。

「お前は一体、何だったんだ」

 山久は貴一を殺めた拳銃と同じタイプのものを胸元から取り出し、その銃口をサイオンジの眉間に突き付けた。一瞬のことだったので、誰も乾いた銃声音を止めることができなかった。

『……貴一』

「セーブ君」

 ゲーム終了後に飛ばされる、いつもの白い部屋に彼はいる。『どうしてこんな思い切ったことをしたの』と、ゲーム君は貴一を叱りつけるように、けれども優しい声をかけた。

「……次への希望」

 ようやく役者も舞台も揃ったところだと貴一は思う。今回は自ら命を絶ったため、自身の命を狙う者についてはまだ判断ができてはいないが、少なくとも登場人物全員と、誰が今後敵となるかについては判断ができた。

『君のとっての希望はなあに?』

「……」

 この世界からの脱出。けれども、その思いはまだ誰にも伝えることはないだろう。足掻いて足掻いて足掻きまくって。
目的のためなら感情すら殺してみようとしても、彼の心にはその犠牲になった者達の姿がよぎり、ずきりと胸が痛みだす。
もう二度と自暴自棄になったり命を粗末にするようなことはしない。それだけを心に誓い、貴一は4週目に臨むことにした。
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