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 異世界転生への導入は、トラックに轢かれて死ぬのがどうやら一般的らしい。齢23歳の若さでこの世界を去ることになった不幸な男、一宮貴一(いちみやきいち)は意識が飛ぶコンマ一瞬にそんなことをぼんやりと考えた。

『……いち、きいち』

誰かの呼ぶ声が聞こえる。うっすら目を開くと貴一は白い部屋にいた。部屋全体に白いレースカーテンがかかっているような、神秘的な空間は酷く現実離れしている。

『突然でびっくりしたよね? 落ち着いて聞いてほしいんだけど』

「落ち着いて聞けない話がある、というのはわかった」

死んだ直後だというのに、貴一は常に冷静であった。やたらキラキラするようなエフェクトかかった声の持ち主の説明によると。

『貴一、君は仕事帰りに交通事故に遭って搬送先の病院でそのまま……でも、そんなのあんまりだから』

人生のやり直しをさせてくれた、ということだろうか。それから神の見えざる手によってゲームの世界に飛ばされることになったらしい。

 貴一自身は元々オタクカルチャーには詳しくはなかったが、彼の弟や妹がそちらの世界にどっぷりのめり込んでおり、パラメータやレベル上げ要因としてギャルゲーやBLゲームなどのプレイをさせられたりアニメや漫画、ライトノベルなども履修するように強請られていたので知識としてある程度は知っていたのだった。

「流行りの転生ものってやつか」

『……このゲームのタイトルは私立白液学園~青春プロテインを沢山飲ませて♡ 僕のえくすたしー性活~なんだ! どういう内容かというと』

「タイトルで大体わかったし、わかりたくもなかった」

 貴一はこめかみに指を置きぐりぐりさせて頭痛を紛らわせる。タイトルから察するに成人向けゲームなのだろうと容易に想像がついた。最後の望みをかけて、貴一はオブザーバーもしくはゲームのチュートリアル役であろう声の主に尋ねる。

「このゲームは女性向けなのか、それとも男性向けか?」

 答えは前者であり、彼の意識はそのまま遠のいた。

「うーん」

「あ、貴一おはよ」

 先ほどの生活感の無い空間から一転して、ざわめく人の声や窓から射す光、はためくカーテンから垣間見える爽やかな青空やずらりと並べられた一人用の机と椅子、今となっては懐かしい教壇と大きい黒板が目に映る。
貴一はノスタルジックな思いに数秒目を滲ませると、ここが恐らく私立白液学園とやらなのだろうと思い出し、すぐさま無の表情に戻る。俺の懐かしさを返せと思いながら。

「白液学園ってお前……」

 国内でも屈指の名門校だとか文武両道だとか、取ってつけたような薄っぺらい設定があるようだが、その顔とも言える名前のせいで全てが終わっている。
 至極どうでもよいことだが、この手の学校名が「学園」なのは二次元とはいえ「性行為同意年齢以下の子供への淫行はさせておりませんよ」というぼやかしと雑なカムフラージュのためと、貴一はどこかで見た記憶があった。

「おはよ。ねぼすけ、目ぇ覚めたか?」

 机に突っ伏していて寝ていた体の貴一の目の前に、これでもかというほどの魅惑の雄低音俺様イケボイス(そのような説明文が何故かテロップのように、目の前の男の上部に浮かぶ)が耳に心地よく響く。
起き抜けの目の眩しさを慣らそうと声の主に目を向けると、そこには黒髪ロングレイヤーで前髪はセンター分けという難しいヘアスタイルをもろともしない、声に見劣りしないワイルド系のイケメンが貴一を見つめていた。
 首にはシンプルなレザーチョーカーネックレスをつけており、制服も少し着崩しているところをみるとヤンチャもしくは不良系なのかもしれない。

「キャラデザが少々古めだな」

 90年代後半か2000年前半ぐらいの作品か? と貴一は内心思うが思いっきり口に出ていたらしい。

「あ?」

 怪訝そうに小首を傾けて見せるその男の名は東頭 淳史(とうどう あつし)というようだ。貴一はよくよく目を凝らすと、会話ログや目の前のキャラのデータや好感度、メニュー画面などが脳内で切り替えられることに気が付いた。

「キャラデザやグラフィックの割に高性能だな……」

 人類は今後、コントローラーやキーボードや、そのうちにPCやタブレット、携帯端末すらも不要となり脳内一つでゲームができたりNW(ネットワーク)に接続できるようになるのかもしれない。

「あぁ?」

 目の前のワイルド系イケメンこと東頭は、貴一の糞デカい独り言の意味が解らず再度聞き返してくる。

「よくわかんねえけど、もうすぐ学校も終わりだ。一緒に帰ろうぜ」

 ワイルドがあまりに人に見せないだろう人懐っこいキラッキラした笑みを見せると、前々関係のないクラスメイトの男の子(通称チワワ)たちがキャーと悲鳴を上げてぶっ倒れた。……この学校は男子校なのだ。

 季節の頃は春で、新学期のようだ。ここの世界に訪れる前に聞こえたあの声(オブザーバーと貴一は勝手に呼んでいる)は、あれ以来出て来ることはなかった。
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