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ひっ、と叫んでヴィットルが威嚇する為に剣を鞘ごと振り回す。無理矢理奪った癖に酷い扱いだ。屈強な護衛に囲まれ恐ろしかったのだろうが、元々ろくに身体を鍛える事も無く、剣も乗馬もからきし駄目、ダンスすらたった一度で疲れたと常々愚痴っていたヴィットルは、四、五回振っただけで根をあげあっさりと抑え込まれてしまった。当然跳ね返す力も無い。芋虫の様にもがく事しか出来ない姿を見て、多少の溜飲が下がる。
「は、離せ!! 俺を誰だと思ってるんだ!! さ、サンタナ侯爵家に歯向かう気か!?」
「ここは公爵家ですのよ? しかも王太子殿下の目の前。歯向かったのは貴方でしょう、ヴィットル様。自分の思慮不足を棚にあげて剣を取った貴方が悪いのでしょうに。無様ね」
「なっ……なんだとっ!? 貴様……っ!!」
過去散々私を詰って来たヴィットルが抑え込まれた時に手放したブリランテは、そのまま床に転がった。護衛がチラリと視線をやるが、誰も手を出そうとはしない。本来真っ先に武器を確保しなければならないだろうに、恐ろしいのだろうか。
「『モービティナリア』」
私が小さく呪文を口にすると、ブリランテがフワリ、と浮き上がる。スイ、と空中を滑る様に私の手元に移動させ、ルージェへと手渡した。ルージェが静かに目蓋を閉じるとブリランテは名の通りキラキラと輝くと、次第に小さな光の粒子となり姿を消した。
「なに……っ!? 今のはまさか魔法……!?」
「うそっ!? なんで!?」
今までほぼ黙ったままだったバージル伯爵と妹が、驚きの声をあげる。ずっと能無しだ魔力なしだと罵っていた私が魔法を操った事が信じられない様だ。
今使ったのは『浮遊』の魔法をアレンジしたものだ。浮遊魔法自体は然程珍しくはないが、大抵は物を少し浮かせるだけで、移動させる事は出来ない。私自身はこれまで魔法を使用出来なかったが、この五年間に魔道書はいくつも読んだので知っている。これは私のオリジナル魔法と言えるだろう。
「ち、違うわきっと隣の彼の魔法なのよ! ねぇ、そうなんでしょっ?」
どうやら醜く転がるヴィットルに見切りをつけたらしい。妹はルージェへ色目を使いだした。それこそ無駄な事なのに。
いくら容姿が愛らしくとも、精霊は心の色を見る事が出来る。以前妹がどんな色か聞いたことがあるが、『黒と黄土色……というより汚泥の色か? それにけばけばしいピンクが混ざった色』と答えられて想像が付かなかった記憶がある。お世辞にも綺麗な色とは言えない。
どうやら今もそれは変わらないらしい。ルージェが不機嫌そうに小さく溜め息を吐いた。
「煩い」
「え?」
「鬱陶しい」
「な、何て……?」
「目障りだ」
ルージェが端的に告げると、妹が鼻白んだ。男性からちやほやされる事はあっても、冷たくあしらわれる事など滅多に無かったのだろう。しかもルージェ程の美貌の相手にだ。
「そ、そんな冷たい事言わないで……っ。そんな四角四面のおねえさまより、私の方がずっと貴方の隣に相応しいわっ」
一体その自信はどこからくるのだろう。少し冷たくされたくらいでは、厚顔無恥な妹を追い払うには至らなかったらしい。さっきよりも私達に近付いた上に、ルージェには猫かぶりな甘えた声に上目遣いで、そして私をこの上なく醜い顔で睨んでくる。百年の恋も冷める表情だが、本人は気付いてないのだろうか。
そもそもルージェは人ではない。喜怒哀楽は人と同じ様にあるが、恋愛感情に関しては生殖の違いからか感じる事は無いようだ。お伽噺では精霊と人との恋愛が書かれているものもあるらしいが、妄想もいいところだ。
「近寄るな。気色悪い」
ルージェの声音から、人の言葉で言う蛇蝎に対しての様な嫌悪を感じる。彼自身は蠍はともかく、蛇は嫌いではないと思うが。森には多く生息しているので。
「ひ、酷いっ。せっかく私がこの女から助けてやろうと思ったのに!!」
「下らない」
……余程不快なのか。普段ならここまで辛辣じゃないのだけれど。小さく馬鹿にしたように鼻を鳴らし、視界に入れたくないとばかりに私の方に向くので、妹の怒りが頂点に達したらしい。
「なによ!! ちょっと顔が良いからって馬鹿にして!!」
「『グラヴィタ』」
「!!……ぐ、ぐえぇ!!」
妹のわめき声にこれ以上は付き合いたくないが、ヴィットルの様に護衛に取り押さえてもらう権利は私にはないので、自前の重力魔法で押さえつけると、潰されたカエルの様なしゃがれた声をあげながら、床へ這いつくばった。しまった、ちょっと重力をかけすぎたかしら。
魔力を絞り軽くする。しかし既に妹は気絶をしていた。魔力が豊富なら魔法で対抗すれぱ良いものを、魔法の修練もサボってばかりの妹には思い付く暇も無かった様だ。もっとも今この場の精霊達は皆私の味方なので、妹が魔法を使おうとしたところで、使えたかどうかはわからないけれど。
「驚いたな。本当にマルチェリーナ嬢が魔法を使っているのか。君は魔力が無いと聞いていたが」
王太子が本当に驚いた顔をしている。私もそれを聞いて内心驚く。何故王太子がたかだか伯爵家の娘の魔力の有無を知っていたのだろう。
「は、離せ!! 俺を誰だと思ってるんだ!! さ、サンタナ侯爵家に歯向かう気か!?」
「ここは公爵家ですのよ? しかも王太子殿下の目の前。歯向かったのは貴方でしょう、ヴィットル様。自分の思慮不足を棚にあげて剣を取った貴方が悪いのでしょうに。無様ね」
「なっ……なんだとっ!? 貴様……っ!!」
過去散々私を詰って来たヴィットルが抑え込まれた時に手放したブリランテは、そのまま床に転がった。護衛がチラリと視線をやるが、誰も手を出そうとはしない。本来真っ先に武器を確保しなければならないだろうに、恐ろしいのだろうか。
「『モービティナリア』」
私が小さく呪文を口にすると、ブリランテがフワリ、と浮き上がる。スイ、と空中を滑る様に私の手元に移動させ、ルージェへと手渡した。ルージェが静かに目蓋を閉じるとブリランテは名の通りキラキラと輝くと、次第に小さな光の粒子となり姿を消した。
「なに……っ!? 今のはまさか魔法……!?」
「うそっ!? なんで!?」
今までほぼ黙ったままだったバージル伯爵と妹が、驚きの声をあげる。ずっと能無しだ魔力なしだと罵っていた私が魔法を操った事が信じられない様だ。
今使ったのは『浮遊』の魔法をアレンジしたものだ。浮遊魔法自体は然程珍しくはないが、大抵は物を少し浮かせるだけで、移動させる事は出来ない。私自身はこれまで魔法を使用出来なかったが、この五年間に魔道書はいくつも読んだので知っている。これは私のオリジナル魔法と言えるだろう。
「ち、違うわきっと隣の彼の魔法なのよ! ねぇ、そうなんでしょっ?」
どうやら醜く転がるヴィットルに見切りをつけたらしい。妹はルージェへ色目を使いだした。それこそ無駄な事なのに。
いくら容姿が愛らしくとも、精霊は心の色を見る事が出来る。以前妹がどんな色か聞いたことがあるが、『黒と黄土色……というより汚泥の色か? それにけばけばしいピンクが混ざった色』と答えられて想像が付かなかった記憶がある。お世辞にも綺麗な色とは言えない。
どうやら今もそれは変わらないらしい。ルージェが不機嫌そうに小さく溜め息を吐いた。
「煩い」
「え?」
「鬱陶しい」
「な、何て……?」
「目障りだ」
ルージェが端的に告げると、妹が鼻白んだ。男性からちやほやされる事はあっても、冷たくあしらわれる事など滅多に無かったのだろう。しかもルージェ程の美貌の相手にだ。
「そ、そんな冷たい事言わないで……っ。そんな四角四面のおねえさまより、私の方がずっと貴方の隣に相応しいわっ」
一体その自信はどこからくるのだろう。少し冷たくされたくらいでは、厚顔無恥な妹を追い払うには至らなかったらしい。さっきよりも私達に近付いた上に、ルージェには猫かぶりな甘えた声に上目遣いで、そして私をこの上なく醜い顔で睨んでくる。百年の恋も冷める表情だが、本人は気付いてないのだろうか。
そもそもルージェは人ではない。喜怒哀楽は人と同じ様にあるが、恋愛感情に関しては生殖の違いからか感じる事は無いようだ。お伽噺では精霊と人との恋愛が書かれているものもあるらしいが、妄想もいいところだ。
「近寄るな。気色悪い」
ルージェの声音から、人の言葉で言う蛇蝎に対しての様な嫌悪を感じる。彼自身は蠍はともかく、蛇は嫌いではないと思うが。森には多く生息しているので。
「ひ、酷いっ。せっかく私がこの女から助けてやろうと思ったのに!!」
「下らない」
……余程不快なのか。普段ならここまで辛辣じゃないのだけれど。小さく馬鹿にしたように鼻を鳴らし、視界に入れたくないとばかりに私の方に向くので、妹の怒りが頂点に達したらしい。
「なによ!! ちょっと顔が良いからって馬鹿にして!!」
「『グラヴィタ』」
「!!……ぐ、ぐえぇ!!」
妹のわめき声にこれ以上は付き合いたくないが、ヴィットルの様に護衛に取り押さえてもらう権利は私にはないので、自前の重力魔法で押さえつけると、潰されたカエルの様なしゃがれた声をあげながら、床へ這いつくばった。しまった、ちょっと重力をかけすぎたかしら。
魔力を絞り軽くする。しかし既に妹は気絶をしていた。魔力が豊富なら魔法で対抗すれぱ良いものを、魔法の修練もサボってばかりの妹には思い付く暇も無かった様だ。もっとも今この場の精霊達は皆私の味方なので、妹が魔法を使おうとしたところで、使えたかどうかはわからないけれど。
「驚いたな。本当にマルチェリーナ嬢が魔法を使っているのか。君は魔力が無いと聞いていたが」
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