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「ヒドいわおねえさま‼」
茶番劇の主役であるヴィットルが使い物にならなくなったからか、すかさずヒロインが嘘涙を浮かべながら彼の後ろから飛び出してきた。誰かと言えば妹だ。伯爵家で生活するようになって五年間、初めてお姉様と呼ばれた様な気がする。いつも私を呼ぶときは「滓」か「不細工」か「泥棒猫」だったから。滓はともかく、客観的に見て人並みの容姿で不細工では無いし、姉の婚約者を盗った貴女と違って泥棒なんぞしたこと無いけど。こんなことをしなくたって、どうせ数年内にヴィットルと婚約することになってただろうに。
「一体何が酷いと言うの? 私が何をしたのかしら?」
「ウソをついてヴィットルさまをバカにしたじゃないですか!!」
「何をもって何を嘘と? 貴女も一緒になってよく暴言吐いてたじゃない。滓だの無能なんだのと」
「!! そ、そんな事言ってないわ!! やっぱりウソつきよ!」
慌てて否定しているが、周りの白けた雰囲気に気付いていないのだろうか。これまで私と妹が一緒に夜会に出る事は無かったが、時折さも悲劇のヒロインぶって『無能の癖に酷い姉』に虐げられていると喚いていたのは知っていた。
ヴィットルの様に嘘涙に騙される馬鹿子息も何人か居たらしいが、そこは海千山千の貴族社会だ。世間知らずの小娘の妄言など、信じる者は少なかった。少なくとも私は夜会でも堂々としていたもの。基本的なマナーすら覚束ない癖に一人前に男を侍らせて悦に入っていた妹と、マナーや会話が完璧な私を比べれば、どちらが正しいかなど見抜けない様では、社交界の中央に食い込む事など不可能だろう。
「どちらにせよ私とヴィットル様が婚約中であるにも関わらず、こそこそとお付き合いしていた貴女達ですもの。私が破棄に同意したのだから何も問題ないではないの。馬鹿にするもなにも事実でしょう?」
「う、ウソよそんなのデタラメよ!! ヒドいわ!!」
将来的には妹と結婚するにしても、今日までは私が婚約者だったのだ。婚約者の居る男と親しげにしていた様は世間的には不義不貞と捉えられるだろう。
ウソだヒドいと喚く妹にはもうこれ以上は付き合ってられない。いや、付き合いたくない。そっと私にだけ許された名前を小さく呼ぶことにした。
「『ルージェ』」
「どうした? 私のルーチェ」
名を呼んだ瞬間返答がある。周りの野次馬が息を飲む気配がした。前触れなく突然私の横に男が現れたからだ。
「なっ……なんだソイツは!!」
ヴィットルが驚いて指を差しながら叫ぶ横で、妹が目の色を変えている。ルージェはヴィットルなど比べ物にならないくらい美しいから。面食いってやつね。
背まで垂らした白銀の髪は光の加減で虹色に輝き、対して瞳は漆黒の闇を思わせる黒。人間離れした美しさだが、当たり前だ。ルージェは人間ではないのだから。
でも、突然人が現れた事に驚き警戒するよりも、その顔の造作にしか目がいかない様では貴族令嬢として……いえ、人としてはダメね。
ルージェは私のすぐ隣に立つと私の肩を引き寄せた。ピタリと着く私達の身体に妹が気色ばむ。煽るように腕をルージェに絡めると、わかりやすく怒気で朱に染まった。
「もういいわ。行きましょう。そろそろお貴族様ごっこも家族ごっこも、……婚約者ごっこも飽きたわ。そもそもごっこにすらならないお粗末さだもの。一縷の未練も無いわ」
本来数ヵ月前に私の役目は完了していたから、いつ家を出て行っても大丈夫だった。元々何処に居ても問題ない役目であったが、子供一人生きていくのはこの世の中では難しい。だから母が亡くなった後はあの森でひっそりと生活するつもりだったのだ。だが、戸籍上は父である伯爵の指示で屋敷で生活するようになった以上は『娘』として最低限の振る舞いをするつもりだった。その『ごっこ』を否定したのは目の前の二人だ。
「貴様……! 俺の婚約者でありながら男と通じてたのか!! とんだ阿婆擦れだな!」
「貴方と一緒にしないで頂戴。ルージェは私の父親代わりですもの。貴方だってお母様に寄り添っているだけで浮気を疑われたら腹が立つでしょうに」
「ち、父親代わりだと? そのような若い男が父親などど戯言を。いうに事欠いて実の父親たるバージル伯爵を侮辱する気か!」
「違いますわ」
「なに?」
「違うと申し上げました。バージル伯爵は私の実の父ではありません。……そうですわよね?伯爵様」
私の母にはバージル伯爵とは違う婚約者が居た。だが婚約がとある理由で解消になると、嫌がる母を無理やり家に圧力をかけ自分の妻としたのだ。だがその時既に母の腹には私が宿っていた。
最初は母に対し愛情を抱いていたのかもしれない。他人の子を孕んでいてもそれでも良いと妻に求めたのだから。だが無理やり妻とし、妹を産ませても母は伯爵に心を開かなかった。ずっと居なくなった人だけを想い続けた。
順番が違えばもしかしたら母の心も変わっていたかもしれない。婚約者を失って付け込む様に妻になどせず、母の心が癒されてからであれば、母も心を許したのかもしれない。だがそれは「たらればかも」の話だ。
心を病み、伯爵夫人としての社交もせず日がな一日ぼんやりとしているだけの母に、伯爵の怒りが頂点に達したのが私が五歳になった時。それは貴族の子女誰もが受けることとなっている魔力検査の結果、私に魔力が全くないと診断がされた為だった。
茶番劇の主役であるヴィットルが使い物にならなくなったからか、すかさずヒロインが嘘涙を浮かべながら彼の後ろから飛び出してきた。誰かと言えば妹だ。伯爵家で生活するようになって五年間、初めてお姉様と呼ばれた様な気がする。いつも私を呼ぶときは「滓」か「不細工」か「泥棒猫」だったから。滓はともかく、客観的に見て人並みの容姿で不細工では無いし、姉の婚約者を盗った貴女と違って泥棒なんぞしたこと無いけど。こんなことをしなくたって、どうせ数年内にヴィットルと婚約することになってただろうに。
「一体何が酷いと言うの? 私が何をしたのかしら?」
「ウソをついてヴィットルさまをバカにしたじゃないですか!!」
「何をもって何を嘘と? 貴女も一緒になってよく暴言吐いてたじゃない。滓だの無能なんだのと」
「!! そ、そんな事言ってないわ!! やっぱりウソつきよ!」
慌てて否定しているが、周りの白けた雰囲気に気付いていないのだろうか。これまで私と妹が一緒に夜会に出る事は無かったが、時折さも悲劇のヒロインぶって『無能の癖に酷い姉』に虐げられていると喚いていたのは知っていた。
ヴィットルの様に嘘涙に騙される馬鹿子息も何人か居たらしいが、そこは海千山千の貴族社会だ。世間知らずの小娘の妄言など、信じる者は少なかった。少なくとも私は夜会でも堂々としていたもの。基本的なマナーすら覚束ない癖に一人前に男を侍らせて悦に入っていた妹と、マナーや会話が完璧な私を比べれば、どちらが正しいかなど見抜けない様では、社交界の中央に食い込む事など不可能だろう。
「どちらにせよ私とヴィットル様が婚約中であるにも関わらず、こそこそとお付き合いしていた貴女達ですもの。私が破棄に同意したのだから何も問題ないではないの。馬鹿にするもなにも事実でしょう?」
「う、ウソよそんなのデタラメよ!! ヒドいわ!!」
将来的には妹と結婚するにしても、今日までは私が婚約者だったのだ。婚約者の居る男と親しげにしていた様は世間的には不義不貞と捉えられるだろう。
ウソだヒドいと喚く妹にはもうこれ以上は付き合ってられない。いや、付き合いたくない。そっと私にだけ許された名前を小さく呼ぶことにした。
「『ルージェ』」
「どうした? 私のルーチェ」
名を呼んだ瞬間返答がある。周りの野次馬が息を飲む気配がした。前触れなく突然私の横に男が現れたからだ。
「なっ……なんだソイツは!!」
ヴィットルが驚いて指を差しながら叫ぶ横で、妹が目の色を変えている。ルージェはヴィットルなど比べ物にならないくらい美しいから。面食いってやつね。
背まで垂らした白銀の髪は光の加減で虹色に輝き、対して瞳は漆黒の闇を思わせる黒。人間離れした美しさだが、当たり前だ。ルージェは人間ではないのだから。
でも、突然人が現れた事に驚き警戒するよりも、その顔の造作にしか目がいかない様では貴族令嬢として……いえ、人としてはダメね。
ルージェは私のすぐ隣に立つと私の肩を引き寄せた。ピタリと着く私達の身体に妹が気色ばむ。煽るように腕をルージェに絡めると、わかりやすく怒気で朱に染まった。
「もういいわ。行きましょう。そろそろお貴族様ごっこも家族ごっこも、……婚約者ごっこも飽きたわ。そもそもごっこにすらならないお粗末さだもの。一縷の未練も無いわ」
本来数ヵ月前に私の役目は完了していたから、いつ家を出て行っても大丈夫だった。元々何処に居ても問題ない役目であったが、子供一人生きていくのはこの世の中では難しい。だから母が亡くなった後はあの森でひっそりと生活するつもりだったのだ。だが、戸籍上は父である伯爵の指示で屋敷で生活するようになった以上は『娘』として最低限の振る舞いをするつもりだった。その『ごっこ』を否定したのは目の前の二人だ。
「貴様……! 俺の婚約者でありながら男と通じてたのか!! とんだ阿婆擦れだな!」
「貴方と一緒にしないで頂戴。ルージェは私の父親代わりですもの。貴方だってお母様に寄り添っているだけで浮気を疑われたら腹が立つでしょうに」
「ち、父親代わりだと? そのような若い男が父親などど戯言を。いうに事欠いて実の父親たるバージル伯爵を侮辱する気か!」
「違いますわ」
「なに?」
「違うと申し上げました。バージル伯爵は私の実の父ではありません。……そうですわよね?伯爵様」
私の母にはバージル伯爵とは違う婚約者が居た。だが婚約がとある理由で解消になると、嫌がる母を無理やり家に圧力をかけ自分の妻としたのだ。だがその時既に母の腹には私が宿っていた。
最初は母に対し愛情を抱いていたのかもしれない。他人の子を孕んでいてもそれでも良いと妻に求めたのだから。だが無理やり妻とし、妹を産ませても母は伯爵に心を開かなかった。ずっと居なくなった人だけを想い続けた。
順番が違えばもしかしたら母の心も変わっていたかもしれない。婚約者を失って付け込む様に妻になどせず、母の心が癒されてからであれば、母も心を許したのかもしれない。だがそれは「たらればかも」の話だ。
心を病み、伯爵夫人としての社交もせず日がな一日ぼんやりとしているだけの母に、伯爵の怒りが頂点に達したのが私が五歳になった時。それは貴族の子女誰もが受けることとなっている魔力検査の結果、私に魔力が全くないと診断がされた為だった。
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