精霊の守り子

瀬織董李

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 それからの五年間は、毎日家庭教師に勉強を教わり、マナーを覚え、妹にウザ絡みされる、の繰り返しで、たったひとつを除いて別段何も語る様な事は起きていない。

 そのひとつとは驚くべき事には私に婚約者というものが出来たことだった。てっきりヒヒジジイに嫁がされるとばかり思っていたのに、相手は歳が一つ上の侯爵家の三男だった。通常貴族家では長男が後を継ぎ、次男は一先ずスペアとして置いておいて、長男に男児が生まれたら高位貴族であれば適当な手持ちの爵位を与えて分家に、下級貴族なら騎士かになるか仕官するか辺りが一般的と聞いていた。

 だが、三男ともなると余程爵位を沢山持っている高位貴族でもない限り、最初から家を出される前提で養育される。なので少しでも条件の良い婿入り先を探すか、騎士や文官になるかを幼少時から選択させ、養育する。親が愛情深い人でなければ使用人に丸投げもザラらしい。まあスペアのスペアだし。今回の相手は侯爵子息だから、親の財産を食い潰すだけのボンボンの可能性もあるが。

 そんな男を婚約者として宛がわれたという事は、まさか私に伯爵家を継がせるつもりなのかと思ったが、どうも違うようだ。時折耳に入る侍女達の噂噺だと、妹の淑女教育が進んでいないらしい。父の思惑としては、魔力が豊富と言われている妹に家を継がせるつもりだが、何度が高位貴族令嬢のお茶会に参加した際、マナーや口の悪さを指摘され、馬鹿にされて帰って来たのだ。侍女達や物に当たり散らしていたのが時折聞こえていた。

 対して、私は覚えられるものなら何でも覚えておこう、という姿勢なので、自分で言うのもなんだがマナーは完璧だと思う。なので、妹がそれなりに見られるようになるまでの繋ぎとしての婚約なのだそうだ。そのうち婚約破棄され、傷物になったからという体でヒヒジジイに嫁がされるのだそうだ。妹がふんぞり返りながらそう説明していたが、あの態度では永久にその日は来ないような気もする。

 だが、ある意味その予想は裏切られる事となった。何故ならマナーも知識も無い馬鹿は一人だけでは無かったからだ。



「マルチェリーナ・バジール‼ 貴様との婚約を破棄する‼」

 王太子殿下も参加されているとある公爵家での夜会。そんな場で突然大声で叫ばなくても聞こえるというのに、余程悪目立ちしたいらしい。婚約者であるサンタナ侯爵家三男ヴィットルが私との婚約を破棄する、と言い出した。

 正直私はこの男に対して欠片も情が無い。私に魔力が無い、というのが相当不満だったらしい。貴族として生を受けた以上は多少の理不尽も飲まなければいけないのだろうに、家の駒のように扱われた事が腹立たしかった様だ。その苛立ちを私にぶつけてきたのだ。

 嫌味や暴言を言うくらいなら良い方で、時には手を上げられたり蹴られたりした事もあった。そんな男に対して情など湧くものか。だからこんなところで騒動を起こしたと咎められたとしても、全く心は痛まない。

「そうですか。お好きにどうぞ」

 困るのは私じゃない。それにもうあれから・・・・十二年だ。私もそろそろ家を出るつもりだった。あの家で得られる知識はもう無いだろう。少しくらい早まっても問題ない。

「な、なんだとっ!? 貴様の様に魔力の無い滓に目をかけてやった恩を忘れての言い草か‼」

「恩とは? 目をかけていただいた記憶はまるでありませんが? ああ、時折八つ当たりで頂いた暴力や暴言の事でしたら、いつかお返ししても宜しいかしら。頂いたままでは心苦しいですもの」

「なっ、何を言い出す‼ 出鱈目を言うな‼」

 私の返答に焦って周りを見渡すヴィットル。貴族社会は基本的に男尊女卑だが、それでも建前として男性は紳士であらなければならない。どんな理由があるにしろはっきりと女性に手を上げる男だと喧伝されては体裁が悪いのだ。

「そもそも破棄する、と言われてどうぞと答えたのに、言い草どうのこうのと言われましても。もしかして泣いて縋って欲しかったのかしら? ごめん遊ばせ。全く欠片も、……小指の爪先程も興味の無い婚約者の為に演技だとしても縋るのは嫌ですわ。だって面倒ですもの」

「な……っんだと……?」

 興味が無い、と断言されたからか何故かヴィットルがショックを受けたように固まっている。あれほど邪険にしておいて好かれていると思ってるなんて、どれだけナルシストなのかしら。私はそんな歪んだ性癖じゃ無いわ。
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