2 / 13
2.
しおりを挟む
それからの五年間は、毎日家庭教師に勉強を教わり、マナーを覚え、妹にウザ絡みされる、の繰り返しで、たったひとつを除いて別段何も語る様な事は起きていない。
そのひとつとは驚くべき事には私に婚約者というものが出来たことだった。てっきりヒヒジジイに嫁がされるとばかり思っていたのに、相手は歳が一つ上の侯爵家の三男だった。通常貴族家では長男が後を継ぎ、次男は一先ずスペアとして置いておいて、長男に男児が生まれたら高位貴族であれば適当な手持ちの爵位を与えて分家に、下級貴族なら騎士かになるか仕官するか辺りが一般的と聞いていた。
だが、三男ともなると余程爵位を沢山持っている高位貴族でもない限り、最初から家を出される前提で養育される。なので少しでも条件の良い婿入り先を探すか、騎士や文官になるかを幼少時から選択させ、養育する。親が愛情深い人でなければ使用人に丸投げもザラらしい。まあスペアのスペアだし。今回の相手は侯爵子息だから、親の財産を食い潰すだけのボンボンの可能性もあるが。
そんな男を婚約者として宛がわれたという事は、まさか私に伯爵家を継がせるつもりなのかと思ったが、どうも違うようだ。時折耳に入る侍女達の噂噺だと、妹の淑女教育が進んでいないらしい。父の思惑としては、魔力が豊富と言われている妹に家を継がせるつもりだが、何度が高位貴族令嬢のお茶会に参加した際、マナーや口の悪さを指摘され、馬鹿にされて帰って来たのだ。侍女達や物に当たり散らしていたのが時折聞こえていた。
対して、私は覚えられるものなら何でも覚えておこう、という姿勢なので、自分で言うのもなんだがマナーは完璧だと思う。なので、妹がそれなりに見られるようになるまでの繋ぎとしての婚約なのだそうだ。そのうち婚約破棄され、傷物になったからという体でヒヒジジイに嫁がされるのだそうだ。妹がふんぞり返りながらそう説明していたが、あの態度では永久にその日は来ないような気もする。
だが、ある意味その予想は裏切られる事となった。何故ならマナーも知識も無い馬鹿は一人だけでは無かったからだ。
「マルチェリーナ・バジール‼ 貴様との婚約を破棄する‼」
王太子殿下も参加されているとある公爵家での夜会。そんな場で突然大声で叫ばなくても聞こえるというのに、余程悪目立ちしたいらしい。婚約者であるサンタナ侯爵家三男ヴィットルが私との婚約を破棄する、と言い出した。
正直私はこの男に対して欠片も情が無い。私に魔力が無い、というのが相当不満だったらしい。貴族として生を受けた以上は多少の理不尽も飲まなければいけないのだろうに、家の駒のように扱われた事が腹立たしかった様だ。その苛立ちを私にぶつけてきたのだ。
嫌味や暴言を言うくらいなら良い方で、時には手を上げられたり蹴られたりした事もあった。そんな男に対して情など湧くものか。だからこんなところで騒動を起こしたと咎められたとしても、全く心は痛まない。
「そうですか。お好きにどうぞ」
困るのは私じゃない。それにもうあれから十二年だ。私もそろそろ家を出るつもりだった。あの家で得られる知識はもう無いだろう。少しくらい早まっても問題ない。
「な、なんだとっ!? 貴様の様に魔力の無い滓に目をかけてやった恩を忘れての言い草か‼」
「恩とは? 目をかけていただいた記憶はまるでありませんが? ああ、時折八つ当たりで頂いた暴力や暴言の事でしたら、いつかお返ししても宜しいかしら。頂いたままでは心苦しいですもの」
「なっ、何を言い出す‼ 出鱈目を言うな‼」
私の返答に焦って周りを見渡すヴィットル。貴族社会は基本的に男尊女卑だが、それでも建前として男性は紳士であらなければならない。どんな理由があるにしろはっきりと女性に手を上げる男だと喧伝されては体裁が悪いのだ。
「そもそも破棄する、と言われてどうぞと答えたのに、言い草どうのこうのと言われましても。もしかして泣いて縋って欲しかったのかしら? ごめん遊ばせ。全く欠片も、……小指の爪先程も興味の無い婚約者の為に演技だとしても縋るのは嫌ですわ。だって面倒ですもの」
「な……っんだと……?」
興味が無い、と断言されたからか何故かヴィットルがショックを受けたように固まっている。あれほど邪険にしておいて好かれていると思ってるなんて、どれだけナルシストなのかしら。私はそんな歪んだ性癖じゃ無いわ。
そのひとつとは驚くべき事には私に婚約者というものが出来たことだった。てっきりヒヒジジイに嫁がされるとばかり思っていたのに、相手は歳が一つ上の侯爵家の三男だった。通常貴族家では長男が後を継ぎ、次男は一先ずスペアとして置いておいて、長男に男児が生まれたら高位貴族であれば適当な手持ちの爵位を与えて分家に、下級貴族なら騎士かになるか仕官するか辺りが一般的と聞いていた。
だが、三男ともなると余程爵位を沢山持っている高位貴族でもない限り、最初から家を出される前提で養育される。なので少しでも条件の良い婿入り先を探すか、騎士や文官になるかを幼少時から選択させ、養育する。親が愛情深い人でなければ使用人に丸投げもザラらしい。まあスペアのスペアだし。今回の相手は侯爵子息だから、親の財産を食い潰すだけのボンボンの可能性もあるが。
そんな男を婚約者として宛がわれたという事は、まさか私に伯爵家を継がせるつもりなのかと思ったが、どうも違うようだ。時折耳に入る侍女達の噂噺だと、妹の淑女教育が進んでいないらしい。父の思惑としては、魔力が豊富と言われている妹に家を継がせるつもりだが、何度が高位貴族令嬢のお茶会に参加した際、マナーや口の悪さを指摘され、馬鹿にされて帰って来たのだ。侍女達や物に当たり散らしていたのが時折聞こえていた。
対して、私は覚えられるものなら何でも覚えておこう、という姿勢なので、自分で言うのもなんだがマナーは完璧だと思う。なので、妹がそれなりに見られるようになるまでの繋ぎとしての婚約なのだそうだ。そのうち婚約破棄され、傷物になったからという体でヒヒジジイに嫁がされるのだそうだ。妹がふんぞり返りながらそう説明していたが、あの態度では永久にその日は来ないような気もする。
だが、ある意味その予想は裏切られる事となった。何故ならマナーも知識も無い馬鹿は一人だけでは無かったからだ。
「マルチェリーナ・バジール‼ 貴様との婚約を破棄する‼」
王太子殿下も参加されているとある公爵家での夜会。そんな場で突然大声で叫ばなくても聞こえるというのに、余程悪目立ちしたいらしい。婚約者であるサンタナ侯爵家三男ヴィットルが私との婚約を破棄する、と言い出した。
正直私はこの男に対して欠片も情が無い。私に魔力が無い、というのが相当不満だったらしい。貴族として生を受けた以上は多少の理不尽も飲まなければいけないのだろうに、家の駒のように扱われた事が腹立たしかった様だ。その苛立ちを私にぶつけてきたのだ。
嫌味や暴言を言うくらいなら良い方で、時には手を上げられたり蹴られたりした事もあった。そんな男に対して情など湧くものか。だからこんなところで騒動を起こしたと咎められたとしても、全く心は痛まない。
「そうですか。お好きにどうぞ」
困るのは私じゃない。それにもうあれから十二年だ。私もそろそろ家を出るつもりだった。あの家で得られる知識はもう無いだろう。少しくらい早まっても問題ない。
「な、なんだとっ!? 貴様の様に魔力の無い滓に目をかけてやった恩を忘れての言い草か‼」
「恩とは? 目をかけていただいた記憶はまるでありませんが? ああ、時折八つ当たりで頂いた暴力や暴言の事でしたら、いつかお返ししても宜しいかしら。頂いたままでは心苦しいですもの」
「なっ、何を言い出す‼ 出鱈目を言うな‼」
私の返答に焦って周りを見渡すヴィットル。貴族社会は基本的に男尊女卑だが、それでも建前として男性は紳士であらなければならない。どんな理由があるにしろはっきりと女性に手を上げる男だと喧伝されては体裁が悪いのだ。
「そもそも破棄する、と言われてどうぞと答えたのに、言い草どうのこうのと言われましても。もしかして泣いて縋って欲しかったのかしら? ごめん遊ばせ。全く欠片も、……小指の爪先程も興味の無い婚約者の為に演技だとしても縋るのは嫌ですわ。だって面倒ですもの」
「な……っんだと……?」
興味が無い、と断言されたからか何故かヴィットルがショックを受けたように固まっている。あれほど邪険にしておいて好かれていると思ってるなんて、どれだけナルシストなのかしら。私はそんな歪んだ性癖じゃ無いわ。
1
お気に入りに追加
2,893
あなたにおすすめの小説
婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……
こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
魔力無しの聖女に何の御用ですか?〜義妹達に国を追い出されて婚約者にも見捨てられる戻ってこい?自由気ままな生活が気に入ったので断固拒否します〜
まつおいおり
恋愛
毎日毎日、国のトラブル解決に追われるミレイ・ノーザン、水の魔法を失敗して道を浸水させてしまったのを何とかして欲しいとか、火の魔道具が暴走して火事を消火してほしいとか、このガルシア国はほぼ全ての事柄に魔法や魔道具を使っている、そっちの方が効率的だからだ、しかしだからこそそういった魔力の揉め事が後を絶たない………彼女は八光聖女の一人、退魔の剣の振るい手、この剣はあらゆる魔力を吸収し、霧散させる、………なので義妹達にあらゆる国の魔力トラブル処理を任せられていた、ある日、彼女は八光聖女をクビにされ、さらに婚約者も取られ、トドメに国外追放………あてもなく彷徨う、ひょんなことからハルバートという男に助けられ、何でも屋『ブレーメンズ』に所属、舞い込む依頼、忙しくもやり甲斐のある日々………一方、義妹達はガルシア国の魔力トラブルを処理が上手く出来ず、今更私を連れ戻そうとするが、はいそうですかと聞くわけがない。
もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
聖女として豊穣スキルが備わっていたけど、伯爵に婚約破棄をされました~公爵様に救済され農地開拓を致します~
安奈
ファンタジー
「豊穣スキル」で農地を豊かにし、新鮮な農作物の収穫を可能にしていたニーア。
彼女は結婚前に、肉体関係を求められた婚約者である伯爵を拒否したという理由で婚約破棄をされてしまう。
豊穣の聖女と呼ばれていた彼女は、平民の出ではあったが領主である伯爵との婚約を誇りに思っていただけに非常に悲しんだ。
だがニーアは、幼馴染であり現在では公爵にまで上り詰めたラインハルトに求婚され、彼と共に広大な農地開拓に勤しむのだった。
婚約破棄をし、自らの領地から事実上の追放をした伯爵は彼女のスキルの恩恵が、今までどれだけの効力を得ていたのか痛感することになるが、全ては後の祭りで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる