とある婚約破棄の顛末

瀬織董李

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サインは慎重に行いましょう

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 バン!と乱暴に部屋の扉が開く。机に齧りつくように書類を片付けていたクラウディアは、面倒臭そうに顔を上げ、意気揚々と入ってきた一団の姿を見て、その美しい眉を顰めた。

「クラウディア! 貴様が生徒会を私物化しているという噂はやはり本当だったのだな‼ これ以上貴様の思う通りにはさせん‼」

 集団の先頭に居たふてぶてしい態度の男ーー公爵令嬢クラウディアの婚約者であり、学園の生徒会長の任に着く王太子エーベルハルトが指差しながら叫ぶのを黙ったまま冷たい目で見ると、クラウディアは席についていた机の引き出しを開け、中から数枚の白紙を取り出した。

「その上、私の愛する可憐なラウラに嫌がらせを重ねた挙げ句、金銭で雇った暴漢に襲わせようとしたというではないか‼ たまたま私達が駆け付けたからよかったものの、遅れていたら一体どうなっていた事か……っ!!」

「…………」

「ラウラは泣いていたのですよ! 普段は気丈に明るく振舞っている彼女が! ああラウラ……可哀想に……」

「…………」

「そうだ! 貴様が全て指示したのはわかってるんだ!観念しやがれ!」

「…………」

「他人を使ってあんなに可愛いラウラを害そうとするなんてサーイテー」

「…………」 

「貴様の様な……おい!聞いてるのかっ!?」

「お言葉ですが、わたくしが生徒会を私物化しているという事実はありません」

 好き勝手言い連ねる四人の話を戯れ言と聞き流す様に、無言で手元の白紙に何かを書き付け始めたクラウディアに、無視されたと思い憤るエーベルハルトが怒鳴るが、クラウディアは手を止めることなく端的に反論した。

 半年ほど前に珍しく学園に中途入学してきた男爵令嬢が、生徒会の面々に擦り寄り虜にし始めたのが四ヶ月前頃か。それまでは個別に会って密かに交流していたらしい四人が、人目を憚ることなくまるでかしずく様に男爵令嬢に侍り始め、生徒会の仕事どころか、学生の本分である勉学すら放棄して、周囲から冷たい視線を浴び始めたのが三ヶ月前。

「嘘をつくな!! 現に今ここで貴様一人で居たではないか!!」

「一人で居るのは当たり前です。他の役員の皆様……つまり貴方方あなたがたはこの三ヶ月間一度も生徒会室においでになっておりませんので」

 最初は生徒会の副会長であるクラウディアも何度か苦言を呈していたが、聞く耳を持たない彼らを諦め、それ以来ずっと一人で仕事をこなしていた。

「だ、だからと言って貴様一人で生徒会を運営することなどあってはならぬ!! 会長権限の決裁を勝手にしたと聞いたぞ!」

 会長だけではなく、生徒会に承認される書類には例えば予算があれば会計の承認も必要だ。だが、今ここで副会長であるクラウディアを追及する会長、会計、書記、庶務の四人はここしばらくサインを求められた覚えが無かった。

「勝手に決裁などするはずありません。当然許可はいただいております。……どうやらお忘れの様ですけど!」

 いつの間に取り出したのか、クラウディアの手には書類があった。机の上に置き、手でバン!と叩く。一体どんな根拠だと覗いてみると。

「……『委任状』?」

「そうです。三ヶ月前、生徒会の仕事が滞り、皆様のサインが必要であるにも関わらず一向にこちらにいらっしゃらない。仕方なしにわたくしが書類を持って皆様の元へ訪れた時、殿下がおっしゃったじゃありませんか。『そんな些末な仕事はお前が代わりにやっておけ』と。いくら生徒会長のご命令でも権限を越えて仕事は出来ませんし、するつもりもありません。ですので、その委任状に皆様のサインをいただきました。……思い出していただけましたかしら?」

 委任状には確かに『生徒会の業務を副会長:クラウディアに一任する』とあり、しっかり彼ら4人のサインがある。そして、確かに四人にはクラウディアから求められ、面倒な書類仕事を押し付けられると喜んでサインをした記憶があった。今の今まで忘れていたが。

「こちらの書類は正式なものとして学園長に提出して許可を頂いております。ですので、わたくしがここで行った業務は全て殿下方の委任の元に行っております。つまりわたくしの行いに問題があると言われるのでしたら、当然わたくしに委任した殿下方にも責任があるのですが」

 ーーおわかりですか?

 そう無言で問いかけられてエーベルハルトは言葉に詰まる。そんなものは無効だ、と言いたいが、サインをしたのは昼食時の学園のサロン。衆目の中で行った事を誤魔化すのは無理だろう。
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