9 / 11
9
しおりを挟む
「もし、陛下が殿下にお話しくださっていれば……殿下がわたくしを対等に扱ってくださっていればこの様なことにはならなかったというのに。やはりなにも考えていらっしゃらなかった様ですわね。わたくしが死ねば魔力供給は無くなり、その瞬間に殿下が『能無し』になるというのに。臣下に生命線を無理矢理握らせた上で、ちっぽけなプライドを守ろうとした結果が今回の騒動となったこと、ご理解下さいませ」
契約内容を話すことが出来なかったのは、侯爵のみ。王家には何一つ制約がなかった。故に王は王太子に婚約の意義を話しておくことが出来た筈だ。
「もしわたくしが死んでしまったら、わたくしが呪いをかけたとでもおっしゃったのでしょうか。わたくしには連座になる様な家族はおりませんし、使用人達には申し訳ないけれど、たとえそうなっていたとしても、残るのは『能無し』になった殿下だけ。ふふふ。そうなった時のお二人の顔が見たかったですわ」
前侯爵には子供がセレネしかいない。セレネに魔力が無い上に王太子の婚約者である事を鑑みて、再婚を随分と勧められたり押し付けられそうになったりしたが、前侯爵は頑として首を縦に振らなかった。セレネが子供を二人以上生んだら一人を侯爵家に臣籍降下してもらうつもりだと言って。それが叶わなかった時は王家に爵位と共に領地を返上するのだとも。おそらくセレネの弱みになる者を増やしたくなかったのだろう。
「ですが、想像が付きますわね。わたくしが王家に嫁いだ後は、毒か魔法で身体を動けなくして『魔力供給装置』扱いにするつもりだったのだろうと。その上で側妃を娶り、その娘に王子を生んで貰うつもりだったのでしょう。父の願いを裏切って」
重苦しい沈黙に包まれた会場を、セレネはぐるりと見渡す。ここに集う誰一人セレネの心を動かせる者は居ない。
「陛下」
「な、なんだ!?」
セレネが呼び掛けると、王が身を竦み上がらせる。これ以上何を言われるのか想像つかなかったからだ。
「『わたくしセレネ・ヴィンラードは、本日をもってヴィンラード侯爵位と領地を王家へ返上致します』」
「な、な、なんだとっ!?」
魔力を込めてセレネが宣言する。魔導契約とは違い拘束力はないが、絶対に引き下がらないという意思の現れだ。この場のすべての人間にセレネの決意が刻み込まれる。
ヴィンラード侯爵の領地は、セレネが爵位を継いでから領地改革に着手し、前侯爵の時代よりも発展を遂げている。領民にとっては領主など、虐げず税の取り立てが厳しくなければ誰であろうと構わないのだ。故に魔力が無く、しかも女性であるセレネが領主でも気にしないものがほとんどだった。しかし、何事も例外がある。常にセレネを見下し、不満を抱くもの。それは前侯爵が任命した領地の代官だった。彼にとってセレネは目の上のたんこぶであった。隠れて不正に手を染めるくらいには……。故にセレネが爵位と領地を返上すると伝えたら、大喜びで手続きをしていた。
もし、セレネが領地を離れた後、不正が発覚したとしても、もうセレネにはなんの関係もない。今後どうなろうとも気にもならない。父が、先祖が守ってた領地ですらセレネの枷にはならなかった。
「では、皆様ごきげんよう。もうお会いすることはないと思いますが、何処か遠くの地から皆様のご多幸をお祈り申し上げますわ」
契約内容を話すことが出来なかったのは、侯爵のみ。王家には何一つ制約がなかった。故に王は王太子に婚約の意義を話しておくことが出来た筈だ。
「もしわたくしが死んでしまったら、わたくしが呪いをかけたとでもおっしゃったのでしょうか。わたくしには連座になる様な家族はおりませんし、使用人達には申し訳ないけれど、たとえそうなっていたとしても、残るのは『能無し』になった殿下だけ。ふふふ。そうなった時のお二人の顔が見たかったですわ」
前侯爵には子供がセレネしかいない。セレネに魔力が無い上に王太子の婚約者である事を鑑みて、再婚を随分と勧められたり押し付けられそうになったりしたが、前侯爵は頑として首を縦に振らなかった。セレネが子供を二人以上生んだら一人を侯爵家に臣籍降下してもらうつもりだと言って。それが叶わなかった時は王家に爵位と共に領地を返上するのだとも。おそらくセレネの弱みになる者を増やしたくなかったのだろう。
「ですが、想像が付きますわね。わたくしが王家に嫁いだ後は、毒か魔法で身体を動けなくして『魔力供給装置』扱いにするつもりだったのだろうと。その上で側妃を娶り、その娘に王子を生んで貰うつもりだったのでしょう。父の願いを裏切って」
重苦しい沈黙に包まれた会場を、セレネはぐるりと見渡す。ここに集う誰一人セレネの心を動かせる者は居ない。
「陛下」
「な、なんだ!?」
セレネが呼び掛けると、王が身を竦み上がらせる。これ以上何を言われるのか想像つかなかったからだ。
「『わたくしセレネ・ヴィンラードは、本日をもってヴィンラード侯爵位と領地を王家へ返上致します』」
「な、な、なんだとっ!?」
魔力を込めてセレネが宣言する。魔導契約とは違い拘束力はないが、絶対に引き下がらないという意思の現れだ。この場のすべての人間にセレネの決意が刻み込まれる。
ヴィンラード侯爵の領地は、セレネが爵位を継いでから領地改革に着手し、前侯爵の時代よりも発展を遂げている。領民にとっては領主など、虐げず税の取り立てが厳しくなければ誰であろうと構わないのだ。故に魔力が無く、しかも女性であるセレネが領主でも気にしないものがほとんどだった。しかし、何事も例外がある。常にセレネを見下し、不満を抱くもの。それは前侯爵が任命した領地の代官だった。彼にとってセレネは目の上のたんこぶであった。隠れて不正に手を染めるくらいには……。故にセレネが爵位と領地を返上すると伝えたら、大喜びで手続きをしていた。
もし、セレネが領地を離れた後、不正が発覚したとしても、もうセレネにはなんの関係もない。今後どうなろうとも気にもならない。父が、先祖が守ってた領地ですらセレネの枷にはならなかった。
「では、皆様ごきげんよう。もうお会いすることはないと思いますが、何処か遠くの地から皆様のご多幸をお祈り申し上げますわ」
185
お気に入りに追加
3,549
あなたにおすすめの小説

何故恋愛結婚だけが幸せだと思うのか理解できませんわ
章槻雅希
ファンタジー
公爵令嬢のファラーシャは男爵家庶子のラーケサに婚約者カティーブとの婚約を解消するように迫られる。
理由はカティーブとラーケサは愛し合っており、愛し合っている二人が結ばれるのは当然で、カティーブとラーケサが結婚しラーケサが侯爵夫人となるのが正しいことだからとのこと。
しかし、ファラーシャにはその主張が全く理解できなかった。ついでにカティーブもラーケサの主張が理解できなかった。
結婚とは一種の事業であると考える高位貴族と、結婚は恋愛の終着点と考える平民との認識の相違のお話。
拙作『法律の多い魔導王国』と同じカヌーン魔導王国の話。法律関係何でもアリなカヌーン王国便利で使い勝手がいい(笑)。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿、自サイトにも掲載。


婚約破棄していただきます
章槻雅希
ファンタジー
貴族たちの通う王立学院の模擬夜会(授業の一環)で第二王子ザームエルは婚約破棄を宣言する。それを婚約者であるトルデリーゼは嬉々として受け入れた。10年に及ぶ一族の計画が実を結んだのだ。
『小説家になろう』・『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました
ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。
王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

思わず呆れる婚約破棄
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある国のとある夜会、その場にて、その国の王子が婚約破棄を言い渡した。
だがしかし、その内容がずさんというか、あまりにもひどいというか……呆れるしかない。
余りにもひどい内容に、思わず誰もが呆れてしまうのであった。
……ネタバレのような気がする。しかし、良い紹介分が思いつかなかった。
よくあるざまぁ系婚約破棄物ですが、第3者視点よりお送りいたします。

ある愚かな婚約破棄の結末
オレンジ方解石
恋愛
セドリック王子から婚約破棄を宣言されたアデライド。
王子の愚かさに頭を抱えるが、周囲は一斉に「アデライドが悪い」と王子の味方をして…………。
※一応ジャンルを『恋愛』に設定してありますが、甘さ控えめです。

高慢な王族なんてごめんです! 自分の道は自分で切り開きますからお気遣いなく。
柊
恋愛
よくある断罪に「婚約でしたら、一週間程前にそちらの有責で破棄されている筈ですが……」と返した公爵令嬢ヴィクトワール・シエル。
婚約者「だった」シレンス国の第一王子であるアルベール・コルニアックは困惑するが……。
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる