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番外編*幸せ死

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 それは真っ赤な薔薇だった。
 まだ小さく、一輪しか咲いていないのに暗闇の中でも凛とし、輝き続ける高貴な花。濁っていた銀の瞳にすら鮮明に映る年端も行かぬ少女の色に鎖に繋がれた少年も自然と笑みを零すのは救われる安堵からではない。この薔薇少女になら刺の痛みも毒もまやかしも悦んで受け入れたい恋慕とマゾヒストへの芽生えだった──。


 ハロウィク国リビディナス邸。
 普段は片手ほどの使用人しか雇っておらず静寂に包まれているが、ここ数ヶ月は何百もの人と物が行き交いしている。というのも、長女マリアンナの婚礼の日が決まったからだ。
 国を騒がせた大暴露も冷めぬ間に発表された日取りに、再び騒ぎと玄関に積み重なった荷物を前に花婿であるワットは人知れず溜め息を零す。

「俺からの土産が気に食わんのか?」

 言葉とは裏腹に微塵の不快感も怒りもない声と共に響く足音。振り向いたワットもまた他の使用人同様、来客に頭を下げた。

「滅相もございません。各地の品はもちろん、旅先のお話をお嬢様含め私も楽しみにしておりました」
「ふん。この俺と本物の義兄弟になるというのに堅苦しい犬だ」
「有難い御言葉ですが私は変わらず執事ですので……ところで、モルガディス様。奥方は御一緒ではないのですか?」

 頭を上げたワットの目に主人と同じ色が映るが、その瞳は蒼。長身に前髪を上げ、耳下までの真紅の髪とマントを揺らす男こそ世界各地の品を見定めながら交易を広げているリビディナス家の長子でありマリアンナの兄モルガディスだ。

「ああ。久々の帰港にはしゃぐ様が愛らしくて甲板で立ちバックしたら、臍を曲げて船の寝室に引き篭ってしまった。腰が立たぬだけかもしれんが」
(血筋って怖いな……)

 頬を赤らめる使用人たちにも構わずあっけらかんと話す様にワットは呆れよりも感服すると、慣れた足取りで応接間へと向かうモルガディスに続く。

「しばらくしたら来るはずだ。どうせ今、マリアンナもおらぬのだろう?」
「はい。教会でドレスの最終チェックをメルヴィーア様とされています」
「ああ、俺の挙式ではまだ末弟アイツは赤子だったからな。さぞかし張り切っているだろう」
「はい。恐れ多くも私のまで何着も作っていただき「おい、犬」

 遮る声は低く、足が止まる。振り向いたモルガディスは眉根を寄せていた。

「嫁も貴様も自分を卑下するのが好きだな。俺たちリビディナスに選ばれたのだから堂々とすればいいものを」
「……恐らく奥方も同じことを申されるかと思いますが、それが出来たら苦労はしません」

 一言一句違わず妻の声で再生されたのか、モルガディスの眉間に皺が寄る。
 ワットは元奴隷、モルガディスの妻は平民出身。共に下賤の身でありながら公爵家に迎えられ、豪遊も豪語も出来ない性格故か他人の目はもちろん、籍を入れた今も不安が勝っているのだろう。自分は相応しくないと。

「……でも、本人を前にしたら不安も罪悪感も消えるのは──」

 静寂が包む廊下に響く呟き。
 射し込む陽光に真紅の髪を輝かせるモルガディスの視線を他所に、日陰に覆われたワットは窓の外に見える大聖堂を捉えていた。その口元に浮かぶのは自嘲ではない。まさに“この身体”にした主人と、性に執着するリビディナスの賜物笑みだ──。




「ねえ! わたくしと、おセックスしましょう♡」

 遡ること、十四年前。
 陰惨な奴隷商会から保護され、救い主であるリビディナス家の使用人として迎えられた十三歳の少年は自身よりもうんと幼い少女の唇から発せられた言葉にネクタイを締める手を止めた。

「…………は?」
「セ・ッ・ク・ス」

 本音が大きな声となって出るが、主人となったマリアンナは気にも留めず『下手ね~』と笑いながらネクタイを代わりに締めてくれた。斜めっていることよりも空耳ではなかった単語に息を呑む少年に手招きするマリアンナは長い廊下を進み、応接間の扉をそっと開く。

「ほらあれ、お父様とお母様が毎日シてるやつ。すっごく気持ち良くてクセになるって聞いてるわ」

 小声に促された少年も隙間から覗き見る。
 室内にはリビディナス夫妻がいるが妻は立ったまま壁に両手を付け、彼女に覆い被さる夫は腰を動かしていた。パンパンッと打ち付ける音と高らかな矯声は昼夜場所関係なく何度も見聞きした交尾の場面。咄嗟に少年は赤めた顔を逸らすが、両手を握り締めたマリアンナは目を輝かせている。

「ねっ!? 愉しそうでしょ!?」
(五歳児の台詞じゃないし、字も違う気がする……)

 恥ずかしさを通り越して少年は絶句するが、彼女の兄二人も『バルコニーから見られてシたい!』『着衣がいい……』など発言しており、執事長からも『慣れてください』と若干遠く、生暖かい目を向けられたのを思い出す。
 一歩外に出れば爪先まで猫を被った完璧な公爵一家となるため、情痴が世間にバレている様子はない。だからこそ、まだ幼いマリアンナさえ性に執着していることが恐ろしく思えた。

(すごい家だな。それでもし子供ができたら……いや……自分の意志なんて……)

 あまりにも待遇が良すぎて自分が家畜同然の生き物だったことを忘れていた少年は考えを放棄する。罰を受けるのも捨てられるのも慣れている。少女の心配をする必要はないと静かに両手を握り締めた。

「……私はただの奴隷なので、お嬢様が望むままに従うまでで「バカね」

 振り絞った声が遮られる。同時に伸びてくる小さな両手に自然と屈んだ少年の頬にぬくもりが伝うと、銀の瞳いっぱいに華やかな真紅と笑顔が広がった。

「“どれい”も“げぼく”も人間なのよ? その意志を“そんちょう”するのが主人わたくし。きょうせいはしないわ。ただわたくしがとシたいの」

 『ワット』。それは彼女が少年に付けてくれた人生ではじめての名前。
 真名を知る気もなければ、奴隷相手に付けてくれる者もいなかった。なのにマリアンナは出会った時から薄汚い自分だけを見つめ、躊躇うことなく触れるばかりか求めてくれる。混じり気のない真っ直ぐな眼差しと少しだけ赤い頬。それがどうしようもなく愛しくて嬉しい少年=ワットは震える唇を開いた。

「……はい、お嬢様」

 頬を伝う涙と共に顔を落とせば小さな唇と唇が重なる。
 過去の主人にさせられたどのキスとも違う、暖かく柔らかく気持ち良い口付け。何度も重ね、角度を変え、次第に舌を絡ませる。それだけで身体中が熱く、下腹部が不自然なほど反応した。

(もっとシたい……もっと)

 それは彼女も同じだったのか寝室に戻っても翌日になっても一年経ってもキスだけをし続けた。以降も顔を舐めるに一年、脱いだ上半身を触り口付けるに一年と、新しい行為の度に年月を費やし愉しむことにハマっていた。
 その間に互いの身体も成長し、知識を得、徐々に行為もエスカレートする。

「お、お嬢様っ……」
「動いちゃダメよ? そう、そのまま……んっ」
「っあ、ああぁ!」

 ワットに目隠しさせたマリアンナが膨張した彼の肉棒を咥える。
 はじめての時は半分ほどしか入らなかったモノを今では根元まで咥えるばかりか、手で擦っては口内でしゃぶった。

「っはあ……はああぁ……舐めてくれる……お嬢様がっ……見れないの……辛いっ……」
「んふっ、んっ……わたくひは、しょんなもどかししゃに啼く……ワッホが……かわいくてしゅき♡」
「っ~!」

 喋りながら舐め、指先でお腹を押されたワットがのけ反る。同時に白濁が宙を舞い、待ち望んでいたマリアンナの顔面に散った。ズリ落ちたネクタイの隙間から精液を頬張る彼女を目にしたワットが恐怖よりも歓喜を覚えるのは家系リビディナスのせいでありおかげでもある。

『え? マリィちゃん達まだ本番シてないの? そうね、知ったらそれこそクセになるものね』
『ワット、女性から攻められるのも興奮してイいぞ。特にマリィは妻に似ているから意地悪だ』
『ふん、妹に先を越されてしまったか。まあいい。存分に見ててやるから俺の時も見るがいい!』
『……媚薬あげる』
『あぶ!』

 生まれたばかりの妹を含めた全員に親指を立てられた時は拍子抜けした。『裏切るな』という暗示かもしれないが、お尻を突き出したまま笑うマリアンナの視線に喉が鳴れば夢中で秘部をしゃぶってしまうのが現実。

 止めどなく溢れる愛液、自分の指を憶え、彼女の好きな場所を教えてくれる暖かい膣内と嬌声。同じように拷問の痕も過去も上書きするように口付けては舐め、何年も飽きず自分を求めてくれる主人を──。

「好きに……ならないわけないじゃないですか……っ」
「!?」

 寝室のベッドで変わらず情痴を愉しんでいた十一年目の夜に零れた本音。
 寝転ぶ彼の足元で肉棒を弄っていた裸体のマリアンナは真紅の瞳を大きく開くと、くすりと笑った。

「あら、やっと認めたの? ……て、なんで微妙な顔なのよ!?」

 予見していたのか自信があったのか満足そうに微笑むマリアンナに対してワットは頬を赤めているのに複雑そうな表情をしている。跨った彼女の手と手が自然と絡むように視線も重なれば、ジッと見下ろす紫紺の瞳が『主人と従者』とは違う言葉を待っているのが伝わってきた。

 だからこそ戸惑い、口走ってしまった本音を認めたくなかった。思わなかった。自分と──。




「ト……ット……ワット!」
「っ!?」

 我に返ったように見開いたワットの目に今までと同じ薄暗い寝室と月夜が映る。背に感じるのも良く知るシーツだが、確認するよりも先に柔らかい何かに顔を踏まれた。

「ふぐっ!?」
「ひとりでイくなんて、んっ……許さないわよ」

 馴染むお尻の柔らかさと蜜の匂い。真紅の束髪を揺らしながら顔に跨るマリアンナは背を向け、宙で大きく開脚したワットの股から映える肉棒をしゃぶっていた。

「もう、みんながイチャイチャし出したからわたくし達もって言ったのに……すぐ達して……ダメじゃない」

 不満気な口調に、過去を視ていたのだと気付くワットを他所にマリアンナは口を尖らせる。半日離れ、帰宅しても久々に揃った家族との食事会。二人っきりになれても早々に達してしまったのだから当然だ。夢現な気分のワットは吐息を零しながら声を振り絞る。

「許されると……思わないじゃないですか……」
「?」

 くぐもった呟きに上体を起こしたマリアンナが振り向く。汗ばみ、踏まれていたのとは異なる赤みを頬に浮かべるワットはゆっくりと紡いだ。

「元奴隷で下僕で執事が主人に恋するばかりか……夫婦になれるなんてそんな……そんなの……贅沢すぎて……達しながら……幸せ死するに決まってるだろ……マリィ」

 独白というよりも告白に近い言葉と微笑にマリアンナの頬も急激に赤くなる。と、勢いよく顔を踏みなおし、握り締めた肉棒を扱きだした。

「やだもう、ワットったら嬉しいこと言って♡」
「っ~!!!」

 寡黙でベッドの中でも悦びしか上げない彼の熱情がよほど響いたのか、マリアンナもつい腰をくねらせるほどはしゃいでしまう。扱き御礼の衝撃にのけ反ったワットは息も絶え絶えだが、反転したマリアンナは白濁を垂らす肉棒を握ると亀頭を秘部に宛がった。

「でもダメよ。幸せ死するなら明日……延びに延びていた結婚式が終わってから。一緒に達して幸せ死するのよ♡」
「っあ、あぁンンン」

 難なく狂暴な雄を膣内へと取り込んだマリアンナは呻きを唇で塞ぎながら胸板で尖りを主張する乳首を引っ張った。舌先で唇を突けば口内で舌が絡み、いっそうナカが締まる。
 はじめて挿入た時は狭かったナカも昂りに合わせ広くなり、互いの好きな箇所を把握している亀頭と腰が自然と動いては快楽の声を響かせた。

「っは……あぁ」
「んっ、はあぁ……でもワット、式前にっ……ぁん、わたくしに言うことがあるんじゃなくて?」
「は……ぃっ」

 当に籍を入れ『夫婦』になったとはいえ、それは秘密の婚姻。
 公爵家の娘として、執事ではなく夫として、国と国民に周知させ大々的に行われる結婚式。残すは明日の本番しかないと思われていたが、腰を揺らしながら耳元で囁くマリアンナに頷いたワットは必死に口を開いた。

「っはあ……マリィあ……ずっと傍に「ワット?」

 反転し、マリアンナに覆い被さったワットの言葉は遮られた。
 真っ直ぐな紫紺の瞳は口上は不要と訴え、繋がるナカは別を期待しているように締まる。唾を呑み込んだワットはそっと顔を寄せると、二度目の本音を口にした。

「私……とっ……結婚してください」

 元奴隷だから、執事だから、相応しくないから。世間からすれば重大で軽々しく超えられる壁ではないとわかっている。なのに本人を前にするとすべての不安と罪悪感が消えるのは心の底から愛してしまったからだ。どんな惨めな人生でも、共にいたいと思ってしまった。許されるはずはないのに許してくれる愛しい人と家系に気持ちを抑えるのは無意味で正直になってしまう。
 そんな嘘偽りのない心が確かに届いたように、マリアンナの口元も綻んだ。

「よく言えました。もちろん──“はい”よ♡」

 満足気な微笑と共に唇が重なる。
 出会った時のように渇ききった唇と喉。今では全身を潤し満たす口付けと快感にワットの目尻から涙が零れるのは夢現ではないと実感したからか。

 晴天となった翌日も盛大な歓声と拍手。なにより真紅の髪によく映える純白のウェディングドレスを身に纏った美しき花嫁にまた夢心地になるが、抱き上げる身体は暖かく愛し気に呼ぶ声と微笑は本物で、はじめて人前でワットははにかんだ。

 いつもの日常とは違う喜びと共に病める時も健やかな時も下僕で執事で夫である誓いが刻まれる。未来永劫、真っ赤な薔薇の中で幸せ死するまで──。





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