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本編

結婚か返済か

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「私とマゼンタは愛し合っている。お前が認めてくれないのならば、駆け落ちも辞さないつもりだ」

………あのさぁ。

いっそ関心してしまうほどに物分かりの悪い婚約者の宣言に、私、ロゼッタ・エセルバートは呆れ返った。

私の婚約者ダリルと妹のマゼンタは付き合っているらしい。人目を憚らぬイチャつきっぷりで、最近では2人の関係に気づき始める人もちらほら。

しかしそれがどうしたと言うんだ。
私に何をしろというんだ。

相変わらず自分1人では何も行動できない頼りない婚約者を鼻で笑ってやった。

「そう、勝手にどうぞ。この私を呼び出しておいて、言いたいことはそれだけ?」

一応言っておくが、わざわざ婚約者に許可を取ってデートに繰り出す変人カップルと違って私は忙しい。

なぜ私を巻き込む政略結婚と言っておろうが勝手にイチャついてろと言いたいところだが、恋愛重視の倫理観をもつ彼らと私は元より会話が通じない。

2人が付き合おうが駆け落ちしようが私にはどうでも良いのだ。

どちらにせよこの婚約は絶対に解消されないし、ダリルは絶対に連れ戻される。

この男が借金を返さないかぎりは。

それをダリルは認めようとしない。頭では理解しているはずなのに、世紀の大恋愛で頭がアホになっているのである。

だって本気でマゼンタと一緒になりたいのなら、とっくの昔に臓器なり四肢なり売っているはずだ。

それをこの馬鹿は、公爵家の跡継ぎである私に意味のない脅しやイチャつきを見せつけることで、私に父を説得させようとしている。

婚約は解消したい、でも借金も返さないなんて、わがままにもほどがあるだろう。どうしてロゼッタはこんなのに惚れたの?

心底不可解な気持ちで暗に「帰っていい?」と聞く私を、2人は親の仇でも見るような顔で睨みつけてきた。

「お姉さま、認めてください!認めるまで帰しませんわ!!」
「お父様が貸した金を今ここで返してくれるなら認めても良いけど」
「なにそれ……ひどい、ひどいわ!」
「ひどいも何も、返せないものを考えなしに借りたそちらの方がひどいんじゃない?父上も貸したお金をあんなことに使われて困ってるの」
「あんなことってなによ!」
「さあ。愛するあなたになら教えてくれるんじゃない?ねえ、ダリル?」
「……っ」
「ダリル様…?」

毎度の如くだんだんイライラしてくる。どうして私はこんな面倒な連中に時間を割いているんだ?こんなことしている場合にも家で飼ってる悪魔が何しでかすかわからないというのに。良い加減令嬢らしからぬ暴言を吐いてしまいそうなので、ここは手っ取り早く戦意を喪失させることにした。

「ねえ、借金をなくす交渉はできないけれど、借金を増やす交渉ならできるのよ?」
「……!」

別にする気もないが、借金と第三王子の話を持ち出せばこの男は大抵黙る。マゼンタはダリルを盾にしてイキっているだけなので、間接的に妹も黙る。

借金の原因?それは言えない。壁に耳あり障子に目あり。もしこれが間違ってでも社交界中に知れたら、追放は確実。下手したら歴史的悪役にされるかもしれない。

外道と言われようが構わない。タチの悪い男に金を借りたダリルが悪い。

「貴方たちさぁ、駆け落ちなんてどうせする気ないんでしょ?私に父上を説得させて帳消しにしてもらおうとか考えてるんでしょうけど、無駄だから。イチャついてる暇があったら稼いできたら?」
「お、王家の血を引くこの私が労働などするはずないだろう!?」
「馬鹿なの?なんなら私が貴方の代わりに、両親に言ってあげてもいいのよ。借金肩代わりしてくださいー!って」
「……っ」

第2王子ダリル・ロッドフォードは、第1王子の亡き今、本来であれば1番次期国王に近い男だ。

しかし、国民に期待されていたのはダリルではなく、神童と言われた弟のサイラス殿下だった。

元から弟への劣等感に悩んでいたダリルは、なんとお金で暗殺者を雇って弟を殺そうと考えたらしい。

しかし王族というのは不便で、私的にお金を使ったらちくいち用途や理由を国王に申告しなくてはならない。嘘をついて不正に金を使った場合、最悪王家から追放される。

だからダリルは自分に唯一好意的だった私の父に嘘をついて金を借り、暗殺を実行しようとした。

……しかしそれも失敗。結局私の婚約者になり王家の遺伝子を提供する条件で真実は隠蔽された。

ダリルが金を借りたのは、不幸にもこの国の裏社会を背負う腹黒公爵だったのである。

その結果運命の相手マゼンタに会えたのだから人生って皮肉よね。

「じゃ、私帰るから。ああ、やけになって全部自白して公爵家私たちを道連れにしても無駄だよ。うちの父の別名、黒薔薇公爵。わかるでしょ?」

最後に中2臭い呼称で釘を刺し、踵を返す。

妹から恨めしい視線を感じたけど、気づかないふりをした。

どうしてこの子、あの父と血が繋がってるのに馬鹿なのかしら……。

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