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「はい、承知いたしました。では、何かございましたら、いつでもお呼び下さいませ」
一礼してから部屋を出る際、ふと視界の端に、机の上に山積みになっている書類が映った。
思わず、眉間に皺が寄る。
(これ、全部処理しないといけないのかしら……)
彼が抱えている仕事量は、常人の域を超えている。
それこそ、並の人間であれば、一日も保たずに潰れてしまうだろう、過酷な労働環境だ。
にもかかわらず、弱音一つ吐かず、黙々と仕事をこなし続けているのだ、この人は。
その姿は、まさしく鬼神の如き様相である――というのが、屋敷の使用人達の、もっぱらの評判だった。
とはいえ、それは事実ではない。彼は決して、無理をしているわけではないのだから。
むしろ、その逆。この方は、どんな状況においても、自身の仕事を完璧にこなしてみせるのだろう。
たとえ、それがどれほど過酷であろうとも、だ。
故に、誰も心配などしない。
心配するだけ、無駄だと知っているからだ。
(だけど、それでは、あまりに不憫だわ……)
主人の身を案ずるのもまた、使用人の役目なのだから、やはり、どうしても気掛かりではあるのだけれど、
私には、どうすることもできないのである。
(せめて、少しでも楽にして差し上げたいけれど、私にできることなんて、何もないのよね……。ああ、もどかしいわ)
せめて、美味しい紅茶でも淹れて差し上げようと思い、食堂へ向かったのだが、そこには、既に先客がいた。
彼女の名前は、メリッサ・マッケンジー。
年の頃は、二十歳前後といったところだろうか。
肩までの、少し癖のある金髪と、蒼い瞳が特徴的な可愛らしい女性である。
彼女は、私の姿を見るなり、嬉しそうに微笑んだ。
ちなみに、彼女がここで、何をしているのかというと、別に、何もしていない。
というか、暇そうにしている、と言った方が正しいのかもしれない。
なぜなら、彼女以外に、誰一人として、この屋敷の使用人の姿は見えないから。
正確に言うと、メイドはいるのだが、現在、全員、休暇を取っているのだった。
というのも、このお屋敷の主であり、私の主でもある、旦那様こと、ヴァルディール様のご命令で、
本日から、暫くの間、全使用人を休ませるように、と言われたからである。
何でも、今回の騒動のせいで、多くの人に迷惑を掛けてしまった、ということで、お詫びに、とのことらしい。
しかし、よくよく考えてみれば、今回ばかりは、仕方のない話だと思う。
何せ、王都中の人間が、眠り続けることになったわけなので、その原因となった人間に対しては、厳しい目を向けざるを得ないだろう。
実際、街のあちこちで、抗議の声が上がったらしいのだが、それも、最初の内だけで、すぐに収束した、ということだった。
何故なら、原因究明のために、宮廷魔術師の方々が調査を行い、それが判明したことで、
騒ぎ自体が、自然と鎮静化したからだそうだ。
どうやら、国王陛下や宰相閣下も、今回の件に関しては、かなり責任を感じているようで、
自ら、国民に対して、頭を下げて回った、という話である。
だから、きっと、今後は、以前のような平穏な日々が戻ってくることだろう、と、私は信じている。
何しろ、ヴァルディール様が、そのように取り計らって下さった、ということだから、間違いないはずだ。
それに、あの方ならば、何があっても、何とかしてしまうに違いない、という信頼もある。
まあ、もっとも仮に、万が一、何かあったとしても私が必ずお守りする。
一礼してから部屋を出る際、ふと視界の端に、机の上に山積みになっている書類が映った。
思わず、眉間に皺が寄る。
(これ、全部処理しないといけないのかしら……)
彼が抱えている仕事量は、常人の域を超えている。
それこそ、並の人間であれば、一日も保たずに潰れてしまうだろう、過酷な労働環境だ。
にもかかわらず、弱音一つ吐かず、黙々と仕事をこなし続けているのだ、この人は。
その姿は、まさしく鬼神の如き様相である――というのが、屋敷の使用人達の、もっぱらの評判だった。
とはいえ、それは事実ではない。彼は決して、無理をしているわけではないのだから。
むしろ、その逆。この方は、どんな状況においても、自身の仕事を完璧にこなしてみせるのだろう。
たとえ、それがどれほど過酷であろうとも、だ。
故に、誰も心配などしない。
心配するだけ、無駄だと知っているからだ。
(だけど、それでは、あまりに不憫だわ……)
主人の身を案ずるのもまた、使用人の役目なのだから、やはり、どうしても気掛かりではあるのだけれど、
私には、どうすることもできないのである。
(せめて、少しでも楽にして差し上げたいけれど、私にできることなんて、何もないのよね……。ああ、もどかしいわ)
せめて、美味しい紅茶でも淹れて差し上げようと思い、食堂へ向かったのだが、そこには、既に先客がいた。
彼女の名前は、メリッサ・マッケンジー。
年の頃は、二十歳前後といったところだろうか。
肩までの、少し癖のある金髪と、蒼い瞳が特徴的な可愛らしい女性である。
彼女は、私の姿を見るなり、嬉しそうに微笑んだ。
ちなみに、彼女がここで、何をしているのかというと、別に、何もしていない。
というか、暇そうにしている、と言った方が正しいのかもしれない。
なぜなら、彼女以外に、誰一人として、この屋敷の使用人の姿は見えないから。
正確に言うと、メイドはいるのだが、現在、全員、休暇を取っているのだった。
というのも、このお屋敷の主であり、私の主でもある、旦那様こと、ヴァルディール様のご命令で、
本日から、暫くの間、全使用人を休ませるように、と言われたからである。
何でも、今回の騒動のせいで、多くの人に迷惑を掛けてしまった、ということで、お詫びに、とのことらしい。
しかし、よくよく考えてみれば、今回ばかりは、仕方のない話だと思う。
何せ、王都中の人間が、眠り続けることになったわけなので、その原因となった人間に対しては、厳しい目を向けざるを得ないだろう。
実際、街のあちこちで、抗議の声が上がったらしいのだが、それも、最初の内だけで、すぐに収束した、ということだった。
何故なら、原因究明のために、宮廷魔術師の方々が調査を行い、それが判明したことで、
騒ぎ自体が、自然と鎮静化したからだそうだ。
どうやら、国王陛下や宰相閣下も、今回の件に関しては、かなり責任を感じているようで、
自ら、国民に対して、頭を下げて回った、という話である。
だから、きっと、今後は、以前のような平穏な日々が戻ってくることだろう、と、私は信じている。
何しろ、ヴァルディール様が、そのように取り計らって下さった、ということだから、間違いないはずだ。
それに、あの方ならば、何があっても、何とかしてしまうに違いない、という信頼もある。
まあ、もっとも仮に、万が一、何かあったとしても私が必ずお守りする。
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