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前日譚
泣く女(ノルト視点)
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久しぶりに友を訪ねると、友はまた世界の底で泣いていた。
まずいときに来てしまったと彼は後悔したが、その一方で嬉しさが止まらない。
「また逃げられたのか?」
わざとおどけてそう声をかけると、友は恨めしそうな赤い目で彼を睨んだ。
「……何しに来た」
「長年の友にそんなつれない言い方はないだろう。おまえの様子を見にきたんだ」
もはや何も言わず、隣に座った彼を無視して泣きじゃくる。今回はまだ人間に化けたままだった。美しく儚げな女の姿。
「確か、今回は許婚になれたんだったか?」
口にはしないが、この友の趣味の悪さにはほとほと呆れている。
彼の友は、己の夢にも等しい世界の中で生まれた男に、この世界の人間にとっては途方もない年月、執着しつづけている。
望みはただただ男を手に入れること。しかし、男は幾度転生を重ねても、この友を拒み、退けつづけた。
ついには友も手段を選ばなくなり、今回はこのような女の姿にも身をやつしたのに、またしても失敗したのか。
「その様子だと……婚約破棄でもされたのか?」
思いつきで呟くと、友はぴたりと泣くのをやめた。図星だったようだ。
「でも、思いは遂げられただろう。何と言っても許婚……」
「……口づけ一つしなかった」
ぼそりと友は答える。彼は少しだけ友に同情した。
「他に女でも作られたのか?」
「それならまだいい。その女を殺せばいい」
その発想の仕方が男に嫌われるゆえんではないかと彼は思ったが、友の願いの成就を望まぬ彼はあえて指摘しなかった。
「じゃあ、まさか男……いや、その男を殺せばいいのか、おまえの論理でいくと」
「国を、救いたいからと」
吐き捨てるように友は言った。
「国なんて、いくらでも何度でも作り直せるもののために、たった一つしかない命を捨ててしまった。私に一言言ってくれていたら、たやすく修正できたのに」
「いやおまえ、向こうはおまえの正体を知らないだろ」
友の発言に驚いてそう反論したが、友はもう彼の言葉に答えなかった。
男のことを思い出してまた悲しみがぶり返したのか、さめざめと泣きはじめる。
――何だかなあ。
あの男に執着し出す前の友は、このような性格ではなかったような気がする。冷徹で奔放で移り気で、少なくとも、たった一人の男の死にこれほど涙を流すような友ではなかった。
「それでおまえ、これからどうするつもりなんだ? またあの男が生まれてくるのを待つつもりか? この世界で?」
さすがにうんざりしてきてそう訊ねると、友は鼻をすすりあげながら顔を上げた。
「……ああ。そうする」
「今度の男とは二百年ぶりだったんだっけか?」
「一九六年だ」
「四年しか違わないだろうが。それにしても、おまえはいつもどうやってあの男を見分けているんだ? 見れば面影が共通しているような気もするが、基本的に顔はいつも違うだろう」
友はほんの少しだけ表情を緩めた。
「会えばわかる」
「すまん。訊いた俺が馬鹿だった」
これから友は、あともう少しだけ泣き暮らしたら、生まれ変わってくるだろう男を捜して世界中を巡るのだろう。
これまでは待っていさえすれば、男のほうから彼の前に姿を現したのだという。しかし、どうしても男を手に入れたい友は、今回から自分から男を捜し求めるようになった。
男は死んだ直後に生まれ変わるとは限らない。今度の男のように間隔をあけて生まれてくるときもある。もしかしたら、友と出会う前に生まれて死んでいたこともあったかもしれない。
考えてみれば不思議なことだ。この世界は友の見ている夢であるのに、あの男のことだけは友の思うままにならないのだ。
それとも、友は心の奥底では自分の思いどおりにならないものを常に求めつづけていて、それがこの世界に反映されているだけにすぎないのだろうか。
――だからって、許婚にまでなるか?
男を服従させたいと言っていたのに、今では男と寝ることが目的となってしまっているようだ。先ほどは冗談めかして言うことができたが、もし本当にこの友があの男と思いを遂げることができていたとしたら、彼は相当に気分を害していたことだろう。
男には是非これからも頑張って友を退けつづけていただきたい。しかし、きっとまたそのたびに、この友は泣くことになるのだろう。そこは少し心が痛む。
「では、そろそろ俺は帰るとしよう。次はもう少し早く見つかるといいな」
少しだけ本音を混ぜて立ち上がると、友は黙ってうなずいた。
人間に姿を変えた友はいつでも美しい。だが、その中でも今回は飛び抜けていると思う。これほどの美貌を持つ許婚に接吻一つせずに死んだという男は、いったい何を考えていたのだろうか。
そして、その男を惜しんでこれほど泣く友。まったく理解しがたい。
しかし、だからきっと目が離せないのだ。この友とあの男とは、このまま平行線を辿りつづけるのか。それとも、いつか交わるときが来るのか。
――まったく、おまえの世界は面白い。
彼は声を立てずに笑うと、己の退屈な世界へと戻っていった。
―了―
まずいときに来てしまったと彼は後悔したが、その一方で嬉しさが止まらない。
「また逃げられたのか?」
わざとおどけてそう声をかけると、友は恨めしそうな赤い目で彼を睨んだ。
「……何しに来た」
「長年の友にそんなつれない言い方はないだろう。おまえの様子を見にきたんだ」
もはや何も言わず、隣に座った彼を無視して泣きじゃくる。今回はまだ人間に化けたままだった。美しく儚げな女の姿。
「確か、今回は許婚になれたんだったか?」
口にはしないが、この友の趣味の悪さにはほとほと呆れている。
彼の友は、己の夢にも等しい世界の中で生まれた男に、この世界の人間にとっては途方もない年月、執着しつづけている。
望みはただただ男を手に入れること。しかし、男は幾度転生を重ねても、この友を拒み、退けつづけた。
ついには友も手段を選ばなくなり、今回はこのような女の姿にも身をやつしたのに、またしても失敗したのか。
「その様子だと……婚約破棄でもされたのか?」
思いつきで呟くと、友はぴたりと泣くのをやめた。図星だったようだ。
「でも、思いは遂げられただろう。何と言っても許婚……」
「……口づけ一つしなかった」
ぼそりと友は答える。彼は少しだけ友に同情した。
「他に女でも作られたのか?」
「それならまだいい。その女を殺せばいい」
その発想の仕方が男に嫌われるゆえんではないかと彼は思ったが、友の願いの成就を望まぬ彼はあえて指摘しなかった。
「じゃあ、まさか男……いや、その男を殺せばいいのか、おまえの論理でいくと」
「国を、救いたいからと」
吐き捨てるように友は言った。
「国なんて、いくらでも何度でも作り直せるもののために、たった一つしかない命を捨ててしまった。私に一言言ってくれていたら、たやすく修正できたのに」
「いやおまえ、向こうはおまえの正体を知らないだろ」
友の発言に驚いてそう反論したが、友はもう彼の言葉に答えなかった。
男のことを思い出してまた悲しみがぶり返したのか、さめざめと泣きはじめる。
――何だかなあ。
あの男に執着し出す前の友は、このような性格ではなかったような気がする。冷徹で奔放で移り気で、少なくとも、たった一人の男の死にこれほど涙を流すような友ではなかった。
「それでおまえ、これからどうするつもりなんだ? またあの男が生まれてくるのを待つつもりか? この世界で?」
さすがにうんざりしてきてそう訊ねると、友は鼻をすすりあげながら顔を上げた。
「……ああ。そうする」
「今度の男とは二百年ぶりだったんだっけか?」
「一九六年だ」
「四年しか違わないだろうが。それにしても、おまえはいつもどうやってあの男を見分けているんだ? 見れば面影が共通しているような気もするが、基本的に顔はいつも違うだろう」
友はほんの少しだけ表情を緩めた。
「会えばわかる」
「すまん。訊いた俺が馬鹿だった」
これから友は、あともう少しだけ泣き暮らしたら、生まれ変わってくるだろう男を捜して世界中を巡るのだろう。
これまでは待っていさえすれば、男のほうから彼の前に姿を現したのだという。しかし、どうしても男を手に入れたい友は、今回から自分から男を捜し求めるようになった。
男は死んだ直後に生まれ変わるとは限らない。今度の男のように間隔をあけて生まれてくるときもある。もしかしたら、友と出会う前に生まれて死んでいたこともあったかもしれない。
考えてみれば不思議なことだ。この世界は友の見ている夢であるのに、あの男のことだけは友の思うままにならないのだ。
それとも、友は心の奥底では自分の思いどおりにならないものを常に求めつづけていて、それがこの世界に反映されているだけにすぎないのだろうか。
――だからって、許婚にまでなるか?
男を服従させたいと言っていたのに、今では男と寝ることが目的となってしまっているようだ。先ほどは冗談めかして言うことができたが、もし本当にこの友があの男と思いを遂げることができていたとしたら、彼は相当に気分を害していたことだろう。
男には是非これからも頑張って友を退けつづけていただきたい。しかし、きっとまたそのたびに、この友は泣くことになるのだろう。そこは少し心が痛む。
「では、そろそろ俺は帰るとしよう。次はもう少し早く見つかるといいな」
少しだけ本音を混ぜて立ち上がると、友は黙ってうなずいた。
人間に姿を変えた友はいつでも美しい。だが、その中でも今回は飛び抜けていると思う。これほどの美貌を持つ許婚に接吻一つせずに死んだという男は、いったい何を考えていたのだろうか。
そして、その男を惜しんでこれほど泣く友。まったく理解しがたい。
しかし、だからきっと目が離せないのだ。この友とあの男とは、このまま平行線を辿りつづけるのか。それとも、いつか交わるときが来るのか。
――まったく、おまえの世界は面白い。
彼は声を立てずに笑うと、己の退屈な世界へと戻っていった。
―了―
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