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第四話 報復の女神(SIDE:B)【要注意】男女の強姦があります!

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 雨の夜にカーブ続きの山道をバイクで疾走する。
 普段の彼らならまずしない。しかし、今夜はそうしたい気分だった。
 先ほど最高潮に達した昂ぶりは、いまだに彼らの中でくすぶりつづけている。強姦自体はすでに何度もしていたが、女を切り刻んで楽しんだのは今夜が初めてだった。
 正直なところ、なぜあんなことをしたのか、自分たちにもわからない。少なくとも、最初はそんなつもりはなかった。
 だが、誰かがナイフを取り出して、女の白い肌にすっと赤い線を描いて――それから彼らはおかしくなった。
 精巧にできた人形を壊すように、笑いながら女を切り刻んだ。そして、そのまま放っておいたらおそらく死ぬであろう女を、平気で置き去りにしてきた。
 しかし、彼らに罪の意識はない。あのときあの道を一人で歩いていたあの女が悪いのだ。
 そんな彼らは、特に変わった家庭環境に生まれたわけではない。全員両親健在で、経済的にはかなり恵まれているほうである。
 ただ、退屈だった。毎日がつまらなくて死にそうだった。
 彼らには、この倦怠感が何よりも耐えがたい。少しでも面白ければ何でもする。どこへでも行く。ただし、苦労はしたくない。できるだけ楽に楽しめること。それが必須条件で、とりあえず彼らは今、とても満ち足りていた。
 それはちょうど、ゆるいカーブを曲がりかけたときに起こった。

「うぉっ!」

 突然、彼らの一人が声を上げた。筋肉痛にも似た激痛が、その男の全身を襲ったのである。しかも、それはその男だけではなかった。その男に呼応するように、仲間たちも次々と体の自由がきかなくなり、バランスがとれなくなった彼らはバイクと共に濡れた路上を滑った。
 骨が折れたのか。だが、怪我の状態を確かめることもできない。痛い。痛い。痛い。全身がバラバラになりそうだ。

「こんばんは」

 そんな声を合図に、急に彼らの痛みは失せた。しかし、体は脱力してしまって動かせない。唯一彼らにできたのは、明らかに仲間の誰のものでもない声の主を確認するために、顔をいくらか巡らせることだけだった。
 最初に目についたのは、バイクのヘッドライトによって雨糸と共に浮かび上がっている、ピンク色の傘だった。次にその傘の下に目をやれば、彼らのまったく知らない顔が、にこやかに笑っていた。
 一瞬、男か女かわからなかったが、先ほどの声の低さからすると男のようだった。彼らとさして年は違うまい。とにかく何でもいい、この男に助けを乞おうとして、彼らは言葉を発しようとしたが、その口から出たのは音声を伴わない息だけだった。

「動けないだろう」

 楽しげに男は言った。一つに束ねた長い髪と、端整な面差し。
 ――恭司である。

「俺の前ではそうしていてもらおう。いくら〝女〟でも、四人もいたんじゃ、俺に勝ち目はないからね」
「女……?」

 そう呟いてみて、彼らはようやく声を出せたことにほっとすると同時に、その声の質にぎょっとした。まるで女のように甲高かったのである。
 まさかと彼らは思った。体の自由はいまだきかないままだったが、何とか目だけは動かすことができた。おそるおそる自分の体に目をやれば、大きく開け放した胸元には、どう見ても女のものとしか考えられない谷間があった。

「ついさっき、一人の女が死んだ」

 詩でも朗読するように、淡々と恭司は言った。

輪姦まわされて、ズタズタにされて、ボロクズみたいに捨てられて死んだ」

 そう言われて、彼らはつい先ほどしてきたばかりの自分たちの所業を思い出した。
 では、この男はあの女の関係者か? だが、それにしては恭司の表情は冷静で、とても怒りにかられているようには見えなかった。

「俺はその女に、何でも一つだけ願いを叶えてやると言った。あの女は利口な女だった。自分を助けてくれとか、おまえらを捕まえてくれとか、そんなことは言わなかった」

 そのとき――
 恭司は笑った。
 艶やかに。残酷に。

「おまえらを、自分と同じ目にあわせてくれ。――そう、あの女は言ったんだ」

 彼らは言葉を失い、ただ息を呑みこんだ。

「もうすぐ、暴走族の一団がここを通る。奴らはここがいかれてる。おまえらと同じように」

 ここで恭司は悪戯っぽく笑い、自分のこめかみを人差指でつついてみせた。

「こんなところに女が四人転がっているのを見ても、何も不思議に思わないばかりか、据え膳とばかりにやっちまうような奴らだ。でも、奴ら以外にこの道は朝まで誰も通らない。どういうわけか、そういうことになっている」
「んな、バカな……」

 彼らの一人が思わず呻いたが、声が女のものなので、ヤンキー娘がそう言っているようにしか聞こえなかった。

「よかったね。普通じゃなかなかできない経験だよ。でも、安心しな。朝になったらちゃんと男に戻してくれるってさ。たとえ死体になってても」

 恭司は陽気にそう言って、そのまま踵を返しかけた。

「ま、待ってくれ! 助けてくれ!」

 彼らのリーダー格の男――今は〝女〟だが――が、自由にならない手を必死で伸ばして叫んだ。

「俺が悪かった! 金ならいくらでも出す! あんたの言うことなら何でもきく! だから、せめて俺だけでも助けてくれ!」

 いったいどんな技を使ったのかは知らないが、自分たちを女の身に変えてしまったのはこの男らしい。そう判断して、恭司を懐柔しようとしたのだった。
 そんな男を仲間たちは罵ろうとしたが、男と違って口もあまり動かせなかったため、憎悪をこめて睨みつけることしかできなかった。

「――〝助けて〟?」

 恭司は足を止め、ゆっくりと男を振り返った。

「あの女も、そう言ったんじゃないのか?」

 思わず、男は小さな悲鳴を上げた。
 先ほどまでの笑顔が嘘のように、恭司は冷ややかに男を見下ろしていた。そのあまりの冷たさに、嘆願を続ける気力も一瞬で吹き飛んでしまった。
 と、クラクションと派手な排気音がかすかに聞こえた。ちょうど向かいに見える山道を、まるで蛍のようなライトの群れが、こちらに向かって上がってくる。

「ほら。奴らが来た」

 一転して、いかにも嬉しそうに恭司は笑った。

「多いなー。十人……いや、二十人はいるかな」
「助けてくれ! 頼む! 助けてくれ!」

 もうなりふりかまっていられなかった。今までさんざん自分がやってきたことだけに、〝女〟である自分が何をされるか嫌でもわかる。
 だが、その心のほんの片隅に、それを期待している自分がいる。自分は同性愛者ではない。しかし、今は〝女〟なのだ。今まで女に咥えさせねじこんできたものを、今度は〝女〟の自分が頬張り呑みこむのだ。
 そう考えたとたん、股間の奥が熱く痺れてきた。いつもなら屹立するそこは、今は愛液に濡れていた。
 女は〝感じる〟とこうなるのか。未知の快感に男は酔った。面白そうじゃないか! こんなのは初めてだ!

「そう奴らに言ってみな。あんたらより優しければ殺しはしないだろ」

 世にも皮肉げに恭司は笑い、ピンクの傘を深めに被った。
 同時に、恭司の背後に黒い影が立ち、彼の肩を抱きすくめたような気がした。
 だが、彼らが目を凝らしたときには、その黒い影どころか、恭司自身が消えてしまっていた。
 最初から、何も存在していなかったかのように。
 そうしている間にも、人の神経を苛立たせるクラクションや排気音はますます大きくなって彼らに迫って来、そして、ついに眩いライトの群れが、濡れた路上に転がる彼らの目を刺した。
 これから起こるだろう出来事を、彼らは確かに恐れてはいた。しかし、それ以上に〝犯される〟ことに強烈な興奮を覚えていた彼らの顔には、我知らず、あの狂った笑みが浮かんでいた。

 ***

「おまえは、女には優しいな」

 真っ先に部屋の蛍光灯をつけにいった恭司の背中を見送りながら、彼は珍しく自分の手で玄関ドアを施錠した。
 例のピンクの傘は、ドア横に立てかけてある。

「当たり前だ。男に優しくして、いったい何の得がある?」

 白い光の下で、恭司が憤然として彼を振り返る。

「つけあがらせて、つけこまれるだけだろうが。それに、俺は犯す男の気持ちより、犯される女の気持ちのほうが、よーくわかるから」

 耳が痛い。

「あ、そうだ。ナイア、これやるよ」

 玄関で反省していた彼に、恭司は小さな紙袋を投げて寄こした。

「何だ?」

 片手で受け取った彼は、首をかしげた。中身は箱のようだ。わりと軽い。

「ネクタイ。さっきのハンカチと一緒に買ったんだ。俺の趣味だから、似合うかどうかわかんないけど」

 さらりと答えると、恭司ははにかむように笑った。
 彼は今度は我が耳を疑ってしまった。これまで恭司から物を贈られたことなど皆無に等しい。

「恭司ぃーっ!」
「言ったろ」

 感激しすぎてそれ以上言葉が出てこない彼に、恭司は得意げに笑ってみせた。

「俺は恩には恩で返すし――」

 すっと鳶色の目を細める。

あだにはあだで返すんだよ」

  ―了―
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