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第四話 報復の女神(SIDE:B)【要注意】男女の強姦があります!

2【※要注意! 強姦・残酷描写あります!】

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 やがて降り出してきた冷たい雨が、剥き出しにされた胸を伝っては落ちるのを、彼女はぼんやりと感じていた。
 死ぬのだと彼女は思った。それはもう確信だった。ここでこのまま誰にも知られることなく、自分は死んでいく。さんざんもてあそばれた人形のように、打ち捨てられて死んでいく。
 私は……死ぬ。
 あのときまで、何もかもがいつもどおりだった。いつもどおり退社して、いつもどおり電車に乗り、いつもどおり最寄り駅で降りた。いつもどおり駅を出て、いつもどおり歩いて。
 ただ――少し近道をしようとして、人気の少ない道を選んだ。
 人気が少ないと言っても、区分としては住宅街で、街灯も設置されている。ただ最近、この近辺を質の悪いバイク乗りたちがうろついているという噂があった。だが、それは夜中のことだろうから、時間的にまだ大丈夫だと彼女は思った。それに……自分がそんな奴らと出くわすはずがない。
 時々車は通るものの、人通りはまったくなかった。自分の運の強さを信じてはいたが、足どりは自然と速くなっていく。しかし、自分のアパートまであと少しというところで、彼女はふっと気をゆるませた。ほら、やっぱり大丈夫だったじゃない。私は大丈夫。一人でも大丈夫。
 彼女がそう考えた、まさにその瞬間。
 背後から複数のバイクの排気音とクラクションが近づいてきたかと思うと、闇に慣れた目を射るようなヘッドライトが、あっという間に彼女を取り囲んだ。
 奴らは四人いた。みな黒革の上下を着こんでいて、フルフェイスのヘルメットを被っていた。傍観者だったら月並みすぎると嘲笑っていただろうが、当事者になってしまった彼女は恐怖のあまり身動き一つとれなかった。
 奴らは煽り立てるようにアクセルを何度かふかした。思わず彼女が両耳を塞ぐと、それを面白がってか、今度はクラクションを鳴らしながら、彼女の周囲をぐるぐると回りはじめた。何とか隙を突いて走ろうとしても、その先を奴らのバイクが塞いでしまう。
 最悪、大声で騒げば何とかなるんじゃないかと思っていた。
 だが、駄目だった。彼女の助けてという叫びも悲鳴も、みんな奴らのバイクの排気音とクラクションとに掻き消されてしまった。
 この騒音は近くの民家には聞こえていたはずだ。窓には明かりも点っていた。しかし、家から飛び出して彼女を救おうとしてくれる者は、誰一人としていなかった。今なら仕方ないと思えるが――そんな騒音が聞こえたら、自分も絶対外には出ない――彼女はこの世界そのものを呪った。
 やがて、奴らはバイクを止めた。その中の一人がバイクを降り、ゆっくり彼女に近づいてくる。
 逃げようと思った。
 だが、その男の手が自分の腕にかかるまで、彼女はまったく動けなかった。
 ――いやッ!
 男に触れられた瞬間、弾かれたように彼女は叫んだ。男の手を振り払って、今度こそ逃げようとした。しかし、男は握りつぶすような勢いで彼女の腕をつかみ、もう片方の手で彼女の口を塞いだ。
 それでも、彼女は抵抗した。もう必死で、なりふりかまわず腕を振り回した。彼女の暴れぶりに、男もつかんでいるのがやっとという状態だった。
 そのままであったら、もしかしたら彼女は逃げられたかもしれない。しかし、そのとき男の仲間が来て、彼女に当て身を食らわせた。
 一瞬、彼女の息が止まった。全身の力が抜ける。気絶までには至らなかったが、彼女を動けなくするには充分だった。ぐったりとした彼女を、奴らはそばにあった空き地へと引きずっていき、夜露を含んだ草地の上に乱暴に投げ出した。
 この先、自分が奴らに何をされるのか、簡単に予想がついた。あんまり簡単に予想がつくので、本当にそうだったら面白くないなと彼女は思った。恐怖も度を過ぎると、他人事のように思えてきてしまう。
 だが、奴らは彼女の予想をまったく裏切らなかった。ヘルメットも取らずにいきなりのしかかり、彼女のスカートやパンストをよってたかって引き裂いた。
 ――悪い夢のようだった。それもとびきりの、目覚めても数日はうなされそうな夢。ドラマだったら、こうなる前に助けが入るはずなのに。
 暴れられないように手足を押さえこまれ、股関節がはずれそうになるくらい大きく足を広げられ、奴らがファスナーを下ろす手ももどかしげにズボンから引きずり出したモノをいきなり突っこまれた。彼女が悲鳴を上げかけると、奴らの一人が彼女の口の中に彼女の下着を押しこんだ。
 怖くて痛くて苦しくて、彼女の目から涙があふれた。そんな彼女のことなどお構いなしに、奴らは入れ替わり立ち替わり彼女の中に押し入った。その間にも、彼女は他の男に乳房を揉まれ、しゃぶられ、臭い唾液でぐちゃぐちゃにされ、あげくの果てには、口にまで突っこまれた。拒否しようとすると、頬を思いきり張られた。
 助けてと何度も言った。無駄だと思いつつも、声が出せるうちは何度も言った。
 だが、奴らは最初はなから彼女を自分たちと同じ人間だとは思っていなかった。欲望を吐き捨てるためのただの穴。彼女が感じていようがいまいがどうでもいい。獣じみた息を吐きながら、汚い体液を流しこむだけ。
 公衆便所。そんな隠語が頭に浮かんだ。
 ヘルメットを取った奴らの顔は、皆一様に歪んだ笑みを浮かべていた。ある種の病患者たちは、顔の造作は違うはずなのに、なぜかみな同じ顔に見えるが、ちょうどあれに似ていた。
 ――否。こんなことをしている奴らが、まともであるはずがない。しかも、奴らは犯す以外のこともした。
 そのことに気づいたのは、かなり経ってからだった。犯される苦痛のほうが大きくて、わからずにいた。
 しかし、闇に鈍く光る大きなナイフが視界に入ったとき、自分が肌のいたるところから血を流していることを知った。
 最初は浅く。しだいに深く。まるで肉の筋きりをしているかのように無造作に。もはや指先一つ動かせなくなった彼女の体を翻弄しながら、落書きでもするかのように、奴らはナイフで切りつけていた。その顔には今まで以上に狂った笑みが張りついていた。
 まるでカエルの解剖だ。生物の時間、きゃあきゃあ言いながら切り裂いた、カエルの白い腹。
 いっそ気絶してしまいたかった。だが、彼女の意識だけはいっこうに失われることはなかった。
 もっと広げてやるかと、股間を切り裂かれたことも知っていたが、そのときにはもう痛覚も麻痺しきっていた。
 そうして、彼女の肌がほとんど赤く染まった頃。
 奴らは互いの顔を見合わせると、唐突に立ち上がり、すばやく身支度を調えはじめた。そして、もう彼女からいっさいの興味を失ったかのようにバイクにまたがると、爆音を轟かせ、いずこかへと走り去っていった。
 雨が降り出してきたのは、それから間もなくのことだった。冷たい雨だったが、彼女にはまるで自分の汚れた体をきれいに洗い流してくれているように感じられた。

(自業自得……?)

 眼前にある雑草を見つめながら、心の中で独語する。

(ちょっと近道しようとして、ここを通った私が悪いの? あいつらよりも、私のほうが悪いの?)

 しかし、そんなことはもうどうでもいいことだ。自分はここで死ぬのだから。
 彼女は目を閉じた。疲れたと思った。何も死ぬ間際まで考えることはない。死はすぐそこまでやってきていて、自分はただ、静かにそのときが来るのを待ってさえいればいい。
 だが、実際には死の前に、別のものが彼女の許を訪れた。

「こんばんは」

 声は突然、彼女の近くから聞こえてきた。
 男の声だ。しかし、奴らとは違って涼やかで、どこか人を食った調子があった。
 彼女は閉じた目を、のろのろとだが再び開いた。
 暗い上に雨が降っているので視界ははっきりとしなかったが、自分から数メートル離れたところに、誰かが傘を差して立っているのはわかった。
 戸惑っていると、その人物は静かに彼女に歩み寄ってきた。すぐ横まで来てしゃがみこみ、彼女に傘を差しかける。

「覚えてる?」

 そう言う男の顔を彼女はぼんやりと眺めていたが、あっと声にならない声を上げた。

「そう。いつか駅であんたにこの傘をもらった男だよ。あのときはどうもありがとう。今日はね、あんたにこれを返しにきたんだ」

 男は――彼は屈託なく笑い、あのピンクの花柄の傘を軽く持ち上げてみせた。目の前に転がっている女が、レイプされて血まみれであることなど、まるで気づいてもいないように。
 考えてみたらひどい男だ。すぐに救急車でも何でも呼んでくれたらいいのに。
 だが、そんな彼の態度は、彼女にとってはむしろ救いとなった。彼を見ていれば、自分が無様な姿で死にかけていることを忘れていられる。
 それに――
 彼は、綺麗だ。
 奴らと同じ男であることが信じられないほど、彼の髪も顔も繊細で、こうして語りかけてくる声も優しい。
 ついに、彼女の意識も朦朧としはじめてきていた。彼がどうやってここに自分がいることを知ったのだろうと考えることすらできない。ただ、よかったと思った。最期の最期で、こんなに綺麗な人に見守られて死ねる。きっと神様も、このまま自分を死なせるのは、あまりにも哀れだと思ったのだろう。

「それと……これはほんの気持ち。気に入ってもらえるかどうかわかんないけど、ハンカチだよ。よかったら使って」

 彼は小脇に抱えていた包みを彼女の傍らに置いた。有名デパートの包装紙にくるまれている。あまりに場違いすぎて彼女は笑おうとしたが、青白く変色した顔の筋肉は、もうほとんど動かなかった。

「実はね」

 傘をいったん地面に置き、自分の着ていた青いグランドパーカーを脱いで、さりげなく彼女の体に掛けながら、少しおどけたように彼は言った。

「俺はこんな格好してるけど、神様なんだ。親切にしてくれたお礼に、何でも一つだけあんたの願いを叶えてあげる。そう――何でも。言ってごらん?」

 彼女の視力は半ばもう失われていた。しかし、彼女は必死で彼に目を凝らした。彼は穏やかな表情で彼女を覗きこんでいる。

 ――ああ、そうだったのか。

 ひどく簡単に彼女は納得した。

 ――やっぱりこの人は、人間ではなかったのか。

 瀕死の人間特有の、信じられないほどの力強さで、彼女は彼の白い袖口をつかんだ。彼女の手は血と泥とで汚れていたが、彼はそれを厭う様子はまったく見せず、自分から彼女の口許に耳を傾けた。
 そのまま数秒。

「……そう。それでいいの」

 目を伏せて、静かに彼は言った。

「わかった。その願いは必ず叶えてあげる。だから、安心してもうおやすみ。これは悪い夢だから。今度目が覚めたら、いつもどおりになっているから」

 力尽き、彼女は目を閉じた。そのとき、すでに涸れたと思った涙が、目尻から一粒こぼれ落ちた。
 これは悪い夢だと神様が言っている。ならば、本当に夢に違いない。よりにもよって、なんて最悪な夢だろう。そんなに日頃の行いが悪かった?
 だけど、最後にこんな綺麗な男を登場させるなんて、我ながらちゃっかりしている。でも、それなら、最初から、この人と……
 傘の上で雨が囁いている。
 静かだ。
 彼女はそれを子守歌のように聴きながら、とても幸せな気分で眠りについた。

 ――だって、これは夢なんだもの。

 ***

 長い間、恭司は女のそばにしゃがみこんでいた。
 女の前では隠れているようにと恭司に言われていた彼だったが、もう女は死んだのだからと思い、痺れを切らして自分から姿を現した。
 そのまま恭司の背後から声をかけようとしたが、まるでそれがわかったかのように恭司が立ち上がった。

「ナイア。この死体を消してくれ」

 相変わらずピンクの傘を差したまま、恭司は青いグランドパーカーを被った女の死体を見下ろしていた。
 その口調は女と話していたときとは対照的に、ひどくそっけなかった。

「いいのか?」

 彼のほうが戸惑ってそう問い返した。恭司のことだから、また生き返らせろと言うのかと思った。
 だが、そう言われたとしても、今回ばかりは彼にも無理だ。夢の国で夜魔を生き返らせるのとはわけが違う。もし生き返らせたとしても、その人間は彼の僕と化してしまい、まったくの別人となってしまうだろう。

「いいんだ」

 彼に背中を向けたまま恭司は言った。

輪姦まわされて殺されたと知られるより、一生行方不明のほうがいい。……俺だったらな」

 もっと早くこの女に傘を返しにくればよかったと悔やんでいるのだろうか。彼は眉をひそめて恭司の細い背中を見つめた。
 彼とて現世の人間すべてを把握しきっているわけではない。そろそろいいかと傘を返しにきたら、たまたまあの女が死にかけていたのだ。そうと知っていたら、誰があんな醜いものを恭司に見せつけるような真似をしただろう。

「わかった」

 しかし、彼は苦笑を浮かべて承諾した。あれでいて、意外と恭司はフェミニストだ。

「その服は? いいのか?」

 恭司に向かって歩きながら訊ねると、軽く恭司は肩をすくめた。

「さすがに、死体に被せたのをまた着る勇気は俺にはないね」
「寒くないのか?」
「この女のほうが、ずっと寒い」

 その瞬間、彼は切なくなって恭司の肩を抱き、自分の胸に押しつけた。
 以前はこういうことを言われると、嫉妬のほうが先に立ったものだが、今ではこういうことを言う恭司ごと、いとおしくてたまらない。

「やめろよ。濡れるだろ」

 恭司は彼に傘を突きつけた。確かに彼のほうは傘を差していなかったので、ずぶぬれとまではいかなかったがかなり濡れていた。にしても、この態度はあんまりではないかと思う。
 しかし、恭司には逆らえない。見るからに不服そうな顔はしたものの、彼は渋々恭司から離れ、足元の女の死体に目をやった。

「本当に、始末してよいのか?」

 もう一度、念のために確認する。

「ああ」

 簡単に恭司がそう答えた。と、彼は恭司のグランドパーカーごと、その場から消失させた。
 踏み荒らされた草の葉には生々しい血糊がこびりついていたが、それは今夜のこの雨が洗い流してくれるだろう。
 その場所を恭司はしばらく眺めていた。傘に隠れてその表情は見えない。だが、彼はそんな恭司をせっつくような真似はあえてせず、黙って恭司の次の指示を待っていた。
 雨音が、静かに鳴り響いていた。

「ナイア」

 唐突に恭司は言った。

「悪いけど、もう一つだけ頼まれてくれないかな?」

 そうして肩ごしに振り返った恭司は、ひどく無邪気な笑みをたたえていた。まるで遊園地に連れていってくれとねだる子供のように。
 しかし、彼は一目見たとたん、背筋が寒くなるとはこういうことかと身をもって知ったのだった。
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