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第三話 夢の都
序章
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その日、あの方は朝から窓辺に腰かけ、少々退屈した様子で外の景色を眺めていた。
旅から戻ったばかりでも、一度外の自由な空気を吸ってしまうと、この城の中での籠の鳥のような生活は退屈きわまりないようで、それならもう一度外へ遊びに出たらどうかと私と我が同胞たるAは思ったが、案外と遠慮深い一面もあるあの方は、さすがに帰ってきたばかりですぐにそうとは言い出せなかったようだった。
しかし、あの男がそばに立ったとき、目は外へやったまま、ぽつりとあの方は言ったのである。
「ナイア、あの都に行けるか?」
「都?」
一瞬、あの男――あの方は〝ナイア〟〝ナイアーラ〟と呼ぶのが常だった――は首をかしげたが、すぐに大いなるものどもが住まうあの都かと言った。
「無論行ける。ここでおまえの行けぬところなどどこにもないわ」
「じゃあ俺、今すぐあの都ん中に行ってみたい」
あの男を見上げ、淡々とあの方は言った。
あの男は整いすぎた顔をほころばせた。
あの方に頼まれごとをされるのは、あの男の喜びの一つであった。それはつまりあの方に必要とされているということであったから。
「造作もない」
笑んだままあの男は言った。
「しかし、なぜまた急に? ここへ来たばかりの頃に訊ねたときには、おまえは行かぬと言うたぞ?」
「……昔は昔、今は今」
投げやりにあの方は言うと、再び外を望んだ。急にそんなことを言い出したのは、退屈でたまらぬからだろう。なぜそれをわかってやれぬのだと、私と我が同胞たるAは、改めてあの男を腹立たしく思った。
「――わかった」
あの男は呆れたような溜め息を一つつくと、軽く指を鳴らした。
同時に、真昼の白い光はたちまちのうちに赤みを帯び、緑なす大地の果て、赤く大きな夕日を背に受けた、影絵のような都が忽然と現れた。
以前のあれならば決してできぬ技よと我らが主厳荘たるノーデンスは言った。おそらく彼奴めはかの人間を得ることにより、逆にその力を増したのだ。もしかするとそれこそが、あの蕃神の真の目的かもしれぬぞ……
真実のほどはさだかではないが、傍目にはあの方にすっかり骨抜きにされているようにしか見えぬ。まるでただの見目よい人間の男にしか見えぬほどに。
「どうやってあそこまで行くんだ?」
少し困惑げにあの方は訊ねた。
「行かずともよい」
莞爾と微笑み、あの男は言った。
「あちらが来ればよいのだ」
旅から戻ったばかりでも、一度外の自由な空気を吸ってしまうと、この城の中での籠の鳥のような生活は退屈きわまりないようで、それならもう一度外へ遊びに出たらどうかと私と我が同胞たるAは思ったが、案外と遠慮深い一面もあるあの方は、さすがに帰ってきたばかりですぐにそうとは言い出せなかったようだった。
しかし、あの男がそばに立ったとき、目は外へやったまま、ぽつりとあの方は言ったのである。
「ナイア、あの都に行けるか?」
「都?」
一瞬、あの男――あの方は〝ナイア〟〝ナイアーラ〟と呼ぶのが常だった――は首をかしげたが、すぐに大いなるものどもが住まうあの都かと言った。
「無論行ける。ここでおまえの行けぬところなどどこにもないわ」
「じゃあ俺、今すぐあの都ん中に行ってみたい」
あの男を見上げ、淡々とあの方は言った。
あの男は整いすぎた顔をほころばせた。
あの方に頼まれごとをされるのは、あの男の喜びの一つであった。それはつまりあの方に必要とされているということであったから。
「造作もない」
笑んだままあの男は言った。
「しかし、なぜまた急に? ここへ来たばかりの頃に訊ねたときには、おまえは行かぬと言うたぞ?」
「……昔は昔、今は今」
投げやりにあの方は言うと、再び外を望んだ。急にそんなことを言い出したのは、退屈でたまらぬからだろう。なぜそれをわかってやれぬのだと、私と我が同胞たるAは、改めてあの男を腹立たしく思った。
「――わかった」
あの男は呆れたような溜め息を一つつくと、軽く指を鳴らした。
同時に、真昼の白い光はたちまちのうちに赤みを帯び、緑なす大地の果て、赤く大きな夕日を背に受けた、影絵のような都が忽然と現れた。
以前のあれならば決してできぬ技よと我らが主厳荘たるノーデンスは言った。おそらく彼奴めはかの人間を得ることにより、逆にその力を増したのだ。もしかするとそれこそが、あの蕃神の真の目的かもしれぬぞ……
真実のほどはさだかではないが、傍目にはあの方にすっかり骨抜きにされているようにしか見えぬ。まるでただの見目よい人間の男にしか見えぬほどに。
「どうやってあそこまで行くんだ?」
少し困惑げにあの方は訊ねた。
「行かずともよい」
莞爾と微笑み、あの男は言った。
「あちらが来ればよいのだ」
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