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第一話 闇の城 

第三幕

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 あれほど恭司に止められていたのにもかかわらず、彼は今、あの巨大な緋色の垂幕が掛けられている大広間に、再び足を踏み入れていた。
 恭司を裏切るつもりはない。だが、その奥に何があるのか、どうしても確かめておきたかったのだ。
 自分がこの城を離れる前に。



 あれ以来、彼は恭司に自由に使っていいと言われた豪華な客室で寝起きして、この城内を探索していた。
 飢えも渇きも感じない、ただし睡眠だけは必要なこの城で、他にすることもなかった。
 しかし、いくら歩いてみても、この城の見取り図はとうてい描けそうになかった。
 まず広さからして膨大で、そのうえ歩くたびに各部屋の配置が変わるのだ。自分が使っている客室にだけは、願えばいつでも戻ることはできたが。
 恭司は朝になるとどこからともなく現れて彼に付き合い、夜になるとまたどこへともなく帰っていった。一緒にいる間、たくさんの話をしたり聞いたりしたが、いちばん印象に残った話をしたのが、今日の昼だった。

「君はなぜ、ここにいるんだ?」

 幾度となく繰り返した質問を、彼はまた口にした。
 恭司もまたその答えには、あの旦那が閉じこめているからなどと言うのが常だったが、そのときはまったく違うことを言った。

「俺は、待ってるんだよ」
「何を?」
「あの旦那が俺に飽きるのが早いか、俺がここの生活に耐えられなくなるのが早いか、それとも人間が滅びるのが早いか」

 歌うようにそれだけ言うと、背後の草むらに手をついて伸びをする。彼らが話をするのは城の中ではなく、いつも城の外の斜面でだった。そこを恭司が気に入っていたから。

「しかし……それではいったいいつになるかわからないじゃないか」
「でも、他に俺には道はない」

 恭司は悲観したふうもない。出会ったときにはほとんど無表情に見えたが、今では彼も恭司の微妙な表情の変化を読みとれるようになっていた。

「何とか、ここから出る方法はないのか? 君だって、元の世界に戻りたいんだろう?」

 彼のほうがじれったくなって熱心に言うと、恭司はそんな彼の顔をじっと見てから、軽く言った。

「まあね」
「もし、本気でここから逃げ出したいと考えているなら、僕は何でも手伝うよ」

 真剣に彼は言った。これには恭司は苦笑で応えた。

「ありがとう。気持ちだけは有り難く受け取っておくよ」
「どうしてあきらめるんだ。やってもいないうちから」

 消極的な恭司の態度に、彼は苛立ちを覚えはじめた。

「無理だよ、ランドルフ・カーター」

 なだめるように恭司は言った。

「あんたはあの旦那の恐ろしさを知らない。現実ではともかく、この夢の世界であれにできないことはない。俺たちを殺すのも、あれにとってはわけないことだ」
「だからといって、このまま一生ここに閉じこめられたままでいいのか? だいたい、どうして君はナイアーラトテップに捕らわれて、殺されずにここにいる? 召使たちの君に対する態度を見ると、とても囚人に対するものとは思えない。なぜだ? いったいどうして?」

 恭司に出会ってから、ずっと心の中にわだかまっていた疑問が、一気に噴き出した。
 恭司は困ったように笑っていた。とうとう来たかとでもいうように。

「話せば長くなるが……」

 そう恭司は口を切った。

「簡単に言えば、あの旦那に魔がさして、何を考えたか、俺に〈旧支配者〉復活の手伝いをさせようとしたのが、そもそもの間違いの始まりさ。それからいろいろあって、さあこれでやっと手が切れるというところで、旦那は俺を手元に置きたくなったらしい。そんなのは約束になかったから、旦那はここでは俺の好きなようにさせて、これ以上俺に嫌われないようにしてるのさ」
「しかし、それではまるで、ナイアーラトテップが君に――」
「ひらたく言えば、今の俺は、あの旦那の愛人みたいなもんだな」

 彼の言いたいことを先取りして、より明確な言葉に直して、恭司は悪戯っぽく笑った。

「愛……人?」
「あくまでも、ひらたく言えば。本当はそうじゃない。今の旦那にとって俺を失うことは、己の人格を失うことにも等しいのさ。もし、あんたがあの旦那を殺したいなら、俺を殺すといい。ただし、うまくやらないと、あんたが俺を殺す前に、あの旦那があんたを殺すぜ」

 言っていることとは裏腹に、恭司は楽しそうに笑った。もしかしたら、本当に楽しいのかもしれなかった。
 だが、恭司の言うことが理解できなかった彼は、自分のいちばんわかりやすい形にして問い返した。

「つまり、奴にとって君は、命に代えがたいほど大事なものだということか?」

 恭司は出来の悪い生徒を前にした教師のように苦笑いしたが、これ以上言うと、あんたの命が危なくなると言った。

「そう考えたほうがあんたにとってわかりやすいならそれでいい。ようは当分俺はここからは出られないってことだ。気持ちは有り難いが、あんた一人くらいの力じゃ絶対無理だ。象に立ち向かう蚤みたいなもんだ」
「蚤……」
「いや、実際には蚤以下だろうね」

 簡単に恭司は言ってのけた。

「だから、あんたはあんたのことだけ考えてろ。俺は俺で何とかする。もし元の世界に帰りたくなったら、すぐに俺にそう言ってくれ。安全に確実に帰してやる。でも、いったん帰ったら、あんたはもう二度とこの夢の国には来れないだろう。それだけはよく覚悟しておいてくれ」

 誠実な態度で諭すように恭司は言うと、音もなく立ち上がった。そのすぐそばには一本の木があり、彼は木漏れ日の下の恭司に思わず目を細めた。

「どうして、こんなに親切にしてくれるんだい?」

 そう訊かずにはいられなかった。

「最初に言ったろ。サービスだって」

 恭司は腕を組んで微笑む。

「じゃあ、もし僕の他にも人間が来たら、やっぱりこんなふうに親切にするのか?」

 我知らず、やっかむような口調になった。

「たぶん、あんたが最初で最後だよ」

 静かに恭司は言った。

「あとはもう、あの旦那が許しちゃくれないだろう」

 ――籠の鳥。
 緑の中にたたずむ恭司を見ながら彼は思った。
 恭司は己自身のことはほとんど話さなかった。彼が恭司について知っていることといえば、名前と日本人であることくらいのものだった。年ですら彼は正確には知らない。
 そのかわり、恭司はこの城に来るまでに見たこの夢の国のことをよく話した。ウルタールやダイラス・リーン、オリアブ島方面には時間がなくて行けなかったそうで、彼の話を興味深そうに聴いていた。
 しかし今日、恭司にもし帰りたいのならと言われたとき、彼は改めてこの城をいつかは去らねばならないことに気づかされた。
 ここに時間は存在しないようなので、はっきりとは言えないが、この城へ来てからたぶん、一週間くらいは経過しているように彼には感じられた。
 永遠にここにいたいとまでは思っていなかったが、いざとなると帰りがたかった。苦労に苦労を重ねてここへ来たということもあったし、ナイアーラトテップによってこの城に縛りつけられている恭司のことも気にかかった。
 だが、実は彼がいちばん心残りであったのは、この大広間の巨大な緋色の垂幕の向こうに何があるのか、知ることができないことだった。
 死にたくないなら絶対見るなと恭司は言った。
 あの恭司があれほど言うのだから、よほど恐ろしいものがこの向こうにはあるのだろう。それならそうとはっきり何があるのか教えてくれればいいのに、恭司は彼が何度訊ねてみても余計なことは知ろうとするなの一点張りで、とうとう今日まで答えてはくれなかった。
 見るなと言われると余計見たくなるのが、いつの世も変わらぬ人の性である。
 おそらく、地球の神々がこの奥にいるのではないかと彼は考えていた。あの黄昏の都で遊ぶのは気晴らしであり、普段はこの奥の玉座に威厳に満ちた姿で座しているのではないかと。
 神々は人にその姿を見られるのを異常に嫌う。神々を一目見ようとして山を登り、その怒りを買って殺された男の話を彼は知っている。
 しかし、ほんの少し、この垂幕の隙間から一瞬覗くくらいなら、許されるのではないか。
 彼は恭司が自分に親切であることに少し自惚れていた。もし取り返しのつかない事態が起こっても、最後は恭司が何とかしてくれるのではないかとどこかで当てにしていた。
 この城の中では、願えば好きなところに自由に行ける。このことを彼に教えてくれたのも恭司だ。
 気まぐれな夜が訪れるのを待って、彼はその方法でこの大広間を訪れた。そして今、不安と期待に高鳴る胸を押さえながら、縞瑪瑙の黒々とした階段を上ろうとした。

「言わなかったか? この垂幕の向こうは絶対見るなって」

 静まり返った大広間に、その低い声は朗々として響いた。
 彼は最初にここを訪れたとき以上に驚いて、背後の声の主を見た。



「キョージ……どうしてこんなところに……」

 恭司は彼からかなり離れたところに、見慣れたいつもの姿で腕を組み、右目にかかる髪をうっとうしそうにしながら、少し首を傾けて立っていた。
 そう。それだけだ。
 だが、一目見たとき、何とも言えぬ違和感が彼を襲った。

「あんたこそ、こんな夜中にこんなところで何をしてるんだ?」

 そのままの格好で恭司は言った。その皮肉げな物言いは、確かに恭司のものだ。彼はようやく安堵した。

「別に僕は……ただ何だか寝つかれなくて、城の中を歩き回っていただけだよ」

 冷ややかな恭司の視線に、彼はあわてて苦しい言い訳をした。先ほど奇妙な違和感を覚えたのは、きっと恭司の言いつけを破ろうとした自分に対する怒りのせいだったのだろう。

「じゃあ、歩き回った末にここへ来たっていうわけ?」

 組んでいた腕をほどいて、恭司は彼のほうに来た。
 近くで見ても、やはりそれは恭司だった。

「まあ……そういうことになるかな」

 今夜のところはあきらめて、うまくこの場をごまかそう。彼がそう考えたとき。

「嘘つき」

 再び腕を組んだ恭司は、彼を見透かすような目で睨みつけた。

「本当は、この垂幕の奥のものを見にきたくせに……俺があれほど言っても、まだそんなに見たいわけ?」
「じゃあ、ここには何があるんだ?」

 観念して、彼はそう問い返した。

「それも言ったはずだよ。余計なことは知ろうとするなって」
「そう言われると、余計知りたくなるのが人情ってもんじゃないか。見てはいけないと言うなら、せめて何があるかだけでも教えてくれないか? そうしたら、僕はすぐにでも帰るよ」

 勢いでついそう言ってしまってから、彼はまだここにいたかったのにと後悔した。

「本当に?」

 念を押すように、恭司は彼を上目使いで見た。

「ああ。――ただし」

 彼は、見かけよりはしっかりしている恭司の両肩に手を置いた。

「帰るのは、君も一緒にだ。キョージ」

 自分の肩に乗せられた彼の手を不快げに見ていた恭司は、珍しくあっけにとられたように彼の顔を見た。
 思いつきでなく、彼は真剣だった。

「それも言わなかった? それは絶対無理だって」

 気を取り直したように恭司は言った。触られるのがよほど嫌なのか、しきりと彼の手のほうを見ていたが、彼はそのことにまったく気づいていなかった。

「やってみなくちゃわからないと言ったろう? 何とかこの城から抜け出せれば、魅惑の森にある深睡しんすいの門から現実に戻ることができる。君をこんなところに残したまま、僕一人帰るのは忍びないんだ」
「その、城の外に出るのが問題なんだってば」

 呆れたように恭司が言う。

「外には出られるだろう。これまでだって何度も外に出ていた」
「あれが限界だよ。あれ以上は行けない。強力な結界が張ってある」
「何とか、それを破る方法はないのか?」
「できたら自分でやってるよ」
「ナイアーラトテップは、君の言うことなら何でもきくんだろう?」

 恭司の眉がごくわずかにひそめられた。しかし、それにもまた彼は気づけなかった。

「なら、せめてこの城の外に遊びに出たいと言うんだ。そう、できたら君が行けなかったというウルタールあたりがいい。あそこなら魅惑の森にも近い。そして僕には、直接現実に帰らせるのではなく、フラニスまで送るように言うんだ。ナイアーラトテップに気づかれないように示し合わせて、一緒に深睡の門を潜ろう。きっとうまくいくよ」

 まるで人妻に駆け落ちを持ちかける男のように、彼は恭司を熱心にかきくどいたが、恭司は深くうつむいた。

「無理だよ、そんなこと。絶対できっこない」
「じゃあ君は、ずっとこのままナイアーラトテップに捕らわれたままでいいと言うのか? ――いや、そもそも君、それほどナイアーラトテップを嫌っていないんじゃないか? あの、人間を惑わす、黒い悪魔を」
「悪魔……?」

 うつむいたまま、怪訝そうに恭司が呟く。

「悪魔以上だ。あれは〈旧支配者〉の中で、唯一自由に動ける化け物――仲間を復活させるために、各地で人間を騙しては、いいように操っている。僕もここへ来るまでに、何度もひどい目にあった。そんな化け物に、君まで言いなりになることはない。人間は人間のところにいるのがいちばんなんだ。君のナイアーラトテップを恐れる気持ちはよくわかるが、恐れているだけでは何にも始まらない。さあ、勇気を出して、一緒に現実に帰ろうじゃないか!」

 恭司の肩に置いた手に、彼はさらに力をこめた。
 恭司の肩は小刻みに震えていた。
 感動して泣いているのではないかと、彼が恭司の顔を覗きこもうとしたとき、喉の奥で噛み殺したような笑い声が耳に入った。
 ――恭司は、笑っているのだった。

「ど……どうしたんだい? 急に」

 言いようのない不安に駆られて、彼は訊ねた。

「いいかげん、その汚らわしい手を離せ。愚かしい虫ケラが」

 だが、恭司は低くそう答えた。
 彼はぎごちなく「恭司」から離れた。頭から冷水を浴びせられたような、心臓を誰かに鷲づかみにされたような、名状しがたい恐怖が背筋を這いのぼっていく。

「うぬがその目は節穴か」

 声だけは変わらぬままに、「恭司」はゆっくり顔を上げた。
 このうえもなく皮肉な笑みが、その涼やかな美しい顔いっぱいに広がっていた。

「化け物……とうぬは言うたな。では、その化け物と人間とが見分けられぬ、うぬは何だ? 我よりもずっと劣るのではないか?」

 彼は一言も発することができず、ただ食い入るように眼前の日本人の少年を見つめていた。

「うぬに恭司の何がわかる」

 呪詛のように「恭司」は言った。

「恭司が我に捕らわれているだと? 違う。捕らわれているのは我のほうだ。どれほど我があれを欲しても、あれは我に心は移さぬ。だが、恭司はうぬのように、我を自分の都合のいいときだけ利用しようとはせぬわ。確かにあれも我を化け物と言うが、そのことで他のものと差別したことは一度もない。下賎なうぬと恭司とを一緒にするな」
「……まさか……おまえは……」

 ようやく、それだけ言えた。
 「恭司」はさらに笑みを深める。

「ここでは、恭司以外に我の名を口にできるものはおらぬ。恭司ですら我の名は滅多に呼ばぬ。おそらく、おまえの前では一度も言ったことはないはずだ。おまえはずいぶんと気安く我の名を呼んでいたが、恭司の手前、今まで大目に見てやっていたのよ。だが、もはや我の名を呼ぶことも恭司の名を呼ぶことも我は許さぬ。せめて最後に一度だけ名乗ってやろう。――我が名は、ナイアーラトテップ」

 言ったが早いか、「恭司」の姿は急速に崩れはじめた。
 まるで一度精巧に作られた粘土細工が、また新たにこねられて、別の形に作り直されているかのように。
 作業は迅速で見事ですらあった。
 彼が一呼吸した間に、「恭司」は彼が初めて見る長身な男へと成り代わっていた。
 男は浅黒い肌と漆黒の長い髪を持ち、この夢の国にはそぐわない、黒いスーツに身を包んでいた。噂に聞くように、古代エジプトのファラオのような高貴さがあり、その顔は驚くほど整っている。
 恭司とは外見は明らかに違ったが、どこか雰囲気が似ていると彼は思った。ここで最初に恭司を見たとき、ナイアーラトテップと間違えたのも、無理もないことだったかもしれない。
 しかし、恭司より冴えた美しい顔で、恭司より低い冷たい声で、〈大いなる使者〉は世にも皮肉げに彼に告げた。

「この垂幕の奥に何があるのか、おまえはずいぶんと知りたがっていたな。今こそ教えてやろう。ここにはこの城の真の主がおるのよ。〈大いなるものども〉など、もはや問題ではない。奴らならこの外で、終日しゅうじつ遊び呆けておるわ。恭司がおまえに何も言わなかったのは、ここにこれがおるのを知られたくなかったからよ。――化け物にも哀れむのだ、あの馬鹿は」

 最後のほうは独り言に近かった。彼は一瞬恐怖を忘れ、妙に人間くさいナイアーラトテップに、なぜか同情に近いものを感じた。
 だが、それはすぐに、新たな恐怖に打ち消された。
 彼の足が、勝手に縞瑪瑙の階段を上りはじめたのである。
 やめろと彼は叫ぼうとした。しかし、口も彼の意志に逆らった。

「謹んで、そなたを我の主に引き合わせよう」

 胸元に手をやり、慇懃に〈大いなる使者〉は言った。
 恐怖に硬化していく頭の中で、彼は〈大いなる使者〉が仕える主のことを思い出していた。
 昔、遥かな昔。クトゥルーをはじめとする〈旧支配者〉は、結束して〈旧神〉に反逆した。
 だが、熾烈な戦いの末、〈旧支配者〉は〈旧神〉に破れ、クトゥルーは太平洋ポナペ島沖の海底にある幾何学の狂った都市ルルイエに、ヨグ=ソトースは時空連続体を超える混沌の中に、クトゥグァは恒星フォマルハウトに、ハスターはヒヤデス星団のアルデバラン近くの暗黒星にあるセラエノに、それぞれ封印、幽閉されたという。
 そして、〈旧神〉との戦いの際、〈旧支配者〉の指揮をとったは、知性を奪われ、究極の混沌の中に追放された。
 ――万物の王である盲目にして錯乱の神。
 すなわち――〈大いなる使者〉が仕える狂える主。
 ついに、彼は緋色の垂幕の寸前にまで来た。くぐもった太鼓の狂おしい連打と、か細いフルートの狂った旋律が、かすかにそこから漏れ聞こえた。

「人間で、を見るのはそなたが三人目よ」

 下から、〈大いなる使者〉の嘲笑うような声がした。

「一人は無論恭司。我がじかないした。そして、もう一人は――」

 恐怖に引きつる彼をよそに、彼の手はゆっくりと布をつかみ、人が見てはならぬものを彼に見せた。

「一目見て、狂うて死んだわ」



 そのとき、彼が最後の理性で見たものは、時空を超えた無明の虚空……そこで飢えて己が体を齧りつづける狂乱の渦、アザトース――
 その周りでゆるゆると、あの太鼓とフルートの音色に合わせて無様に踊り呆けている、形とてない忌まわしき蕃神ども。
 〈大いなる使者〉の嘲笑に、いま彼が仕える黒髪の表情少なき人間の主。
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