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番外編 眠れる愛
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***
それから数日後。
正木は若林の個人研究室にコーヒーを飲みに来ていた。
二人の個人研究室が隣り合っていることもあり、正木は自分でコーヒーを入れるのが面倒になると、しばしば若林の研究室にやってきた。しかし、それで若林に入れさせるのかというとそんなことはなく、ほとんどの場合、正木が若林の分まで入れてやっていた。
つまり、正木は若林にコーヒーを入れにきていることになるのだが、そのことに鈍感男若林はまったく気づいていなかった。
この日も正木が慣れた仕草でコーヒーを入れてくれた。だが、正木が若林の研究室に置きっぱなしの自分のマグカップにコーヒーを注ごうとしたとき、どうしたわけかそのマグカップにピシッとひびが入った。
熱いコーヒーを入れた後ならまだわかるが、その赤いマグカップにはまだ一滴もコーヒーは入っていない。正木はしばし無表情にそのマグカップを見下ろすと、若林にこう告げたのだった。
「若林。親父死んだわ」
教授が亡くなったという連絡が入ったのは、それからまもなくのことだった。
教授の遺志により、葬儀は行われなかった。
教授の骨は彼の妻の眠る墓へと葬られ、〝桜〟は遺言により正木と若林の手に委ねられた。
「どうするんだ?」
煩雑な手続きの隙を見て、若林は正木に訊ねた。いつでも主導権は正木のほうにある。
「どうするってなあ。俺個人としては、親父と一緒に燃やして墓に入れたかったけどな」
頭を掻きながら正木は答えた。
桜は教授が亡くなった直後に原因不明の機能停止を起こしていた。どれほどチェックしても異常箇所は見つからず、仕方なく、今はK大ロボット研究センターの一室に置かれている。
「ほとんど親父が私物化してたけど、桜はもともと大学のもんなんだよな。しょうがねえから、このままロボ研に置いとこうぜ。立派な棺桶作ってさ」
そんなわけで、かつて〝東洋の奇跡〟と呼ばれた人間型ロボット〝桜〟は、特注の強化ガラスの棺の中で造花の桜の白い花びらに埋もれながら、今もK大ロボット研究センター地下二階〝開かずの間〟で永久の眠りについている。
―了―
それから数日後。
正木は若林の個人研究室にコーヒーを飲みに来ていた。
二人の個人研究室が隣り合っていることもあり、正木は自分でコーヒーを入れるのが面倒になると、しばしば若林の研究室にやってきた。しかし、それで若林に入れさせるのかというとそんなことはなく、ほとんどの場合、正木が若林の分まで入れてやっていた。
つまり、正木は若林にコーヒーを入れにきていることになるのだが、そのことに鈍感男若林はまったく気づいていなかった。
この日も正木が慣れた仕草でコーヒーを入れてくれた。だが、正木が若林の研究室に置きっぱなしの自分のマグカップにコーヒーを注ごうとしたとき、どうしたわけかそのマグカップにピシッとひびが入った。
熱いコーヒーを入れた後ならまだわかるが、その赤いマグカップにはまだ一滴もコーヒーは入っていない。正木はしばし無表情にそのマグカップを見下ろすと、若林にこう告げたのだった。
「若林。親父死んだわ」
教授が亡くなったという連絡が入ったのは、それからまもなくのことだった。
教授の遺志により、葬儀は行われなかった。
教授の骨は彼の妻の眠る墓へと葬られ、〝桜〟は遺言により正木と若林の手に委ねられた。
「どうするんだ?」
煩雑な手続きの隙を見て、若林は正木に訊ねた。いつでも主導権は正木のほうにある。
「どうするってなあ。俺個人としては、親父と一緒に燃やして墓に入れたかったけどな」
頭を掻きながら正木は答えた。
桜は教授が亡くなった直後に原因不明の機能停止を起こしていた。どれほどチェックしても異常箇所は見つからず、仕方なく、今はK大ロボット研究センターの一室に置かれている。
「ほとんど親父が私物化してたけど、桜はもともと大学のもんなんだよな。しょうがねえから、このままロボ研に置いとこうぜ。立派な棺桶作ってさ」
そんなわけで、かつて〝東洋の奇跡〟と呼ばれた人間型ロボット〝桜〟は、特注の強化ガラスの棺の中で造花の桜の白い花びらに埋もれながら、今もK大ロボット研究センター地下二階〝開かずの間〟で永久の眠りについている。
―了―
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