【完結】Doctor Master

邦幸恵紀

文字の大きさ
上 下
67 / 69
番外編 眠れる愛

しおりを挟む
 ***

 それから数日後。
 正木は若林の個人研究室にコーヒーを飲みに来ていた。
 二人の個人研究室が隣り合っていることもあり、正木は自分でコーヒーを入れるのが面倒になると、しばしば若林の研究室にやってきた。しかし、それで若林に入れさせるのかというとそんなことはなく、ほとんどの場合、正木が若林の分まで入れてやっていた。
 つまり、正木は若林にコーヒーを入れにきていることになるのだが、そのことに鈍感男若林はまったく気づいていなかった。
 この日も正木が慣れた仕草でコーヒーを入れてくれた。だが、正木が若林の研究室に置きっぱなしの自分のマグカップにコーヒーを注ごうとしたとき、どうしたわけかそのマグカップにピシッとひびが入った。
 熱いコーヒーを入れた後ならまだわかるが、その赤いマグカップにはまだ一滴もコーヒーは入っていない。正木はしばし無表情にそのマグカップを見下ろすと、若林にこう告げたのだった。

「若林。親父死んだわ」

 教授が亡くなったという連絡が入ったのは、それからまもなくのことだった。




 教授の遺志により、葬儀は行われなかった。
 教授の骨は彼の妻の眠る墓へと葬られ、〝桜〟は遺言により正木と若林の手に委ねられた。

「どうするんだ?」

 煩雑な手続きの隙を見て、若林は正木に訊ねた。いつでも主導権は正木のほうにある。

「どうするってなあ。俺個人としては、親父と一緒に燃やして墓に入れたかったけどな」

 頭を掻きながら正木は答えた。
 桜は教授が亡くなった直後に原因不明の機能停止を起こしていた。どれほどチェックしても異常箇所は見つからず、仕方なく、今はK大ロボット研究センターの一室に置かれている。

「ほとんど親父が私物化してたけど、桜はもともと大学のもんなんだよな。しょうがねえから、このままロボ研に置いとこうぜ。立派な棺桶作ってさ」


 そんなわけで、かつて〝東洋の奇跡〟と呼ばれた人間型ロボット〝桜〟は、特注の強化ガラスの棺の中で造花の桜の白い花びらに埋もれながら、今もK大ロボット研究センター地下二階〝開かずの間〟で永久の眠りについている。

  ―了―
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

処理中です...