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番外編 正木が夕夜のモデルになったワケ。
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「本当に、基本的には〝桜〟と同じなんだよ」
観念して若林は溜め息をついた。
「ただ、今回はサイズを大幅に変えた。男だからな、やっぱり。〝桜〟のときはおまえと相談して決めたけど、今回は俺一人だったから、とりあえず二十歳男子の平均値で作ろうかと……」
――さて、これから何と言おうか。
若林は正木から目をそらせて頬を掻いた。
別に作ってどうしようという気はなかった。ただどうせ自分のためだけに作るのなら、自分が最もそばに置きたい形にしたいと思っただけだ。
だが、本当に正直なことを言ったら、きっと正木は自分を軽蔑するだろう。それだけはどうしても嫌だ。自分が正木を避けるのと、正木が自分を避けるのとでは、結果的には同じでも、天と地ほども違うのだ。
「でも、実際やってみたら、平均値だけでは作りにくくて。やっぱり、特定の人間のモデルがいないと駄目なんだよ。ほんとは自分をモデルにするのがいちばんなんだろうけど、自分で自分の形したロボット作るってのもぞっとしないし……それで……物は相談なんだけど……」
一呼吸おいてから、若林は正木の顔を覗きこんだ。
「おまえ……モデルに作っちゃ……駄目かな……?」
正木は切れ長の目を大きく見張って若林を見つめ返した。
「俺?」
「そう。……おまえ」
正木はすぐには何も答えなかった。若林が惹かれてやまない美しい顔をしかめて、作業台の上にある、まるで人体標本のような作りかけのロボットを見ていた。
「いや、その、おまえが嫌だって言うんなら、他にモデル探すけど!」
どうも正木は嫌そうな様子なので、若林はあわてて言った。
残念だが、非常に、とても、悲しいくらい残念だが、正木が嫌だと思うことを強制することはできない。しかし、正木は小さな声で、ためらうようにこう訊ねてきた。
「モデルって、顔だけじゃ……ないよな?」
一瞬、若林は意味がつかめなかったが。
「そりゃまあ……できたら全身採寸させてほしいんだけど……」
実は若林の裏技は見ただけで人体を採寸できることだ。仕立屋でなければ変態と言われかねない特技なので誰にも自慢したことはないが、その特技を駆使してあの設計図を起こしたのである。
だが、完全なものにするなら、やはり本物のデータが欲しい。身長や胸囲といった数値だけではない。髪の色や肌の色、声紋、爪の形、皮膚の下の血管の見え具合――欲しいデータは山ほどある。
「全身……」
「いや、服から出てるとこだけでいいんだ! そこまでリアルに作るつもりはないからッ!」
のちに人工皮膚に産毛を一本一本植えこんだ男は焦ってそう付け加えた。
「……服ってどんな服……」
「え?」
今度の正木の声は小さすぎて、若林にはよく聞き取れなかった。しかし、正木がやや声を大きくして言ったのは別のことだった。
「いいよ。……モデルになっても」
若林は頭の中でそのセリフを反芻してから問い返した。
「ほんとにいいのか?」
若林と目を合わせないままこくりとうなずく。何だか顔が紅潮して見えるのは暖房が少し効きすぎているせいか。
「そうか……いいんだ……」
自分に言い聞かせるように、若林は呆然と呟いた。
こんなに簡単に承諾してもらえるなら、最初から正木にモデルになってもらえばよかった……
アルバムの集団写真から正木の顔を抜き出して、実物大に3D化するのにいったいどれほどの時間と手間がかかったことか……
「あ、でも若林」
自分が費やしてきた労力の意味について考察していると、正木がふと不安そうな顔になった。
「俺……もう二十九歳なんだけど……」
――いくつになろうが、おまえはおまえだから。
そんな言葉が喉まで出かかったが、何とかこらえた。
「大丈夫だよ。身長と髪の長さ以外は、ほとんど変わってないから」
あの満開の桜の下で会った、夢幻のように美しい十八歳のときのおまえと。
―了―
観念して若林は溜め息をついた。
「ただ、今回はサイズを大幅に変えた。男だからな、やっぱり。〝桜〟のときはおまえと相談して決めたけど、今回は俺一人だったから、とりあえず二十歳男子の平均値で作ろうかと……」
――さて、これから何と言おうか。
若林は正木から目をそらせて頬を掻いた。
別に作ってどうしようという気はなかった。ただどうせ自分のためだけに作るのなら、自分が最もそばに置きたい形にしたいと思っただけだ。
だが、本当に正直なことを言ったら、きっと正木は自分を軽蔑するだろう。それだけはどうしても嫌だ。自分が正木を避けるのと、正木が自分を避けるのとでは、結果的には同じでも、天と地ほども違うのだ。
「でも、実際やってみたら、平均値だけでは作りにくくて。やっぱり、特定の人間のモデルがいないと駄目なんだよ。ほんとは自分をモデルにするのがいちばんなんだろうけど、自分で自分の形したロボット作るってのもぞっとしないし……それで……物は相談なんだけど……」
一呼吸おいてから、若林は正木の顔を覗きこんだ。
「おまえ……モデルに作っちゃ……駄目かな……?」
正木は切れ長の目を大きく見張って若林を見つめ返した。
「俺?」
「そう。……おまえ」
正木はすぐには何も答えなかった。若林が惹かれてやまない美しい顔をしかめて、作業台の上にある、まるで人体標本のような作りかけのロボットを見ていた。
「いや、その、おまえが嫌だって言うんなら、他にモデル探すけど!」
どうも正木は嫌そうな様子なので、若林はあわてて言った。
残念だが、非常に、とても、悲しいくらい残念だが、正木が嫌だと思うことを強制することはできない。しかし、正木は小さな声で、ためらうようにこう訊ねてきた。
「モデルって、顔だけじゃ……ないよな?」
一瞬、若林は意味がつかめなかったが。
「そりゃまあ……できたら全身採寸させてほしいんだけど……」
実は若林の裏技は見ただけで人体を採寸できることだ。仕立屋でなければ変態と言われかねない特技なので誰にも自慢したことはないが、その特技を駆使してあの設計図を起こしたのである。
だが、完全なものにするなら、やはり本物のデータが欲しい。身長や胸囲といった数値だけではない。髪の色や肌の色、声紋、爪の形、皮膚の下の血管の見え具合――欲しいデータは山ほどある。
「全身……」
「いや、服から出てるとこだけでいいんだ! そこまでリアルに作るつもりはないからッ!」
のちに人工皮膚に産毛を一本一本植えこんだ男は焦ってそう付け加えた。
「……服ってどんな服……」
「え?」
今度の正木の声は小さすぎて、若林にはよく聞き取れなかった。しかし、正木がやや声を大きくして言ったのは別のことだった。
「いいよ。……モデルになっても」
若林は頭の中でそのセリフを反芻してから問い返した。
「ほんとにいいのか?」
若林と目を合わせないままこくりとうなずく。何だか顔が紅潮して見えるのは暖房が少し効きすぎているせいか。
「そうか……いいんだ……」
自分に言い聞かせるように、若林は呆然と呟いた。
こんなに簡単に承諾してもらえるなら、最初から正木にモデルになってもらえばよかった……
アルバムの集団写真から正木の顔を抜き出して、実物大に3D化するのにいったいどれほどの時間と手間がかかったことか……
「あ、でも若林」
自分が費やしてきた労力の意味について考察していると、正木がふと不安そうな顔になった。
「俺……もう二十九歳なんだけど……」
――いくつになろうが、おまえはおまえだから。
そんな言葉が喉まで出かかったが、何とかこらえた。
「大丈夫だよ。身長と髪の長さ以外は、ほとんど変わってないから」
あの満開の桜の下で会った、夢幻のように美しい十八歳のときのおまえと。
―了―
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