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閑話 宣戦布告――あるいは、なぜウォーンライトは翌朝若林宅に電話をかけたか?
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「お忙しいところ、無理を言って申し訳ありません」
ほぼ八年ぶりに会ったウォーンライトは、言葉だけは慇懃に若林に謝った。
心の中ではそう思っていないことは、いくら鈍いと言われる若林でもわかる。嫌な相手だと思いながら、若林はウォーンライトの向かいの席に腰を下ろした。
あの頃に比べると、さすがに少し老けたが、相変わらずウォーンライトは俳優のような男だった。
褐色の髪と緑色の瞳。彫りの深い整った顔立ち。
こんな男がわざわざロボットなど作らなくても、などと若林は自分も他人にそう思われていることなど思いもかけずに思った。
「いえ。しかし、なるべく手短に願えますか。年末なんで、いろいろ忙しいんです」
「もちろんそのつもりですよ。僕の用件は簡単です。プロフェッサー若林。僕と勝負をしませんか?」
――ああ、やっぱり。
若林は大きな溜め息を吐き出した。
何だって今年はこう、続けて勝負など挑まれるのだ? それも、すべて正木がらみで?
「その様子だと、またかと思っていらっしゃいますね?」
悠然とウォーンライトは笑った。その笑顔を若林は恨めしく見やる。
「他にどう思えと?」
「それはまあ、そうですね。でも、あなたも悪いんですよ。よりにもよって、あのスリー・アールで新作のロボットを出したり、あんなに出し惜しみしていた〝最高傑作〟を戦わせたりするんですから」
「……それで? あなたはどんな方法で、何を賭けて勝負をしたいというんですか?」
すでに予想はついていたが、てっとり早く話を終わらせたかったので、自らそう切り出した。
「もちろん、ロボットで、ですよ。僕はロボット工学者で、あなたもロボット工学者なのだから」
――予想その一。的中。
「では、何を賭けて?」
「それは、本気で訊ねているんですか?」
少し呆れたように、ウォーンライトは若林を見た。
「あなたと僕が争うものといったら、たった一つしかないと思いますが?」
若林は何も言わなかった。
そうとも、わかっている。ただ、素直にそうと認めたくなかっただけだ。
そして、これもだいたい予想はつくけれど。
「どうして、あなたと争わなければならないんですか?」
「僕も〝彼〟を――正木凱を愛しているからです」
若林は自分の額を覆った。
――予想その二。大的中。
「やっぱり、あなたは驚かないんですね?」
上目使いで、ウォーンライトはにやりと笑った。
「ええ、まあ。よくいますから」
深く考えずに若林はそう答えた。本当に、正木の周囲にはそういう人間が多かったから。ウォーンライトの言葉の裏の意味などよく考えもせずに。
「そうですか」
ウォーンライトは苦笑いを浮かべると、冷めたコーヒーを飲んだ。
「では、あなたはそういう感情に対して、どのような考えをお持ちですか?」
「どのようなって……そういうのは当人同士の問題で、双方の意志が一致しているなら、他人がとやかく言う筋合いはないと思いますが」
「なるほど。実に模範的な回答ですね」
嫌味だなと若林は思った。同時に、それはウォーンライトの一方的片想いであって、正木のほうにその気はまったくないと頭から決めこんでいた。
かといって、自分が正木に想われていると自信を持っていたわけでもない。若林にとっては、正木に今現在恋人(この際、男女問わず)がいなければそれでいい。そして、そう思っていること自体がすでに問題なのだとは、自分では気づいていなかった。
「では、あなたはガイの気持ちを確かめたことがありますか?」
ちょうどウェイトレスが持ってきたコーヒーを飲んでいた若林は思わずむせた。
「それは、ないのだと解釈してもよろしいでしょうか?」
「あなたの判断に任せます……」
おしぼりで口を拭いながら若林は力なく答えた。――本当に嫌な相手だ。
「そうですか。では、確認したことはないのだと判断させていただきますよ。僕はね、ありますよ。というより、彼にプロポーズしました。十年前に」
若林は今、自分が何も飲んでいなくてよかったと心から思った。さっきのようにコーヒーを口に入れていたら、間違いなくウォーンライトの顔に噴き出していただろう。
「覚えていらっしゃいませんか? 十年前、ガイは僕の母校に短期留学していたんですよ」
若林の驚いた様子に、ウォーンライトは満足げに笑った。
「当時、僕もまだドクター・コースの学生でしてね。彼に会って、一目で恋してしまったんです。少し悩んだんですが、思いきって告白してみたら、あっさりOKしてもらえて。それからしばらく彼とつきあっていました。――恋人同士として」
最後の一句を強調して言うと、ウォーンライトは涼しい顔でまたコーヒーを飲んだ。
「お忙しいところ、無理を言って申し訳ありません」
ほぼ八年ぶりに会ったウォーンライトは、言葉だけは慇懃に若林に謝った。
心の中ではそう思っていないことは、いくら鈍いと言われる若林でもわかる。嫌な相手だと思いながら、若林はウォーンライトの向かいの席に腰を下ろした。
あの頃に比べると、さすがに少し老けたが、相変わらずウォーンライトは俳優のような男だった。
褐色の髪と緑色の瞳。彫りの深い整った顔立ち。
こんな男がわざわざロボットなど作らなくても、などと若林は自分も他人にそう思われていることなど思いもかけずに思った。
「いえ。しかし、なるべく手短に願えますか。年末なんで、いろいろ忙しいんです」
「もちろんそのつもりですよ。僕の用件は簡単です。プロフェッサー若林。僕と勝負をしませんか?」
――ああ、やっぱり。
若林は大きな溜め息を吐き出した。
何だって今年はこう、続けて勝負など挑まれるのだ? それも、すべて正木がらみで?
「その様子だと、またかと思っていらっしゃいますね?」
悠然とウォーンライトは笑った。その笑顔を若林は恨めしく見やる。
「他にどう思えと?」
「それはまあ、そうですね。でも、あなたも悪いんですよ。よりにもよって、あのスリー・アールで新作のロボットを出したり、あんなに出し惜しみしていた〝最高傑作〟を戦わせたりするんですから」
「……それで? あなたはどんな方法で、何を賭けて勝負をしたいというんですか?」
すでに予想はついていたが、てっとり早く話を終わらせたかったので、自らそう切り出した。
「もちろん、ロボットで、ですよ。僕はロボット工学者で、あなたもロボット工学者なのだから」
――予想その一。的中。
「では、何を賭けて?」
「それは、本気で訊ねているんですか?」
少し呆れたように、ウォーンライトは若林を見た。
「あなたと僕が争うものといったら、たった一つしかないと思いますが?」
若林は何も言わなかった。
そうとも、わかっている。ただ、素直にそうと認めたくなかっただけだ。
そして、これもだいたい予想はつくけれど。
「どうして、あなたと争わなければならないんですか?」
「僕も〝彼〟を――正木凱を愛しているからです」
若林は自分の額を覆った。
――予想その二。大的中。
「やっぱり、あなたは驚かないんですね?」
上目使いで、ウォーンライトはにやりと笑った。
「ええ、まあ。よくいますから」
深く考えずに若林はそう答えた。本当に、正木の周囲にはそういう人間が多かったから。ウォーンライトの言葉の裏の意味などよく考えもせずに。
「そうですか」
ウォーンライトは苦笑いを浮かべると、冷めたコーヒーを飲んだ。
「では、あなたはそういう感情に対して、どのような考えをお持ちですか?」
「どのようなって……そういうのは当人同士の問題で、双方の意志が一致しているなら、他人がとやかく言う筋合いはないと思いますが」
「なるほど。実に模範的な回答ですね」
嫌味だなと若林は思った。同時に、それはウォーンライトの一方的片想いであって、正木のほうにその気はまったくないと頭から決めこんでいた。
かといって、自分が正木に想われていると自信を持っていたわけでもない。若林にとっては、正木に今現在恋人(この際、男女問わず)がいなければそれでいい。そして、そう思っていること自体がすでに問題なのだとは、自分では気づいていなかった。
「では、あなたはガイの気持ちを確かめたことがありますか?」
ちょうどウェイトレスが持ってきたコーヒーを飲んでいた若林は思わずむせた。
「それは、ないのだと解釈してもよろしいでしょうか?」
「あなたの判断に任せます……」
おしぼりで口を拭いながら若林は力なく答えた。――本当に嫌な相手だ。
「そうですか。では、確認したことはないのだと判断させていただきますよ。僕はね、ありますよ。というより、彼にプロポーズしました。十年前に」
若林は今、自分が何も飲んでいなくてよかったと心から思った。さっきのようにコーヒーを口に入れていたら、間違いなくウォーンライトの顔に噴き出していただろう。
「覚えていらっしゃいませんか? 十年前、ガイは僕の母校に短期留学していたんですよ」
若林の驚いた様子に、ウォーンライトは満足げに笑った。
「当時、僕もまだドクター・コースの学生でしてね。彼に会って、一目で恋してしまったんです。少し悩んだんですが、思いきって告白してみたら、あっさりOKしてもらえて。それからしばらく彼とつきあっていました。――恋人同士として」
最後の一句を強調して言うと、ウォーンライトは涼しい顔でまたコーヒーを飲んだ。
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