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第二話 呉博士の逆襲!
エピローグ
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男が待ち合わせに指定した場所は、昔、彼女が男と互いの愚痴を聞くのによく使った市立公園だった。
特にどこで待つとは言わなかったが、すぐに男は見つかった。あの頃のようにだらしない格好で、あのベンチにもたれかかっていたから。
かつて彼女が結婚まで考えた男は、彼女を見上げると、多少老けたがあの頃と変わらない笑顔を見せた。
「よう」
「おう」
コートのポケットに両手を突っこんだまま彼女はそう応じて、男の隣に腰を下ろした。
ベンチから見える風景は、どこかあの母校のキャンパスに似ているような気がした。
その瞬間、彼女はあの忌まわしい出来事を思い出してしまい、やさぐれた気分になった。
「いい天気ね。車かっ飛ばして、そのまま海に飛びこみたいくらい」
彼女の不穏な発言に、しかし、男はあわてた様子もなくのんびりと答えた。
「ああ、いいね。それは俺も試したことがない」
「じゃあ、今から試しにいく?」
「海の底に飲み屋があるんならな」
男はすました顔で肩をすくめた。
「塩水たらふく飲んでも楽しくあんめえ」
「それはそうね」
真剣に彼女はうなずいた。
「魚はやっぱり刺身になってないとね」
「そうそう。それに海じゃ、おまえの好きな焼鳥も泳いでないし」
「それは困るわ。じゃ、やめときましょ」
「そうしましょ」
おどけて男は言うと、彼女より先に立ち上がって、彼女に手を差し伸べた。
「でも、今度海に飛びこみたくなったら、俺に声かけてくれ。一緒にやろう」
きっと、自分は一生、この男から離れられない。
決して自分のものにならないとわかっていたから、自ら離れようとしたのに。
この男だけは、あの頃のように、偽りのない笑顔を彼女に向けてくれる。
(馬鹿よね)
彼女は苦笑いを浮かべて、男の手をとった。
(ほんとに……私って大馬鹿)
だが、彼女には男の温かい手を離すことはできなかった。
「ねえ、正木」
「ああ?」
「あんたに会えてよかった。本当に、よかった」
たとえ結婚相手にはなれなくても、この男はきっと、死ぬまで親友。
そんなこと、最初からわかっていたけれど。
「ああ。俺もおまえに会えてよかったよ。千代子」
案の定、男はそう答えると、いつでも海に飛びこめるように、彼女の手を握ったまま歩き出した。
―了―
特にどこで待つとは言わなかったが、すぐに男は見つかった。あの頃のようにだらしない格好で、あのベンチにもたれかかっていたから。
かつて彼女が結婚まで考えた男は、彼女を見上げると、多少老けたがあの頃と変わらない笑顔を見せた。
「よう」
「おう」
コートのポケットに両手を突っこんだまま彼女はそう応じて、男の隣に腰を下ろした。
ベンチから見える風景は、どこかあの母校のキャンパスに似ているような気がした。
その瞬間、彼女はあの忌まわしい出来事を思い出してしまい、やさぐれた気分になった。
「いい天気ね。車かっ飛ばして、そのまま海に飛びこみたいくらい」
彼女の不穏な発言に、しかし、男はあわてた様子もなくのんびりと答えた。
「ああ、いいね。それは俺も試したことがない」
「じゃあ、今から試しにいく?」
「海の底に飲み屋があるんならな」
男はすました顔で肩をすくめた。
「塩水たらふく飲んでも楽しくあんめえ」
「それはそうね」
真剣に彼女はうなずいた。
「魚はやっぱり刺身になってないとね」
「そうそう。それに海じゃ、おまえの好きな焼鳥も泳いでないし」
「それは困るわ。じゃ、やめときましょ」
「そうしましょ」
おどけて男は言うと、彼女より先に立ち上がって、彼女に手を差し伸べた。
「でも、今度海に飛びこみたくなったら、俺に声かけてくれ。一緒にやろう」
きっと、自分は一生、この男から離れられない。
決して自分のものにならないとわかっていたから、自ら離れようとしたのに。
この男だけは、あの頃のように、偽りのない笑顔を彼女に向けてくれる。
(馬鹿よね)
彼女は苦笑いを浮かべて、男の手をとった。
(ほんとに……私って大馬鹿)
だが、彼女には男の温かい手を離すことはできなかった。
「ねえ、正木」
「ああ?」
「あんたに会えてよかった。本当に、よかった」
たとえ結婚相手にはなれなくても、この男はきっと、死ぬまで親友。
そんなこと、最初からわかっていたけれど。
「ああ。俺もおまえに会えてよかったよ。千代子」
案の定、男はそう答えると、いつでも海に飛びこめるように、彼女の手を握ったまま歩き出した。
―了―
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