14 / 69
第一話 正木博士の遺産!
14 豆の樹
しおりを挟む
で、その後、どうなったのかというと。
若林はもちろんダントツで優勝(ちなみに、スリー・アールでは観客の人気投票のみで優勝は決まる。良くも悪くも〝公平〟なのである)。
しかし、ほどなくそれが大学側に知れ、ねちねち文句を言われた(らしい)。〝K大の双璧〟が、よりにもよってスリー・アールのコンテストに参加したのだから、当然と言えば当然だろう。
そして、川路は――
「あれからすぐ、大学を辞められたそうですよ」
眠気のため、不機嫌な顔をしている正木――これはもういつものことだが――に、夕夜は自分のコーヒーを差し出した。
場所はいつもの喫茶店〝豆の樹〟。特に気に入っているわけでもないのだが、正木のアパートに近いことから、今ではすっかり二人の面会場所と化している。
「まー、普通の神経してたら辞めるだろうな。……若林には何か言ってったか?」
正木は礼も言わずに夕夜のコーヒーに手を伸ばす。今日は早めに来たので、コーヒーはまだ温かい。
「ええ、大学の研究室に謝りにきたと若林博士が言っていました。そのとき、大学を辞めて実家に帰るとおっしゃったそうです」
「ふーん……そういや、実家は金持ちって聞いたことあるな。ま、食うには困んねえだろ」
一億をキャッシュで払うと言った男は、さもしく他人のコーヒーをすすった。
「彰くんや彩さんも、一緒に帰ったんでしょうね」
「たぶんな」
正木は興味なさそうに答えた。
「後のこたぁ、あいつら自身の問題だ。俺らが気をもんでもしょうがねえよ」
「……そうですね」
思わず夕夜は笑った。語るに落ちるというやつだ。自分はただ、『一緒に帰ったんでしょうね』と言っただけなのに。
「ところで、あれから美奈はどうしてる?」
「え、ああ、相変わらずあんな調子ですよ。今日、僕が家を出てきたときには、熱心にテレビを見てましたけど……」
と、夕夜が答えたときだった。
「夕夜、ずっるーい」
どこかで聞いた声が、二人の頭上から降ってきた。
「自分ばっかまーちゃんに会って。あたしだってまーちゃんに会いたいんだからね。今度こんなことしたら承知しないから」
「美奈ッ! なぜここがッ!」
テーブルの横で仁王立ちしている美奈に、二人は一斉に声を上げた。美奈は腰に手を当てて、得意げに胸をそらす。
「へへーん。私だってバカじゃないもーん。夕夜にわからないように、こっそり後つけてきたのよ」
「…………」
「だから、ねえ、どっか遊びに連れてってよ。まーちゃん、若ちゃんに面倒全部押しつけて、自分は何にもしてないんだから、それぐらいはしなさいよ」
――もしかして、自分はとんでもなく厄介なものを作ってしまったのでは……
美奈にぐいぐい腕を引っ張られながら、正木はひそかに思った。
そして、夕夜はあっけにとられた顔をしながらも、この強力な〝妹〟にして〝同志〟を誕生させてくれた運命に、心から感謝したのだった。
―了―
若林はもちろんダントツで優勝(ちなみに、スリー・アールでは観客の人気投票のみで優勝は決まる。良くも悪くも〝公平〟なのである)。
しかし、ほどなくそれが大学側に知れ、ねちねち文句を言われた(らしい)。〝K大の双璧〟が、よりにもよってスリー・アールのコンテストに参加したのだから、当然と言えば当然だろう。
そして、川路は――
「あれからすぐ、大学を辞められたそうですよ」
眠気のため、不機嫌な顔をしている正木――これはもういつものことだが――に、夕夜は自分のコーヒーを差し出した。
場所はいつもの喫茶店〝豆の樹〟。特に気に入っているわけでもないのだが、正木のアパートに近いことから、今ではすっかり二人の面会場所と化している。
「まー、普通の神経してたら辞めるだろうな。……若林には何か言ってったか?」
正木は礼も言わずに夕夜のコーヒーに手を伸ばす。今日は早めに来たので、コーヒーはまだ温かい。
「ええ、大学の研究室に謝りにきたと若林博士が言っていました。そのとき、大学を辞めて実家に帰るとおっしゃったそうです」
「ふーん……そういや、実家は金持ちって聞いたことあるな。ま、食うには困んねえだろ」
一億をキャッシュで払うと言った男は、さもしく他人のコーヒーをすすった。
「彰くんや彩さんも、一緒に帰ったんでしょうね」
「たぶんな」
正木は興味なさそうに答えた。
「後のこたぁ、あいつら自身の問題だ。俺らが気をもんでもしょうがねえよ」
「……そうですね」
思わず夕夜は笑った。語るに落ちるというやつだ。自分はただ、『一緒に帰ったんでしょうね』と言っただけなのに。
「ところで、あれから美奈はどうしてる?」
「え、ああ、相変わらずあんな調子ですよ。今日、僕が家を出てきたときには、熱心にテレビを見てましたけど……」
と、夕夜が答えたときだった。
「夕夜、ずっるーい」
どこかで聞いた声が、二人の頭上から降ってきた。
「自分ばっかまーちゃんに会って。あたしだってまーちゃんに会いたいんだからね。今度こんなことしたら承知しないから」
「美奈ッ! なぜここがッ!」
テーブルの横で仁王立ちしている美奈に、二人は一斉に声を上げた。美奈は腰に手を当てて、得意げに胸をそらす。
「へへーん。私だってバカじゃないもーん。夕夜にわからないように、こっそり後つけてきたのよ」
「…………」
「だから、ねえ、どっか遊びに連れてってよ。まーちゃん、若ちゃんに面倒全部押しつけて、自分は何にもしてないんだから、それぐらいはしなさいよ」
――もしかして、自分はとんでもなく厄介なものを作ってしまったのでは……
美奈にぐいぐい腕を引っ張られながら、正木はひそかに思った。
そして、夕夜はあっけにとられた顔をしながらも、この強力な〝妹〟にして〝同志〟を誕生させてくれた運命に、心から感謝したのだった。
―了―
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる