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第一話 正木博士の遺産!
10 川路宅・ロビー
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彰と彩がいないことを知った川路が真っ先にしたことは、若林の自宅に電話をかけることだった。携帯番号はお互い知らない。
だが、若林はもう会場に出かけた後らしく、留守電になっていた。ということは、彰は若林の家に火をつけには行っていないらしい。ひとまず川路はほっとしたが、他に彰たちが行きそうな場所など思い当たらない。川路は今度は途方に暮れた。
「まったく……いったい何だって急に……」
まだ寝癖がついたままの頭を、川路は両手で抱えこんだ。彰一人ならともかく、なぜ彩まで。
彩は確かに彰よりも〝人間的〟だが、それゆえに川路に対して反抗的で、普段はスイッチを切っていた。しかし、その彩がおらず、川路にスイッチを入れた覚えがない以上、彰が彼女のスイッチを入れたのだろう。彰に助手をさせていたのが仇となったわけだ。
(他に彰が行きそうな場所といったら……)
とにかく、彰も彩も、今まで外に出したことがない。だから、外に出たくなったのならまだいいが、何も今日でなくてもよかったはずだ。今日でなくては駄目で、彰が行きそうな場所――
(まさか)
思いついたとたん、川路は否定しようとした。だが、考えれば考えるほど、そこしか思い当たらなかった。
(もうコンテストは始まってるな。若林につないでもらったほうがいいか、直接会場に行ったほうがいいか……)
自分の次の行動を決めかねて、川路は逡巡した。若林につないでもらったとして、いったい何を言えばいいのか。『自分のロボットがおまえを襲わなかったか』とでも? ましてや、自分は今日のコンテストを棄権しているのだ。できることなら、若林とは一生顔を合わせたくなかった。
本当のところ、彰以外の者が若林を殺してくれるなら、願ったり叶ったりである。しかし、自分が彰を作った以上、彰の言動の全責任は自分が負わなければならない。ロボット工学者として、それくらいの良識は川路にもあった。
(直接会場に行くか)
悩んだ末に、川路はそちらを選んだ。
そうと決まれば着替えなければならない。川路はまだパジャマ姿のままなのである。今日は休日だからと朝寝坊をしたのがまずかった。
と、川路がリビングのソファから立ち上がろうとしたときだった。リビングに置いてある電話機が、唐突に鳴り出した。
(彰!?)
なぜかとっさにそう思い、川路は受話器に飛びついた。
「もしもし、川路ですが!」
怒鳴るようにしてそう言うと、一呼吸置いて相手が名乗った。
『正木だ。何だ、まだてめえんちにいたんだな』
――正木?
川路は面食らった。まさか正木が電話をかけてくるとは。だが、耳に流れこむ涼やかな声は、確かに正木のものだ。
彼はコンテストに行ったはずだが、いったい今頃、何の用があってかけてきたのだろう。自分が棄権したことについて何か言うつもりなのか。川路は続く言葉を待った。
『時間もねえことだし、用件だけ言うぜ。今すぐスリー・アールのコンテスト会場まで来い。俺たちゃ正面のロビーにいる。いいか、今すぐにだ。車でも何でもかっとばして来い。じゃあな』
それだけ言って、正木は電話を切ってしまった。
「あ、おい!」
あわてて呼びかけたが間に合わなかった。相も変わらず一方的である。
しかし、彼がわざわざ会場まで来いと言ってきた以上、そこに何かがあるのだ。あるいは、すでに何かがあったのか。とにかく、考えている暇はない。川路は受話器を電話機に戻すと、転げるようにしてリビングを出ていった。
***
「わりと早かったじゃねえか」
息せききって、スリー・アールのホールロビーに飛びこむと、すぐにそんな呑気な声に出迎えられた。
コンテストの真っ最中とあって、ロビーに人影はまばらだ。そんなロビーの奥まったソファセットの一つに、正木はふんぞり返るようにして座っていた。
そして、その隣にいたのは――
「彰!?」
怒りなのか、安堵なのかよくわからない。川路は足をもつれさせそうになりながら、正木たちのほうに駆け寄った。
「おまえは……おまえはッ!」
もっと他に言いたいことがあったはずなのだが、いつものように無表情な彰の顔を見て出てきた言葉は、それだけだった。
「まあ、落ち着けよ」
悠然と正木が言った。まともに会話してくれるのは、これが初めてかもしれない。
「とりあえず、そこ座れ。時間はまだあるからよ」
「あ、ああ……」
自分のほうが年上のはずなのだが、川路は言われるまま正木の向かいのソファに腰を下ろし、そして、彰のさらに隣に、夕夜が座っていることに気がついた。
こうして並べて見ると、二人の差は何と歴然としていることだろう。夕夜は特に何もしておらず、ただ黙って座っているだけなのに、それでも彰とは〝違う〟のだ。
自然に瞬きを繰り返す長い睫に囲まれた目。絶えず微妙に変化するしなやかな体の線。何もかもが人間そのままで、正木と見劣りがしない。
今の彰は、二人の美しい人間に挟まれた、ただ美しいだけの人形にしかすぎなかった。
「話はこいつと、もう一人から聞いた」
唐突に正木はそう口を切った。彼は回りくどい話し方を好まない。
「まあ、何だな。あんたは絶対優勝できないと思ってたが、まさか棄権するとはな。でも、確かに賢い方法だ。とりあえず、あんたの体面は保てる。若林に見習わせてやりてえくらいだ」
返す言葉もなく、川路は自分の両膝を強く握りしめた。
こんな思いをするとわかっていたら、若林にあんな勝負は挑まなかった。川路の計算は、この正木のせいですべて狂ってしまった。もっとも、川路は最初から正木に狂わされていたのかもしれないけれど。
「だが、あんたのロボットは、どうしてもあんたを勝たせたかったらしいな」
続く正木の言葉に、川路ははっと顔を上げた。自分をじっと見つめる、彰の揺るぎない瞳が目に入った。
「おまえ……何かしたのか?」
我知らず、川路は怯えた。正木がこうして平然としている以上、若林は無事なのだろう。でも、まさか。もしかしたら。
「ちゃうちゃう、こっちじゃねー。何かしたのはもう一人のほうだ」
川路の表情から、正木は彼の疑惑を読みとったらしい。苦笑しながら、自分の顔の前で手を振ってみせた。
「もう一人というと……彩か?」
「そうそう。あのデーハーでおっかねー姉ちゃん。あんた、あれをこのコンテストに出すつもりだったんだろ? あれならもしかしたら優勝したかもな。ここでなら受けそうだ」
「彩が……何をした?」
嫌な予感がした。彰のとき以上に強く。汗でずり落ちてきた眼鏡を、川路は気ぜわしく指先で直した。
「そりゃあもう」
緊張に顔を強ばらせている川路を冷やかすように、正木はにやにやした。
「立派な殺人未遂だよ。いきなり若林をナイフで刺そうとしたんだ」
だが、若林はもう会場に出かけた後らしく、留守電になっていた。ということは、彰は若林の家に火をつけには行っていないらしい。ひとまず川路はほっとしたが、他に彰たちが行きそうな場所など思い当たらない。川路は今度は途方に暮れた。
「まったく……いったい何だって急に……」
まだ寝癖がついたままの頭を、川路は両手で抱えこんだ。彰一人ならともかく、なぜ彩まで。
彩は確かに彰よりも〝人間的〟だが、それゆえに川路に対して反抗的で、普段はスイッチを切っていた。しかし、その彩がおらず、川路にスイッチを入れた覚えがない以上、彰が彼女のスイッチを入れたのだろう。彰に助手をさせていたのが仇となったわけだ。
(他に彰が行きそうな場所といったら……)
とにかく、彰も彩も、今まで外に出したことがない。だから、外に出たくなったのならまだいいが、何も今日でなくてもよかったはずだ。今日でなくては駄目で、彰が行きそうな場所――
(まさか)
思いついたとたん、川路は否定しようとした。だが、考えれば考えるほど、そこしか思い当たらなかった。
(もうコンテストは始まってるな。若林につないでもらったほうがいいか、直接会場に行ったほうがいいか……)
自分の次の行動を決めかねて、川路は逡巡した。若林につないでもらったとして、いったい何を言えばいいのか。『自分のロボットがおまえを襲わなかったか』とでも? ましてや、自分は今日のコンテストを棄権しているのだ。できることなら、若林とは一生顔を合わせたくなかった。
本当のところ、彰以外の者が若林を殺してくれるなら、願ったり叶ったりである。しかし、自分が彰を作った以上、彰の言動の全責任は自分が負わなければならない。ロボット工学者として、それくらいの良識は川路にもあった。
(直接会場に行くか)
悩んだ末に、川路はそちらを選んだ。
そうと決まれば着替えなければならない。川路はまだパジャマ姿のままなのである。今日は休日だからと朝寝坊をしたのがまずかった。
と、川路がリビングのソファから立ち上がろうとしたときだった。リビングに置いてある電話機が、唐突に鳴り出した。
(彰!?)
なぜかとっさにそう思い、川路は受話器に飛びついた。
「もしもし、川路ですが!」
怒鳴るようにしてそう言うと、一呼吸置いて相手が名乗った。
『正木だ。何だ、まだてめえんちにいたんだな』
――正木?
川路は面食らった。まさか正木が電話をかけてくるとは。だが、耳に流れこむ涼やかな声は、確かに正木のものだ。
彼はコンテストに行ったはずだが、いったい今頃、何の用があってかけてきたのだろう。自分が棄権したことについて何か言うつもりなのか。川路は続く言葉を待った。
『時間もねえことだし、用件だけ言うぜ。今すぐスリー・アールのコンテスト会場まで来い。俺たちゃ正面のロビーにいる。いいか、今すぐにだ。車でも何でもかっとばして来い。じゃあな』
それだけ言って、正木は電話を切ってしまった。
「あ、おい!」
あわてて呼びかけたが間に合わなかった。相も変わらず一方的である。
しかし、彼がわざわざ会場まで来いと言ってきた以上、そこに何かがあるのだ。あるいは、すでに何かがあったのか。とにかく、考えている暇はない。川路は受話器を電話機に戻すと、転げるようにしてリビングを出ていった。
***
「わりと早かったじゃねえか」
息せききって、スリー・アールのホールロビーに飛びこむと、すぐにそんな呑気な声に出迎えられた。
コンテストの真っ最中とあって、ロビーに人影はまばらだ。そんなロビーの奥まったソファセットの一つに、正木はふんぞり返るようにして座っていた。
そして、その隣にいたのは――
「彰!?」
怒りなのか、安堵なのかよくわからない。川路は足をもつれさせそうになりながら、正木たちのほうに駆け寄った。
「おまえは……おまえはッ!」
もっと他に言いたいことがあったはずなのだが、いつものように無表情な彰の顔を見て出てきた言葉は、それだけだった。
「まあ、落ち着けよ」
悠然と正木が言った。まともに会話してくれるのは、これが初めてかもしれない。
「とりあえず、そこ座れ。時間はまだあるからよ」
「あ、ああ……」
自分のほうが年上のはずなのだが、川路は言われるまま正木の向かいのソファに腰を下ろし、そして、彰のさらに隣に、夕夜が座っていることに気がついた。
こうして並べて見ると、二人の差は何と歴然としていることだろう。夕夜は特に何もしておらず、ただ黙って座っているだけなのに、それでも彰とは〝違う〟のだ。
自然に瞬きを繰り返す長い睫に囲まれた目。絶えず微妙に変化するしなやかな体の線。何もかもが人間そのままで、正木と見劣りがしない。
今の彰は、二人の美しい人間に挟まれた、ただ美しいだけの人形にしかすぎなかった。
「話はこいつと、もう一人から聞いた」
唐突に正木はそう口を切った。彼は回りくどい話し方を好まない。
「まあ、何だな。あんたは絶対優勝できないと思ってたが、まさか棄権するとはな。でも、確かに賢い方法だ。とりあえず、あんたの体面は保てる。若林に見習わせてやりてえくらいだ」
返す言葉もなく、川路は自分の両膝を強く握りしめた。
こんな思いをするとわかっていたら、若林にあんな勝負は挑まなかった。川路の計算は、この正木のせいですべて狂ってしまった。もっとも、川路は最初から正木に狂わされていたのかもしれないけれど。
「だが、あんたのロボットは、どうしてもあんたを勝たせたかったらしいな」
続く正木の言葉に、川路ははっと顔を上げた。自分をじっと見つめる、彰の揺るぎない瞳が目に入った。
「おまえ……何かしたのか?」
我知らず、川路は怯えた。正木がこうして平然としている以上、若林は無事なのだろう。でも、まさか。もしかしたら。
「ちゃうちゃう、こっちじゃねー。何かしたのはもう一人のほうだ」
川路の表情から、正木は彼の疑惑を読みとったらしい。苦笑しながら、自分の顔の前で手を振ってみせた。
「もう一人というと……彩か?」
「そうそう。あのデーハーでおっかねー姉ちゃん。あんた、あれをこのコンテストに出すつもりだったんだろ? あれならもしかしたら優勝したかもな。ここでなら受けそうだ」
「彩が……何をした?」
嫌な予感がした。彰のとき以上に強く。汗でずり落ちてきた眼鏡を、川路は気ぜわしく指先で直した。
「そりゃあもう」
緊張に顔を強ばらせている川路を冷やかすように、正木はにやにやした。
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