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こぼれ話

こぼれ話(彼女視点)

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「仏頂面の彼はもう帰ったの?」

 ひっそりと部屋に戻ってきた使者に、彼女は努めて明るく言った。
 出会ったときから、わかっていた。そう遠くない先、自分は死ぬ。
 そもそもあのとき、彼女が魔族から逃げようとしなかったのは、不治の病にかかっていると知って自棄になっていたからだ。だから、使者に助けられたとき、余計なことをしないでと文句を言った。病気で死ぬより、誰かの食料になって死ぬほうが、よっぽど有意義だわ、と。

「どうしよう」

 病人である彼女より、さらに顔色を悪くした使者は、彼女の枕元で声を震わせた。

「愛しているって……言われた」

 誰にかは訊くまでもなかった。

「そう。よかったわね。これで私も安心して逝けるわ」
「本気でそう言っているのか?」
「ええ。どうしてそんなことを言うの?」

 むしろ、そのほうが彼女には不思議だった。
 直接会ったことはないが、使者から聞く話だけで、その愛想の悪い魔族がこの美しい使者を愛していることはすぐにわかった。そして、この使者もそんな魔族を憎からず思っていることも。
 だって、自分と話しているときだって、その魔族のことが話題に上らないことはない。まるで惚気話を聞かされているようだわと、やっかみ半分呆れ半分でいたのに。

「俺には、魔族に愛される資格なんてない」
「愛されない資格もないわよ」
「いいや、ある。俺は、駄目だ。俺は……精霊族を殺した」

 彼女は苦笑すると、力の入らない手を懸命に伸ばして、そっと使者の銀髪を撫でた。
 かわいそうに、と思う。
 ちっぽけな人間である自分が、霊界の使者を哀れむなんて、おこがましいかもしれないが、それでも使者はまるで初な人間の少年のようだ。突然、愛の告白をされて、驚き、とまどっている。
 使者と精霊族との確執は彼女も知っているが、両想いならいいではないかと単純に思ってしまう。
 きっと、自分はもうじき死ぬとわかっているから、そんな気持ちになれるのだろう。
 もしもこんな病気にかかっていなかったら、きっと使者を独り占めして、誰にも渡したくないと思ったに違いない。もっとも、健康だったら最初から出会うこともなかっただろうが。

「あんたが何を恐れているのか、私にはよくわからないけれど……」

 正直に、彼女は言った。たぶん、これが使者に遺せる、最後の言葉。

「私は、最後にあんたに会えて、幸せだったわ……」

 彼女は笑い――そして、目を閉じた。

「勝手に一人で幸せになるな……」

 小さな声で、使者が恨み言を言うのが聞こえた。

「俺は、何もできなかったのに……」

 それは違うと反論したかったが、彼女にはもう口を動かす力も残されていなかった。

 だから、彼女は知らない。
 その後、使者が何をしたのか。
 彼がどうなったのか。
 彼女の魂は、永遠に知らない。   
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