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第四章 外なる神々
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目的地をシレムに変更して、二日目の夕刻。
アステリウスとライルは、その日の宿として、深い森の中にあった狩猟小屋を選んだ。
使われなくなって久しいものらしく、外も中も荒れ果てていたが、星空の下で眠るよりははるかにましだ。もともとシレムより遠いミブダルを目的地としていたため、食料にもまだ余裕があり、このまま何事もなければ、どこにも立ち寄ることなく、一気にシレムまで進めそうだった。
「来る途中、水場があったな。馬に飲ませるついでに汲んでこよう」
彼が二頭の馬を連れて歩き出そうとすると、元副官がそれなら私がと代わろうとした。
「いいよ。おまえは休んでいろ。役立たずの私でも、これくらいのことはできる」
元副官は不満そうだったが、ではお願いいたしますと、不承不承彼を見送った。
水場というのは、さほど大きくはないが澄んだ水の湧き出ている泉のことで、小屋からもわりと近かった。本来ならもっと楽な旅ができるはずだった馬たちをいたわりながら、彼は革袋に水を汲んだ。馬を一緒に連れてきたのは、これを乗せるためでもある。
馬たちが水を飲んでいる間、彼は泉の近くにあった岩の一つに腰を下ろして、自分の髪と同じ色をした空を見上げた。
たった数日の間に、彼を取り巻く状況は激しく変わってしまった。
いったい誰がそのような密書などでっちあげたのだろう。
あの気のいい古なじみの商人か? だが、あの男がそんなことをして何の得がある?
おまけに、その密書をグシオンに渡した後、自殺してしまったという。
なぜ自殺などする必要があったのか? 彼に申し訳ないと思って? それなら、最初からグシオンに密書を渡さなければよかったではないか。
グシオン。この男が最もわからない。
あの男なら、そのような密書を見せられたら、出来の悪い悪戯だと鼻で笑って破り捨てそうなものだ。少なくとも、彼が逆の立場であったらそうする。今回の件でいちばん信じられなかったのは、グシオンのこの対応だった。まるで別人の話を聞かされているかのような心地がした。
彼は嘆息すると、水を飲み終えた馬たちの背に革袋を乗せるため立ち上がった。
「よう、久しぶり。あれから探し物は見つかったかい?」
反射的に背中の大剣を抜こうとしたが、その若い男の声には聞き覚えがあった。彼は背後を振り返り、ようやく剣の柄から手を離した。
あの銀髪の青年は、あのときのように笑いながら、泉の横の岩の上に座っていた。誓ってもいい。今の今までそこには誰もいなかった。気配に敏感な馬たちでさえ、今もまったく反応していない。
「鏡は見つかったが、何も見えずに割れてしまった。これはどう解釈すればいい?」
挨拶の言葉もなしにそう問い返すと、ノルトは紺碧の目を細めた。
「おまえ自身はどう解釈したんだ?」
「何となくだが……捜さないでくれと言われているような気がした」
「じゃあ、そういうことなんだろう。捜してやるなよ。向こうがその気になるまではさ」
「あんたは誰だ?」
何の脈絡もない彼の質問に、ノルトは驚いた様子もなく、にやりと笑って答える。
「あの神殿で泣いていた、悪趣味な神様の親友だ。――と俺は思っているが、向こうはそう思っていないかもしれないな」
「ということは、あんたも神なのか?」
「世界を作れるものを神と呼ぶなら、そう思ってくれてもかまわない。ただし、俺は自分で世界を作る気にはなれないがね。俺には世界を作るより、こちらを覗くほうが何倍も楽しい」
「許可はとってあるのか?」
「今のところ、抵抗なく入れるから、黙認はされているんだろう。普通はそう簡単には入れない。この世界にいるはずのない存在のままではな」
「私に何の用があって来た?」
「ああ。本来、俺の主義は不干渉なんだが、非常事態につき、最初で最後の警告をしにきた。……これから先、何が起こっても、おまえは自分の命を守ることに専念しろ。具体的に言えば、逃げろと言われたら、素直に逃げろ」
「今まさに、その逃げている真っ最中だが」
「そういやそうだったな。だったら、もっとはっきり言おう。――たとえおまえ一人になったとしても、おまえは逃げつづけろ」
彼は目を見開き、ついで眉をひそめた。
「ライルを見捨てろというのか?」
「言っちゃなんだが、追われているのはおまえのほうだろう。向こうは一人になっても困ることはない。心情的に離れられないだけだ」
「まあ、それはそうだが……」
「心配しなくても、おまえの元副官が人に殺されることはない。今はそれよりも、自分の命を守ることのほうが重要だ。実は今、この世界にとって厄介なことが起きていてね。最悪の場合、世界がなくなるかもしれない」
「世界がなくなる?」
鸚鵡返しに訊ねると、さすがにノルトも深刻そうな顔になってうなずく。
「類は友を呼ぶというか、悪趣味な奴には悪趣味な奴が集まるらしくてね。俺のは罪のないただの覗き趣味だが、そいつは加虐趣味だ。俺の親友を強制的に目覚めさせるために、無理矢理この世界へ潜りこんできて、この世界にいる親友の分身を殺そうとしている。夢見る者は殺されそうになれば、逃れるために目覚めようとするからな。そしてその瞬間、この世界は失われる」
「ちょっと待て。目覚めさせるとは何だ? その言い方だと、まるで」
「ああ、そこから説明しないといけなかったか」
うっかりしていたとでもいうように、ノルトはさらりと衝撃的なことを口にした。
「この世界は、俺の親友が見ている夢だ。おまえたちにもわかる表現をするならな」
――ライル。おまえの喩え話は正しかったようだぞ。
淡々と心の中で呟いてから、彼は今、自分がいちばん知りたいことをノルトに訊いた。
「目覚めさせてどうする?」
「自分のものにしたいらしい」
「…………」
「性別は考えるな」
難しい顔をして黙りこんでしまった彼を、ノルトが笑ってたしなめる。
「俺だって、今はたまたま男の姿をしているだけだ。この世界にいるときの俺たちは、いつでも自由に姿を変えられる。でも、好みがあるから、だいたいいつも似たような感じになるな。俺はたぶん、よっぽどのことがない限り、女の姿はとらない」
「……神は何人いるんだ?」
「さあ……今は何人残っているんだろうな。確か、最初は十二人いたはずだが、全員と親しくしているわけじゃないんでね。俺たちにも、気が合う合わないがあるのさ。たとえば、俺は親友特権で、この世界には負荷を与えることなく入りこむことができるが、あいつは普通には入れないから、無理にこじ開けてきた。まあ、向こうはこの世界を壊すつもりで来ているからな。こっちはいい迷惑だ」
「あんたはこの世界を維持したいのか?」
「当然だ。今ちょうど面白くなってきたところだったんだ。今までにない新しい展開だった。もしかしたら長年の追いかけっこに決着がつくかもしれなかった」
まるで芝居の話でもしているようだ。目を輝かせて語るノルトに、彼は冷ややかな眼差しを向けた。
「男がつかまりそうだったのか」
ノルトは指を鳴らし、そのまま人差指で彼をさす。
「まさにそれだ。すごいだろう? 最初は殺し合いをしていたのに、いつのまにやら恋愛沙汰だ。まあ、そこに至るまでには、長い長い年月がかかっているわけだが」
「殺し合い?」
「さすがに直接手をかけたことはないらしいけどな。死体は何度も見ているだろう」
「……いったい、どんな男を追いかけているんだ?」
「自分の思いどおりにならない男だ。その男の魂だけを、飽きもせず求めつづけている。必ず男に転生するのは、それが俺の親友の希望だからなんだろうな。だが、決められるのはそれだけで、自分に振り向かせることはなかなかできないらしい。自分の見ている夢なのにな。不自由なことだ」
「私はあんたの親友の恋愛成就には興味がないが、この世界がなくなるのは非常に困るな」
そっけなく言うと、ノルトはにやにやして彼を見やってから、そうだろうと同意した。
「では、どうすればいい?」
「今この世界に入りこんでいるあいつの分身を外へ叩き出すか、あるいは殺す。小難しい理屈は省略するが、世界の夢を見ている間は、本体に接触できないんだ。まったく無防備な状態になるわけだからな、何重もの防御を敷いている。だからあいつもここに侵入するしかなかったわけだが、ただし、これは危険と隣り合わせの方法でもある。世界が崩壊する前に目覚めなければ、自分も巻き添えを食らう」
「そうすると……どうなる?」
「死ぬさ。神は己の世界の中では万能だが、異界の神はそうではない」
「その異界の神は、今この世界のどこにいる?」
「知ってどうする?」
「殺す」
単純明快な彼の答えに、ノルトは失笑する。
「勇ましいことだが、相手は人間の姿をしていても、一応神様だぞ? おまえの力でかなう相手じゃない」
「だが、他にどんな方法がある? 何もせずにこのまま滅ぼされるのは我慢ならん」
「おいおい。大事なことを忘れていないか? ここは誰が作った世界だ? この世界で全能なのはいったい誰だ?」
そう問われて、彼は愕然とした。
「男の追っかけをしている神か!」
「本当のことだが、おまえに言われると腹が立つな。――そうだ。その悪趣味で被虐趣味な神様だ。奴に直接あいつと対決してもらって、ここから閉め出してもらうか、あるいは殺してもらうかのどちらかしかない。それはあいつ自身、よくわかっていると思うが、今はなかなか動けないんだろう」
「なぜだ? 今は世界の維持が最優先事項のはずだろう?」
「いいや。今の奴にはそれよりも優先すべきことがある。さっきも言っただろう。つかまりそうになっていたと」
彼は顔をしかめて額に手をやった。
「男か!」
「男だ」
「世界がなくなったら、男どころではないだろう」
「奴はその男に自分の正体を知られたくないんだよ。あくまで人間として愛されたいんだ」
「とりあえず、世界の安全を確保してからにしたらどうだ?」
「女心……いや、神心のわからない奴だな。だから、いつまでたっても気づかないんだ」
「何を?」
「おっといかん。俺は不干渉、傍観者。自分の信条に反するところだった。――とにかく、今のおまえにできる最低限のことは死なないこと。ただそれだけだ。絶対に自分の身を捨てて他人を助けたりかばったりするな。いいか、それが誰であってもだ。そうすれば、奴がそのうち何とかするだろう」
「私の命がその神とどう関係がある?」
「くっ、さらに墓穴」
ノルトがそう言ったと同時に、その姿は彼の前から掻き消えた。
「おい、逃げるな!」
「それだけじゃない」
ノルトの声だけが彼に答える。
「あんまり長居をすると、この世界に取りこまれちまうんだ。あっとそれから、こういうときには定番だが、俺のことは誰にも言うなよ」
「安心しろ。こんな話を他人に誤解なく語れる伎倆は私にはない」
「それはよかった。今度会うときにも、今のおまえであることを祈っている」
それきり、ノルトからの返答は途絶えた。
アステリウスとライルは、その日の宿として、深い森の中にあった狩猟小屋を選んだ。
使われなくなって久しいものらしく、外も中も荒れ果てていたが、星空の下で眠るよりははるかにましだ。もともとシレムより遠いミブダルを目的地としていたため、食料にもまだ余裕があり、このまま何事もなければ、どこにも立ち寄ることなく、一気にシレムまで進めそうだった。
「来る途中、水場があったな。馬に飲ませるついでに汲んでこよう」
彼が二頭の馬を連れて歩き出そうとすると、元副官がそれなら私がと代わろうとした。
「いいよ。おまえは休んでいろ。役立たずの私でも、これくらいのことはできる」
元副官は不満そうだったが、ではお願いいたしますと、不承不承彼を見送った。
水場というのは、さほど大きくはないが澄んだ水の湧き出ている泉のことで、小屋からもわりと近かった。本来ならもっと楽な旅ができるはずだった馬たちをいたわりながら、彼は革袋に水を汲んだ。馬を一緒に連れてきたのは、これを乗せるためでもある。
馬たちが水を飲んでいる間、彼は泉の近くにあった岩の一つに腰を下ろして、自分の髪と同じ色をした空を見上げた。
たった数日の間に、彼を取り巻く状況は激しく変わってしまった。
いったい誰がそのような密書などでっちあげたのだろう。
あの気のいい古なじみの商人か? だが、あの男がそんなことをして何の得がある?
おまけに、その密書をグシオンに渡した後、自殺してしまったという。
なぜ自殺などする必要があったのか? 彼に申し訳ないと思って? それなら、最初からグシオンに密書を渡さなければよかったではないか。
グシオン。この男が最もわからない。
あの男なら、そのような密書を見せられたら、出来の悪い悪戯だと鼻で笑って破り捨てそうなものだ。少なくとも、彼が逆の立場であったらそうする。今回の件でいちばん信じられなかったのは、グシオンのこの対応だった。まるで別人の話を聞かされているかのような心地がした。
彼は嘆息すると、水を飲み終えた馬たちの背に革袋を乗せるため立ち上がった。
「よう、久しぶり。あれから探し物は見つかったかい?」
反射的に背中の大剣を抜こうとしたが、その若い男の声には聞き覚えがあった。彼は背後を振り返り、ようやく剣の柄から手を離した。
あの銀髪の青年は、あのときのように笑いながら、泉の横の岩の上に座っていた。誓ってもいい。今の今までそこには誰もいなかった。気配に敏感な馬たちでさえ、今もまったく反応していない。
「鏡は見つかったが、何も見えずに割れてしまった。これはどう解釈すればいい?」
挨拶の言葉もなしにそう問い返すと、ノルトは紺碧の目を細めた。
「おまえ自身はどう解釈したんだ?」
「何となくだが……捜さないでくれと言われているような気がした」
「じゃあ、そういうことなんだろう。捜してやるなよ。向こうがその気になるまではさ」
「あんたは誰だ?」
何の脈絡もない彼の質問に、ノルトは驚いた様子もなく、にやりと笑って答える。
「あの神殿で泣いていた、悪趣味な神様の親友だ。――と俺は思っているが、向こうはそう思っていないかもしれないな」
「ということは、あんたも神なのか?」
「世界を作れるものを神と呼ぶなら、そう思ってくれてもかまわない。ただし、俺は自分で世界を作る気にはなれないがね。俺には世界を作るより、こちらを覗くほうが何倍も楽しい」
「許可はとってあるのか?」
「今のところ、抵抗なく入れるから、黙認はされているんだろう。普通はそう簡単には入れない。この世界にいるはずのない存在のままではな」
「私に何の用があって来た?」
「ああ。本来、俺の主義は不干渉なんだが、非常事態につき、最初で最後の警告をしにきた。……これから先、何が起こっても、おまえは自分の命を守ることに専念しろ。具体的に言えば、逃げろと言われたら、素直に逃げろ」
「今まさに、その逃げている真っ最中だが」
「そういやそうだったな。だったら、もっとはっきり言おう。――たとえおまえ一人になったとしても、おまえは逃げつづけろ」
彼は目を見開き、ついで眉をひそめた。
「ライルを見捨てろというのか?」
「言っちゃなんだが、追われているのはおまえのほうだろう。向こうは一人になっても困ることはない。心情的に離れられないだけだ」
「まあ、それはそうだが……」
「心配しなくても、おまえの元副官が人に殺されることはない。今はそれよりも、自分の命を守ることのほうが重要だ。実は今、この世界にとって厄介なことが起きていてね。最悪の場合、世界がなくなるかもしれない」
「世界がなくなる?」
鸚鵡返しに訊ねると、さすがにノルトも深刻そうな顔になってうなずく。
「類は友を呼ぶというか、悪趣味な奴には悪趣味な奴が集まるらしくてね。俺のは罪のないただの覗き趣味だが、そいつは加虐趣味だ。俺の親友を強制的に目覚めさせるために、無理矢理この世界へ潜りこんできて、この世界にいる親友の分身を殺そうとしている。夢見る者は殺されそうになれば、逃れるために目覚めようとするからな。そしてその瞬間、この世界は失われる」
「ちょっと待て。目覚めさせるとは何だ? その言い方だと、まるで」
「ああ、そこから説明しないといけなかったか」
うっかりしていたとでもいうように、ノルトはさらりと衝撃的なことを口にした。
「この世界は、俺の親友が見ている夢だ。おまえたちにもわかる表現をするならな」
――ライル。おまえの喩え話は正しかったようだぞ。
淡々と心の中で呟いてから、彼は今、自分がいちばん知りたいことをノルトに訊いた。
「目覚めさせてどうする?」
「自分のものにしたいらしい」
「…………」
「性別は考えるな」
難しい顔をして黙りこんでしまった彼を、ノルトが笑ってたしなめる。
「俺だって、今はたまたま男の姿をしているだけだ。この世界にいるときの俺たちは、いつでも自由に姿を変えられる。でも、好みがあるから、だいたいいつも似たような感じになるな。俺はたぶん、よっぽどのことがない限り、女の姿はとらない」
「……神は何人いるんだ?」
「さあ……今は何人残っているんだろうな。確か、最初は十二人いたはずだが、全員と親しくしているわけじゃないんでね。俺たちにも、気が合う合わないがあるのさ。たとえば、俺は親友特権で、この世界には負荷を与えることなく入りこむことができるが、あいつは普通には入れないから、無理にこじ開けてきた。まあ、向こうはこの世界を壊すつもりで来ているからな。こっちはいい迷惑だ」
「あんたはこの世界を維持したいのか?」
「当然だ。今ちょうど面白くなってきたところだったんだ。今までにない新しい展開だった。もしかしたら長年の追いかけっこに決着がつくかもしれなかった」
まるで芝居の話でもしているようだ。目を輝かせて語るノルトに、彼は冷ややかな眼差しを向けた。
「男がつかまりそうだったのか」
ノルトは指を鳴らし、そのまま人差指で彼をさす。
「まさにそれだ。すごいだろう? 最初は殺し合いをしていたのに、いつのまにやら恋愛沙汰だ。まあ、そこに至るまでには、長い長い年月がかかっているわけだが」
「殺し合い?」
「さすがに直接手をかけたことはないらしいけどな。死体は何度も見ているだろう」
「……いったい、どんな男を追いかけているんだ?」
「自分の思いどおりにならない男だ。その男の魂だけを、飽きもせず求めつづけている。必ず男に転生するのは、それが俺の親友の希望だからなんだろうな。だが、決められるのはそれだけで、自分に振り向かせることはなかなかできないらしい。自分の見ている夢なのにな。不自由なことだ」
「私はあんたの親友の恋愛成就には興味がないが、この世界がなくなるのは非常に困るな」
そっけなく言うと、ノルトはにやにやして彼を見やってから、そうだろうと同意した。
「では、どうすればいい?」
「今この世界に入りこんでいるあいつの分身を外へ叩き出すか、あるいは殺す。小難しい理屈は省略するが、世界の夢を見ている間は、本体に接触できないんだ。まったく無防備な状態になるわけだからな、何重もの防御を敷いている。だからあいつもここに侵入するしかなかったわけだが、ただし、これは危険と隣り合わせの方法でもある。世界が崩壊する前に目覚めなければ、自分も巻き添えを食らう」
「そうすると……どうなる?」
「死ぬさ。神は己の世界の中では万能だが、異界の神はそうではない」
「その異界の神は、今この世界のどこにいる?」
「知ってどうする?」
「殺す」
単純明快な彼の答えに、ノルトは失笑する。
「勇ましいことだが、相手は人間の姿をしていても、一応神様だぞ? おまえの力でかなう相手じゃない」
「だが、他にどんな方法がある? 何もせずにこのまま滅ぼされるのは我慢ならん」
「おいおい。大事なことを忘れていないか? ここは誰が作った世界だ? この世界で全能なのはいったい誰だ?」
そう問われて、彼は愕然とした。
「男の追っかけをしている神か!」
「本当のことだが、おまえに言われると腹が立つな。――そうだ。その悪趣味で被虐趣味な神様だ。奴に直接あいつと対決してもらって、ここから閉め出してもらうか、あるいは殺してもらうかのどちらかしかない。それはあいつ自身、よくわかっていると思うが、今はなかなか動けないんだろう」
「なぜだ? 今は世界の維持が最優先事項のはずだろう?」
「いいや。今の奴にはそれよりも優先すべきことがある。さっきも言っただろう。つかまりそうになっていたと」
彼は顔をしかめて額に手をやった。
「男か!」
「男だ」
「世界がなくなったら、男どころではないだろう」
「奴はその男に自分の正体を知られたくないんだよ。あくまで人間として愛されたいんだ」
「とりあえず、世界の安全を確保してからにしたらどうだ?」
「女心……いや、神心のわからない奴だな。だから、いつまでたっても気づかないんだ」
「何を?」
「おっといかん。俺は不干渉、傍観者。自分の信条に反するところだった。――とにかく、今のおまえにできる最低限のことは死なないこと。ただそれだけだ。絶対に自分の身を捨てて他人を助けたりかばったりするな。いいか、それが誰であってもだ。そうすれば、奴がそのうち何とかするだろう」
「私の命がその神とどう関係がある?」
「くっ、さらに墓穴」
ノルトがそう言ったと同時に、その姿は彼の前から掻き消えた。
「おい、逃げるな!」
「それだけじゃない」
ノルトの声だけが彼に答える。
「あんまり長居をすると、この世界に取りこまれちまうんだ。あっとそれから、こういうときには定番だが、俺のことは誰にも言うなよ」
「安心しろ。こんな話を他人に誤解なく語れる伎倆は私にはない」
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