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蛇足的閑話
邪神狂恋~「第5章 海妖霧散」の「1 銀の指輪」でコタツで寝ている恭司を見ながら〈這い寄る混沌〉が悶々と考えていたこと~
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コタツで眠る少年を前にして、彼はさっきから、目のやり場に困っている。
少しでも気を許せば、少年の薄くて赤い唇に吸い寄せられて。
無性にその唇を自分のそれで塞ぎたい衝動に駆られてしまうのだ。
それでも、彼が己の意地と誇りにかけてその誘惑に耐えるのは。
もし実行して少年に気づかれてしまったら、もう二度と自分を近づけさせてはくれないだろうと。
そればかりが、怖くて怖くて。
もし、そんなことになったら。
もう、存在することすらできない。
***
ありていに言うならば。
やはりこれは〝一目惚れ〟なのだろう。
あの古書店に、突然ふらりと現れた少年を見た瞬間、彼の思考は止まってしまった。
あのときの、あの喜びを何と表現しよう。彼は我を忘れて、奇声を上げてしまいそうだった。
やっと、見つけた。
歪んだ心の奥底で、ずっと焦がれつづけてきたもの。
どうしても見つからなくて、ついには諦めたもの。
ああ、こんなところにいたのか。
でも、もう見つけた。もう離さない。
彼は少年を見失わないようにするためだけに、本来の渡すべき人間から「本」を取り上げ、少年に押しつけた。
そうして「本」を追いかけて、もう一度少年に会った。
少年を改めて見て、彼はまたくらりとした。
やっぱりいい。全然いい。
鳶色の色素の薄い瞳は、すべてを見透かしているようで恐ろしくて。そのくせ、笑ったときの顔は信じられないくらい幼くて。
あんまりくらくらしたので、少年がせっかく入れてくれたコーヒーも、ほとんど飲めなかった(まあ、それはインスタントで、彼には考えられないくらいまずかったせいもあるが)。
「仕事」など、あの人間を殺した時点で、もうどうでもよくはなっていたけれど。
少年を縛りつけたかったから、殺されたくなければ「仕事」をしろと脅したら。
あっさり、殺せと言われてしまった。
それはできないと答えたら、「仕事」の報酬にすら死を望んだ。
こんなに彼を惹きつけた少年は、死に焦がれていた。
やっとやっと会えたのに。
もう離さないと誓ったのに。
少年の中で、今のところ彼のものにできているのは、左の薬指。
そこには今、銀の指輪がはまっている。
会ったその日のうちに、「本」の正体である「銀の鍵」から変化させ、強引に少年の指にはめさせた。
少年はなぜ左の薬指にするのかと激しく怒っていたが。
もちろん、そういう意味でである。
本当は揃いの指輪を作って、自分もはめておこうかなどと考えたこともあるのだが、少年の前では絶対にはめられないし、彼には〝虫除け〟など必要ないので、結局やめた。
それにしても。
どうしてこれほどこの少年が好きなのだろう?
確かに綺麗だけれど、この少年以上に容貌の整った者はいくらでもいるし(でも、彼には関心がない)。
確かに聡明だけれど、この少年以上に天才的な頭脳を持つ者はいくらでもいるし(でも、彼には興味がない)。
いくら考えても答えは出ず。
いつも最後に残るのは、自分は他の誰でもなく、この少年だけが好きなのだという事実だけ。
別に口づけができなくてもかまわないから(いや、本当はそれ以上のこともしてみたいが)、せめてもう少し、自分にも優しくしてくれないものかと。
そう思っていても、口には出せず。
いろいろ理由をつけては、少年の細い体を抱きしめて、ひそかに己を慰めている(それは少年も感づいていて、嫌がっているが、彼はあえて気づかないふりをしている)。
深い深い溜め息を吐きつづけながら、それでもこの少年が好きで好きでたまらない。
〝一目惚れ〟とは、かくも強烈なものなのか。
これでもし、少年が自分のものになったら。
彼は歓喜のあまり、彼を生み出したもののように狂ってしまうかもしれない。
まさか、そこまで見越して、この少年が彼につれないわけではあるまいが。
***
眠る少年もいいが、彼はやはり起きている少年のほうが好きで。
あの鳶色の瞳に見つめられると、体が震えるほどたまらなくて。
早く目覚めてほしいと願いつつ、声には出せない言葉を繰り返す。
――恭司。愛している。
少しでも気を許せば、少年の薄くて赤い唇に吸い寄せられて。
無性にその唇を自分のそれで塞ぎたい衝動に駆られてしまうのだ。
それでも、彼が己の意地と誇りにかけてその誘惑に耐えるのは。
もし実行して少年に気づかれてしまったら、もう二度と自分を近づけさせてはくれないだろうと。
そればかりが、怖くて怖くて。
もし、そんなことになったら。
もう、存在することすらできない。
***
ありていに言うならば。
やはりこれは〝一目惚れ〟なのだろう。
あの古書店に、突然ふらりと現れた少年を見た瞬間、彼の思考は止まってしまった。
あのときの、あの喜びを何と表現しよう。彼は我を忘れて、奇声を上げてしまいそうだった。
やっと、見つけた。
歪んだ心の奥底で、ずっと焦がれつづけてきたもの。
どうしても見つからなくて、ついには諦めたもの。
ああ、こんなところにいたのか。
でも、もう見つけた。もう離さない。
彼は少年を見失わないようにするためだけに、本来の渡すべき人間から「本」を取り上げ、少年に押しつけた。
そうして「本」を追いかけて、もう一度少年に会った。
少年を改めて見て、彼はまたくらりとした。
やっぱりいい。全然いい。
鳶色の色素の薄い瞳は、すべてを見透かしているようで恐ろしくて。そのくせ、笑ったときの顔は信じられないくらい幼くて。
あんまりくらくらしたので、少年がせっかく入れてくれたコーヒーも、ほとんど飲めなかった(まあ、それはインスタントで、彼には考えられないくらいまずかったせいもあるが)。
「仕事」など、あの人間を殺した時点で、もうどうでもよくはなっていたけれど。
少年を縛りつけたかったから、殺されたくなければ「仕事」をしろと脅したら。
あっさり、殺せと言われてしまった。
それはできないと答えたら、「仕事」の報酬にすら死を望んだ。
こんなに彼を惹きつけた少年は、死に焦がれていた。
やっとやっと会えたのに。
もう離さないと誓ったのに。
少年の中で、今のところ彼のものにできているのは、左の薬指。
そこには今、銀の指輪がはまっている。
会ったその日のうちに、「本」の正体である「銀の鍵」から変化させ、強引に少年の指にはめさせた。
少年はなぜ左の薬指にするのかと激しく怒っていたが。
もちろん、そういう意味でである。
本当は揃いの指輪を作って、自分もはめておこうかなどと考えたこともあるのだが、少年の前では絶対にはめられないし、彼には〝虫除け〟など必要ないので、結局やめた。
それにしても。
どうしてこれほどこの少年が好きなのだろう?
確かに綺麗だけれど、この少年以上に容貌の整った者はいくらでもいるし(でも、彼には関心がない)。
確かに聡明だけれど、この少年以上に天才的な頭脳を持つ者はいくらでもいるし(でも、彼には興味がない)。
いくら考えても答えは出ず。
いつも最後に残るのは、自分は他の誰でもなく、この少年だけが好きなのだという事実だけ。
別に口づけができなくてもかまわないから(いや、本当はそれ以上のこともしてみたいが)、せめてもう少し、自分にも優しくしてくれないものかと。
そう思っていても、口には出せず。
いろいろ理由をつけては、少年の細い体を抱きしめて、ひそかに己を慰めている(それは少年も感づいていて、嫌がっているが、彼はあえて気づかないふりをしている)。
深い深い溜め息を吐きつづけながら、それでもこの少年が好きで好きでたまらない。
〝一目惚れ〟とは、かくも強烈なものなのか。
これでもし、少年が自分のものになったら。
彼は歓喜のあまり、彼を生み出したもののように狂ってしまうかもしれない。
まさか、そこまで見越して、この少年が彼につれないわけではあるまいが。
***
眠る少年もいいが、彼はやはり起きている少年のほうが好きで。
あの鳶色の瞳に見つめられると、体が震えるほどたまらなくて。
早く目覚めてほしいと願いつつ、声には出せない言葉を繰り返す。
――恭司。愛している。
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