【完結】虚無の王

邦幸恵紀

文字の大きさ
上 下
20 / 22
終章

十一時三十九分

しおりを挟む
 目を覚ますと、闇にのしかかられていた。しばらく宙を眺めてから、ようやくここが自分のアパートの中だということを思い出した恭司は、身を起こした。
 恭司はコタツで寝ていた。天板の上にはノートパソコンが置いてある。手探りでマウスを動かすと、ディスプレイはデスクトップを表示した。
 闇に慣れた目にはパソコンの光でも眩しく感じる。恭司は目を眇めながらハードディスク内をチェックして、予想どおりの結果に溜め息をついた。

(やっぱり、全部消えてやがる……)

 予想どおりでも少しは気が滅入る。しかし、なくなってしまったものをいつまでも惜しんでいられるほど恭司の根気は長くない。ディスプレイの光を頼りに立ち上がると、蛍光灯の紐を引っ張った。
 闇はたちまち消え去ったが、蛍光灯の白い光は強烈すぎた。思わず呻いて自分の両目を覆う。

(くそー、今何時だ?)

 細い指の隙間から、コタツの上に置いてあったアナログの目覚まし時計を睨みつける。
 十一時分。
 レースのカーテンだけが引かれた窓の外は暗いから、間違いなく夜のそれだろう。
 しばらく、恭司は目を覆ったまま立っていた。が、再びコタツの前に腰を下ろすと、パソコンのワープロソフトを起動させ、よどみなくキーを叩きはじめた……

 ***

 この出だしをもう何度繰り返しているかわからない。今では何も考えずに打てるほどだ。だが、毎回出だしを変えてみたところで、まったくの無駄に終わることもわかっている。だから、これを打っているのは「記録に残す」ためではない。俺の「記憶に残す」ためだ。
 俺も今までいろいろ試してはみた。磁気データだから残らないのかと思い、ノートに書いたり、手紙にしたり、それをいろいろなところに隠したり、しまいにはタイムカプセルなんてものにもしてみたり。
 しかし、いつもあの後には、ノートは白紙に戻っていて、書留にしたはずの手紙はいつになっても届かず(そもそも、書留を出した控えさえなくなっていた)、タイムカプセルに至っては、掘り返すどころか掘られた痕跡さえなかった。
 これは奴のミスなのか、それとも故意なのか。俺にはわからないが、記憶が残っていることは奴には言わなかったし、自分が覚えている限り、最初のときと同じことを言い、同じことをした。
 今のところ、経過は少しずつ違うが、結末はいつも同じだ。奴は初めて会ったあの夜から、またやり直そうとしている。今回はなぜか少し早く目が覚めてしまったが、誤差にもならない誤差だろう。いやはや、奴もあきらめが悪い。
 奴は否定するだろうが、しょせん俺はちっぽけなケシ粒のような存在だ。奴さえその気になれば、簡単に消されることもわかっている。
 だが、奴はそんなケシ粒に、ひざまずいてすがるのだ。力でねじふせればいいものを、無理強いは嫌だと柄にもないことを考えて、何度も何度も同じことを繰り返すのだ。
 滑稽だ。そして、同じくらい哀れだ。
 俺には人類を代表して奴と戦っている気などさらさらない。そんなことはどうだっていい。
 これは、俺の意地と美学。奴の思いどおりにされたくないという俺の意地と、あの滑稽で哀れな男を〈這い寄る混沌〉に戻すという俺の美学。それ以上でも以下でもない。
 ――そろそろ、奴がここに来そうだ。
 時刻は午後十一時四十八分。どうせいつかはきれいさっぱり消えるだろうが、一応この文章は保存しておく。折に触れて眺めれば、頭に残すこともできるだろう。
 おっと、今、鍵があいた。とうとう奴が来たようだ。はて、俺の第一声は何だっただろうか。何度も繰り返していても、度忘れすることはある。
 確かなことは一つだけ。
 これでまたしばらくは、退屈せずに済みそうだ。

  ―了―
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】永遠の旅人

邦幸恵紀
SF
高校生・椎名達也は、未来人が創設した〈時間旅行者協会〉の職員ライアンに腕時計型タイム・マシンを使われ、強引に〈協会〉本部へと連れてこられる。実は達也はマシンなしで時空間移動ができる〝時間跳躍者〟で、ライアンはかつて別時空の達也と偶然会っていた。以来、執念深く達也を捜しつづけたライアンの目的とは。

MIDNIGHT

邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/外面のいい会社員×ツンデレ一見美少年/友人以上恋人未満】 「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」。 三月のある深夜、会社員・鬼頭和臣は、黒ずくめの美少年・霧河雅美にそう忠告される。 未成年に説教される筋合いはないと鬼頭は反発するが、その出会いが、その後の彼の人生を大きく変えてしまうのだった。 ◆「第6回キャラ文芸大賞」で奨励賞をいただきました。ありがとうございました。

熱砂のシャザール

春川桜
キャラ文芸
日本の大学生・瞳が、異国の地で貴人・シャザールと出会って始まる物語

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

追憶の剣聖姫〜剣導部外伝〜

九重死処/shiori
キャラ文芸
脅威の戦跡を刻む神住の原点のお話 本編では語られない神住の秘密が明らかに――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...