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3 天上の間(2)
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D・Dは若い。すごく若い。何でも、飛び級につぐ飛び級で、十五になる前に大学に入り、十七で博士号をとってしまったそうだ。――これだけでも人間離れしている。
それが二年前のことというから、現在の年齢は十九歳ということになる。昨年、他大学からここに入り直した俺よりも、なんと三つも年下だ。
だが、それでもやっぱりD・Dは目上の人である。年下だろうが何だろうが、博士号を持っていて教授と呼ばれている。D・Dの性格はともかく、実績も充分尊敬に値すると思う。しかしだ。
「D・D……もう何度も何度も言っていますがね――」
俺は額を押さえながら言った。
「俺の専攻は、言語分析、なんです。時空分析じゃないんですよ。全然、畑違いじゃないですか」
「そんなことはない」
言下にD・Dは否定した。
「どちらも分析。この際、その分析の対象はどうでもよろしい。大切なのは分析する目と頭だ。君は非常に適性があるよ。まあ聞きたまえ。今回はこれまでとはまったく違う。私の仮説を一気に証明するんだ」
「……何ですって?」
「証明」
D・Dは立ち上がると、デスクの上から電話帳ほどの厚さのある紙の束を持ってきて俺の前に置き、再びソファに座った。いちばん上の紙にはD・Dの字で――彼は年に似合わず非常に達筆だった――〝時空間移動について〟と書かれている。
「何です、これ?」
「ゆうべ遅くに完成させたんだ。私の集大成」
「集大成って……第一、何です、この〝時空間移動〟ってのは?」
そう訊きながら、最初のほうを二、三枚繰ってみたが、カフェテリアのクリームシチュー以上に俺の嫌いな数式がいくつも並んでいるのが目についたので、そのままそっと閉じた。
「私はね、ミズゥ」
いつになく、真面目な顔をしてD・Dは言った。
「若いときから〝時間〟についてずっと考えてきたんだよ」
――十九歳のD・Dの若いときというのは、いったいいくつのときのことだろう。
そう思ったが、D・Dの真剣な様子を見て突っこむのはやめた。
「時間は不可侵。それは我々にとって不変の真理だった。空間を制することはある程度できるが、時間はまったくできない。ゆえに、我々はこぼれてしまったミルクを惜しんで泣く。では、本当に我々は時間に対して無力なのか。ただ、時の流れに翻弄されるままなのか。私の研究はそこからスタートした」
今日のD・Dはやけに饒舌だった。もともとよくしゃべるほうだが、さらに拍車がかかっている。
おまけに、こんなに深刻そうな顔つきで話すD・Dを見るのもこれが初めてだ。その異様な迫力に押された俺は、いつもの嫌味が言えなくて、ただ黙ってまずいコーヒーを飲んだ。
「理論は割合すぐに完成できた。そう……十二、三のときにはほぼできていたな。今ここで君に詳しく説明しているヒマはないが――君も食わず嫌いしていないで、少しは興味持ちたまえよ――思いきり単純に言えば、時間と空間が同質のものであるならば、空間に適用できる種々の法則は、時間にも適用できるはずだということだ。つまり――空間移動できるなら、時間移動もできる。理屈の上では」
「理屈の上でならどんなことでも可能ですよ」
わけのわからない話になってきたので、とうとう俺は嫌味を言ってしまった。
怒られるかと思いきや、D・Dは深くうなずくと、「そのとおりだよ、ミズゥ」と同意した。
「確かに理屈では何とでも言える。それを証明できなければ、ただの大ボラになってしまう。だから今からその証明をするんだ。君の協力のもとにね」
それが二年前のことというから、現在の年齢は十九歳ということになる。昨年、他大学からここに入り直した俺よりも、なんと三つも年下だ。
だが、それでもやっぱりD・Dは目上の人である。年下だろうが何だろうが、博士号を持っていて教授と呼ばれている。D・Dの性格はともかく、実績も充分尊敬に値すると思う。しかしだ。
「D・D……もう何度も何度も言っていますがね――」
俺は額を押さえながら言った。
「俺の専攻は、言語分析、なんです。時空分析じゃないんですよ。全然、畑違いじゃないですか」
「そんなことはない」
言下にD・Dは否定した。
「どちらも分析。この際、その分析の対象はどうでもよろしい。大切なのは分析する目と頭だ。君は非常に適性があるよ。まあ聞きたまえ。今回はこれまでとはまったく違う。私の仮説を一気に証明するんだ」
「……何ですって?」
「証明」
D・Dは立ち上がると、デスクの上から電話帳ほどの厚さのある紙の束を持ってきて俺の前に置き、再びソファに座った。いちばん上の紙にはD・Dの字で――彼は年に似合わず非常に達筆だった――〝時空間移動について〟と書かれている。
「何です、これ?」
「ゆうべ遅くに完成させたんだ。私の集大成」
「集大成って……第一、何です、この〝時空間移動〟ってのは?」
そう訊きながら、最初のほうを二、三枚繰ってみたが、カフェテリアのクリームシチュー以上に俺の嫌いな数式がいくつも並んでいるのが目についたので、そのままそっと閉じた。
「私はね、ミズゥ」
いつになく、真面目な顔をしてD・Dは言った。
「若いときから〝時間〟についてずっと考えてきたんだよ」
――十九歳のD・Dの若いときというのは、いったいいくつのときのことだろう。
そう思ったが、D・Dの真剣な様子を見て突っこむのはやめた。
「時間は不可侵。それは我々にとって不変の真理だった。空間を制することはある程度できるが、時間はまったくできない。ゆえに、我々はこぼれてしまったミルクを惜しんで泣く。では、本当に我々は時間に対して無力なのか。ただ、時の流れに翻弄されるままなのか。私の研究はそこからスタートした」
今日のD・Dはやけに饒舌だった。もともとよくしゃべるほうだが、さらに拍車がかかっている。
おまけに、こんなに深刻そうな顔つきで話すD・Dを見るのもこれが初めてだ。その異様な迫力に押された俺は、いつもの嫌味が言えなくて、ただ黙ってまずいコーヒーを飲んだ。
「理論は割合すぐに完成できた。そう……十二、三のときにはほぼできていたな。今ここで君に詳しく説明しているヒマはないが――君も食わず嫌いしていないで、少しは興味持ちたまえよ――思いきり単純に言えば、時間と空間が同質のものであるならば、空間に適用できる種々の法則は、時間にも適用できるはずだということだ。つまり――空間移動できるなら、時間移動もできる。理屈の上では」
「理屈の上でならどんなことでも可能ですよ」
わけのわからない話になってきたので、とうとう俺は嫌味を言ってしまった。
怒られるかと思いきや、D・Dは深くうなずくと、「そのとおりだよ、ミズゥ」と同意した。
「確かに理屈では何とでも言える。それを証明できなければ、ただの大ボラになってしまう。だから今からその証明をするんだ。君の協力のもとにね」
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