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【番外編】夢のあとさき(ライアン視点)
06 再び桟橋で
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「達也」
彼が名前を呼ぶと、桟橋で膝を抱えて湖を眺めていた黒髪の少年――達也は、振り返って軽く首を傾けた。
「何?」
「お昼御飯ができました」
おどけてそう答えてから、彼は達也の隣に腰を下ろした。
「湖に出たいかい? それならボートを購入するよ?」
「ううん。俺は陸から眺めてるほうが好き」
「そうかい? それならいいんだけど。したいことがあったらいつでも遠慮なく言ってね。でも、浮気は絶対駄目」
「浮気って……」
赤くなった達也が自分から離れようとするのを、両腕で強引に引き寄せる。
「専門学校卒業してからでなくても、私と結婚してくれたっていいじゃないか。アパート代は私が出すから、〈協会〉で一緒に暮らそうよ。卒業したら、君のご両親に挨拶に行くから」
「何の挨拶に行く気だよ」
冷然と達也は言ったが、彼の腕を押しのけたり、隙をついてタイム・ジャンプしたりすることはなかった。
「それはもちろん、『息子さんを私にください』……」
「来るな。絶対に来るな」
「ええ、でもそうしなかったら、君、ご両親にいつになったら結婚するのかってせっつかれたりしないかい?」
「だからって、相手があんたじゃ、かえって揉めるよ……」
「経済力なら絶対の自信があるのに」
「そういう問題じゃ……」
「私が男だからかい?」
「わかってんじゃないか」
「子供が欲しければ、人工的に何人でも作ってあげられるよ?」
「真顔で怖いこと言うなあ」
「でも、私は君だけいればいい」
何か文句を言いかけていた達也は絶句し、照れ隠しのように彼の胸に顔を埋める。
「私としてはいつまでもこうしていたいけど、せっかく作った昼食が冷めてしまうから、続きは食事が済んでからにしないかい?」
「何の続きだよ……」
「夢の続き」
「え?」
思わず顔を上げた達也の額に軽くキスすると、彼は笑いながら達也を両腕で抱き上げた。
「な、何するんだよ!」
達也はあせって暴れたが、彼はまったく意にも介さない。
「懐かしいな。あのときも、君はそう言って嫌がったっけ」
「あのとき?」
「実は、私が君と初めて会った場所は、まさにここなんだよ」
「……ええ?」
「君は覚えていなくて当然だよ。ここには来ていないはずだから」
「ライアンは、そのときの俺じゃなくてもいいの?」
「どの時空でも、君は君だよ。だけど、私が結婚したいのは、いま私の腕の中にいる君だけだ」
「……そんな恥ずかしいこと、平気な顔してよく言えるな……」
「私は恥ずかしいことだと思っていないからね」
真っ赤になっている達也に微笑みかけると、彼は達也を抱き上げたまま、別荘に向かって歩き出した。
「あんた、初対面の俺にもこんなことしてたわけ?」
「あのときの君は裸足だったから。君の足を傷つけないためには、こうするしかないだろう?」
「いや……もっと他にいろいろ方法があったと思うけど……だいたい、今の俺はちゃんと靴履いてるんだから、こんなことする必要、全然ないだろ」
「まあ、いいじゃないか。今ここには私たちしかいないんだし」
「玄関の前に、ルルがいるよ」
「え?」
達也に冷静に指摘されて、あわてて彼が目をやると、いつのまにジャンプしてきたのか、ウムルが涼しい顔で片手を挙げていた。
ちなみに〝ルル〟とは、ウムルが達也を〝小僧〟と呼びつづけるので、それに対抗して達也がつけた愛称(ということになるのだろう、一応)である。〝ウムル・ヤール〟で〝ルル〟だそうだ。
達也には〝ウムル〟は呼びづらい(しかし、名前の〝ヤール〟で呼ぶことは彼が許さない)せいもあったが、ウムルが〝小僧〟と呼ぶのをやめれば、達也も〝ルル〟と呼ぶのをやめると言っているのに、いっこうにウムルがやめようとしないため、いまや〝ルル〟で定着しつつあった。それもまた彼には面白くない。
下に降りたがる達也を強く抱きしめて阻止しつつ、ウムルの鼻先で宣告する。
「ヤール。今度こそ絶交だ」
「これでもう何度目の絶交だろうな」
しかし、ウムルは平然と受け流し、決まり悪そうにしていた達也の前にプラスチックの薄いケースを差し出した。
「ほら、小僧。おまえが見たいって言ってたドラマの最終回だ。ビデオよりDVDのほうがいいだろう」
「え、マジで?」
達也はぱっと表情を輝かせると、ウムルからそのケースを受け取り、説明文を熱心に読み出す。
「ライアン! 降ろして! 見ながら食べる!」
達也に胸を叩かれた彼は、しぶしぶ達也を下に降ろした。と、達也はウムルに礼も言わず、さっさと家の中に入ってしまった。
『そういや昼時か』
確実に狙って来たくせにそう嘯くウムルの襟元を、彼は両手でつかんだ。
『ヤール……私はもう何度も言っているよね? 達也だけは誰にも絶対譲らないって。君は私に喧嘩を売っているのか?』
『俺は別におまえと事を構えるつもりはないが、小僧にはまだ〝小僧〟でいてもらいたいんだ。あの年齢であの幼稚さは貴重だろう』
『それってつまり、達也を馬鹿にしているってことかい?』
彼が引きつった笑みを浮かべたとき、突然ドアが開いて、達也が顔を覗かせた。
「ライアン、ルル、腹減った。喧嘩するなら飯食ってからにして」
冷静にそう言うと、達也は再び家の中に戻ってしまった。
彼とウムルはしばらく黙りこんでから、互いの顔を見合わせた。
『実は、俺たちよりあの小僧のほうが〝大人〟なのかもしれないな……』
『ああ……それは私も時々思うね……』
彼は溜め息をつくと、ウムルから手を離し、玄関のドアを開けた。
―了―
彼が名前を呼ぶと、桟橋で膝を抱えて湖を眺めていた黒髪の少年――達也は、振り返って軽く首を傾けた。
「何?」
「お昼御飯ができました」
おどけてそう答えてから、彼は達也の隣に腰を下ろした。
「湖に出たいかい? それならボートを購入するよ?」
「ううん。俺は陸から眺めてるほうが好き」
「そうかい? それならいいんだけど。したいことがあったらいつでも遠慮なく言ってね。でも、浮気は絶対駄目」
「浮気って……」
赤くなった達也が自分から離れようとするのを、両腕で強引に引き寄せる。
「専門学校卒業してからでなくても、私と結婚してくれたっていいじゃないか。アパート代は私が出すから、〈協会〉で一緒に暮らそうよ。卒業したら、君のご両親に挨拶に行くから」
「何の挨拶に行く気だよ」
冷然と達也は言ったが、彼の腕を押しのけたり、隙をついてタイム・ジャンプしたりすることはなかった。
「それはもちろん、『息子さんを私にください』……」
「来るな。絶対に来るな」
「ええ、でもそうしなかったら、君、ご両親にいつになったら結婚するのかってせっつかれたりしないかい?」
「だからって、相手があんたじゃ、かえって揉めるよ……」
「経済力なら絶対の自信があるのに」
「そういう問題じゃ……」
「私が男だからかい?」
「わかってんじゃないか」
「子供が欲しければ、人工的に何人でも作ってあげられるよ?」
「真顔で怖いこと言うなあ」
「でも、私は君だけいればいい」
何か文句を言いかけていた達也は絶句し、照れ隠しのように彼の胸に顔を埋める。
「私としてはいつまでもこうしていたいけど、せっかく作った昼食が冷めてしまうから、続きは食事が済んでからにしないかい?」
「何の続きだよ……」
「夢の続き」
「え?」
思わず顔を上げた達也の額に軽くキスすると、彼は笑いながら達也を両腕で抱き上げた。
「な、何するんだよ!」
達也はあせって暴れたが、彼はまったく意にも介さない。
「懐かしいな。あのときも、君はそう言って嫌がったっけ」
「あのとき?」
「実は、私が君と初めて会った場所は、まさにここなんだよ」
「……ええ?」
「君は覚えていなくて当然だよ。ここには来ていないはずだから」
「ライアンは、そのときの俺じゃなくてもいいの?」
「どの時空でも、君は君だよ。だけど、私が結婚したいのは、いま私の腕の中にいる君だけだ」
「……そんな恥ずかしいこと、平気な顔してよく言えるな……」
「私は恥ずかしいことだと思っていないからね」
真っ赤になっている達也に微笑みかけると、彼は達也を抱き上げたまま、別荘に向かって歩き出した。
「あんた、初対面の俺にもこんなことしてたわけ?」
「あのときの君は裸足だったから。君の足を傷つけないためには、こうするしかないだろう?」
「いや……もっと他にいろいろ方法があったと思うけど……だいたい、今の俺はちゃんと靴履いてるんだから、こんなことする必要、全然ないだろ」
「まあ、いいじゃないか。今ここには私たちしかいないんだし」
「玄関の前に、ルルがいるよ」
「え?」
達也に冷静に指摘されて、あわてて彼が目をやると、いつのまにジャンプしてきたのか、ウムルが涼しい顔で片手を挙げていた。
ちなみに〝ルル〟とは、ウムルが達也を〝小僧〟と呼びつづけるので、それに対抗して達也がつけた愛称(ということになるのだろう、一応)である。〝ウムル・ヤール〟で〝ルル〟だそうだ。
達也には〝ウムル〟は呼びづらい(しかし、名前の〝ヤール〟で呼ぶことは彼が許さない)せいもあったが、ウムルが〝小僧〟と呼ぶのをやめれば、達也も〝ルル〟と呼ぶのをやめると言っているのに、いっこうにウムルがやめようとしないため、いまや〝ルル〟で定着しつつあった。それもまた彼には面白くない。
下に降りたがる達也を強く抱きしめて阻止しつつ、ウムルの鼻先で宣告する。
「ヤール。今度こそ絶交だ」
「これでもう何度目の絶交だろうな」
しかし、ウムルは平然と受け流し、決まり悪そうにしていた達也の前にプラスチックの薄いケースを差し出した。
「ほら、小僧。おまえが見たいって言ってたドラマの最終回だ。ビデオよりDVDのほうがいいだろう」
「え、マジで?」
達也はぱっと表情を輝かせると、ウムルからそのケースを受け取り、説明文を熱心に読み出す。
「ライアン! 降ろして! 見ながら食べる!」
達也に胸を叩かれた彼は、しぶしぶ達也を下に降ろした。と、達也はウムルに礼も言わず、さっさと家の中に入ってしまった。
『そういや昼時か』
確実に狙って来たくせにそう嘯くウムルの襟元を、彼は両手でつかんだ。
『ヤール……私はもう何度も言っているよね? 達也だけは誰にも絶対譲らないって。君は私に喧嘩を売っているのか?』
『俺は別におまえと事を構えるつもりはないが、小僧にはまだ〝小僧〟でいてもらいたいんだ。あの年齢であの幼稚さは貴重だろう』
『それってつまり、達也を馬鹿にしているってことかい?』
彼が引きつった笑みを浮かべたとき、突然ドアが開いて、達也が顔を覗かせた。
「ライアン、ルル、腹減った。喧嘩するなら飯食ってからにして」
冷静にそう言うと、達也は再び家の中に戻ってしまった。
彼とウムルはしばらく黙りこんでから、互いの顔を見合わせた。
『実は、俺たちよりあの小僧のほうが〝大人〟なのかもしれないな……』
『ああ……それは私も時々思うね……』
彼は溜め息をつくと、ウムルから手を離し、玄関のドアを開けた。
―了―
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