【完結】永遠の旅人

邦幸恵紀

文字の大きさ
上 下
17 / 20
【番外編】夢のあとさき(ライアン視点)

04 パジャマでジャンプ

しおりを挟む
『何でパジャマを着てるんだ?』

 達也がドアの向こうに消えてから、ウムルは冷ややかに彼に訊ねた。

『最初からあの子はあの格好をしていたよ。私が着せたわけじゃない』
『あのカーディガンはおまえのだろ』
『パジャマだけでは寒そうだったからね。そう暖房をきかせるわけにもいかないし』
『……〝達也〟というのか』
『フルネームは〝椎名達也〟。おそらく二十世紀末の生まれだと思うが……名前は訊けても、生年月日まではなかなか訊き出せないな』
『訊き出してどうするんだ。……と訊くだけ野暮か。日本人であの容姿でジャンパーなんて、おまえには鴨ネギだな』
『私はむしろジャンパーじゃないほうがよかったんだがね。でも、ジャンパーでなかったらここに来てもらえなかったわけだから、複雑な心境だよ。……ところで君、いつになったら帰るんだい?』
『まあまあ。俺も日本人と話すのは久しぶりなんだ』

 ウムルはにやにやしながら、達也が座っていたソファのほうに腰を下ろす。

『お、コーヒーを淹れてやったのか。俺にも淹れてくれよ』
『コーヒーと泥水の区別もつかない相手に淹れたくないね』
『おまえだって同じようなもんだろう。よかったな。練習用にコーヒー用意してあって』
『まったくだ。念のため、ミルクと砂糖も用意しておいてよかったよ』

 彼がそう応じたとき、またパタパタと足音を響かせて、達也が戻ってきた。
 すっきりしてきたはずなのに、なぜかうかない表情をしている。

「おかえり。場所はすぐにわかったかい?」
「うん、それはわかったけど……何かこの夢、妙にリアルだなあと思って」

 ――やっと気がついたのか。
 彼はウムルと目を合わせたが、口には出さなかった。

「そんな夢も中にはあるだろう。こういうリアルな夢を見るのは、今回が初めてかい?」
「うーん。何回かあるかな。でも、日本語で話しかけられて、家に招待されたのはこれが初めてだ」
「夢じゃなかったら、完全に犯罪者だな」

 小さく呟いたウムルの顔面に、彼はマグカップをぶつけてやろうかと思ったが、そのとき達也がウムルの横に立った。

「もっと奧行って。俺が座れない」
「た、達也、何もそちらに座らなくても、こちらに座れば……」

 何となく立ったままでいた彼は、あわてて今まで自分が座っていたソファの背もたれを叩いた。

「えー、でも、こっちがいい」

 本人しかわからない理由で達也は拒否すると、珍しく何の文句も言わずに移動したウムルの隣に座り、もうすっかり冷めているだろう自分のコーヒーを飲んだ。

(ここが夢だと思っているせいかもしれないが……ヤールのことをまったく気にもかけていないな)

 ウムルも彼と同じことを感じているのか、あっけにとられたように達也を見ている。

(しかし、私はそういうわけにもいかない。ヤールの前で達也にプロポーズなど絶対できないぞ)

 ウムルは口は悪いが、実は〝子供〟に対する庇護欲が異常に強い。ゆえに、あらゆる意味で子供を苦しめる〝大人〟を激しく憎む。たとえ達也の実年齢が十八歳だったとしても、ウムルにはやはり十二、三歳の〝子供〟に見えていることだろう。
 そんな達也にプロポーズなどしたら、本当に〝立派な変質者で犯罪者〟扱いされてしまう。

(まいったな)

 ウムルの感情も理解できるだけに、これ以上〝帰れ〟とも言えない。
 彼は嘆息すると、自分もソファに腰を下ろし、せめて目で達也を堪能することにした。

(やっぱり可愛いな。……まるであの子がそのまま大きくなったみたいだ)

 ――あの子供を守り抜くことができていたら。
 こんな家で一緒に暮らすことができていたら。
 きっとプロポーズも自然にできていたはずなのに。

「……何だか眠そうだな」

 笑いを噛み殺したようなウムルの声で、彼ははっと我に返った。
 ようやくコーヒーを飲み終えた達也は、ソファの背もたれに寄りかかって目を閉じていた。

「うん、眠い。……夢の中で眠くなるのも変な話だけど」

 と本人は思いこんでいるが、本当は起きているのだから眠くもなる。
 そう考えて、彼はようやく気づいた。

(まずい! このまま達也が眠ってしまったら、今度こそジャンプされてしまう!)

 せめて生年月日だけでも訊ねようと口を開きかけたが、すでに達也はソファの肘掛けを枕にして横になってしまっていた。

(うっ! 可愛い!)

 起こすのをためらってしまうほど、眠りに落ちかけている達也の顔はあどけない。
 しかし、ウムルは躊躇なく達也からカーディガンを剥ぎとると、それを毛布のように達也の体にかけかけた。

『……ヤール。君、何をしているんだね?』

 自分のものだと勝手に思っている達也に触れられたのが面白くなかった彼は、達也を起こさないように声を潜めつつも、不機嫌に眉をひそめた。

『眠っている間にジャンプされるかもしれないんだろう? おまえの服を着たまま戻られたらまずいんじゃないのか?』

 彼の気持ちを知ってか知らずか、ウムルはしれっと答える。

『それはまあそうだが……』

 ――あえて自分の服を着せたまま帰らせて、実はあれは夢ではなかったのだと達也に知ってもらうのもいいような……
 そんなことを考えたとき、床にカーディガンが滑り落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

MIDNIGHT

邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/外面のいい会社員×ツンデレ一見美少年/友人以上恋人未満】 「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」。 三月のある深夜、会社員・鬼頭和臣は、黒ずくめの美少年・霧河雅美にそう忠告される。 未成年に説教される筋合いはないと鬼頭は反発するが、その出会いが、その後の彼の人生を大きく変えてしまうのだった。 ◆「第6回キャラ文芸大賞」で奨励賞をいただきました。ありがとうございました。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

【完結】虚無の王

邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/クトゥルー神話/這い寄る混沌×大学生】 大学生・沼田恭司は、ラヴクラフト以外の人間によって歪められた今の「クトゥルー神話」を正し、自分たちを自由に動けるようにしろと「クトゥルー神話」中の邪神の一柱ナイアーラトテップに迫られる。しかし、それはあくまで建前だった。 ◆『偽神伝』のパラレルです。そのため、内容がかなり被っています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】電脳探偵Y

邦幸恵紀
現代文学
【SF(すこしふしぎ)/人捜し専門探偵事務所/ホラー?】 人捜し専門の探偵事務所「MSS」。しかし、その業務のほとんどは所長の渡辺由貴ではなく、彼の大学時代からの友人・吉野拓己が一手に引き受けている。吉野はどんな人間でもまたたくまに見つけ出す。そこに電脳空間へと通じる扉があるかぎり。 ※表紙のロゴは遠野まさみ様(@masami_h1115)に作成していただきました。ありがとうございました。

世界を発展させろ

世界を征服する者
SF
創造神と女神に5歳の子供に転生された石崎 康成【いしざき やすなり】が天才を見せつけながら魔王と戦いながら世界を発展させていくお話

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

処理中です...