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【番外編】夢のあとさき(ライアン視点)
04 パジャマでジャンプ
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『何でパジャマを着てるんだ?』
達也がドアの向こうに消えてから、ウムルは冷ややかに彼に訊ねた。
『最初からあの子はあの格好をしていたよ。私が着せたわけじゃない』
『あのカーディガンはおまえのだろ』
『パジャマだけでは寒そうだったからね。そう暖房をきかせるわけにもいかないし』
『……〝達也〟というのか』
『フルネームは〝椎名達也〟。おそらく二十世紀末の生まれだと思うが……名前は訊けても、生年月日まではなかなか訊き出せないな』
『訊き出してどうするんだ。……と訊くだけ野暮か。日本人であの容姿でジャンパーなんて、おまえには鴨ネギだな』
『私はむしろジャンパーじゃないほうがよかったんだがね。でも、ジャンパーでなかったらここに来てもらえなかったわけだから、複雑な心境だよ。……ところで君、いつになったら帰るんだい?』
『まあまあ。俺も日本人と話すのは久しぶりなんだ』
ウムルはにやにやしながら、達也が座っていたソファのほうに腰を下ろす。
『お、コーヒーを淹れてやったのか。俺にも淹れてくれよ』
『コーヒーと泥水の区別もつかない相手に淹れたくないね』
『おまえだって同じようなもんだろう。よかったな。練習用にコーヒー用意してあって』
『まったくだ。念のため、ミルクと砂糖も用意しておいてよかったよ』
彼がそう応じたとき、またパタパタと足音を響かせて、達也が戻ってきた。
すっきりしてきたはずなのに、なぜかうかない表情をしている。
「おかえり。場所はすぐにわかったかい?」
「うん、それはわかったけど……何かこの夢、妙にリアルだなあと思って」
――やっと気がついたのか。
彼はウムルと目を合わせたが、口には出さなかった。
「そんな夢も中にはあるだろう。こういうリアルな夢を見るのは、今回が初めてかい?」
「うーん。何回かあるかな。でも、日本語で話しかけられて、家に招待されたのはこれが初めてだ」
「夢じゃなかったら、完全に犯罪者だな」
小さく呟いたウムルの顔面に、彼はマグカップをぶつけてやろうかと思ったが、そのとき達也がウムルの横に立った。
「もっと奧行って。俺が座れない」
「た、達也、何もそちらに座らなくても、こちらに座れば……」
何となく立ったままでいた彼は、あわてて今まで自分が座っていたソファの背もたれを叩いた。
「えー、でも、こっちがいい」
本人しかわからない理由で達也は拒否すると、珍しく何の文句も言わずに移動したウムルの隣に座り、もうすっかり冷めているだろう自分のコーヒーを飲んだ。
(ここが夢だと思っているせいかもしれないが……ヤールのことをまったく気にもかけていないな)
ウムルも彼と同じことを感じているのか、あっけにとられたように達也を見ている。
(しかし、私はそういうわけにもいかない。ヤールの前で達也にプロポーズなど絶対できないぞ)
ウムルは口は悪いが、実は〝子供〟に対する庇護欲が異常に強い。ゆえに、あらゆる意味で子供を苦しめる〝大人〟を激しく憎む。たとえ達也の実年齢が十八歳だったとしても、ウムルにはやはり十二、三歳の〝子供〟に見えていることだろう。
そんな達也にプロポーズなどしたら、本当に〝立派な変質者で犯罪者〟扱いされてしまう。
(まいったな)
ウムルの感情も理解できるだけに、これ以上〝帰れ〟とも言えない。
彼は嘆息すると、自分もソファに腰を下ろし、せめて目で達也を堪能することにした。
(やっぱり可愛いな。……まるであの子がそのまま大きくなったみたいだ)
――あの子供を守り抜くことができていたら。
こんな家で一緒に暮らすことができていたら。
きっとプロポーズも自然にできていたはずなのに。
「……何だか眠そうだな」
笑いを噛み殺したようなウムルの声で、彼ははっと我に返った。
ようやくコーヒーを飲み終えた達也は、ソファの背もたれに寄りかかって目を閉じていた。
「うん、眠い。……夢の中で眠くなるのも変な話だけど」
と本人は思いこんでいるが、本当は起きているのだから眠くもなる。
そう考えて、彼はようやく気づいた。
(まずい! このまま達也が眠ってしまったら、今度こそジャンプされてしまう!)
せめて生年月日だけでも訊ねようと口を開きかけたが、すでに達也はソファの肘掛けを枕にして横になってしまっていた。
(うっ! 可愛い!)
起こすのをためらってしまうほど、眠りに落ちかけている達也の顔はあどけない。
しかし、ウムルは躊躇なく達也からカーディガンを剥ぎとると、それを毛布のように達也の体にかけかけた。
『……ヤール。君、何をしているんだね?』
自分のものだと勝手に思っている達也に触れられたのが面白くなかった彼は、達也を起こさないように声を潜めつつも、不機嫌に眉をひそめた。
『眠っている間にジャンプされるかもしれないんだろう? おまえの服を着たまま戻られたらまずいんじゃないのか?』
彼の気持ちを知ってか知らずか、ウムルはしれっと答える。
『それはまあそうだが……』
――あえて自分の服を着せたまま帰らせて、実はあれは夢ではなかったのだと達也に知ってもらうのもいいような……
そんなことを考えたとき、床にカーディガンが滑り落ちた。
達也がドアの向こうに消えてから、ウムルは冷ややかに彼に訊ねた。
『最初からあの子はあの格好をしていたよ。私が着せたわけじゃない』
『あのカーディガンはおまえのだろ』
『パジャマだけでは寒そうだったからね。そう暖房をきかせるわけにもいかないし』
『……〝達也〟というのか』
『フルネームは〝椎名達也〟。おそらく二十世紀末の生まれだと思うが……名前は訊けても、生年月日まではなかなか訊き出せないな』
『訊き出してどうするんだ。……と訊くだけ野暮か。日本人であの容姿でジャンパーなんて、おまえには鴨ネギだな』
『私はむしろジャンパーじゃないほうがよかったんだがね。でも、ジャンパーでなかったらここに来てもらえなかったわけだから、複雑な心境だよ。……ところで君、いつになったら帰るんだい?』
『まあまあ。俺も日本人と話すのは久しぶりなんだ』
ウムルはにやにやしながら、達也が座っていたソファのほうに腰を下ろす。
『お、コーヒーを淹れてやったのか。俺にも淹れてくれよ』
『コーヒーと泥水の区別もつかない相手に淹れたくないね』
『おまえだって同じようなもんだろう。よかったな。練習用にコーヒー用意してあって』
『まったくだ。念のため、ミルクと砂糖も用意しておいてよかったよ』
彼がそう応じたとき、またパタパタと足音を響かせて、達也が戻ってきた。
すっきりしてきたはずなのに、なぜかうかない表情をしている。
「おかえり。場所はすぐにわかったかい?」
「うん、それはわかったけど……何かこの夢、妙にリアルだなあと思って」
――やっと気がついたのか。
彼はウムルと目を合わせたが、口には出さなかった。
「そんな夢も中にはあるだろう。こういうリアルな夢を見るのは、今回が初めてかい?」
「うーん。何回かあるかな。でも、日本語で話しかけられて、家に招待されたのはこれが初めてだ」
「夢じゃなかったら、完全に犯罪者だな」
小さく呟いたウムルの顔面に、彼はマグカップをぶつけてやろうかと思ったが、そのとき達也がウムルの横に立った。
「もっと奧行って。俺が座れない」
「た、達也、何もそちらに座らなくても、こちらに座れば……」
何となく立ったままでいた彼は、あわてて今まで自分が座っていたソファの背もたれを叩いた。
「えー、でも、こっちがいい」
本人しかわからない理由で達也は拒否すると、珍しく何の文句も言わずに移動したウムルの隣に座り、もうすっかり冷めているだろう自分のコーヒーを飲んだ。
(ここが夢だと思っているせいかもしれないが……ヤールのことをまったく気にもかけていないな)
ウムルも彼と同じことを感じているのか、あっけにとられたように達也を見ている。
(しかし、私はそういうわけにもいかない。ヤールの前で達也にプロポーズなど絶対できないぞ)
ウムルは口は悪いが、実は〝子供〟に対する庇護欲が異常に強い。ゆえに、あらゆる意味で子供を苦しめる〝大人〟を激しく憎む。たとえ達也の実年齢が十八歳だったとしても、ウムルにはやはり十二、三歳の〝子供〟に見えていることだろう。
そんな達也にプロポーズなどしたら、本当に〝立派な変質者で犯罪者〟扱いされてしまう。
(まいったな)
ウムルの感情も理解できるだけに、これ以上〝帰れ〟とも言えない。
彼は嘆息すると、自分もソファに腰を下ろし、せめて目で達也を堪能することにした。
(やっぱり可愛いな。……まるであの子がそのまま大きくなったみたいだ)
――あの子供を守り抜くことができていたら。
こんな家で一緒に暮らすことができていたら。
きっとプロポーズも自然にできていたはずなのに。
「……何だか眠そうだな」
笑いを噛み殺したようなウムルの声で、彼ははっと我に返った。
ようやくコーヒーを飲み終えた達也は、ソファの背もたれに寄りかかって目を閉じていた。
「うん、眠い。……夢の中で眠くなるのも変な話だけど」
と本人は思いこんでいるが、本当は起きているのだから眠くもなる。
そう考えて、彼はようやく気づいた。
(まずい! このまま達也が眠ってしまったら、今度こそジャンプされてしまう!)
せめて生年月日だけでも訊ねようと口を開きかけたが、すでに達也はソファの肘掛けを枕にして横になってしまっていた。
(うっ! 可愛い!)
起こすのをためらってしまうほど、眠りに落ちかけている達也の顔はあどけない。
しかし、ウムルは躊躇なく達也からカーディガンを剥ぎとると、それを毛布のように達也の体にかけかけた。
『……ヤール。君、何をしているんだね?』
自分のものだと勝手に思っている達也に触れられたのが面白くなかった彼は、達也を起こさないように声を潜めつつも、不機嫌に眉をひそめた。
『眠っている間にジャンプされるかもしれないんだろう? おまえの服を着たまま戻られたらまずいんじゃないのか?』
彼の気持ちを知ってか知らずか、ウムルはしれっと答える。
『それはまあそうだが……』
――あえて自分の服を着せたまま帰らせて、実はあれは夢ではなかったのだと達也に知ってもらうのもいいような……
そんなことを考えたとき、床にカーディガンが滑り落ちた。
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