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【番外編】夢のあとさき(ライアン視点)
01 桟橋で
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湖べりに建つその別荘は、彼が思い描いていた理想の家にきわめて近かった。
一目見て彼は気に入り、思わず衝動買いしてしまった。
だが、そうして自分のものにしてみても、その家が欲しかった動機はもう彼にはない。
(我ながら、むなしい買い物をしてしまったな)
別荘の前で、鏡のような湖面を眺めながら、彼は苦く笑った。
別荘はもちろん、この湖ごと周囲の土地も購入したから、ここに彼以外の人間が足を踏み入れることはない。
しかし、彼が何気なく視線を巡らせると、先ほどまで無人だったはずの桟橋に人がいた。
(え?)
彼がこれほど驚いたのは、ずいぶん久しぶりのことだった。驚きすぎて、しばらく身動きがとれなかったほどだ。
(幻覚か?)
本気でそう思った。あまりにも自分の願望どおりだったから。
(でも、もしかしたら――)
彼は幻かもしれないその謎の侵入者に、ゆっくりと歩み寄った。
本当は走っていって思いきり抱きしめたかったが、見知らぬ金髪男にいきなりそんなことをされたら怯えられてしまうだろう。
「やあ、こんにちは」
彼は今はない国の言葉で、あくまで散歩の途中で偶然行きあったふうを装って、愛想よく挨拶をした。
侵入者は――少年は、大きく目を見開いて彼を見上げた。
濡れたような黒髪と、きめの細かい肌。黒目がちの瞳の虹彩はほとんど茶色だ。
(ああ、やっぱりそうだ)
あまりの懐かしさに、彼は泣きたくなった。
(やっぱり、この少年はあの国の――)
「一応、ここは私の私有地なんだけど。……どこから来たんだい?」
「日本」
彼の予想どおりの答えを返してから、少年は訝しそうに首をひねった。
「でも……これ、夢だろ?」
再び、彼は驚かされた。
だが、そう言われてみれば、少年は濃紺のパジャマ姿で、素足で桟橋に立っている。
(たぶん……寝たままタイム・ジャンプしてしまったんだな)
だとしたら、何とも豪快な寝ぼけである。彼はつい笑ってしまった。
「ああ、夢だ。だから、これから私につきあってくれてもいいだろう?」
少年は少し考えてから、あっさり答えた。
「うん。夢ならいいや。別に俺、やりたいことないし」
「どうもありがとう。それなら名前を訊ねてもいいかな? 私はライアン・キーツ。ライアンが姓で名前がキーツだから、できればキーツと呼んでほしい」
「姓が先なんだ」
少年には、そちらのほうが気になったようである。
「そう。君の国と同じだよ」
「ふうん。でも、呼ぶなら〝ライアン〟のほうがいいな。そっちのがかっこいい」
「そうかい? まあ、君が呼んでくれるならどちらでもいいけど。それより、君の名前……」
「椎名達也」
無造作に少年――達也は答えた。
「俺は〝椎名〟でも〝達也〟でもどっちでもいいよ」
「もちろん、〝達也〟と呼ばせてもらうよ」
真剣に彼は言った。
椎名達也。いい名前だ。平凡かもしれないが、甘すぎないところがいい。
「達也は学生かい?」
「うん。高三」
彼は一瞬、言葉を失った。
(中学生ではなく高校生? じゃあ、年齢は十七歳か十八歳?)
恐るべき童顔である。でも可愛い。
「……そうか。とりあえず、私の別荘に来ないか? その格好では寒いだろう」
「別荘?」
「あの家だよ」
彼が振り返って別荘を指さすと、達也は感心したような顔をした。
「すごい、あんた金持ち? ……って、これ夢なんだっけ」
「そうそう、夢だよ。夢だから、こういうことをされても気にしない」
彼は笑いながら、達也を両腕でひょいと抱き上げた。
「な、何するんだよ!」
達也はあせって暴れたが、彼はまったく動じなかった。
「君、裸足じゃないか。ここから歩いたら、足を怪我するよ」
「夢なんだから、怪我なんかするわけない」
「そんなことはないよ。現に今、私に触られているという感覚はあるだろう? それなら石を踏んだら痛い思いをするはずだ」
「うーん……」
達也が唸っている間に、彼は大股で別荘に戻っていった。
(可愛い……なんて可愛いんだ……)
彼は必死で平静なふりをして、達也を抱えたまま器用に別荘のドアを開けた。
一目見て彼は気に入り、思わず衝動買いしてしまった。
だが、そうして自分のものにしてみても、その家が欲しかった動機はもう彼にはない。
(我ながら、むなしい買い物をしてしまったな)
別荘の前で、鏡のような湖面を眺めながら、彼は苦く笑った。
別荘はもちろん、この湖ごと周囲の土地も購入したから、ここに彼以外の人間が足を踏み入れることはない。
しかし、彼が何気なく視線を巡らせると、先ほどまで無人だったはずの桟橋に人がいた。
(え?)
彼がこれほど驚いたのは、ずいぶん久しぶりのことだった。驚きすぎて、しばらく身動きがとれなかったほどだ。
(幻覚か?)
本気でそう思った。あまりにも自分の願望どおりだったから。
(でも、もしかしたら――)
彼は幻かもしれないその謎の侵入者に、ゆっくりと歩み寄った。
本当は走っていって思いきり抱きしめたかったが、見知らぬ金髪男にいきなりそんなことをされたら怯えられてしまうだろう。
「やあ、こんにちは」
彼は今はない国の言葉で、あくまで散歩の途中で偶然行きあったふうを装って、愛想よく挨拶をした。
侵入者は――少年は、大きく目を見開いて彼を見上げた。
濡れたような黒髪と、きめの細かい肌。黒目がちの瞳の虹彩はほとんど茶色だ。
(ああ、やっぱりそうだ)
あまりの懐かしさに、彼は泣きたくなった。
(やっぱり、この少年はあの国の――)
「一応、ここは私の私有地なんだけど。……どこから来たんだい?」
「日本」
彼の予想どおりの答えを返してから、少年は訝しそうに首をひねった。
「でも……これ、夢だろ?」
再び、彼は驚かされた。
だが、そう言われてみれば、少年は濃紺のパジャマ姿で、素足で桟橋に立っている。
(たぶん……寝たままタイム・ジャンプしてしまったんだな)
だとしたら、何とも豪快な寝ぼけである。彼はつい笑ってしまった。
「ああ、夢だ。だから、これから私につきあってくれてもいいだろう?」
少年は少し考えてから、あっさり答えた。
「うん。夢ならいいや。別に俺、やりたいことないし」
「どうもありがとう。それなら名前を訊ねてもいいかな? 私はライアン・キーツ。ライアンが姓で名前がキーツだから、できればキーツと呼んでほしい」
「姓が先なんだ」
少年には、そちらのほうが気になったようである。
「そう。君の国と同じだよ」
「ふうん。でも、呼ぶなら〝ライアン〟のほうがいいな。そっちのがかっこいい」
「そうかい? まあ、君が呼んでくれるならどちらでもいいけど。それより、君の名前……」
「椎名達也」
無造作に少年――達也は答えた。
「俺は〝椎名〟でも〝達也〟でもどっちでもいいよ」
「もちろん、〝達也〟と呼ばせてもらうよ」
真剣に彼は言った。
椎名達也。いい名前だ。平凡かもしれないが、甘すぎないところがいい。
「達也は学生かい?」
「うん。高三」
彼は一瞬、言葉を失った。
(中学生ではなく高校生? じゃあ、年齢は十七歳か十八歳?)
恐るべき童顔である。でも可愛い。
「……そうか。とりあえず、私の別荘に来ないか? その格好では寒いだろう」
「別荘?」
「あの家だよ」
彼が振り返って別荘を指さすと、達也は感心したような顔をした。
「すごい、あんた金持ち? ……って、これ夢なんだっけ」
「そうそう、夢だよ。夢だから、こういうことをされても気にしない」
彼は笑いながら、達也を両腕でひょいと抱き上げた。
「な、何するんだよ!」
達也はあせって暴れたが、彼はまったく動じなかった。
「君、裸足じゃないか。ここから歩いたら、足を怪我するよ」
「夢なんだから、怪我なんかするわけない」
「そんなことはないよ。現に今、私に触られているという感覚はあるだろう? それなら石を踏んだら痛い思いをするはずだ」
「うーん……」
達也が唸っている間に、彼は大股で別荘に戻っていった。
(可愛い……なんて可愛いんだ……)
彼は必死で平静なふりをして、達也を抱えたまま器用に別荘のドアを開けた。
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