13 / 13
13
しおりを挟む
妖魔王たちが彼に与えた罰は、死ぬより辛いと言われる〝蝕〟であった。
体に魔界の肉食性の蟲を埋めこまれ、生きながら食われる。
その蟲の食べる速度は非常に遅く、しかも、脳には最後まで手をつけない。そのため、蟲に食われる者は、命が尽きる寸前まで断末魔の苦しみを味わうことになる。
これは魔族にとっての極刑であり、滅多に下されるものではない。普通は卑劣な裏切り行為を働いた者や、魔族を窮地に陥れた者に科せられる。
それでも、魔族の幹部クラスでこの刑を受けた者はかつていない。今回の件で妖魔王たちがいかに彼を憎み妬んだか、このことだけでも知れた。
その刑の決定を、彼は何の驚きも恐怖もなく受け止めた。むしろ、幽魔王を死なせるという大罪を犯した自分には最もふさわしい罰だと思った。
彼を魔界へと移送したのは、妖魔王の古株の中でいちばん若いDだった。
たとえ力を封じられていても、妖魔王クラスの魔族ともなれば万が一ということもある。妖魔王たちは念のため、責任者として妖魔王を一人つけることにしたのだろう。
Dは彼の縄張りからは遠く離れた東の果ての妖魔王で、彼とは会合のときくらいしか会ったことがない。だが、なぜかDは彼に同情的だった。
「〝二十一番〟のように狂ったほうが、楽に死なせてもらえたな」
結界に閉じこめられ、封印縄で何重にも縛られた彼にDは言った。
彼はただ苦く笑った。〝二十一番〟のように狂えない自分は、きっと〝二十一番〟よりも罪深いのだろう。
彼の表情を無言で眺めてから、Dは世間話でもするようにこう切り出した。
「昨日、おまえの精魔王が、幽魔王の一人を殺しに行ったそうだ」
自分でも驚くほど何の感情も湧かなかった。ただ、あの精魔王ならそうするかもしれないと他人事のように思った。
幽魔王を抱いた自分にではなく、抱かれた幽魔王に怒りの矛先を向けるところが、いかにもあの精魔王らしかった。
「すぐに妖魔王が駆けつけたが、妖魔王が手を下す前に、幽魔王がその精魔王を消した。おそらく、妖魔王が精魔王を殺しては、あとあと揉め事になると考えたのだろう。精霊族に憎まれるのは慣れていると、その幽魔王は言っていたそうだ」
「……うらやましい」
「何?」
彼が口の中で呟いた言葉は、Dにはよく聞き取れなかったようだ。しかし、彼は言い直さず、まったく別のことを言った。
「これは言うつもりはなかったが」
「何だ?」
「俺の幽魔王が死ぬ前に、どこの幽魔王かはわからないが、〝半身〟を見つけたような幸せな気分でいると言った。たぶん、人間と付き合っているんだろう。俺にはもうどうでもいいことだが、調べて何らかの手立てを打ったほうがいいんじゃないのか? これ以上幽魔王の数を減らさないために」
Dの表情が硬くなった。だが、その口から出た答えは意外なものだった。
「調べる必要はない」
「なぜ?」
「その幽魔王は、たぶん俺の幽魔王だ」
死んでいた彼の心が、わずかに動いた。
どこかに必ずいるとは思っていたが、まさかこのDの幽魔王だったとは。
もし、その幽魔王に〝半身〟がいなかったら、彼は幽魔王を失わずに済んでいたかもしれない――
「わかっていながら、なぜ何もしない?」
おまえがもっとしっかりしていればという恨みをこめて、彼はDをなじった。
Dはおまえにそんなことを言われる筋合いはないとでも言いたげだったが、言葉にはしなかった。
「監視はしている。その人間の身元も確認済みだ。平凡な男だが、害はなさそうなので放っておいてある。今のところはな」
「〝半身〟だぞ。もう害は出ている」
冷ややかに揶揄した彼の顔を、Dは眉をひそめて見下ろした。
「おまえ……もしや、それで幽魔王を……?」
彼はかすかに笑って答えなかった。
Dはさらに何か言いかけたが、そのとき、魔族の一人が現れて、Dに準備が整いましたと声をかけた。
「わかった」
Dはその魔族を下がらせると、再び彼に向き直った。
「時間だ。語りたくないことは、そのまま冥府へ持っていけ。だが、俺なら幽魔王が愛した人間を殺して、幽魔王に殺される道を選ぶがな」
彼は目を剥いた。
しかし、そのときにはもうDは、彼に背中を向けていた。
なるほど、そういう道もあったかと思う。だが、幽魔王のいない今、悔いてみても詮ないことだ。彼にはもう、恐れるものも何もない。
ただ――
一つだけ、心残りがあった。
幽魔王に、あの言葉を言えなかった。
うっかり、言い忘れてしまった。
残念ながら、〝二十一番〟の妖魔王に先を越されてしまったが、それでも一度、幽魔王に言ってみたかった。
もし言っていたら、幽魔王はどんな顔をしただろうか。やはりあのときと同じように、苦い笑みを浮かべただろうか。
それでも、せめて〝蟲〟に体中を食い荒らされ、意識がなくなるまでの間だけは、この言葉を繰り返すことを許して欲しい。もう二度と、永遠に、彼の幽魔王には届かないけれど。
――愛している。ずっと。
―了―
体に魔界の肉食性の蟲を埋めこまれ、生きながら食われる。
その蟲の食べる速度は非常に遅く、しかも、脳には最後まで手をつけない。そのため、蟲に食われる者は、命が尽きる寸前まで断末魔の苦しみを味わうことになる。
これは魔族にとっての極刑であり、滅多に下されるものではない。普通は卑劣な裏切り行為を働いた者や、魔族を窮地に陥れた者に科せられる。
それでも、魔族の幹部クラスでこの刑を受けた者はかつていない。今回の件で妖魔王たちがいかに彼を憎み妬んだか、このことだけでも知れた。
その刑の決定を、彼は何の驚きも恐怖もなく受け止めた。むしろ、幽魔王を死なせるという大罪を犯した自分には最もふさわしい罰だと思った。
彼を魔界へと移送したのは、妖魔王の古株の中でいちばん若いDだった。
たとえ力を封じられていても、妖魔王クラスの魔族ともなれば万が一ということもある。妖魔王たちは念のため、責任者として妖魔王を一人つけることにしたのだろう。
Dは彼の縄張りからは遠く離れた東の果ての妖魔王で、彼とは会合のときくらいしか会ったことがない。だが、なぜかDは彼に同情的だった。
「〝二十一番〟のように狂ったほうが、楽に死なせてもらえたな」
結界に閉じこめられ、封印縄で何重にも縛られた彼にDは言った。
彼はただ苦く笑った。〝二十一番〟のように狂えない自分は、きっと〝二十一番〟よりも罪深いのだろう。
彼の表情を無言で眺めてから、Dは世間話でもするようにこう切り出した。
「昨日、おまえの精魔王が、幽魔王の一人を殺しに行ったそうだ」
自分でも驚くほど何の感情も湧かなかった。ただ、あの精魔王ならそうするかもしれないと他人事のように思った。
幽魔王を抱いた自分にではなく、抱かれた幽魔王に怒りの矛先を向けるところが、いかにもあの精魔王らしかった。
「すぐに妖魔王が駆けつけたが、妖魔王が手を下す前に、幽魔王がその精魔王を消した。おそらく、妖魔王が精魔王を殺しては、あとあと揉め事になると考えたのだろう。精霊族に憎まれるのは慣れていると、その幽魔王は言っていたそうだ」
「……うらやましい」
「何?」
彼が口の中で呟いた言葉は、Dにはよく聞き取れなかったようだ。しかし、彼は言い直さず、まったく別のことを言った。
「これは言うつもりはなかったが」
「何だ?」
「俺の幽魔王が死ぬ前に、どこの幽魔王かはわからないが、〝半身〟を見つけたような幸せな気分でいると言った。たぶん、人間と付き合っているんだろう。俺にはもうどうでもいいことだが、調べて何らかの手立てを打ったほうがいいんじゃないのか? これ以上幽魔王の数を減らさないために」
Dの表情が硬くなった。だが、その口から出た答えは意外なものだった。
「調べる必要はない」
「なぜ?」
「その幽魔王は、たぶん俺の幽魔王だ」
死んでいた彼の心が、わずかに動いた。
どこかに必ずいるとは思っていたが、まさかこのDの幽魔王だったとは。
もし、その幽魔王に〝半身〟がいなかったら、彼は幽魔王を失わずに済んでいたかもしれない――
「わかっていながら、なぜ何もしない?」
おまえがもっとしっかりしていればという恨みをこめて、彼はDをなじった。
Dはおまえにそんなことを言われる筋合いはないとでも言いたげだったが、言葉にはしなかった。
「監視はしている。その人間の身元も確認済みだ。平凡な男だが、害はなさそうなので放っておいてある。今のところはな」
「〝半身〟だぞ。もう害は出ている」
冷ややかに揶揄した彼の顔を、Dは眉をひそめて見下ろした。
「おまえ……もしや、それで幽魔王を……?」
彼はかすかに笑って答えなかった。
Dはさらに何か言いかけたが、そのとき、魔族の一人が現れて、Dに準備が整いましたと声をかけた。
「わかった」
Dはその魔族を下がらせると、再び彼に向き直った。
「時間だ。語りたくないことは、そのまま冥府へ持っていけ。だが、俺なら幽魔王が愛した人間を殺して、幽魔王に殺される道を選ぶがな」
彼は目を剥いた。
しかし、そのときにはもうDは、彼に背中を向けていた。
なるほど、そういう道もあったかと思う。だが、幽魔王のいない今、悔いてみても詮ないことだ。彼にはもう、恐れるものも何もない。
ただ――
一つだけ、心残りがあった。
幽魔王に、あの言葉を言えなかった。
うっかり、言い忘れてしまった。
残念ながら、〝二十一番〟の妖魔王に先を越されてしまったが、それでも一度、幽魔王に言ってみたかった。
もし言っていたら、幽魔王はどんな顔をしただろうか。やはりあのときと同じように、苦い笑みを浮かべただろうか。
それでも、せめて〝蟲〟に体中を食い荒らされ、意識がなくなるまでの間だけは、この言葉を繰り返すことを許して欲しい。もう二度と、永遠に、彼の幽魔王には届かないけれど。
――愛している。ずっと。
―了―
0
お気に入りに追加
9
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
僕らが描いた夢の先へ
むらさきおいも
BL
平和だったこの国はいつしか得体の知れない妖魔に支配されるようになった。
妖魔は人々を操り村や町をどんどん支配していき、一部の村は廃墟と化していた。
師範の元で剣術を学ぶ俺らは、妖魔討伐の戦力として城に常駐し、戦闘態勢を整えている。
その中でも数少ない異能の持ち主のルシア。
彼は癒しの力を持っているが、その力は無限では無いので力の回復が必要となる。
日々討伐に明け暮れ寝るだけでは回復もままらない時は、交わりによって回復させならければならない。
その相手となるのが同じ隊のカイル。
最初は仕方なく受け入れていたものの、カイルの優しさに惹かれていくルシアは自分の気持ちの変化に気がつく…
カイルと離れたくない。
俺は絶対にカイルを守るんだ!
仲間愛も兄弟愛もあるイケメン剣士のキュンキュンラブストーリー♡

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる