【完結】死セル君。【三魔王シリーズ1】

邦幸恵紀

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 妖魔王たちが彼に与えた罰は、死ぬより辛いと言われる〝しょく〟であった。
 体に魔界の肉食性の蟲を埋めこまれ、生きながら食われる。
 その蟲の食べる速度は非常に遅く、しかも、脳には最後まで手をつけない。そのため、蟲に食われる者は、命が尽きる寸前まで断末魔の苦しみを味わうことになる。
 これは魔族にとっての極刑であり、滅多に下されるものではない。普通は卑劣な裏切り行為を働いた者や、魔族を窮地に陥れた者に科せられる。
 それでも、魔族の幹部クラスでこの刑を受けた者はかつていない。今回の件で妖魔王たちがいかに彼を憎み妬んだか、このことだけでも知れた。
 その刑の決定を、彼は何の驚きも恐怖もなく受け止めた。むしろ、幽魔王を死なせるという大罪を犯した自分には最もふさわしい罰だと思った。
 彼を魔界へと移送したのは、妖魔王の古株の中でいちばん若いDだった。
 たとえ力を封じられていても、妖魔王クラスの魔族ともなれば万が一ということもある。妖魔王たちは念のため、責任者として妖魔王を一人つけることにしたのだろう。
 Dは彼の縄張りからは遠く離れた東の果ての妖魔王で、彼とは会合のときくらいしか会ったことがない。だが、なぜかDは彼に同情的だった。

「〝二十一番〟のように狂ったほうが、楽に死なせてもらえたな」

 結界に閉じこめられ、封印縄で何重にも縛られた彼にDは言った。
 彼はただ苦く笑った。〝二十一番〟のように狂えない自分は、きっと〝二十一番〟よりも罪深いのだろう。
 彼の表情を無言で眺めてから、Dは世間話でもするようにこう切り出した。

「昨日、おまえの精魔王が、幽魔王の一人を殺しに行ったそうだ」

 自分でも驚くほど何の感情も湧かなかった。ただ、あの精魔王ならそうするかもしれないと他人事のように思った。
 幽魔王を抱いた自分にではなく、抱かれた幽魔王に怒りの矛先を向けるところが、いかにもあの精魔王らしかった。

「すぐに妖魔王が駆けつけたが、妖魔王が手を下す前に、幽魔王がその精魔王を消した。おそらく、妖魔王が精魔王を殺しては、あとあと揉め事になると考えたのだろう。精霊族に憎まれるのは慣れていると、その幽魔王は言っていたそうだ」
「……うらやましい」
「何?」

 彼が口の中で呟いた言葉は、Dにはよく聞き取れなかったようだ。しかし、彼は言い直さず、まったく別のことを言った。

「これは言うつもりはなかったが」
「何だ?」
「俺の幽魔王が死ぬ前に、どこの幽魔王かはわからないが、〝半身〟を見つけたような幸せな気分でいると言った。たぶん、人間と付き合っているんだろう。俺にはもうどうでもいいことだが、調べて何らかの手立てを打ったほうがいいんじゃないのか? これ以上幽魔王の数を減らさないために」

 Dの表情が硬くなった。だが、その口から出た答えは意外なものだった。

「調べる必要はない」
「なぜ?」
「その幽魔王は、たぶん俺の幽魔王だ」

 死んでいた彼の心が、わずかに動いた。
 どこかに必ずいるとは思っていたが、まさかこのDの幽魔王だったとは。
 もし、その幽魔王に〝半身〟がいなかったら、彼は幽魔王を失わずに済んでいたかもしれない――

「わかっていながら、なぜ何もしない?」

 おまえがもっとしっかりしていればという恨みをこめて、彼はDをなじった。
 Dはおまえにそんなことを言われる筋合いはないとでも言いたげだったが、言葉にはしなかった。

「監視はしている。その人間の身元も確認済みだ。平凡な男だが、害はなさそうなので放っておいてある。今のところはな」
「〝半身〟だぞ。もう害は出ている」

 冷ややかに揶揄した彼の顔を、Dは眉をひそめて見下ろした。

「おまえ……もしや、それで幽魔王を……?」

 彼はかすかに笑って答えなかった。
 Dはさらに何か言いかけたが、そのとき、魔族の一人が現れて、Dに準備が整いましたと声をかけた。

「わかった」

 Dはその魔族を下がらせると、再び彼に向き直った。

「時間だ。語りたくないことは、そのまま冥府へ持っていけ。だが、俺なら幽魔王が愛した人間を殺して、幽魔王に殺される道を選ぶがな」

 彼は目を剥いた。
 しかし、そのときにはもうDは、彼に背中を向けていた。
 なるほど、そういう道もあったかと思う。だが、幽魔王のいない今、悔いてみても詮ないことだ。彼にはもう、恐れるものも何もない。
 ただ――
 一つだけ、心残りがあった。
 幽魔王に、あの言葉を言えなかった。
 うっかり、言い忘れてしまった。
 残念ながら、〝二十一番〟の妖魔王に先を越されてしまったが、それでも一度、幽魔王に言ってみたかった。
 もし言っていたら、幽魔王はどんな顔をしただろうか。やはりあのときと同じように、苦い笑みを浮かべただろうか。
 それでも、せめて〝蟲〟に体中を食い荒らされ、意識がなくなるまでの間だけは、この言葉を繰り返すことを許して欲しい。もう二度と、永遠に、彼の幽魔王には届かないけれど。

 ――愛している。ずっと。

  ―了―         
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