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近頃、妙に幽魔王の機嫌がいいのには気づいていた。
彼が訪ねても迷惑そうな顔をしないし、早く帰らせようともしない。
驚くべきことには、微笑をたたえて、彼の話を聞いてくれるのである。
まさか男、もとい人間が……とも思ったが、今の幽魔王に幽霊と一部の魔族以外親しい者がいないことは、幽魔王の身辺に忍ばせてある配下の報告から知っている。
幽魔王に優しくしてもらえるのは嬉しいが、常にないことだけにやはり気になる。彼は頃合いを見計らって、幽魔王に訊ねてみた。
「最近機嫌がいいようだが、何かあったのか?」
幽魔王は驚いた顔をした。自分では意識していなかったようだ。
「機嫌がいい? 僕が?」
黄金の髪と翡翠の瞳をした彼の最後の幽魔王は、自分のことを『僕』と言っていた。同じ魂であっても、環境の違いによって多少人格は変化するのだ。それでも、彼に触れることを許した幽魔王はいなかった。
「そうだ。とても楽しそうな顔をしている」
しばらく幽魔王は考えていたが、やがてかすかな苦笑を漏らした。
「たぶん、それは僕じゃない」
「おまえじゃない?」
時々妙なことを言い出す幽魔王だが、今度も彼には訳がわからなかった。しかし、こればかりは彼以外の者でも理解できなかったことだろう。
「ああ、僕じゃない。他の〝僕〟だよ」
そう補足されて、彼にも幽魔王の言わんとすることがわかった。
「つまり……おまえ以外の他の幽魔王が、ということか?」
幽魔王は黙ってうなずいた。
幽魔王同士がある程度、精神的につながっていることはすでに周知の事実となっていたが、彼らがはっきりと公言したことはなかった。彼の幽魔王も、それまで一度としてそのようなことは口にしていなかった。
「どの幽魔王かもわかるのか?」
非常な興味をそそられて、彼は身を乗り出した。
妖魔王たちは、自分の担当以外の幽魔王と会うことを禁じられている。無用な揉め事を避けるためだが、それだけに他の幽魔王にも会って、自分の幽魔王と比べてみたいとも思っていた。
無論、どのような結果が出ても、幽魔王を交換することなどできないし、交換する気もないのだが。
「いや。そこまではわからない」
存外、幽魔王は素直に答えてくれた。
「何となく感じるだけで、思考は共有してるわけじゃないから。どこかの〝僕〟がとても幸せな気分でいるんだ。それが僕にまで伝わっているだけだよ」
あっさり幽魔王は言ったが、一人の幽魔王の感情が他の幽魔王にまで伝わってしまうというのは大変なことではないのか。今回は〝幸せな気分〟であるからいいようなものの、もし〝悲しい気分〟だったら。
「では、なぜその幽魔王が〝幸せな気分〟なのかも、おまえにはわからないのだな」
もしそれがわかるのなら、この幽魔王本人を〝幸せな気分〟にしてやりたいと思った。原因さえわかれば自分にもできる。単純にそう思っていた。
幽魔王ははにかむように笑った。瞬間、彼は幽魔王を抱きしめたい衝動に襲われた。
すんでのところで止まったのは、幽魔王に怒られると思ったからだ。魔族すべてに憎まれるより、幽魔王一人に疎まれるほうが怖い。それ以上の恐怖など、妖魔王にはない。一時の過ちで、永遠に幽魔王に嫌われたくはなかった。
「何て表現したらいいのかよくわからないが……」
彼の忍耐も知らぬげに、幽魔王は夢見るように微笑んだ。
「自分の半身を見つけたような……そんな感じなんだ」
彼が訪ねても迷惑そうな顔をしないし、早く帰らせようともしない。
驚くべきことには、微笑をたたえて、彼の話を聞いてくれるのである。
まさか男、もとい人間が……とも思ったが、今の幽魔王に幽霊と一部の魔族以外親しい者がいないことは、幽魔王の身辺に忍ばせてある配下の報告から知っている。
幽魔王に優しくしてもらえるのは嬉しいが、常にないことだけにやはり気になる。彼は頃合いを見計らって、幽魔王に訊ねてみた。
「最近機嫌がいいようだが、何かあったのか?」
幽魔王は驚いた顔をした。自分では意識していなかったようだ。
「機嫌がいい? 僕が?」
黄金の髪と翡翠の瞳をした彼の最後の幽魔王は、自分のことを『僕』と言っていた。同じ魂であっても、環境の違いによって多少人格は変化するのだ。それでも、彼に触れることを許した幽魔王はいなかった。
「そうだ。とても楽しそうな顔をしている」
しばらく幽魔王は考えていたが、やがてかすかな苦笑を漏らした。
「たぶん、それは僕じゃない」
「おまえじゃない?」
時々妙なことを言い出す幽魔王だが、今度も彼には訳がわからなかった。しかし、こればかりは彼以外の者でも理解できなかったことだろう。
「ああ、僕じゃない。他の〝僕〟だよ」
そう補足されて、彼にも幽魔王の言わんとすることがわかった。
「つまり……おまえ以外の他の幽魔王が、ということか?」
幽魔王は黙ってうなずいた。
幽魔王同士がある程度、精神的につながっていることはすでに周知の事実となっていたが、彼らがはっきりと公言したことはなかった。彼の幽魔王も、それまで一度としてそのようなことは口にしていなかった。
「どの幽魔王かもわかるのか?」
非常な興味をそそられて、彼は身を乗り出した。
妖魔王たちは、自分の担当以外の幽魔王と会うことを禁じられている。無用な揉め事を避けるためだが、それだけに他の幽魔王にも会って、自分の幽魔王と比べてみたいとも思っていた。
無論、どのような結果が出ても、幽魔王を交換することなどできないし、交換する気もないのだが。
「いや。そこまではわからない」
存外、幽魔王は素直に答えてくれた。
「何となく感じるだけで、思考は共有してるわけじゃないから。どこかの〝僕〟がとても幸せな気分でいるんだ。それが僕にまで伝わっているだけだよ」
あっさり幽魔王は言ったが、一人の幽魔王の感情が他の幽魔王にまで伝わってしまうというのは大変なことではないのか。今回は〝幸せな気分〟であるからいいようなものの、もし〝悲しい気分〟だったら。
「では、なぜその幽魔王が〝幸せな気分〟なのかも、おまえにはわからないのだな」
もしそれがわかるのなら、この幽魔王本人を〝幸せな気分〟にしてやりたいと思った。原因さえわかれば自分にもできる。単純にそう思っていた。
幽魔王ははにかむように笑った。瞬間、彼は幽魔王を抱きしめたい衝動に襲われた。
すんでのところで止まったのは、幽魔王に怒られると思ったからだ。魔族すべてに憎まれるより、幽魔王一人に疎まれるほうが怖い。それ以上の恐怖など、妖魔王にはない。一時の過ちで、永遠に幽魔王に嫌われたくはなかった。
「何て表現したらいいのかよくわからないが……」
彼の忍耐も知らぬげに、幽魔王は夢見るように微笑んだ。
「自分の半身を見つけたような……そんな感じなんだ」
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