【完結】死セル君。【三魔王シリーズ1】

邦幸恵紀

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 奥深い森の中に、その精魔王はいた。
 植物でできた巨大な〝檻〟の前で、真っすぐに背筋を伸ばし、端然と正座していた。
 その表情は硬く、容易に触れることを許さない厳しさをたたえていた。だが、彼はその凛とした横顔を美しいと思った。もちろん、幽魔王とは比ぶべくもないが。

「笑いに来たのか?」

 前を見すえたまま、精魔王は二十三人の妖魔王たちに言い放った。
 容姿は儚げであったが、ここからこの精魔王を動かすことは、妖魔王全員の力をもってしても困難なことのように思われた。

「いや」

 妖魔王Aはそうとしか答えなかったが、きっとこう続けたかったに違いない。
 ――我々に〝二十一番〟を笑う資格などない。次にこうなるのは自分かもしれないのだから。

「では、これを始末しに来たのか? 私はもう少し待ってくれと言ったはずだが」
「奴は正気に戻ったか?」

 精魔王は答えなかった。
 中に閉じこめているものが見えぬよう、〝檻〟は幾重にも固く緑に覆われていた。しかし、その中からかすかに漏れ聞こえる獣じみた咆哮は、妖魔王たちの耳にも届いていた。
 おそらく、原形に戻ってしまっているのだろう。そして、それこそ〝二十一番〟が狂ったままだという何よりの証拠だった。

「いつまでもここにこうしておくわけにもいくまい」

 真の目的を隠して、Aは古なじみの一人でもある精魔王に柔らかな声をかけた。

「いったん魔界へ帰そう。向こうには結界を張るのが得意な魔族がいくらでもいる。そやつらに交代で任に当たらせよう。その間に、これの正気も戻るやもしれぬ。とにかく、この結界を解いてくれ。あとは我らが引き受ける」
「……嘘つきめ」

 呻きに似た低い声で精魔王は罵った。これには百戦錬磨のAでさえ、一瞬たじろいだ。

「魔族は皆嘘つきだ。初めて霊界のが現れたときからな。おまえたちはこれを魔界で殺すつもりだろう。私が魔界へは行けないことをいいことに、殺した後もいけしゃあしゃあと、これがまだ生きていると言うつもりなのだろう。おまえたちの手口は見え透いている」
「狂った魔族は殺さねばならぬ」

 精魔王を言いくるめることはできぬとあきらめたか、Aは真実を告げた。

「おまえも知っていようが、一度狂った魔族はまず正気に戻ることはない。死ぬまで破壊と殺戮の衝動に駆られつづけるのだ。精霊族はどう思うか知れぬが、我らにとっては同族の手で殺してやるのがせめてもの情けだ」
「では、おまえたちの汚い手など借りぬ」

 精魔王はAに一瞥も与えなかった。

「私が自分でやる」

 精魔王が言ったと同時。
 〝檻〟を構成していた蔓がほつれ、急速に成長してゆき、その先端を槍のように尖らせた。
 何本も。何本も。〝檻〟はさながら針山のようになった。
 すべての蔓は、獲物に狙いを定めた蛇のように、鋭い切っ先を〝檻〟へと向けた。と、一気に刺し貫いた。
 凄まじい悲鳴を聞いたような気がした。
 思わず精魔王を見ると、その表情はまったく変わっていなかった。
 もうそのような甘い感傷は捨て去ったのだと、その顔は言っていた。

「魔族は狂うばかりで、自分で自分の命を断つこともできぬのだな」

 声も出せない妖魔王たちを尻目に、精魔王は嘲るように言った。

「あの霊界のすらできるのに。まこと、魔族とは手のかかる愚か者よ」

 初めて精魔王は妖魔王たちを見た。その小さな顔には晴れやかな笑みが広がっていた。危ない。そう思ったのは彼だけではなかったはずだ。

「私は、できるぞ」

 止めようとしたときには、もう遅かった。
 精魔王の白い手は、己の首を切り落としていた。
 血は流れなかった。精魔王の多くがそうであるように、またたくまに干からび、崩れ、砂塵と化す。それは幽魔王の最後にも似ていた。
 魔族、精霊族にも魂はある。だが、幽魔王の故郷である霊界は、あくまで人界の生物のためにあり、彼らの魂を受け入れることはない。
 人界にいるかぎり、彼らは死ねばそのまま〝消滅〟するしかない。それゆえ、人界での彼らは人間以上に〝死〟を恐れる。ましてや〝自殺〟など論外だった。
 それから長い間、この精魔王の最期の微笑は、彼の脳裏に焼きついて離れなかった。
 あのとき、なぜ精魔王は笑ったのだろう。精魔王もまた狂っていたのだろうか。
 それこそ、精魔王が魔族を愚か者だと評した理由にほかならなかったのだが、魔族である彼には、精魔王のように最愛の者を失うまで、理解することはできなかったのである。      
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