【完結】死セル君。【三魔王シリーズ1】

邦幸恵紀

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 使者は約五百年もの間、同じ器で過ごした。
 一人の人間の肉体をなるべく長く使い、極力〈転生〉の数を減らしたいというのがその理由だった。
 望めば、その母親は使者よりも、もっと長く不老不死のままでいられたはずだった。
 しかし、使者が生まれてから百年ほどで、母親はその孤独に耐えかね、他人――そのほとんどは身近にいる魔族だった――に使者の秘密を話すという契約違反を犯し、自ら命を断った。
 打ちひしがれる使者を見たのは、それが初めてだった。
 使者は魂を食らうことによって母親に不老不死を与えていた。自身は好まない魂を食らう行為も、母親のためと思えばこそ、まだ我慢できた。だが、その母親を失ってしまえば、魂を食らうことは苦役でしかない。
 その後も、〈転生〉のたびにその時々の母親は同じことをした。そして、使者を嘆かせた。
 誰が言い出したものか、いつしか使者は〝幽魔王〟、魔族の監視者は〝妖魔王〟、精霊族の監視者は〝精魔王〟――この三者を称して〝三魔王〟――と呼ばれるようになっていた。
 あくまで便宜上の名称であり、しいて言うなら、役職名のようなものだったのだが、それらはしだいに本来の〝監視者〟から、その土地土地の〝支配者〟へと意味を変えていった。
 しかし、それも幽魔王には当てはまらなかった。幽魔王は人界最強の〝魔王〟ではあったけれど、支配する国も民も持たなかったから。
 彼とて幽魔王を孤独にしたかったわけではない。むしろ、いつでも心の支えになりたかった。
 だが、幽魔王は、妖魔王も精魔王も自分の仲間だとは思っていなかった。
 幽魔王の存在意義は、他者の魂を消すことだけにあった。たとえどれほどその行為が苦痛に思えても、人界の維持という目的のためには、それをやめることはできないのだった。
 霊界は、なぜ幽魔王を残虐な性格にしなかったのだろう。魂を消すことに喜びを感じるようであれば、これほど苦しむことはなかったのに。
 絶望的な孤独は幽魔王の心を頑なにし、その美貌を冴えたものにした。幽魔王が凄惨さを増していくたび、妖魔王はますます彼に溺れていった。
 幽魔王は、常に「男」の体を器にする。
 もともと男女の別のない魔族――精霊族もそうである――にとって、それはどうでもいい問題ではあったのだが、「女」であったらもっと保護もしやすく、それに乗じて触れることもたやすかったに違いない。もっとも、幽魔王はそれを恐れて「男」でいるわけではあるまいが。
 「男」であっても幽魔王は美しい。ことに夜の幽魔王は。
 幽魔王の魔族・精霊族との数少ない共通点の一つは、もっぱら夜に活動するということだった。月光の下の幽魔王が見たくて、わざわざ外で待ち伏せしたこともある。
 幽魔王は夜歩く。魂を屠るために。人間の幽霊など恰好の標的なのだが、まず餌食にすることはない。話しこむのである(ある意味、それも〝餌食〟だが)。
 生きている人間には望めないつながりを、幽魔王は死んだ人間に求めていた。死者は幽魔王には優しい。己の行く世界から幽魔王が来たことを無意識のうちに知っているのだろう。ゆえに、幽魔王は人間に害をなす魔族を主に狩った。
 当然、妖魔王にとって幽魔王とは一族の天敵のような存在となったが、彼らの中の誰一人として、そんなことは微塵も思ってはいなかった。
 それどころか、幽魔王が少しでも罪悪感を覚えずに魂を食らえるようにと、ひそかに魔族をけしかけては人間たちを襲わせていたのである。実に魔族にとって真の敵は、二十四人の妖魔王たちであった。
 そんな彼らであったから、幽魔王の肉体が初めて死を迎えたときの喪失感たるや、とても言葉では言い表せないものがあった。
 幽魔王は死の直前まで若さと美貌を保っていた。だが、幽魔王の魂が離れたとたん、その体は一瞬のうちに風化し、崩れ去ってしまった。一つの肉体を限界まで使いつづけた、それが結果だった。

 ――もし、〈転生〉しなかったら?

 必ず己の縄張り内で〈転生〉すると約束はしてくれた。さすがに五百年近くも付き合えば、幽魔王も情が湧くようで、彼を自分の妖魔王だと見なすようになってきていた。
 精魔王は相変わらずだった。他の組の精魔王の中には、幽魔王を敵視せずにそれなりうまくやっている者もいるとのことだが、彼の精魔王はいっこうに幽魔王を認めようとしなかった。
 一方、幽魔王はというと、自ら望んだことではないとはいえ、人界で最初に精霊族を消してしまったことで、精魔王に後ろめたさを感じているようだった。
 彼が精魔王を非難すると、遠回しにだが、必ず精魔王をかばう発言をする。そのため、彼の心がますます精魔王から離れていったのは、まさに皮肉としか言いようがない。
 結局、〈転生〉した幽魔王は、精霊族の力を借りなくとも見つけることができた。一目でも見れば、あの魂を彼が捜し出せないはずはなかった。
 飽くことなく、彼は同じことを繰り返した。
 どの器も幽魔王に相応しく美しく、肉体が滅び去る直前まで、彼の目を楽しませつづけた。
 それだけで、彼は――妖魔王たちは満足だった。
 幽魔王が彼の手の届くところにいて、多少迷惑そうでありながらも、彼の援助を受けてくれるだけで。
 本当に、それだけでよかったのだ。
 幽魔王が〝死んだ〟という話を聞かされるまでは。         
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