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霊界の使者の魂を持った赤子は、外見上は普通の子供と同じように育った。
しかし、食事はいっさい取らず、かわりに魂を食らった。人界の過剰な魂を減らすために遣わされた使者にとって、魂を消すことがすなわち魂を食らうことなのだった。
使者は人界にあるものならどんな魂でも消すことができたが、その対象に人の魂を選ぶことは少なかった。
――自分が食らうと、その魂は二度と人界に〈転生〉できなくなってしまうのだ。
いつか使者はそう彼に打ち明けた。
使者が最も心を寄せているのは、やはりその器に選んだ人間なのだ。そうと知って、魔族である彼は傷つかずにはいられなかった。
だが、体が成長しきった頃、使者は母親と共に部族を離れた。自分も母親もそれ以上年を取らないことを知っていたからである。
引き留める者はいなかった。いろいろ特異なところを持つ使者は、異常に美しいこともあいまって、完全に周囲から孤立しており、使者の美しい母親も、いつまでも年老いないために、周囲の不審の目に晒されていた。
それからが、彼を含む魔族の監視者の真骨頂だった。
使者が部族から離れると同時に、祭司に化けつづけていた彼も姿を消し、まず、使者親子のために人里離れた場所に豪勢な館を設えた。さらに、召使として自分の配下の魔族を人間に化けさせた上で置き、使者親子の面倒を見させた。
使者は魔族の申し出を受けておいて正解だった。もし魔族の手助けがなかったなら、人界で〝人間〟として暮らすのにかなりの苦労を強いられたはずだ。
もっとも、魔族のこの献身的な行動を、当の使者は手放しで喜んではいなかった。なぜ魔族がここまで自分に尽くすのか、何か思惑があるのではないかと、魔族が親身になればなるほど怪訝な表情を露わにした。
精霊族にいたっては、怪訝を通り越して怒りすら覚えていた。使者の監視のためというから魔族に協力しつづけてきたものの、魔族が監視者としての役目以上に使者とかかわろうとするのには我慢ならなかった。
「おまえたちはどうかしている」
彼と顔を合わせるたび、同じ組の精霊族の監視者は言った。
こうして組む以前に面識はなかったが、監視者であるから並の精霊族ではない。暇さえあれば使者の顔を見に行く彼とは違い、この誇り高い精霊族は、たった一度しか使者には会おうとしなかった。
「なぜ、あれの生活の面倒まで見なければならんのだ? あれがそう頼んだのか? あれを監視するためとおまえたちは言ったが、我らの目にはあれを囲っているように見える」
そうかもしれなかった。
そうだったらよかった。
そう考えているのがわかったのか、精霊族は柳眉をひそめた。
精霊族は上位者ほど繊細で美しい。人の姿をとっていてもそれは顕著に現れる。
だが、その美貌は彼に何の感慨も呼び起こさない。使者を前にしたときとは違い、少しも心を揺り動かさないのだ。
「それほど、あれがよいのか?」
呻くように精霊族は言った。
「あれは、魂を奪うことしかできぬのに――」
それに対して、彼は何も答えることはできなかった。
――そう。
奪われてしまったのだ。
魂を。
たった一目で。
たった一度の笑みで。
悲痛に顔を歪める精霊族を見つめながら、彼はしかし、早く帰って使者に会いたいと思っていた。
しかし、食事はいっさい取らず、かわりに魂を食らった。人界の過剰な魂を減らすために遣わされた使者にとって、魂を消すことがすなわち魂を食らうことなのだった。
使者は人界にあるものならどんな魂でも消すことができたが、その対象に人の魂を選ぶことは少なかった。
――自分が食らうと、その魂は二度と人界に〈転生〉できなくなってしまうのだ。
いつか使者はそう彼に打ち明けた。
使者が最も心を寄せているのは、やはりその器に選んだ人間なのだ。そうと知って、魔族である彼は傷つかずにはいられなかった。
だが、体が成長しきった頃、使者は母親と共に部族を離れた。自分も母親もそれ以上年を取らないことを知っていたからである。
引き留める者はいなかった。いろいろ特異なところを持つ使者は、異常に美しいこともあいまって、完全に周囲から孤立しており、使者の美しい母親も、いつまでも年老いないために、周囲の不審の目に晒されていた。
それからが、彼を含む魔族の監視者の真骨頂だった。
使者が部族から離れると同時に、祭司に化けつづけていた彼も姿を消し、まず、使者親子のために人里離れた場所に豪勢な館を設えた。さらに、召使として自分の配下の魔族を人間に化けさせた上で置き、使者親子の面倒を見させた。
使者は魔族の申し出を受けておいて正解だった。もし魔族の手助けがなかったなら、人界で〝人間〟として暮らすのにかなりの苦労を強いられたはずだ。
もっとも、魔族のこの献身的な行動を、当の使者は手放しで喜んではいなかった。なぜ魔族がここまで自分に尽くすのか、何か思惑があるのではないかと、魔族が親身になればなるほど怪訝な表情を露わにした。
精霊族にいたっては、怪訝を通り越して怒りすら覚えていた。使者の監視のためというから魔族に協力しつづけてきたものの、魔族が監視者としての役目以上に使者とかかわろうとするのには我慢ならなかった。
「おまえたちはどうかしている」
彼と顔を合わせるたび、同じ組の精霊族の監視者は言った。
こうして組む以前に面識はなかったが、監視者であるから並の精霊族ではない。暇さえあれば使者の顔を見に行く彼とは違い、この誇り高い精霊族は、たった一度しか使者には会おうとしなかった。
「なぜ、あれの生活の面倒まで見なければならんのだ? あれがそう頼んだのか? あれを監視するためとおまえたちは言ったが、我らの目にはあれを囲っているように見える」
そうかもしれなかった。
そうだったらよかった。
そう考えているのがわかったのか、精霊族は柳眉をひそめた。
精霊族は上位者ほど繊細で美しい。人の姿をとっていてもそれは顕著に現れる。
だが、その美貌は彼に何の感慨も呼び起こさない。使者を前にしたときとは違い、少しも心を揺り動かさないのだ。
「それほど、あれがよいのか?」
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「あれは、魂を奪うことしかできぬのに――」
それに対して、彼は何も答えることはできなかった。
――そう。
奪われてしまったのだ。
魂を。
たった一目で。
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